第24話 各々の目的地

 ――速く。――もっと速く。


 真冬は限界などとっくに超えている身体に茨の鞭を打ち、アジトと思しき場所に向けてひた走っていた。

 ギルドからアジトまでは、直線で約2kmほど。その道のりを最短で移動するために加え、道中の行き交う人が邪魔に思った真冬は、屋根の上を風の如く疾走していた。

 こうすることで人は邪魔にならないし、ほぼ直線的に移動できた。


 普段なら絶対にしないこの行為は、さくらに害を及ぼせたくないという気持ちが強く表れているからであろう。


 真冬は2kmほどの距離を約3分で走り、街の中心にはほど遠い外壁沿いの、黄色い屋根が特徴の小屋にたどり着いた。


「ここにさくらが居るかもしれないんだよな……」


 ここに居て欲しい期待感と、初めて人を相手にする緊張感が、真冬の心を分割し支配していた。

 異世界に来て――いや、これまでの人生の中で真冬は一番の警戒をしながら、小屋のドアをゆっくりと開ける。


「――ッ!」


 開けたドアの先は人っ子一人いなく、ほとんどもぬけの殻同然だった。


「ふざけるなッ!!!」


 真冬は、一気に湧いてきた憤怒の念を発散するように、小屋の壁を力任せに殴る。


 ドンッッ!!


 殴った場所には穴というには余りにも大きすぎる空間がぽっかりと空いていて、小屋はシャッターのない倉庫のような物と化していた。その穴の大きさは、まるで真冬の心の穴を示しているようだ。


「どこに居んだよ……」


 真冬の願いは、虚しく空に響いた。



 一方同時刻――


 カイトも自分の任された小屋に向かって力の限り全力で走っていた。

 小屋の位置はギルドからそう離れていなく、1km少しのところにある。


「さくら。無事でいてくれよ。今行くからな。」


 さくらと一緒に過ごした時間はまだ短いが、妹に向ける感情のようなものが芽生えるくらいには、深い関係になれていた。


 走り始めてから3分ほどで、印で確認していた目的の小屋に着いた。


「この黄色い小屋がそうだよな」


 恐る恐るドアを開けて中を確認すると――


 中では柄の悪い大人たちが10人ぐらい酒を飲んで、騒いでいた。


「おーあんちゃんどうしたんだー?ここがボアのアジトだって知ってて、来たんだろーなー?」


 ごろつきの中で一番屈強そうなおっさんが、剣呑な雰囲気を隠さずに話しかけてきた。

 おっさんが言葉の最後に殺気を込めると同時に、周りで酒を飲ん騒いでいたやつらも腰に携えている剣へと手を伸ばしていた。


「ここに俺と同じぐらいの女の子は居ないか?」


 カイトもおっさんに負けじと濃密な殺気を放ちながら、そう問うた。


「おいおい、こんなところまで女の尻でも追っかけてきたのか?」


 周りのごろつきたちがドッと笑う。

 が、緊張は解いていなく、いつ斬りかかっても戦える臨戦態勢は解いていない。


 こいつら強い……


「教えて欲しければ、俺らを倒すんだな!!」


 おっさんのその一声で周りの奴らが剣を抜いて、振りかぶりながらこちらに向かってきた。


 ――ッ!真冬、すまん。俺はこっちで手いっぱいだ。後は任せた。

 

 こいつらに負けたら真冬が行った方に集めてしまうことになるかも知れないと一歩も引けない鍛冶師と、殺しも強奪も暗殺も手広く慣れているプロ10人の、戦いの火ぶたが今落とされた。 



「さくらちゃん、絶対助けるからね。また、真冬くんのこと二人で話そうね」


 フランは3ヶ所の中で一番近い小屋に向かっていた。距離にしたら500mぐらいだろう。


 なぜここになったのかというと、ギルドから近いということは実力者の行き交いが多く、発見される確率が高い。故に、アジトである可能性が最も低いからだ。

 それに加えて近いので、一番ステータスの低いフランが行くのが定石だ、と話し合ったからだ。


 それはもし遠くの方にさくらがいたら、フランじゃ間に合わないかもしれないと言外に言っているのと同じだったが、事ここにおいてプライドなど持っていられまい。


 小屋の近くに辿り着くと、フランは少々の違和感を感じた。


「黄色い屋根にしたのはなんでだろう」


 街の建物の屋根は特別なもの以外、大多数が素材の色で赤褐色なので、黄色い屋根が不思議に思えて仕方なかった。

 だが、今はそんなことを考えている時ではないと我に返り、警戒心を露わにして小屋に近づいていった。


「やっぱりここじゃないか……」


 比較的、軽薄に作ってあるドアの前に立っても、中から一切合切合音が聞こえなかったので、そんなことを思った。

 

 それでも開けて見てみないと気が済まなかったので、おずおずと開けてみた。


 ――その瞬間、フランは何が起こったか理解する前に、眠るように意識が飛んだ。



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