276話 天空より産まれ降りる


 これまでとは違う強大な波動が獅子座より放たれる。

 周囲に浮かんでいたすべてのテルスマグニアの重力球がそれに共鳴し、変化していく。

 その色は黒から白へ、形は球から獅子へ……それらがすべてこちらへの攻撃の意思を兼ね備えて。


「すべてを……終わらせてくれ……」


 『獅子猛襲天空陣(レオ)』が展開され切ると同時に玉座の上でノゾムが力なくうなだれる。

 これが……ノゾムの全精力を掛けた最後の攻撃だろう。ここで選択を一つでも間違えれば私達の負けだ。


 だからこそ、私達もすべての可能性をかけて立ち向かおう!


(さぁ……こい)


 頭の中にイメージが降りてくる。いや、もう私はこれがただのイメージではないことはわかっている。

 私がこれまで見てきたのは……この先における私達が敗北したすべての事象。


 それらすべてを私の経験にすれば……。


「ミネルヴァ、私達を氷の壁で囲め! アポロ達にこちらを気にさせるな!」


「そういうこと……『凍獄氷壁(ブリザードウォール)』!」


 氷の壁が私達を囲むと同時に、白き獅子の群れが一斉に放たれる。

 それらは縦横無尽に動き回り、正面のアポロとレオンはもちろん後ろの私達にも襲い掛かってくる。

 その牙と爪には強力な重力が集約されており、いとも簡単に氷壁を砕いていく。


「一匹一匹に凄い重力エネルギーが集まってる!? 師匠、大丈夫ですか!」


「案ずるな少年! ネルと魂で繋がっている我にはわかる。あの氷壁はそう易々と突破できるものではない。盟友もそれがわかってるからこそ自分達は守りに徹し我らにこの場を託したのだ!」


 そうだ、ミネルヴァの氷壁は削られてはいるが、継続して魔力を送り壁を補強している。

 確かに強力な力を持つ獅子の物量で攻める『獅子猛襲天空陣(レオ)』は脅威だが、一撃の威力はそう高くないのが欠点ということを……私はすでに経験・・している。


 ただ、この状況では前線の二人に私から指示を送ることもできないのだが。


「わかりました……なら、僕達でこの技を突破しましょう!」


「うむ! その通りだ少年!」


 この二人ならやってくれるという自信が私にはある!


「師匠達は氷の中……この獅子は重力エネルギーを質量化したもの……よし! アポロさん、これから強力な重力場を発生させます! 吸い込まれないよう気を付けてください!」


「我の実力を理解しておきながらのその発言……とても心強い! 存分にやってみせよ!」


「僕の全力を込めて……いきます! 全開収束魔術『終焉の黒点ブラックホールグラビティエンド』!!」


ズズ……ゴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


「バカな……『獅子猛襲天空陣(レオ)』の獅子が吸われていくだと……」


「この獅子はすべて質量化しています。それに今回僕がこの魔術に設定した吸収対象は物質だけじゃない。そちらの重力エネルギーを取り込んで、僕が受け止める!」


 見れば獅子が吸収されると同時にレオンの左腕、魔導アームの隙間から黒い塊がプクリと浮き上がる。

 つまり、テルスマグニアをその腕に封じようとしているのだ。


「愚か者め、そんなちっぽけな腕一本でテルスマグニアのすべてを受け止めきれるはずもない。限界を迎えて破裂するだけだ……」


「そんなことは重々承知です……! だから……アポロさん! お願いします!」


「ああ、こちらも準備は……できている!」


「なにっ!?」


 レオンの魔術によりほとんどの獅子はその周辺に集められている。その直線状にはノゾムも見据えており……。


「この息吹は物質も、魔力さえも、すべてを吹き飛ばす!」


 すでにアポロはその口の内側へ全エネルギーを集約していた。

 そこから放たれるのは……龍族最強の一撃。


「『龍皇の息吹ブレスオブドラゴン』!!」


「――――!?」


 眩い閃光がすべてを飲み込む……。獅子も、レオンの魔術も、その先の城の外壁もすべてが消滅していく。

 天井も崩れ落ち、空には星空が瞬いている。……だが、そこには星の輝きとは違う星座がいまだにだ浮かんでいた。


 そして何より……まだノゾムの魔力は消えていない。


「僕が……終わらせます! この悲しい戦いを!」


 その事実に気づきいち早く飛び出していたのはレオンだった。

 アポロは大技を放った直後で急に動けず私達もまだ氷壁の中、『獅子猛襲天空陣(レオ)』によってノゾムももう動けないだろうという読みだが……。


「……!? この……障壁は」


「貴様らに……これは破れぬだろう……」


 その星座はすでに獅子座ではなくなっていた。ノゾムが選んだのは……牡羊座。

 そう、私達は一度あの『白羊重壁(アリエス)』を突破できずに終わった。


 だからこそ……私はそれを待っていた!


「重力カートリッジ三連結! 放てケルケイオン・アルマ! 『蛇遣ノ反逆アスクレピオス』!」


 ノゾムが攻撃を防げると確信した瞬間、私は氷壁の中から飛び出しその一撃を星座に向かって撃ち放つ。


 これが私にできる最高の一撃だ。たとえ自身の力を制限されていようとケルケイオンとアルマデスは私の存在に依存しない。

 出力が難しく、ここまでで三つしか精製に成功しなかった重力カートリッジを使う場面はここしかないと確信していた。

 すでに私は、ノゾムが『白羊重壁(アリエス)』さえ使えばこの一撃により勝利するという事象を観測していた。だから後は、どうやってその状況に持ち込むかが勝負だった。


「な、なぜだ……!? 『白羊重壁(アリエス)』が崩壊していく……」


 その防壁のからくりもすでに解析済みだ。物理的でも魔力的でもすべてのエネルギーを障壁の網目を通して分散させる強力な防御壁。

 だから私はその防御を正面から崩すのではなく、その命令式を与えている星座そのものを直接狙った。

 星座を強制的に変化させ蛇遣座とすることで、その命令式を狂わす。


 こうして道さえ開くことができれば……。


「おおおおお!」


「なっ……!?」


 レオンがノゾムの下までたどり着くことができる。

 いくつかのテルスマグニアを吸収した左腕を振りかぶり、すでに目前まで迫っていた。


 そして、そのままが拳を振り下ろ……されることはなかった。


「なぜ……拳を止める」


「もう、やめましょう」


 レオンは優しい性格だ。戦いを嫌い、人を傷つけることをためらうことも少なくない。……だが、それは英雄としての覚悟を決める前の話だ。

 拳を止めた理由はきっと、ノゾムが私達にとって本当に戦うべき相手ではないから。


「ノゾムさん、あなたは……あなたのこれまでの人生に間違いなんてありません。たとえ後悔することがあったとしても、それを間違いだと言ってしまえばあなたのすべての過去が間違った結果ということになってしまう」


「そうだ、ワシのすべての人生は間違いだらけで……」


「違います。あなたの人生は間違いじゃない。それはこの島に住むすべての旧魔族に人達と……あなたの子供が証明してくれてるじゃないですか」


「それ……は……」


「あなたが自分の人生を間違いだと言うのなら、彼らを守れたことも、その子が今ここに存在してることも、あなたの過ちだというんですか。僕はそうは思いません、絶対に」


 旧魔族がこうして滅びずこうして存在できているのは、間違いなくノゾムのおかげだ。

 ノゾムによって上空に避難していなければ、他種族狩りの最優先目標だった旧魔族は確実に滅びていただろうから。


 そして……。


「どれだけ後悔が強くても、あなたがリィアルさんを愛した時間は消えません。それはあなたにとって何よりも大切なもので、自分自身でわかってるはずです。だって、その証拠をあなたは今まで守り続けてきたんですから」


「そうだ、ワシは……リィアルと出会い、愛し合えたことが何よりも嬉しかった……」


 だからこそ失った悲しみも比例して計り知れないほどだったんだろう。

 だが、それで彼女との思い出まですべて失うわけではない。ましてや二人の間にはかけがえのない愛の結晶が存在しているのだから。


 それに、魔王を打ち倒したこともすべてが女神政権の利益のためというわけでもない。

 世界から魔王の脅威が消えたおかげで救われた命は少なくないはずだ。


「ノゾム、お前は紛れもない勇者だよ。きっかけは流されただけかもしれない。だが、お前が守り抜いたものはこの世界に確かに存在してるんだ」


 それはこの島の旧魔族にもいえることだ。

 彼らは自分達が守られていることに薄々気づいていた。だから新生児が産まれては常に感謝の意を伝えることを怠らなかった。

 あるいは……それはノゾムを孤独にしないための彼らの思いやりだったのかもしれない。


「信じても……いいのか? ワシは……誰かの心を支え、そして支えられていたと」


「ああ……そして、お前の両親にも」


「どういう……ことだ?」


 なぜ私の口から両親の話が出てくるのか驚愕の表情を浮かべるノゾム。

 私は、すべてを教えてやった。この世界とアステリムの時間軸が異なっていること、元の世界でテレビに映っていたノゾムを心配し涙を流す両親の姿を見たことを……。


「父さん……母さんが……」


「あの人達は、今でもお前の帰りを待っていたよ」


「う……あ……あああ。父さん、母さん! ワシは……! 僕は……!」


 ノゾムはすでに両親の何倍もの時間を生きた。だが両親を想い涙するその姿は、幼い子供そのもので……。


「……ごめんなさい。あたしが、あなたをこの世界に連れてこなかったら……」


「もう謝らないでくれ……女神よ。ワシはもう……貴様を恨むことはしない。確かにこの世界で辛いことは少なくなかった。だが、この世界でかけがえのない幸せと出会えたこともまた事実。それだけは……感謝している」


「ごめ……ううん、こちらこそありがとう。あたし、これからこの世界を良くするために頑張っちゃうから」


 女神と勇者、本来なら出会うはずのなかった二人がこうして再会し、互いを知った。

 もっと早く二人がキチンと出会えていればこんなことにはならなかったのかもしれないという、もしもの可能性を感じさせる奇妙な運命のいたずら。


「ゴフッ……! ガハッ……!」


 そんな会話の中、突如ノゾムが苦しみはじめ、吐血と共に地面へ倒れこむ。


「ノゾムさん!? 大変だ、早く回復魔術を……」


「無駄……だ。寿命が近づいているのだ……。テルスマグニアを無理に酷使した反動が……な」


 ノゾムの体は……すでに限界を迎えていた。自身の限界を超えてしまえば、長寿の法はその力を維持することはできず、ましてや他人の力でどうこうできるものでもない。

 今日ここで、ノゾムはすべての力を使いつくしてしまった。


ゴゥン……


「なに? この……揺れ?」


「ワシに残された最後の力で……この島を、地上へ降ろす。それが、ワシの最後の役目だ。島の者達には急なことで……申し訳ないとは思っているが」


「いいや、きっと大丈夫さ」


 それはこの天空の楽園の終わり、再び旧魔族が地上の悪意に晒される危険が生まれたことを意味していた。

 だが大丈夫だ。今の世界は彼らを受け入れ、共に生きることができる。

 旧魔族達も、いつかこんな日が来ると覚悟していたのだから。


 そして、ノゾムの命が尽きるということはその神器も……。


「少年よ……このテルスマグニアを……受け継いではくれないか」


「僕が……いいんですか」


「あの重力魔術の数々は見事だった、キミなら使いこなせるだろう。なにより……キミの言葉の一つひとつがワシの心に響いた。この力で、キミの守りたいものを守ってくれ。決して、ワシのようにはなるな」


「……はい! 必ず、この力で僕は僕達の未来を守ってみせます!」


 今、ここに神器は継承された。テルスマグニアもすでにレオンを認めている。

 ……いつの時代でも、この神器はまじめで優しい奴の手に渡るんだな。


「異世界人よ……一つ、頼みがある」


「私にか?」


「ああそうだ……。どうか……これを両親のもとへ……届けてくれ」


 そう言って震える手で取りだしたのは、プラスチック製のロケットペンダントだった。

 その中には……色あせていたが若かりし頃のノゾムとその両親が三人で写っている写真が収められていて……。


「たとえ理解してもらえなかったとしても……ワシがここで生きた証を伝えてほしい……」


「わかった。これは、私が必ずお前の両親へと届けてやる」


「ありがとう……」


 あの日見たニュースは私がこの世界に戻るきっかけの一つだ。お前や両親には伝わらないかもしれないが、これは私なりの恩返しともいえるものになる。


「そして最後に……」


 ノゾムは最後の力を振り絞り、その地面へと魔力を送る。そこから出てくるのはもちろん……あのカプセルだ。


「頼む、この子を……この子に、幸せな未来を与えて……く……れ」


 それが……ノゾムの最後の言葉にして願いだった。

 カプセルの上の『処女ノ守護ヴァルゴ』が崩れ落ち、本当にノゾムはその天寿を全うしたのだと誰もが理解する。


 だが、それで終わりではなかった。突如ノゾムの体が光を放ち、何かが天へと飛び出していく。

 一瞬何が起きたのか理解できなかったが、私とセフィラはすぐにそれ・・が何かを理解する。


「あれ!? あたしの七美徳の“希望”よ! このままじゃ終極神に吸収されちゃうからあたしが回収しないと!」


「……いや待てセフィラ! あれはあのまま終極神の下へ向かわせるんだ!」


 そうだ! 勇者ノゾムは七美徳……つまり終極神のカケラの持ち主だった。その肉体が終わりを迎えることでカケラが終極神に吸収される……それはまさに、私が望んでいた状況だ!

 そして、この戦いで新たな事象力の扱い方を覚えた今の私ならきっと……。


(……見えた!)


 ついに、私は終極神の潜む先の事象を特定することに成功した。

 これで文字通り希望が繋がった。まさか、こんな形で使うことはないだろうと考えていた手段を行使することになるとは。


 これですべてが万々歳……とも思えるが、まだだ。私達にはノゾムから託されたものが残っている。


「……ねぇ、この子……わたしが産んでいい?」


 が、突然のミネルヴァの爆弾発言に一同騒然で言葉も発せず放心してしまう。

 いや、どうやらアポロだけは別のようで。


「ネルよ、本当にいいのか?」


 自分の伴侶である彼女に、真剣な表情で短く問いかけていた。しっかりと、その覚悟を確かめるように。


「確かに、彼やこの子とわたしは他人よ。でも、わたしにはどうしても他人には思えない。それは魂に刻まれた術式の影響かもしれないし、長い間あいつ……へーヴィと繋がっていたからかもしれない」


 そうだ、ヘヴィア……へーヴィはリィアルの唯一の血縁者であり、そういう意味ではミネルヴァは誰よりも繋がりがある。

 それにミネルヴァ達の術式も新しいもので上書きされたにすぎず、本を正せばその魂に刻まれているのはへーヴィの術式ということになる。


「でも! これはわたしの意思よ! この子はわたしが産んであげるべきだって……わたし自身が選んだの」


 たとえきっかけが何であれ、その先を選ぶのは自分自身……そうだよな。


「それに、わたしならこの子を産める条件を満たしてる。そうでしょ、ムゲン?」


「ああ、お前とアポロの二人ならやれるだろうな」


 受精卵には母体の膨大なエネルギーが必要となるが、『死が二人を分かつまでトゥルーラバーエンド』によってアポロと繋がっているミネルヴァはその生命力を術式を通して補うことができる。

 ミネルヴァの覚悟と、アポロの桁外れの生命力さえあれば必ず成功するはずだ。


「うむ、ならば我が否定する理由はどこにもない! この子は我とネルとで育む、龍皇帝国の記念すべき第一子だ!」


「大げさだけど……まぁその通りね。でも、この子が日の光を浴びるのは、世界が本当に平和になってから」


「ああ、その通りだ」


 そして、そのための準備は着々と進んでいる。

 神器はレオンが継承し、終極神が潜む先の事象も特定できた。


「うわっ!? 左腕の魔導アームにテルスマグニアが集まって……ギチギチになっちゃいましたよ師匠!?」


 ……レオンに関してはまだ問題があるみたいだが、それはまぁ他の神器にも言えることか。

 きっと今頃、他の地でも神器の継承が行われている。


 だから今は……。


「ねぇ! みんな見て! どんどん高度が下がって、景色が……わわっ!?」


ズゥン……!


 どうやら島も無事地上に着陸したようだ。


 さーて、これからが大変だな。まずは島の事情をヴォリンレクスに連絡して、旧魔族達の保護と……ノゾム手厚く埋葬してやらないとな。

 ありがとう……勇者ノゾム、“天空神”。お前の残してくれたものはきっと、この世界を救う大きな事象になる。


「さぁ! みんな待ってるはずだ。ヴォリンレクスに帰ろうぜ!」


 こうして私達全員にとって大きな意味を持つ、天空の旅は終わりを告げるのだった。


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