232話 ただいま英雄求人中 side第四大陸


「お、見なよレイ。段々陸地に近づいてきたよ」


「やれやれやっとか……。どうも船旅というのは慣れないな」


 魔導師ギルドでムゲン達と別れた俺とサティはそのまま船に乗船し、あいつの求める人材とやらを捜しにあの第四大陸まで向かっていた。


「しかし、船というものはどうしてこう不規則に揺れるんだ……。それに潮の混じった空気の匂いにもどうも慣れん」


「アタシは全然平気だけどね。レイは初めて第二大陸から出るときから毎回きつそうにしてるもんな。なんでだろうね?」


「ムゲンが言うには、俺が大地に準ずる純粋なエルフだからということだが……」


 生まれも育ちもしっかりとした大地で育ったエルフにとっては土の感触と森の匂いから遠ざかるほどに順応性がなくなっていくとのことだが。


「う……また気分が悪くなってきた」


「ほらほら、地面はもう少しなんだからこれくらい我慢しなって。港に着いたら一度ゆっくりすればいい。急ぐ仕事ではあるけど寝る間も惜しむほど切羽詰まったものでもないんだからさ」


 ここ最近、サティは以前の明るさを取り戻してきている。だが、そんな明るい表情を見るたびサティが無理をしてるんじゃないかと俺は密かに不安を抱いていた。

 先の戦いにおいて心に大きな傷を負ったサティはそれでもなお亡き父のため、愛する者達の住まう世界を守るために立ち上がった。その意思の強さに最初は俺ももう心配はいらないと安心していたが……。


(いくら気丈にふるまっていても、ふとしたきっかけでトラウマが再発してしまう可能性は……ないとは言い切れない)


 サティの覚悟を疑うわけではないが、心の奥深くに閉じ込めた傷というのは無意識のうちに浮かび上がってくる。そんな時、彼女を守るのは俺の役目だ。それこそがベルフェゴルとの約束であり、俺の誓いだ。


「……情けないところを見せて済まなかった。少し、アーリュスワイズの中に籠ることにする」


「どうしたんだいまた急に? ま、いいけどね。陸地はもうすぐだからほどほどにしとくんだよ」


「ああ」


 アーリュスワイズの形状を変化させ、その内側に俺自身をすべて包み込む。これはムゲンの考案したアーリュスワイズとの親和性を高めるための修行法だ。自ら神器の内に取り込まれることで俺の意思を神器に、神器の意思を俺へと伝わりやすくすることができる。

 これでいち早く神器に認めてもらうよう何度も実践してはいるものの……。


「……ッ!? ぐっ……また、意識をはじき出されてしまった……」


 何度やってもアーリュスワイズは俺を認めようとはせず、意識による対話も一方的に拒否されすぐに形状が解けてしまう。

 いや、というのは俺の主観での話だが。


「大丈夫かいレイ? ほら、もう船は港に着いてるよ」


 俺がアーリュスワイズの中で過ごした一瞬は現実の数分。最初は少し気が狂いそうな感覚だった。だが、この感覚を使いこなせるようにならなければベルフェゴルの次元に追いつくことなど決して不可能だろう。


「ほらほら、いつまでも呆けてないで立ちなって」


「……済まない」


 サティに手を引かれ立ち上がった俺は、甲板の上からどこまでも広がる第四大陸を眺めながらもう一度決意を固める……ムゲンから頼まれた人探しををこなすと同時に、神器を使いこなしてみせると。




 さて、港町に到着した……はいいが、第四大陸のほとんどの地域では魔導師ギルドに対する警戒が解かれておらずヴォリンレクスが用意した大使もここで立ち往生をくらっているのが現状だ。

 この港町で好き勝手暴れていた元魔導師ギルドの大将はこちらで抑えたとのことだが……。それ以前に大陸の奥へ向かってしまった旧魔導師連中がまだ情報が行き届いていない町や村で横暴な行為に及んでいるとも聞く。


「そういった連中も野放しにはしておけないね。見つけ次第アタシらでとっ捕まえてやろう」


「ま、そういうことは俺達の得意分野でもあるからな」


 要は第二大陸で『紅聖騎団クリムゾンレイダーズ』として活動していた時と同じようなものだ。問題はまだここの人間が俺達を信用していないということだが。


「でも勝手に動き回るのはダメなんだろ? まいったね、今のままじゃどうしようもないじゃないか」


 とにかく現状を把握しなければ話にならないな。まずはこちらの大使に話を伺うのがいいだろう。


 その辺の兵士に話を聞くと、俺達の情報は本国から伝わっているということもありすんなり大使の下へと通された。


「ようこそおいでくださいました。サティ様とレイ様ですね。ディーオ陛下からの伝書よりお話は伺っております」


「お疲れのところ悪いね。アタシらものんびり待ってるつもりもないからさ」


「ええ、その件に関しては我々も重々承知です。我々も協定のために日々尽力はしているのですが……」


 大使の疲れ切った表情から協定の交渉が上手くいっていないのは明らかだ。ヴォリンレクスからは交渉が特異な者を大使に選んだとは言っていたが、それだけ相手も手ごわいということか。


「不戦の条約や技術の提供、今後の大陸民の安全の確保など様々な条件を材料に再三交渉を行いましたが未だ我々を受け入れる姿勢は見せてはくれませんでした」


「相当用心深いな。ムゲンの話は持ち出しはしなかったのか? 書状にもあいつが書き記したものがあったはずだが」


「それが……あの人の名前を出してから王は逆に機嫌が悪くなったようで……。それからはあまり話題には出さないようにしております」


 あいつ……この大陸は自分に借りがあるから大丈夫なようなことをぬかしていたくせに逆効果じゃないか。


「しっかし、交渉が全然上手くいかないんじゃアタシらの仕事も先延ばしになっちまうか」


「あ、いえ……交渉自体は毎回途中までは上手く進んではいるのですが……」


 どこか大使の歯切れが悪い。なにか言い出しづらいような、困ったような表情で今にも頭を抱えたそうにも見えるな。


「交渉が上手く進んでいるというのにどうしてこれまでに協定が結べないか……何か理由があるようだな」


「はい……実は交渉を進めていると毎回途中である人物が現れ交渉が打ち切られてしまうのです」


「え、それって王様との直接交渉じゃないのかい!? そんな中に横やり入れて交渉を中断させられる人間なんているのかい?」


 確かに、サティの言う通り大国同士の重要な交渉の場に突然現れすべてを台無しにできる人物がいるというだけでも驚く事だというのに、三度の交渉においてすべて現れているということはそれだけのことをしでかしてなおその行為が許されている人間ということになる。


「その方は……その国の第一王女様でした。彼女は交渉の場に現れては「余所の人間は信用できない」、「我々を騙そうとしている」などと大声で主張し、王は娘を諫めることを優先し我々との交渉を打ち切ってしまう……」


「この大陸で起きた事件ってのは出立前に聞いてきたけど……そいつは重症みたいだね」


「どのような交渉役を用意してもまったく態度は変わりませんでしたし」


 ムゲンから聞いた話では、ベルゼブルの配下だった男がその国の王族を騙して潜伏しており、大陸を巻き込む大混乱を引き起こしたとのことだったが……。どうやらこの国の王族、とくにその第一王女とやらはかなり恨みが深いようだな。

 もう誰も信用できない……か。


コンコン……

「失礼します。王都へ向かう馬車の用意ができましたが……っと、申し訳ありません! 取り込み中でありましたか」


「いや、大丈夫だ。報告ありがとう……。そうだ、お二人も共に王都へ参りませんか?」


 報告に来た役人の話からどうやら今から四度目の交渉に向かう予定だったようだが、それに俺達が同行するということか。


「手短に済ませられればお二人が人探しに大陸を回る許可くらいなら得られるかもしれません。ディーオ陛下からもお二人の任務は優先事項だと記されていましたし、協力は惜しみませんよ」


「どうするレイ。これはアタシでも悪い話じゃないって分かるよ」


「ああ、この話乗らせてもらおう。ここでくすぶっていても何も進まないのなら、試せる可能性は一つでも多く試すべきだ」


 こうして俺達は大使のはからいによって急遽向かうはずだった二人の交渉員と交代で馬車に乗らせてもらいすぐに出発することとなった。この第四大陸一の大国の王都、セレスティアルへと。




 それから馬車に揺られながら進むこと数日。俺達を乗せた馬車は何事もなく無事に王都へ到着する。途中何度か魔物の襲撃はありはしたが俺とサティで難なく対処できる程度のものだ。戦闘が終わるたびに同乗している護衛兵は俺達の強さに関心させられると言うが……。

 だが、俺は決して強くなどない。終極神を前にして手も足も出せない……いや、戦いに参加するレベルにすら至れなかった俺なんかが強いわけがない。


「お二人とも着きましたよ。ここがセレスティアルの王城です。我々が入城許可を執り付けてまいりますので少々お待ちください」


 どうやら考え事をしている間にもう目的地まで到達してしまったらしい。街の正門から真っ直ぐ進んだ先にそびえたつ巨大な城。とにかく、ここで俺達がこの大陸で自由に動き回れる許可だけでも許してもらいたいところだ。


「ひゃ~、ここのお城もでっかいねぇ。でもアタシらのとこやヴォリンレクスのとこと比べるとちょっとシンプルな形してるね」


「そうだな、レインディアの城は半ば自然と一体化した造りになっているから……」


 俺達の国か……もう長いこと戻っていない。姉さんは俺達が戻ってこなくて不安だったんじゃないだろうか。

 最初は俺達の国を守るためだったというのに、いつの間にか世界の混乱に首を突っ込むこととなり、サティの故郷にも立ち寄ることとなってしまった。そして……。


「コラ!」


「あがっ!?」


 突然頭部に痛みが走り何事かと周囲を見回すと、隣でサティが鞘のままの大剣の腹で俺の頭を叩いたのだと理解した。


「さ、サティ、いきなり何をする」


「レイ、お前最近そうやって一人でぼーっと考えてること多いだろ。そういう風に思いつめすぎるのはよくないぞ」


「う……バレていたか」


 俺としたことが、逆にサティに心配されてどうする。しかし、サティは自分の気持ちの整理で手一杯のはずだというのに俺のことをよく見てくれているようで、それは少し……ありがたい。


「今度は何を思い詰めてたんだ? ……あ、もしかしてリアのことか。そういや今度ウチんとこの王サマと一緒にヴォリンレクスに訪問するって手紙が返ってきたもんな」


「俺が気にしていたのは……いや、それもとても気にはなるが」


 世界の危機が迫る今、世界が一つになるために各大陸から有力国家を集め開催されることとなった第一回『世界会議』。当然ヴォリンレクスの同盟国である俺達の国も参加し、王の付き添いという形で姉さんも合流することとなったわけだ。

 ……王の付き添い、というのが若干気になるところではあるが。


ギィィィ……


「お待たせいたしました。中に案内の方がいらっしゃるようなので、まずはそこまで参りましょう」


 そんなことをしてる間に王城の門は開かれ俺達の入城も許可されたようだ。

 俺とサティは大使を含む数人の交渉員と共に案内の者が待つと言われた部屋へと入ると、そこで待っていたのは……。



「ふっはっはー! よくぞ来てくれた異国の者達よ! 今回は特別にこの俺! セレスティアル最強の勇者ケントが直々にあんた達を歓迎するぜー!」



 無駄にテンションの高い、見るからにアホそうな男だった。


「ゆ、勇者ケント殿……。あなたが案内の方なのですか。クラムシェル王との協定交渉の際に何度かお見掛けしましたが……」


「そうそう、毎回見てるだけだったじゃん俺って。せっかく外の大陸の人がやってきたってのに何の接点もないまま終わるのってなんか寂しいじゃん……ってあれ? 大使くん、今日の交渉員の人達ってみんな男の人なの」


「え、ええ。前回は女性の交渉員を用意しても受け入れてもらえなかったので今回はまた違った人材を……と、どうかされましたか勇者殿?」


「いや……せっかく異国の女の子達と仲良くなるチャンスだと思って案内役を志願したのに……この仕打ちはないだろうがよ~……」


 なんだこいつは……無駄にイラっとくる登場をしたと思ったら交渉員に女性がいないから落ち込んだということか? ……このノリはどこかムゲンと似た空気を感じる。いや、あいつの方がまだ知性を感じさせる分こいつの方がたちが悪そうだ。


「ケント様! やはりそれが目的だったのですね! 突然「次の案内は自分に任せてくれ」なんておっしゃられたので疑問に思ってましたけど!」


「あ、いやクレア……俺はただ純粋に案内を通して異国の文化との健全なコミュニケーションをだな……」


「私はケントが志願した時からそんなことだろうと思っていたがな。ただ、ケントのそういった目論見は上手くいかないことが多いので黙っていた」


 勇者と呼ばれた男、ケントの後ろからさらに二人の女性が現れなんだかわけのわからない寸劇が始まったぞ。一方は煌びやかな衣装に身を包んだ上品そうな女に、一方は鎧に身を包んだ長身の騎士風の女。こいつらは結局何者なんだ。


「あ、あなた方は!? クレア王女に、騎士長のリネリカ殿! ま、まさかこんなところにおられるとは思わず不躾な対応を……」


「あ! だ、大丈夫です。皆さま顔を上げてください! 今のわたくし達は案内役としてここにいるのですから」


 一方が騎士だという俺の予想は当たっていたが、もう一方は王女だと? だが王女といえば……。


「あの子が噂の王女様だってのかい? とてもじゃないけど交渉を邪魔するようには見えないけどねぇ」


「それに交渉員にも何事もなく接しているぞ」


 話では王女は異邦の人間を許容せずすぐに追い出させるほど横暴な人物だと聞いているが、これでは真逆だ。


「違うのです。こちらの方はこのセレスティアルの第二王女、クレア・クラムシェル様ですよ」


「第二……ああそういうことかい」


 異邦人を嫌っているのは確か第一王女だったな。つまりはその妹ということか。まったくややこしい……。


「おや!? 交渉員の恰好してないから気づかなかったが、ちゃんと女性の方もいらっしゃるではないか! そこの褐色長身のお姉さん!」


「ん? それってアタシのことかい?」


「そうそう! その引き締まった体に背中の重たそうな剣……つまり女剣士! 素晴らしい、どうかこの勇者と一緒に世界を守るパーティに加わりませんか!」


 こいつ……いきなりサティの前に出てきたうえに何をぬかす! 流石に俺も少々頭にきたので文句を言おうと前に出ようとするが……サティに無言で制止させられてしまう。

 そのままサティは俺の方へ大丈夫だと言うように目を配らせ、一歩前へと進み出ると。


「残念だけど、そいつはお断りだよ! アタシにはもう一緒に世界を守る最高のパートナーが隣にいてくれるからね!」


 部屋中に響き渡るその宣言に勇者もその仲間も、ヴォリンレクスの交渉員も驚き固まってしまう。そして、紹介されてる俺自身はかなり恥ずかしい……。


「ケント様、どうやら彼女には心に決めたお方がいるのですからこれ以上はいけませんよ」


「わかったわかったって。でも、そこのパートナーくん? まだまだヒョロイ子供っぽいけどそんなんで彼女を守れるのか」


「む、あのねぇこう見えてレイはね……」


 ここで、今度は俺がサティを制止させ前に出る。サティがしっかりと自分の意思を示したのだから今度は俺の番だ。それに、ここまで言われては俺も黙っているわけにはいかない。


「あれ? よく見りゃお前耳長いな。もしかしてエルフ?」


「ああそうだ。いいか、俺は……」



「とりゃー! ちょっとケントくんー! ランが寝てる間になんか面白いことになってるじゃーん! ってあれービックリ!? なんでエルフの人がいるのー!? それも……スンスン、匂いからしてこの大陸の人じゃないよね!」



 俺の言葉が、突然現れたエルフの女に邪魔された……。しかもなんだこいつは、人の顔をじろじろ見たり匂いを嗅いだりと。


「と、とにかくだな! 俺は……」


「あのー……すみません」


「今度はなんだ!」


 なぜだ! どうして俺の行動はことあるごとに邪魔されるんだ! しかも今度は横で見ていた大使だ。立場上味方であるお前がどうして邪魔してくる!


「そろそろ王と謁見させてもらわないと、時間がないのですが……」


「そ、そうでしたわ! 皆さまこちらへ、すぐご案内いたしますね!」


 そのままぞろぞろと部屋の中から一人づつ退室していき、最後に……。


「ま、まぁ気を落とすなって。アタシはレイの言いたいことはわかってるからさ」


 なんだか虚しさを感じつつ、俺とサティも部屋を後にするのだった。


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