スクールカースト最底辺の僕は幼なじみに助けられてばかりの自分を変えるべく異世界に赴く。

unknown。

プロローグ

第1話 弱い僕と強い君。

 スクールカースト。それは、学校という一見して解放されているかのように思えるがその実、限定的かつ閉塞されている空間の中において容姿・性格・頭脳・運動などの優劣によって、何気ない日々の生活の中でごくごく自然に発生する上下関係のこと。

 このカースト制度において上下関係は絶対的であり、得てして下に位置する者は、上に君臨する者からひど悪辣あくらつしいたげを受ける。ましてや、最底辺なら尚のこと苛烈を極めているだろう。

 


 ――そしてこの物語は、そんなスクールカーストという理不尽な制度に振り回された少年が自分を変えたいと一心に思い、自分が産まれた地球と、交わることのなかった異世界と、その両方で奔走するお話である。




「う、ぜぇーんだよっ!」

 身体を鉄のように鍛え上げたプロボクサーでさえ急所であるみぞおちを、先の尖った靴で容赦なく思いっきり蹴られる。内蔵が直接抉られるようなその反動で、肺の中の空気が本来の居るべき居場所を無くされ、出口を求めて逃げるように口から一気に排出される。


「さっさと死ねや!!」

 数回転がり込み上がってきた咳と一緒に血が出てきた後、今度は馬乗りにされ、顔を何度も何度も何度も殴られる。殴られた衝撃によって為す術のない後頭部が固い地面に当たり、バスケットボールのドリブルと見間違えるほどボールのように頭が飛び跳ねる。


「はやく消えてくんね……?」

 これでもかと言わんばかりに汚れた顔を、砂のついた靴で執拗に踏みつけられ、更には地面に擦り付けられる。

 最後のそれは度重なる極度の痛みにより痛覚が鈍くなってきたせいで、顔を踏みつけられる痛みより、人の尊厳を踏みにじる行為に心が抉られ。身体だけではなく心までもが無視できない痛みを抱える。

 

 ――あと何度、地に這いつくばり泥を、辛酸を、苦汁を舐め続ければ、僕の人生を管理している神は気が済むんだろう。

 

 僕は今良いことも悪いことも起こる体育館裏で、世間一般で言われるいじめに遭っている。もっとも、僕はいじめという悪い方しか経験していないが。


 そんな体育館の裏とは言うものの学校の中では比較的にひらけているところで、先生らも生徒たちも符とした瞬間に目に入る場所である。だが、面倒事に巻き込まれたくない生徒はもちろんのこと、普通は虐げられてる者を守るべき立場である先生も、見て見ぬふり。

 

 一度は学校に常時勤務していて悩み相談を請け負っているカウンセラーの先生に相談したことがあるのだが、いじめられる側にも理由があると一蹴されてその話は強制的に流された。以後、その先生は僕に対して時間を取ってくれることさえ無くなり、今でも継続して不当な扱いを受けている。

 そのカウンセラーはあろうことか、仲が良い他の先生に僕のことを話したのだろう、その仲が良い先生は、授業で高校生には絶対に答えられない問題で僕を指名し、答えられないと散々罵倒した挙げ句、大量の課題を答えられなかった僕に出してくる。提出できないと成績を下げられる、という嬉しくないおまけ付きで。


 そんなことを踏まえると僕に対するいじめは先生公認いや、むしろ推奨さえしてると言っても差し支えないだろうし、おそらくそれが一番当てはまる表現に思える。

 

 ――この学校には僕を守ってくれる存在は誰一人としていない。


 いじめという名のオブラートに丁寧に包まれたれっきとした犯罪が蔓延はこびるこの世の理不尽さと、それに対して抗えない自分の矮小さと不甲斐なさを、心の中で思うがままに唾棄していると、


「やめなさい!そんなことして恥ずかしくないの!」

 

 か弱いはずの女の子の思わずたじろいでしまうほどの圧力をはらんだ怒号が、遠くの方からこちらに向けて矢を放ったように聞こえてきた。


「きょ、今日はここら辺でやめてやるよ」

「こ、今度はもっとやってやるからな」

「お、覚えとけよ」

 

 僕をサンドバッグのようにいじめていた男たちは、どこぞの三下っぽいことを言い残し、走って逃げていった。


 また、僕は何もせず、何もしようともせずに、庇護ひごすべきであるはずの女の子に助けられるのか。本当に僕は情けないな……


「真冬、大丈夫……?」


 僕の眼に映るその人物は、陶器みたいに荒のない真っ白な肌に、その人物の性格を如実に表しているような優しそうな垂れ目、高くはないけど綺麗な筋のとおった鼻に、血色の良い唇。

 そして、そのどれよりも彼女の魅力を引き立てているのが、肩ら辺で切りそろえられている髪の毛だ。絹のような黒髪は、漆のように真っ黒なのだが、艶やかな髪質とボブと言われる髪型により重くなりすぎず、かと言って軽すぎずの丁度良いバランスが彼女の雰囲気にぴったりでとても素敵なのだ。


 加えて僕の在籍しているDクラス――通称Dダメなクラスと呼ばれ学校でも数少ない出来損ないが集められるクラスとは違って、容姿端麗、品行方正、文武両道と絵に描いたような完璧超人が集められたSクラスに在籍しており、”どこのラノベだよ”と近隣の学校からは皮肉交じりに尊敬されているクラスの、更に筆頭である。


 どこを取っても完璧なSクラスの生徒でさえ、将来のことを考えて君子危うきに近寄らずを決め込んでる中、僕のような最底辺に別次元のそのがこうも気にかけてくれるのかと言うと、理由は簡単で、親同士が同級生で家が近いということもあり、小さい頃から来る日も来る日も遊んでいたからだ。

 もっと簡潔に言うと、いわゆる”幼なじみ”って呼ばれる関係なのだ


 でもいくら幼なじみとは言え何故にこんな完璧な美少女が、平々凡々と言うにも値しない僕に優しくしてくれるのか疑問に思うのだが……


「うん、ありがとさくら。何とか……ってちょっと口の中が血だらけですごく鉄臭いけど……」


「それって大丈夫じゃないじゃん!ちょっとだけで良いから見せて?」


 さくらはそう言い、ボロぞうきんのように薄汚れた僕の顔を下から覗くようにして見てきた。

 僕はさくらのような誰もが羨む美少女が天然で行う上目遣いの破壊力に、思わず顔が真っ赤になってしまい、それを見られまいと誤魔化すように顔を背けながら強がった。


「いいよ! 恥ずかしいから」


「それじゃあお水買ってくるから待ってて! ここにいてね!!」


 さくらは釘を刺すようにそう言って、学校の敷地内にある自販機の方へとパタパタと走っていった。



「はいお水!これで口の中洗って?」


 ここにいて、と子どもに言いつけるように親切な念を押されたので、その好意を放ってどこか行くわけにもいかず、居たたまれなさを感じながらしばらく待っていると、さくらがペットボトルの水を買ってきてくれた。


「ありがとう……って何で僕なんかに優しくしてくれるの……?」


 買ってきて貰った水を一口飲んだ後、先ほどふと思ったことをおずおずと聞いてみた。


「な、なんでもいいでしょ!! ほ、ほら早く帰るよ!」


 僕の問いには一切も答えてくれなく、早く帰りたくて起こっているのか顔を真っ赤にして帰りを急かしてきた。




「またね! ちゃんと綺麗にして、絆創膏貼ったりするんだよ」


「わかってるよ。またね」


 僕の家の前に着くと、さくらはこちらに向けて手を振りながら、まるで子ども扱いをしているような過剰な程までの心配をしてきたので、思わずぶっきらぼうな返事をしてしまった。相手の心配を素直に受け取れない自分にまたも嫌気が差した。


 僕の家の大きさと間取りは比較的ありふれた感じだと思う。思うというのも、僕には友達と呼べる存在が生まれてこの方居たことがないので、参考になるような家を他に知らないからだ。


「ただいまー」


 作業的な僕の挨拶は家の中の隅々まで居場所を探して響くが、当然のことながらそれに対する反応はない。それは何故かと言うと、この家の家主である僕の両親は、多忙な仕事に振り回されて海外に行ってるからだ。そんな生活が嫌でも慣れてしまったため、今ではもう寂しさなど一縷いちるも感じない。



 今頃の一般家庭では団らんの中心となるはずのリビングで、独りソファーに座りくつろいでいるといると、玄関の方でガチャガチャと鳴り、まもなく鍵が開いた。


「お邪魔しまーす」

 

 玄関とそこから続く廊下、僕がいるリビングを隔てる扉がおもむろに開くと、女の子――さくらが両手にパンパンに膨らんだ袋を掲げながら入ってきた。


「今日はからあげでーす!」

 

 そして満面の笑みを浮かべ、その清々しい表情に見合った意気揚々さで今日のメインを発表しながら、スーパーの袋を提げているさくらは台所に向かった。


 僕の家は先述の通り、両親が海外に仕事で行っているためほとんど家に居なかった。その時期に出来合いや冷凍食品ばかり食べていた僕を見かねて、さくらが家に料理をしに来てくれることになったのだ。



 さくらが台所に向かってからあっという間に、黄金色の輝く唐揚げ、宝石の詰め合わせのようなサラダ、出汁が香るお味噌汁、ほっかほかのご飯がテーブルの上に緻密な計算のもと綺麗に並べられていた。

 唐揚げには色々なディップソースが添えてあり、サラダは色とりどりな野菜を手作りのソースで和えてあって、味噌汁とご飯は日本人なら言わずもがな。どれもすごく美味しそうだし、量が馬鹿げているほどものすごく多いけど、お腹いっぱいになる最後まで決して飽きずに食べられそうだ。


 言っては何だがメニュー的には大衆食堂の唐揚げ定食と何等変わらないはずなのに、まるで呼吸レストランに来ているかのように錯覚するほどの豪勢な食事に舌鼓を打ち始めてから少しして、さくらが恐る恐るという風に聞いてきた。


「どう……?口に合うかな……?」


「うん!すごくおいしいよ」


「よかったー!って何だか新婚さんみたいだね?」


 さくらがこれと言って用事がない日は、ほとんどこんな風に二人で食べているのだが、初めて同棲したカップルみたいなコメントを照れながら言ってきた。


 たださくらとは付き合っているというわけではなく、僕が不摂生なのを見兼ねてこうして料理を作ってくれているわけだから、いくらさくらが言い出したとは言えそれに便乗したり悪のりするのは失礼だろう。それにこんな僕なんかより、さくらを幸せに出来る人はごまんといるだろう。


「僕なんかよりさくらならもっと良い人がいるよ」


「――ッ!あっ、そうですか……」


 僕なりにさくらのことを精一杯考えて出した結論に、それを聞いた当の本人は不機嫌を少しも隠さずに返事した。僕には女の子の扱い方はもちろんのこと、長年一緒にいるさくらの扱い方もまだ心得ていないので、それ以降は会話を続けることは出来なかった。



 料理を作ってもらって片付けも、ってなるとさすがに忍びないので、片付け全般は僕がやることになっている。最初の頃はさくらは頑なに全部やると拒否してきたのだが、僕もそこだけは退くわけにもいかず、粘った結果最終的には渋々了解してくれた。


 今日もさくらの料理は美味しかったなー、と残滓ざんしでさえ極上の気分になれる幸せの余韻に浸っていると、ソファーでテレビを見ながら寛いでいるさくらから、不意に声をかけられた。


「ねー?真冬はそのー……気になる娘、とかいないの……?」


 気になる娘も何も、さくら以外の女の子と話したことも目を合わせたことも無いから必然的に――


「んー、いないかな」


「そうなんだー……じゃ、じゃあどんな娘がタイプ……なの?」


 何故かは分からないが途切れ途切れのその言葉を聞き、判断材料としてラノベやアニメなど今まで見てきたものの中でいつも好きになるタイプの女の子が一人に絞れた。その子は僕が現実世界で唯一話す――


「――一番近いのはさくらかな」


「そ、そうなんだ……えへへー」


 さくらはこちらを向き、だらしないふにゃっとした笑顔を覗かせた。

 なぜ言葉が途切れ途切れだったのか、なぜ急に機嫌が良くなったのか、全くもって見当も付かないけど、答えとしては正解だったのだろうと思い、こちらも何故か嬉しくなった。


 

 片付けも終わり、いつも通り二人でゆっくりとテレビを見ているとき、さくらはおもむろに時計を見て、


「――あっ!もうこんな時間!じゃあ帰るね。明日は来れないから、余ったやつチンして食べてね」


「わかった、ありがと」


「明日終わったら夏休みだから、頑張ってきてね。それじゃあまたね!」


 時計で時間を確認してから数分の出来事、さくらは風のように家から去って行った。


 ――さくらと一緒にいるときだけは何に怯えることもなく、自分を守る殻に籠もらなくていい。

 

 さくらに感謝をしながら、僕は寝るための支度に取り掛かることにした。

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