175話 再会の風


 あれから犬に乗って走り続け、一時間もしない内に街の近くへとたどり着くことができた。

 幻影の森を出た時刻がアステリムでは夕刻だったため、すでに沈みかけている夕日が街を照らしている様子が見える。


 ここからならばもう犬に乗る必要もないので、元に姿へと戻らせてそのまま街に入るとしよう。


「ワン(いやーここにくるのも久しぶりっすねぇ)」


「この街もすっかり元通りになってるな」


 以前の戦いであちこちボロボロになっていたが、今ではそんな跡はどこにも残っていない。

 あれから半年以上は経つのだから当然だろう。


「……いや、だがあれから本当にどれだけの期間が経過したのかはわからないか」


「ワウ?(え、なんでっすか?)」


「忘れたのか犬、アステリムと地球では時間の流れが違うことを」


 私も一度地球へ戻る前は大して気にも留めていなかったが、時間の流れが違うということは私達が戻っていた間もアステリムはその世界基準通りの時間が流れていたわけで……。


「ワオウ(そういえば……つまりこっちではもう結構な時間が経っちゃってるってことっすか)」


 その通りだ、アステリムは地球よりも時間の流れが早い。こちらでの一年が地球でいう一日なのだから、数時間だけでも地球に戻っていた私達とこの世界の住人達とでは"現在"の感覚がまるで違うのだ。

 少し訪れなかっただけで季節が変わっているなど当たり前……なんかどっかの青いタヌキが出てくるアニメの映画で似たような設定を見たことがあったな。


「とにかく、私達にとってアステリムから地球へ戻ったのはせいぜい数時間の出来事に過ぎないが、こちらの世界の住人にとってはもう何十日も経っているはずだ。そのことを忘れるな」


「ワググ……(うう、なんかすっごいややこしいっす……)」


 流石に一年は経ってないだろうが、数ヶ月は経っている可能性は十分あり得るだろう。

 その間に世界がどれほど変わっているか気になるところではあるが……今のところそれを確認するすべはないのが辛いところだ。


 つまりまず私が知るべきことは世界の情勢を把握することだ。

 新魔族や女神政権がどのような動きを見せているかがわからなければ動きようがない。

 なのでまずはディーオ達のいるヴォリンレクスか魔導師ギルドのあるブルーメへとたどり着くことが先決だろう。


「とりあえず今日は休もう。転移を繰り返したせいで時間があべこべだが、考えてみれば完全に寝るタイミングを逃しているからな」


「ワウ(そうっすね、ぼくもそろそろ眠いっすよ)」


 元々クリファに地球へ送ってもらったのが就寝前だったし、それから実家に帰って少し休んだはいいが一睡もしてない。

 んで結局アステリムに戻ってきてからここまで動き詰めだ、流石に眠い……。


「幸いこの地ならギルドカードが使えるはずだ、どこか手近な宿泊施設に泊まろう」


 第六大陸ではまるで役にも立たなかったギルドカードだが、魔導師ギルドの名前が普及している地ならばとっても便利な魔法のカードだからな。




 というわけで、様々な店が立ち並ぶ大通りの中に見つけた適当な宿泊施設を見つけた私は早速ドヤ顔でギルドカードを提示したのだが……。


「ひっ! ま、魔導師ギルドの方ですか……」


 ……なんか反応がおかしい? 以前まではカードを提示して慌てられることがなかったわけでもないが、それは目上の人が突然現れたので驚いているだけ……といった風だった。

 しかし、この反応はまるで怯えているようじゃないか。


「ワン(ご主人、知らない内に変なことやったんじゃないっすか)」


「んな身に覚えはないということはいつも一緒にいるお前が一番知っているだろうが。……あ、とりあえず宿泊の手続きをお願いしたいのだが」


 理由はわからないままだが、とにかく今は体を休めることを優先しようと思い手続きを続けるのだが……。


「で、ではカードの確認を……あれ? すみません、このカードって……旧式のものですよね?」


「……は?」


 旧式? どういうことだ?

 この従業員は私の提示したギルドカードを見て確かに"旧式"と口にした。

 まさか……魔導師ギルドのカードのシステムが新しく変わるほどに時間が経ってしまったということなのか?

 これほど高度なシステムを変更するとなれば魔導師ギルドにもそれなりの変化があると考えるべきだが、一、二年も経たない内にそんなことがあり得るのだろうか?

 それともまだ時間の流れを私が把握しきれていないだけか?


「あの……お客様、申し訳ありませんがこれでは受け付けることはできませんので……」


「ああ済まない。しかしこのカードが旧式とはいったいどういう……」



ガシャーン!



 カード変更の理由を尋ねようとした矢先、外から何かが崩れるような大きな音がここまで響き渡ってくる。

 それと同時に辺りがざわつき始める、何か事件のようだが……。


 私はそのまま外へ出ると、すでに周囲にはやじ馬が集まっており、その中心には……。


「おいオッサン! 俺らに逆らおうってのかぁん!?」

「いいのか? 俺らは"あの"魔導師ギルドの一員なんだぜ! ほれ、このカードを見な!」


 店先で商品の果物が雑にぶちまけられ、おそらく店主であろう一人のオッサンがローブのようなものを纏ったガラの悪い男達に見下ろされている光景が目に入ってきた。

 しかも、そのガラの悪い男が口にしたその言葉は……。


(魔導師ギルドだと、あいつらが?)


 それに、見せびらかすように出したあのカードにも私は見覚えがない。

 カードは鉛のような色合いで、ギルド員の実力を示す星も表示されていない。


 私としては「そんなもの偽物だ!」と今すぐにでも言ってやりたい気分なのだが、どうもオッサンや周囲のやじ馬もあのカードを見て怯えているようだ。

 つまりあれにはそれだけの効力があるということになる。


「ひぃいいい! 誰か助けてくれー!」


 そうこう考えているうちに、どんどんオッサンがピンチになっていく。


「だからと言って、このまま何もしないで見てるわけにもいかないだろう……主人公としてはな!」


 私は一人魔導師と名乗る男達にも気づかれるよう派手にやじ馬達の中から飛び出していく。


「おいおいお前ら、魔導師を名乗るくせにそんなオッサンをいじめるような真似して恥ずかしくないのか?」


「あぁ? なんだテメェは」

「恰好からして正義の魔導師気取りってとこかぁ?」


「その通り! 私こそがこの世界の救世主にして世界最強の魔導師であるムゲン様だ!」


 ここらで堂々と名乗っておかないとな! これからの私は目立ちたい系主人公として活動していくぜ。

 まぁアステリムに戻ってきての初陣がこんなザコでは少々しまりが悪いが仕方がない。


「はぁ? 何をわけのわかんねーことを言ってやがんだ!」


 そっちが聞いてきたから答えたまでのことだというのに……。話を聞こうともせずに魔力を練って私を攻撃してこようとはいい度胸だ。

 はっはっは、まずは実力の違いを思い知らせてくれるわ!


「死にな! 水の弾丸、『水弾アクアバレッ……」

「はい『対魔力衝撃ディスペル』」


 相手の魔術が完成する前に同威力の魔力をぶつけて相殺する。相手も魔術を発射するポーズのまま立ち尽くして何が起きたのかわかっていないご様子。


「あ、あれ……」

「ったく何失敗してんだよ。まぁ奴は俺がぶっ飛ばすからお前はそこで見てろよ」


 こいつら、確かに魔術を扱うことはできるが……やはりどこか"お手本通り"感しかしない。

 教材に書かれている通りにしか魔術を発動させたことがないのがまるわかりだ。


「俺は無詠唱で魔術を使えるんだぜ! 『炎弾フレイムショッ……」

「だから『対魔力衝撃ディスペル』だって」


 自分が操作した魔力が打ち消されていることにすら気づかないような連中をこれ以上相手にしても時間の無駄か。

 適当にふん縛って魔導師ギルドについていくつか話を聞かせてもらうとしましょうかね。


「おいテメェまでなに失敗してんだよ!」

「はぁ!? ちげーし、たまたま調子が悪かっただけだっつーの!」


「あー、お二人さん? 言い争うのはその辺にしてとっとと私に捕まって……」



「そこまでだ! 魔導師ギルドの連中め!」



 と、私が言いかけたその時だった。

 それは、大きな声とともに突如としてこの場に現れた大きな魔力。目の前の二人なんかとは比べ物にならないほどに。

 私はすかさず魔力を感じた方へ向くと、そこには屋根の上に立ち真紅のマフラーをたなびかせながら立つ一人の男の姿があった。


 ここからでは逆光で顔がよく見えないが……この魔力の感じに私はどこか懐かしさを感じていた。


「あれは……『紅聖騎団クリムゾンレイダーズ』だ!」

「やった! 『紅聖騎団クリムゾンレイダーズ』がきてくれたぞ!」

「これでもう安心だ!」


 なにやら聞きなれない単語が周囲から飛び交っているが、あの人物の登場に今まで不安げな顔をしていたやじ馬の表情が一気に希望に満ち溢れていく。

 それに加え、どうやら魔導師ギルドの男達もこの状況に焦り始めている様子だ。


「まじかよ! こんな辺境の場所になんでいるんだよ!」

「くそっ、とにかくサッサとずらかるぞ!」


「ふん、そうやすやすと逃がすと思ったか!」


 身の危険を感じて逃げ出す魔導師達だったが、それよりも早く屋根から飛び上がると、すでに複雑な術式によって完成された魔術が放たれようとしていた。


「潰れろ! 『突風拘束圧ガスタープレス』!」


 おお、これはかなり完成された魔術だ! 魔術の射出角度から適切な魔力量、一つの魔術に細かい術式を組み込むことで多様な性能を発揮させている。


「うぎゃ!?」

「ぐへぇ! なんだこの風……絡みついて動けねぇ」


 一見風を撃ち出すだけの簡単な魔術のようにも見えるが、大きな風の塊を綺麗に纏めており、それがスピードと追尾性能を上げている。さらに接触した瞬間、瞬時に相手を拘束する形に変化するには余程の精密性がなければ成し得ない。

 しかもそれを三つに分散させているのだから大したもの……ん?


「待て……三つということは」


 すでに魔導師二人は拘束され、動けなくなっている。となれば、最後に残った風の魔術の行き先はこの場にいる……。


ヒュゴオオオオオ!


「私ってことかーい!?」

「ワウー!?(ご主人ヤバいっす、どうにかしてくださいっすよー!?)」


 あんにゃろ! 勘違いして私まで巻き込もうとしてやがるじゃねーか!

 仕方がない、こうなったら少々頭を冷やしてもらうしかない。


「術式展開、《時空》! 『異空の通り道ゲートウェイホール』!」


「なにっ!?」


 私が魔術を発動させると円形の穴が空中に現れ、向かってきた突風の塊を吸い込み何処かへ消え去ってしまう。

 この魔術は空間を捻じ曲げて近い位置に空間の通り道を作る、今出現させたのは入り口だ。そして、その出口はというと……。


「ッ! 俺の後ろか!」


 正解だ。私が出口を出現させるよりも早く魔力反応に気づいたな。だが、そっちばかりに気を取られてる場合じゃないぞ。

 私はすかさずアルマデスを構えトリガーを引く。放つのは炎の弾丸、これで挟み撃ちの形の完成だ。


 後ろから迫る自身の魔術を操作することはできるだろうが、そうしている間に弾丸に撃たれる。かといって弾丸を受け止めようとすれば後ろから迫る自身の魔術を受けなければならない。


「ふっ、挟み撃ち……と言いたいんだろうが、甘いな。こんなもの横に避ければいいだけの話だ!」


 と、屋根からヒョイと飛び退きあっさりとかわされてしまう……が。


「それこそが私の狙いさ」


 その場にい続けたら食らってしまうのなら避ければいい。しかし残った魔術はどうなるかな?

 挟み撃ちのために飛んでいく魔術はその対象がいなくなればもちろん衝突する。だが、それでただ相殺されると思ったら大間違いだ。


「炎と……風? そうか! 奴の狙いは……」


「気づいた時にはもう遅いぜ! さぁ、ぶつかって弾けろ!」


バァアアアン!


 炎と風、二つの魔術がぶつかり合うとそれは大きな音を立てて弾け飛んだ。

 形の崩れた風はバラバラにほどけるように拡散し、それに巻き込まれた炎が勢いを増した上で飛び散っていく。


 ……市民の皆さんには安全のため、辺りにはすでに防壁を張っておりますのでご安心ください。


「さぁ、どう対処する!」


 四方八方に燃え広がる炎を前にもはや逃げ場はない。このまま成すすべもないか、それとも……。



「アタシの仲間は……やらせないよ!」



 炎が目の前まで迫ったと思われたその瞬間だった。男を守るように一人の長身の女性が現れ、その身の丈と同じくらい巨大な大剣を構えて飛び出していく。


爆炎斬バクエンザン!」


 その剣からは私が撃ち出した炎の何倍もの爆炎が放たれ、降りかかる炎塊をすべて吹き飛ばしてしまう。


 その女性は……褐色の肌に真紅の髪を風に揺らし、そして男とおそろいのマフラーをたなびかせていた。


(まぁ、そりゃいるよな)


 私はこの女性……いや女性だけではない。この一組の男女にとても見覚えがあった。

 なぜなら……。


「まったく、いつも一人で突っ走るなって言ってるだろ、レイ」


「……この程度のこと、お前の手を煩わせるわけにもいかないと思っただけだ、サティ」


「またそうやって強がって……。それにしてもレイが手こずるなんて相手はいったい……」


 と、サティと呼ばれた女性が私の方を向くと、驚いた表情でその場で固まってしまう。


「どうしたサティ、奴がどうかし……」


 もう一人、レイと呼ばれた見た目が少年のエルフ族もやっと私が誰だか気づいたみたいだな。

 喧嘩っ早いのは相変わらずみたいだ……。


 さて、ここで誰もが気づいたところで再会のあいさつしましょうかい。


「ようサティ、レイ、久しぶり」


 それは、以前私がこの大陸でお世話になった『紅の盗賊団』のお頭であるサティと、その時に出会ったエルフ族の少年レイとのとても懐かしい再会だった。


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