219話 白と黒


 戦いは終わった……人族と新魔族との戦争から始まり、ベルゼブルとの死闘の末に引き起こされた幻影神と終極神による人の常識を超えた戦いは、辛くも私達の勝利という形で幕を下ろした。


 しかし……残された傷跡はあまりにも大きく、そして深い。抗争していたはずの両軍はほぼ壊滅状態、生き残りがどれだけ残っているかも怪しいものだ。極めつけに人族側は女神を、新魔族側は指揮官である七皇を二人も失った。こうなってしまってはお互いに戦争を続ける気力は残ってはいまい。

 周囲に転がっている死体の山はベルゼブル……いや、終極神の“支配”に耐えられなかったんだろう。世界自体が人間を選別する力……ただ宣言するだけで死を与える力を持った存在。


 そして、極めつけは……。


「あの亀裂はもう……閉じられないのか」


[あの事象の穴にはこの世界の奪われた権限が集中されている]

[これでは写し身を行使しても閉じることは不可能だ]


 終極神がこの世界に残した“事象の穴”と呼ばれる巨大な亀裂。木の根のように上空へと伸びるその形は、まるで世界のすべてを覆いつくすのではないかと不安な気持ちを呼び起こさせる。

 かつて『幻影の森』に現れたとされる穴は幻影神の活躍により完全に塞がれたようだが、ここまで巨大な亀裂ではそれも不可能か。いや、それ以前に幻影神はもう……。


「――    」


 終極神の最後の攻撃により幻影神は大きく傷つき、その身体は少しづつ崩れ始めていた。かろうじて原型を保っているのはアーリュスワイズを取り込んだ左翼中央のみ……。


「幻影神は……助からないのか」


[嘆かないでいい、それはただ“写し身”としての役目を終えるだけに過ぎない]


「それでも、幻影神は私達を守るためにそのすべてを犠牲にしてくれた。そしてそこには幻影神なりの"意思"が確かに存在してるように感じたんだ。だから、私達はお前に心から感謝したい……」


 メッセージの主の意思が反映されているとはいえ、幻影神にはそれ以上の強い想いがあった。この世界を守りたいという強い願いが……。

 だからこそ、守られ託された側である私はその想いに応える義務がある。


(いや、義務感とかそういうのじゃないか)


 私もこの世界を守りたいと思っている。託されたからではなく、最初から同じ想い持つ者として、幻影神の意思も上乗せしていくだけだ。


「しかし、これからどうしたもんかね……」


 周囲を見渡せば死屍累々、残念だがこの死体の山を手厚く葬ってやれる時間などあるわけもない。あとから来る人間に任せるしかないな……この惨劇を目の当たりにしてしまう人には申し訳ないが。


 ともかく今優先すべきは私達の今後の動きだ。この場から離れることには変わりないが、皆この憔悴しきった状態では簡単にヴォリンレクスまでは戻れないだろう。


[帰り道のことなら心配はいらない]

[幻影神の中にあるアーリュスワイズの力で君らを送り届けよう]


「そんなことできるのか? いや、今の状態でしていいのか……」


[気にするな、あの身体ではもはやそれぐらいしか力になれないのだから]


 まだ力が残っているうちに……ってことか。ほんと、今回は何から何まで世話になってしまうな。でも今だけは、その好意に甘えさせてもらおう。

 そうと決まれば早速皆を呼びに……。


「おーい、ムゲンー!」


 っと、こちらから行こうと思ったがその前にセフィラが犬を引き連れてこちらにやってきたか。


「ちょうどいいところに来たな。私達は幻影神の最後の力で脱出する」


「そっか……まぁ、いつまでもここにいるわけにもいかないわよね」


「ああ、幻影神もいつまでも留まっていられない。すぐに出発したいが……レイと、サティは……」


「えーっと、あの二人なら……」


「ここだよムゲン」


 その返事とともにサティが遅れてセフィラの背後から歩いてくる。……その腕の中に動かなくなったベルフェゴルの遺体を抱えながら。


「サティ、もう大丈夫なのか」


「とりあえずは……ね。それに、いつまでもこんなところでめそめそしてるわけにもいかないだろ。親父も……できるだけ静かな場所に埋葬してやりたいしさ……」


 確かに、ベルフェゴルの亡骸をここに放置するのはよろしくない。それに、ベルフェゴルは私達を守ったことでその命を落とした……その感謝の念も込めて手厚く葬るのがせめてもの礼儀というものだろう。


「遠くから微かに聞こえたが、すぐにでも脱出できる手段があるそうだな」


 レイも一緒か、ここに来るまでずっとその傍らでサティをいたわっていたんだろう。サティも平静を装ってはいるが、実際にはまだ心の整理がついていない……そんな彼女をそばで支え続けられるのはレイが一番適任だ。


 よし、これで全員揃ったな。


「これから幻影神の中にあるアーリュスワイズの力でここから離れる。皆用意はいいな」


 私の言葉に全員が無言でうなずく。あとは幻影神に行き先を……。


「……行き先って口頭で伝わるのかこれ?」


[君のイメージを投影して起動させる]

[どこへ向かいたいかは君が決めろ]


 あら便利。つまり私の訪れた場所ならどこでもオッケーってことか。それなら……。


「よし決まりだ。そんじゃ一思いにやってくれ!」


「――   」


 私の合図とともに幻影神は緑の翼を広げると、それはみるみるうちに巨大化していき、優しく私達を包むこんでいく。

 やがて私達の視界がすべて光に覆われると、一瞬だけ意識が途切れるような感覚に襲われ……。




 気が付くと、私達は先ほどまでの戦場ではなく、雪深い森の中に立っていた。


「って寒っ!? なにここ、周り雪じゃない! ちょっとムゲン、なんでこんなとこに飛ばしたのよ!」


「殴るな殴るな。てか落ち着け、ここに飛んだのには……ちゃんと理由がある」


「もう、やっとふかふかのベッドのある部屋で休めると思ったのに……ってあれ、どうしたのサティ? レイも固まっちゃって」


「ムゲン……どうしてここに」


 セフィラ以外の全員が驚くのも無理はない。なぜならここは……私とサティ達が最初にこの第六大陸へと転移してきたあの湖の目の前なのだから。


「ベルフェゴルもどうせ眠るなら思い出深い場所のほうがいいんじゃないかと思ってな」


「そう……だね。ありがとう、ムゲン」


 サティは一言私にそう告げると再びベルフェゴルの亡骸を抱えて湖へと歩き始める。振り返る際一瞬だけ見えたその顔には……涙が流れていたようにも見えた。


 そのまま歩き続け、湖の手前……サティの母親の墓標前までたどり着くと、そこに遺体をゆっくり降ろし。


「親父、ここからお袋と一緒に見守っててくれよ。アタシ……アタシ……頑張るからさ!」


「……俺も、あんたとの約束は必ず守る。俺が……いや、俺達"家族が"この先サティを悲しませたりなどしないと」


 二人は……まだここから離れられそうにないか。いつの時代でも、今生の別れってやつには人それぞれの時間が必要だからな。


 さて、それじゃ私は私でやり残したことを済ましてこなきゃな。


「犬、しばらくの間ここを見張っておいてくれ。ここなら危険もないだろうが、そこらの動物や魔物にあの二人の邪魔はさせたくないからな」


「ワウ……ワウン?(それはいいっすけど……ご主人はどうするんすか?)」


「私は……まだやり残ってる用事を済ませないといけないんでな」


 そう言って私は再び幻影神の前に立つ。あの場所へと向かうために、もう一度転移をしてもらいたいが……。


「あと、どのぐらい動けそうだ?」


[距離で言えば、対極に位置する大陸まではギリギリ飛べるというところだろう]


 よし、それなら十分だ。一度この大陸内を往復し、そこから次の目的地へと向かうことは可能のはず。


「そうと決まれば早速私のイメージから転移をするからセ……」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


「うおっ、どうしたセフィラ」


「どうしたじゃないわよ。また一人で勝手に決めて突っ走って……あたしも連れていきなさいよ。あたしがあんたのヒ、ヒロインになったからには一人で無茶なことなんてさせないんだからね」


 ……うむ、このツンデレになり切れていないところがまたポンコツ具合がにじみ出ていて萌えポイントだな。ともかく私は今猛烈に感動している。こうして私の身を心配して気にかけてくれるヒロインらしいヒロインがようやく表れてくれてことに。

 ただ、ちょっとセフィラが勘違いしてるところは……。


「別に一人で行く気なんてないぞ。セフィラにも一緒についてきてもらうつもりだったからな」


「え……ああ……そうだったの。そ、それならそうと早く言いなさいよ!」


 まったく早とちりなヒロインさんだ。ま、今ではそういうところも含めて私はセフィラのことを気に入ってるんだけどな。


「……というよりも、今から向かう場所にはどうしてもセフィラについてきてほしかったんだ」


「急にまじめな顔にならないでよ。それよりも、どうしてもあたしについてきてほしいって……いったいどこなの?」


「それは……行ってみればわかる」


 何も察していないセフィラの無垢な表情を見て、一瞬本当に連れていくべきなのかとも考えたが……終極神との本当の戦いが幕を開けた今だからこそセフィラとともに向かうべきだと私は確信した。

 そう……の真実を知ったからこそ、私は向かわなければならない。


「さぁ、いくぞ」


 私は再び向かうべき地をイメージし、緑の翼に包まれセフィラとともにこの地を離れるのだった。


 そして、光に包まれた視界が元に戻ると、私とセフィラは寂れた教会の目の前に立っていた。地面に雪が積もっていることは先ほどまでと変わらないが、遠くにいくつもの明かりが確認できることからここが町の外れであることが理解できる。


「なんか寂しい場所ね。ここが目的の場所なの?」


「そうだ、ここには私達が会わなければならない人物がいるはずだ……」


「あ、ちょっと先にいかないでよ」


 私は意を決してその教会へと歩を進め、その後をセフィラもトコトコとついてくる。

 幻影神は……動く気配がない。ここで私達の帰りを待ってくれるんだろう。


(ようやく、ここまで戻ってこれたか)


 私は扉の前に立ち、取っ手に手をかけゆっくりとその扉を開けていく。

 そう、私は一度だけこの場所を訪れたことがある。私が一度日本に戻る前に最後に訪れた場所……私の今後の運命を決めるターニングポイント。そして、この場所にいる人物は……。


「ねぇムゲン、ここにいったい何があるの? そろそろ教えてくれても……」


 セフィラの言葉はそこまでで、それ以上先が紡がれることはなかった。その理由は……扉を開けた先にいる人物に目を奪われたからだろう。なぜなら、その人物が自分とまったく同じ顔をしていたのだから。


「久しぶりだな、クリファリエス」


 そう、彼女はセフィラと対をなす新魔族側の“女神”クリファ。

 教会の奥、その中心で月明かりに照らされる姿は私にデジャヴを感じさせる。だが彼女は、私達の登場に驚いた様子もなく、真っ直ぐこちらを見据えている。まるで私達が現れることを予見していたかのように。


「どうして……戻って来てしまったの」


 どこか悲しげな物言い。それもそうか、私は彼女の善意によって一度日本に帰ることができたというのに、こうして戻ってきてしまったのだから。


「最後の力まで使わせてしまったのに悪いな。こっちでやり残したことがあったもんで」


「何をやり残していたとしても、滅びゆくこの世界では何もかもが無意味に終わるだけです」


 滅びゆく世界……ね。クリファと以前出会った時からその冷めた態度に微かな違和感を感じていたが、あの時はその違和感の正体はわからなかった。

 ベルゼブルから“女神”の役割を聞いた今なら理解できる。


「クリファ、お前は……全部知っていたんだな。ベルゼブルの正体も、自分の役割も」


「……ええ、わたしが力を与えた陣営は勝利し、その過程で世界は壊れ、最後にはわたし達を生み出した存在がすべてを消し去る。それがわたし……いえ、わたし達が生み出された意味」


 最初からすべて知ったからこそすべてを諦め、ここでただ役目をこなすこと選んだのか。


「なんで……なんでそれを全部知っててあんたはそんな平気な顔をしてられるのよ!」


 だがそんなクリファを前にセフィラは納得いかないというように声を荒げ怒鳴りかかる。

 セフィラは自分の決められた運命を否定した。たとえ自分を生み出した存在に逆らってでも、自分が決めた心のままに生きていたいと。だから、同じ運命を背負ったクリファの生き方に納得できないんだろう。


「あなたは……いいえ、あなた達白の女神は。何もかもまっさらな状態で生み出されるから……。毎回新しい気持ち、見るものすべてが新鮮で……だから、感化されたあなたは役割を否定する生き方を選べたのでしょう」


「な、なに言ってるのよ。生まれた時期はあんただって一緒じゃない。そんなの、あんたがこんな陰険なところに住んでるから感性が擦れちゃっただけで……」


「そうじゃない。確かに生まれた時期は同時、けれどわたしとあなたとでは決定的に違うものがあるの」


 決定的な違い? とはいってもセフィラとクリファは性格も大分異なり、容姿も顔つきや体形は色を反転したように違うが、そういうことではないんだろう。つまり容姿や感性ではなく、もっと本質的なものということ。

 クリファが自分に課せられた運命からは逃れることはできないと刷り込まれた要素……。


「わたしは……『前回の女神』がどういう結末を辿ったかを知っているの。いいえ、前回だけじゃない……幾億もの世界で黒の女神が勝利し、世界が終わりを告げるという"事実"が体の中に刻み込まれていたの」


 幾億もの世界が終わる瞬間……。自分と同じ存在が辿る結末をそれだけ知っているなら、そりゃ最初から諦めたくもなるか。


「つまりクリファは、その幾億もの前世の記憶を持っているということなのか」


「少し違います。あくまで前回までの女神の辿った事実を知っただけで、わたしは別の新しい女神として生まれただけ。ですがセフィラ、あなたにもあったはずです、ハッキリとではないでしょうがあなたを自身の役割へと誘導する意思が」


「それってもしかして……あたしの夢に出てきた、前の女神達……」


 私がセフィラを助けた際に見えたあの怨念のような大量の女神か。つまりあの時のようなセフィラの苦しみを……クリファはずっと……。


「どんな世界でも黒の女神は勝利し、あなたは負けて世界は終わりへと向かう。この世界も今までの世界よりは抵抗しているけれど、いずれはわたし達を生み出した存在が何もかも消してしまう運命。今までと何も変わらない」


 確かに、終極神の圧倒的な存在感を前に私達はなすすべもなかった。今のままではクリファの言う通りいずれすべてが消されてしまうだろう。

 だからクリファはもう何もかも諦めてしまっている。でも……。


「だったらどうして、あの時助けようとしてくれたんだ。こんな終わる世界に放り出された私をわざわざ日本に送り返すなんてさ」


「それは……」


 そうだ、本当にクリファがすべてを諦めているというのなら私を助ける道理もない。他の異世界人と同じようにこの世界の終焉に巻き込むことになんら抵抗なんてないはずだ。

 しかしクリファは私を助けてくれた。その手を伸ばせば届く位置にいたから。


「変えられると思ったんじゃないのか。すべてが終る中で私一人でも助ければこの先何かが変わるんじゃないかって」


「そんなことありません。ただ、わたしは……頼まれたからそれを実行しただけ……」


「違う! クリファ、お前は心の中では本当はこの世界なら違う未来へとたどり着けると思っているんじゃないのか!」


 セフィラがこのアステリムへと逃げてきた時からクリファの知る幾億の結末とは変化が生じていることに気づいているんだ。だからこそ絶望に染まったその心の奥にほんの少しだけ希望が生まれた。私はそれに手を伸ばしたい。


「クリファ、お前が願えばその手は私一人ではなく誰をもを救うことができるんだ。私達で終わらない世界を作り出せるんだ!」


「わたしが、終わらない世界を……うっ!?」


 なんだ、クリファの表情がほんの少しだけ明るさを取り戻したように見えた瞬間、胸を押さえて苦しみだしたぞ!?

 いや、この症状に私は覚えがある!


「これって、あたしの時と同じ!」


「ああ、しかしほんの少しだけ考え方を改めようとしただけでこうなるのかよ」


 いや、むしろ最初から運命を受け入れていたクリファだからこそ前の女神達の意思が過敏に反応したのかもしれない。


「やっぱり……無理なのよ。運命は……変えられない」


 セフィラの時と同じだ、内側から湧き上がる無数の感情に流され、終極神によって定められた運命に従おうとしている。

 ここから、クリファ自身にその感情を振り払ってもらいこちらに手を差し伸べてもらえなければ闇に飲まれる彼女を救うことはできない。


「……馬鹿ね、運命なんてとっくに変わってるじゃない」


「セフィラ?」


 こんな状況だというのに、セフィラは焦ることもなくどこか呆れたような態度でクリファへと語り掛ける。


「だってあんた、あたしに勝ってないじゃない。いやむしろ今の状況だとあたしが勝ってるようなものかしら」


「何を言ってるの……どうしてあなたが勝ってるなんて……」


「ふふん、考えてもみなさいよ、あんたは今にも闇落ちして敗北者ムードたっぷりなのに対して、あたしは世界を救おうと戦う主人公の筆頭ヒロイン! どっちが勝者にふさわしいかなんて決まり切ってるわ」


 そう言いながらまるでクリファに見せつけるように私の腕にセフィラが抱き着いてくる。腕から伝わる大きな二つの膨らみの感触がたまらなくイエス! ……と言いたいところだがまじめなシーンなのではしゃぎたい気持ちは抑えよう。


「もう一度言うわ、勝者はあたし。ほら、運命なんて簡単にひっくり返せるわ。……でも、もしあんたがそれに納得いかなかったり、負けたくないって思ったら」


「……」


「あたしと同じ土俵まで登ってみなさい! ま、それでも最後に勝つのはあたしだけど」


 まったくこいつは……自由になってかは本当に気持ちを抑えなくなったよな。でも、それがいいんだよな。そしてセフィラはそんな気持ちをクリファにも知ってもらいたいんだろう。

 ま、その考えには私も大賛成だけどな。


「セフィラの言うこともたいがい無茶苦茶だが……運命が変わってるってことは同意だな。だからさ、クリファも私達と一緒にもっと大きな変化を生み出してみないか。世界を変える、私のヒロインとして」


「わたし……は……」


「ちょっとムゲン、似たようなことあたしの時も言ってなかった? 特別間薄れるじゃない」


「って、大事なところでそういうこと気にしないの」


 ともかく、クリファを呪縛から救うため、私はスマホに残されていたすべての魔力を絞り出し最後の[UnLock]を起動させる。


「……そうね、わたしもちょっと……違う未来を見てみたくなったかも。あなた達と……一緒に」


 そう言いながら初めて見せるクリファの笑顔とともに差し出されたその手をセフィラと一緒にがっしりと握りこむ。

 その瞬間、クリファから湧き出ていた女神の怨念は蜘蛛の子を散らすように飛び散り、消えていく……。


「さようなら……そして、ごめんなさい」


 それは今まで背負ってきたすべての女神の想いを裏切るのと同じことなんだろう。クリファは寂しそうに消えていく女神達を見つめていた。


「とにかく! これで全部解決ね! あーあ、勝ち確定のオンリーワンヒロインだったのに余計なのが増えちゃったわ」


「でも文句言ってる割には嬉しそうだな」


「べ、別に嬉しくなんてないわよ! これは……そう、ムゲンと一緒にいた時間の多いあたしの方が有利っていう余裕の表れよ」


「あら、愛の深さは時間で決まるものじゃないと思いますよ」


「なっ! なによぽっと出のくせにー!」


 なんだか賑やかなことになってきたな。これから本当の戦いが幕を開けるっていうのになんだか緊張感のないことで……。

 でもまぁ、そっちの方が楽しくていいか。


「まぁまぁ二人とも落ち着け。せっかくこうして仲良くなったことだし……」


「仲良くないわよ」

「仲良くないです」


「……なにわともあれ! こうして物語の主人公とヒロインが決まったんだ。何か記念が欲しいとは思わないか!」


 ちょっと強引な気もするが、二人には仲良くしてもらいたいのでここは強硬手段だ。

 両脇に二人を寄せ、取り出したるはスマホ……と、いつの間にか荷物に入っていた自撮り棒。おそらく日本から旅立つ前に姉さんが入れたんだろう、抜け目ない……。


「あたしはできればムゲンとのツーショット写真がいいんだけど」


「わたしもゲンさんと二人きりがいいです」


 どうやら、二人の新しい戦いもすでに始まっているようだ……。


「そう言わずに、ほらほら笑って笑って」


「まったくしょうがないわね。今回だけはクリファと一緒に撮らせてあげる」


「そうですね、セフィラとは今回だけですよ」


「まったく……ま、私は二人一緒に愛してやるけどな! はい、チーズっと!」


パシャ!


 すでに夜は過ぎ、夜明けの光が差し込む中、私はアステリムで撮り逃した最高の笑顔を共に収めることとなった。

 そこには運命から解放された白と黒の二人の女神のヒロインと、かつて世界を救い、やがて世界を救うであろう『魔導神』の主人公が未来へと向かう姿が写されていた。


 終極神との真の戦いが、今ここから始まる。





第9章 魔導神爆誕 編   -完-




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る