179話 いざ、商業国家へ


 それから、私達はリアとミミに出発の挨拶を終えてレインディアを出立した。

 とはいっても、第二大陸内では特に何かに注意しなければならないわけでもなく、数日かけて今はすでに港町。


「ここは私も来たことがあるな」


「ワウー(懐かしいっすねー)」


 あの時はレイを魔導師ギルドに勧誘しにきたジオとイレーヌに誘われて海を渡ったんだよな。あの頃は長い時を経たこの世界がどう変化したのか心を弾ませてたものだが……。


「ムゲン、ここからは気を抜くんじゃないよ。航海の途中でもし魔導師ギルドの連中の船と鉢合わせでもしたら戦闘になる可能性があるからね」


 そう……今ではその魔導師ギルドとは対立する立場にある。

 もしこの旅の途中で私達、ひいてはサティ達『紅聖騎団クリムゾンレイダーズ』が魔導師ギルド及び女神政権に敵対する準備の途中だと知られてしまえばもはや戦争は避けられないものとなるだろう。


 その対策として、一刻も早くヴォリンレクス帝国の強力を得なければならないが……。


「ほんと、どうしてこんなことになっちまったんだか……」


「ワウン……(ご主人、心配なんすね……)」


 心配か……確かにその通りだ。今、私の心の中には心配事で一杯だ。

 "女神政権"と"新魔族"との全面戦争……セフィラとクリファはいったいどうしているのか。戦争に反対するヴォリンレクス……ディーオやカロフ達の現状も気になる。

 そして……魔導師ギルド。どうして女神政権に協力的なのか、先ほど思い浮かべたジオやイレーヌなどの私の知るギルド員はいったいどうしているのか。


「いくら考えても疑問は尽きない。だから、行って確かめてみるしかないだろう」


 すべての謎を解き明かし、この世界を救う。私は自身の最終目標を胸に、中央大陸への航海へと進んでいく。




 数日後、航海は滞りなく終了した。途中何度か他の船団とすれ違うことはあったものの、物資の輸送船を装う私達が怪しまれることはなかった。

 まだ第二大陸が中立的な立場であり、表立って敵対の意思を見せていないのが幸いしたと言えるだろう。


「さて、ここからは陸路だよ。まずは『巨人の爪痕』を超えなきゃならないけど……」


「この辺りはすでに魔導師ギルドの連中の目も多い。あまり目立つ行動は控えるべきだ」


 サティ達の言う通り、この中央大陸ではすでにそこかしこで魔導師ギルドの者達が目を光らせている。

 加えてサティ達はかなりの有名人。もし正体が知られれば、なぜこの地に赴いたかの理由を問われとてもマズい状況になるのは確実だろう。


 なので、今も顔を覆い隠しながら怪しさ満点で街のすみっこで作戦会議中なのだが。


「そうだな……ここは護衛の手が足りてない商人なんかを探して雇ってもらうのがいいんじゃないのか」


 幸いにもこの街には他大陸から運ばれてきた商品を取り扱う商人が多く訪れる地であり、そういった依頼には事欠かないはずだ。


「悪くない手だけど……それにはアタシらにとって都合のいい依頼人がいないと逆に危険だ。魔導師ギルドの手がかかってなくて、そうでなくとも護衛にギルド員がいたらアウト。それに、アタシらがそれを探しに動けばそれだけ人の目にも留まる危険が増える」


 なんかサティが賢いぞ……いや、別にサティは思ったより猪突猛進じゃないからな。これでも一つの部隊の長だし頭は悪くないんだよ、ちょっと大雑把なところがあるだけで……。


 とにかく、サティの意見の通りこのまま護衛の依頼を探そうとすれば身バレのリスクがついて回る。

 だからこそ、ここで私が取る手段は……。


「その点に関しては私に任せてくれ」


 そう言って私は懐からスマホを取り出す。ふっふっふ、やはり異世界もの主人公のチートアイテムといえばこれだろう。早速その力を披露する時がやってきたということだ。


「[map]起動、音声認識モード。マールガルドまでの馬車、護衛任務アリ。それと……除外項目設定、女神政権と魔導師ギルドっと」


 スマホに向かって話しかける私の姿に二人はキョトンとした顔でこちらを見つめている。

 そういや私のスマホに不思議機能が追加されたのも二人と一緒の時だったな。まぁあの頃からかなりアップデートされてるから二人には何をやってるのかわからないだろうが。


ピポッ


 っと、そんなことを考えてる一瞬のうちに検索完了だ。


「ムゲン、そいつで何かわかるのかい?」


「ああ、どうやら今現在街の外れでマールガルドまでの護衛を募っているらしい。それに……むむ、どうやら私達にとってとても都合のよさそうな輩のようだぞ」


 表示された情報には、『訳アリ! 魔導師ギルド拒否!』と書かれている。つまり、この依頼者はどうしてか魔導師ギルドを避けて護衛者を募っている。


「それが本当なら凄いぞムゲン」


「相変わらず規格外な奴だな貴様は……」


「ふっふっふ、これが主人公パワーってなもんさ」


 困難な状況をもチートパワーで悠々と切り抜ける……今の私、最高に主人公してる気がするぜ!


「ワウ(ま、やってることは凄い地味っすけどね)」


「一言余計だ」


 とにかく、せっかく見つけたのにこのままのんびりして逃すわけにもいかない。なるべく目立たないよう裏道を通りつつ……。


「お、あれだ」


 大きな通りからは少し離れたあまり人気の少ない停留所に着くと、コソコソと隠れるように辺りの様子を伺う一人の商人が目に付く。

 他にも数人集まっており、その誰もが怪しい雰囲気でいかにもといったところだ。


 まぁとりあえず……。


「どうもー、ちょいとお話いいですかーい」


「なっ、なんだ貴様!?」


 この中ではいかにも商人というような少々恰幅のよい男に後ろから話しかけると、ビクンと体を震わせて警戒するように後ずさり距離を取る。


「おっと済まない、私達は……」


「まさか魔導師ギルドの者か!? まさかここがバレるとは……仕方ねえ口封じだ! お前ら、早速仕事だ!」


 いや話聞けよ。なんだかやけに怯えている商人の指示によって背後に控えていた護衛であろう人物達が私達を取り囲む。

 このおっさんもなにか勘違いしてるようだが、とりあえずこの状況は……。


「適当にのしちまうかい?」


「ふっ、それが手っ取り早いだろうな」


「二人ともほどほどになー」




 ……ということで、案の定というか予定調和というか。寄せ集めの護衛連中など私達の敵でもなく、かるーくあしらって全員ノックアウト。もはや描写するまでもない。


 商人のおっさんももう抵抗する気もなくへたり込んでいるし、そろそろ交渉に移るとしますか。


「くそう……あともう少しのところだったというのに」


「おっさんおっさん、何か勘違いしてるようだが……私らはただあんたの馬車の護衛に混ぜてもらいたいだけなんだ」


「なにっ!? お、お前ら……魔導師ギルドの連中じゃないのか?」


 先ほどの発言の通り、どうやらこのおっさんは魔導師ギルドを警戒していたとのこと。確かに[map]の検索で魔導師ギルドを除外したから、おっさんにとっても魔導師ギルドにバレると不都合な事情があるのは当然だろう。


「安心してくれ、私達も魔導師ギルドとちょっと厄介なことになっててな。そんな時にあんたが奴らに見つかると不都合な代物を運ぼうとしてるって情報を知ってな、よければ護衛がてら同行させてもらいたいんだ」


「そ、そうだったのか……。しかし、この荷運びはここにいる奴ら以外には秘密だったってぇのにどこから情報が漏れたんだか」


 あ、だから問答無用で襲い掛かられたのね。事情を知らなかったとはいえこんな裏取引の情報まで一発検索してしまうとは。


「とにかく、今のでアタシらの実力はわかってくれたろ?」


「あ、ああ……それじゃあ他の奴らを起こしたら早速出発だ。くれぐれも魔導師ギルドの連中にはバレねぇよう頼むぜ」


「そういえばいったい何を運ぶんだ?」


 一般の目に付く荷運びでは都合が悪く、特に魔導師ギルドに見つかっては悪い代物とは?


「そいつは機密事項だ。依頼人から極秘を貫くようきつく言われてんだよ」


 極秘の荷運び護衛か……サティ達と一緒なこともあってなんだか以前第二大陸に到着してすぐのことを思い出すな。

 あの時は金に困っていたから目先の依頼に飛びついて、その途中でサティ達『紅の盗賊団』に襲われたと思ったら護衛していた商品が……。


「まさか違法奴隷じゃないだろうね……」


 あー……そうなるよな。裏取引きの代表といえば大体違法奴隷にだからなぁ。

 もしかしたらこの商人も違法奴隷で金儲けを企んでいるのだとしたらそれはサティ達にとって一番許せない存在だが。


「ち、ちげぇですよ! 俺は人身売買はしねぇ、信じてくれ!」


「中身を確かめたいところだけど……今は他にやるべきことがあるからね。強引に見るのはやめとくよ」


「だが、もし貴様が嘘をついていた場合は容赦なく断罪する……肝に銘じておくことだな」


「へ、へい……それはもちろん」


 二人の脅すような発言に商人のおっさんは完全にビビってしまっている。ちょっと可哀想な気もするが……まぁ疑われるようなことをやってるんだから仕方ないだろう。


 だが、とにかくこれで足は確保した。マールガルドに向かうルートも通常のものとは異なり、少々危険だが人目につかない道がほとんどだ。

 確かに、こんなルートを通るならそれなりに護衛が必要なのもうなずける。


 しかし、おっさんの話ではこのルートを用意したのも物資を運ぶように指示した"依頼人"とのことだが、本当にいったい何を運んでいるのか……。




 それからまた数日して私達はついに『巨人の爪痕』を突破し、マールガルドの中心都市の目と鼻の先にまで到着していた。


「あそこが目的地か」


「ワウ(立ち寄るのははじめてっすね)」


 そうだ、聞いた話だけでしかないがこの都市にはエリーゼやマレル達の故郷。もしかしたらどこかで彼女達の現状を知ることも可能かもしれない。


「護衛の皆さん、こっちですぜ」


 と、考えている内に都市の入り口に到着するが、やはりというべきか正面から堂々と入るのではなく入り口の門からはかなり外れた地点に停車する。

 どうやらここで今回の護衛者達への報酬が支払うようだ。


 報酬をもらった他の護衛者達はこのことを一切他言しない規約とともに次々とこの場から立ち去っていく。で、最後に私達が残ったわけだが。


「最後にあんたらの報酬ですな。ちょいと予算オーバーになるがいい働きだったことには間違いねぇですから仕方ねぇ」


「いや、アタシらは別に報酬はいらない。乗せてもらっただけでこちとら十分だったからな」


 キッパリとそう告げるサティ。ま、確かに私達の目的はマールガルドへたどり着いてここの王と接触することだからな。

 けど、それだけでは商人のおっさんも納得いかないようで。


「いやいや、こちとら口止め料も兼ねてんだ。もらってくれねぇと困るよ」


 という感じでなんだかおかしな譲り合いがはじまってしまうが、これもサティの性分ってとこかね。

 ただ、私達としてもおっさんとしても、あんまりここでもたもたしてるわけにもいかないよな……。


「むっ……! この気配は……」


「レイも気づいたか……」


 私達の他にここに近づいてくる人の気配。どうやら間違いなくこちらを目指して歩いてきている。

 しかも、同時に魔力の反応も同じ地点から伝わってくるのを感じる。つまり、それが意味するものとは……。


「サティ、商人のおっさんを連れて身を隠せ。おそらく魔導師ギルドの人間が近づいてる」


「なんだって? けど身を隠すっていっても……」


「魔導師ギルドの連中め、もう嗅ぎ付けてきやがったのか。くそ、こうなったら仕方ねぇ、あんたらにも付き合ってもらうしかなさそうだな」


 そう言うとおっさんは何やら焦った様子で数台ある馬車の中から一台だけ馬に引かせて歩き出す。


「すまねぇが時間を稼いでくれ、その間に俺ぁある場所へと向かう。そこの姐さんは万が一のために俺についてきてくれ」


「それはいいけど……他の馬車はいいのかい」


「そいつらは普通の商品、つまりダミーでさぁ。さ、早く」


 商人はそのままサティを連れて街の外側を沿っていくように進み、やがて見えなくなる。


「犬、お前もあっちについていけ。お前の足ならいざという時に私への連絡が一番早いからな。[telephone]をつけておけばこっちから連絡もできる」


「ワウ!(ラジャっす! ご主人もお気をつけてっす!)」


 犬の体にスマホを押し付けてっと……これで大体の予防線は完了だ。あとは、私達の働き次第ってとこか……。


「ムゲン、来たぞ」


 先ほどからこちらに近づいていた気配の元が私達の前に姿を現す。そこには、この前第二大陸で見た魔導師と同じような恰好をした一組の男女が建っている。


「あー? なんだよ、変なとこに人がいると思ってきてみりゃガキが二人だけじゃねぇか」


「キャハ、しかもー一人はエルフ族ってやつー? ちょーウケルー」


 一人はなんだかガラの悪い、どこかのヤーさんと言われても違和感のないような男と、もう一人はあんた本当にアステリムの人間かと言いたいほどギャルな女性。魔導師の服もかなり改造したり着崩したりして……うむ、へそとか生足がとてもエロい。


「おいガキども、こんなところで何してる? 事と次第によっちゃガキでも容赦しねぇぞ?」


 そう脅すかのようにこちらへ問答を投げかけてくる。事と次第と言うが……その態度からは私達がなんと答えようと見逃すつもりがないといった雰囲気が見え見えだ。


「アハ、ブロンってば怖すぎー。でもー、この子達全然怯えてないじゃん。肝座りすぎー」


 エロいギャルの方も笑っていながらもすでにその魔力がビリビリとこちらをロックオンしているのが丸わかりだ。


「で? テメェらはいったいどこのどいつだって聞いてんだよ?」


「ふん、貴様らに語ることなど何も……」

「いやー、私達はまだまだ若輩ながらも商人を志しておりまして。実は初めての行商で私も相棒も緊張してましてね、街に入る前にちょっとここで心を落ち着けようとおもいましてはい」


「えー、えらーい。あたしより若いのに真面目なんだー」


 レイが先走って喧嘩吹っ掛けようとしたが、できることなら無駄な戦いは避けるのが一番だ。

 私達の後ろにはおっさんが置いていった"普通の商品"が入っている荷馬車もあることだし、これであっさり騙されてくれれば御の字だが。


「お二人は見たところ魔導師ギルドの方とお見受けしますが」


「そだよー、あたしシーラっていうのぉ。こっちの怖いおじさんはブロン。あたしらねー、これでもこの国とギルドとの交渉役? みたいなのやってるだよぉ」


 交渉約? 何やら気になる単語が増えたが、今は一刻も早くこの場を立ち去ることが先決だ。


「へぇ、そんですか。それは大変ご立派なことで。では我々はこれで……」


「だからねぇー……キミ達みたいな怪しい子は絶対に逃がさないんだぁ」


「……ッ! ムゲン!」


 ホンっと、どこに行ってもトラブル続きで嫌になるぜ! ギャル……シーラと名乗ったエロい女性の魔力が強くなった。位置は……私達の丁度頭上か!


「ごめんね、ボク達。『抉る落雷トールサンダー』」


 降り注ぐのは馬車を丸のみにする程大きな落雷。それは私とレイをもろとも飲み込もうと狙いを定め……。


ゴォオオオオン!


 周囲の地面を抉る程の落雷が、馬車を破壊し、馬を感電させ焼き殺す。

 だが……。


「やっぱ、簡単にはいかせてくれないか」


「当たり前だろう。お前の三文芝居で騙される空気でもなかったからな」


 私達は先にそれを察知していたため、強化していた肉体で雷が落ちる前にその場を飛び退いていた。

 しっかしレイの奴、言いたいこと言ってくれるなまったく。ま、時間稼ぎにはなっただろ。


「貴様ら、俺らに歯向かうとどうなるかわかってるのか?」


「あたしら、けっこーヤバつよだよ」


 あちらさんも完全に戦闘態勢に入ったな。どうやらそこら辺の雑兵魔導師とも違うみたいだし。


 久方ぶりのまともな魔導戦の開始だ!


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