173話 真・プロローグ
「ワフゥ……」
「お前の毛並みって意外とかなり真っ白だったんだな」
久しぶりの我が家でひとっ風呂浴びてきた私は脱衣所でびちょびちょになっている犬の体を拭いていた。
アステリムでも何度かこいつの体を洗ってやったことはあるが、ここまで綺麗に汚れが落ちたのははじめてのことだ。これも日本の技術のたまものか。
姉さんの料理はもう少し時間がかかるようなので居間に座ってテレビをつけると、丁度バラエティー番組が終了してニュースに差し掛かる時間らしく、ニュースキャスターのお姉さんおの姿が画面に映し出される。
『動物園ではパンダの赤ちゃんが生まれ……』
このニュースも転移前にどこかで見たことのあるようなものばかりが報道されており、本当にあれからそこまで時間が経っていないのだと実感させられる。
まぁ元々私の時間の感覚は普通の人とはちょっと変わっているので、一年程度ならそれほど誤差は感じないが。
「ほら、できたよ限。テーブル開けな」
「ほいほい~」
運ばれてきたのは……ごくごく普通のチャーハンと餃子だった。
「なんで中華?」
「ただのあまりもんで作っただけだよ。はい、こっちのワンコにもあまりものだけど」
新聞紙を引いた上に何やら乱雑に盛られたごちゃ混ぜの餌の皿を乗せる。
まぁうちはペットなんて飼ったこともないし、適当にもなるか。
「ワウ~ン」
それでも犬は尻尾を振りながら喜んでかぶりつく。「ごはんっすー」……とか言いながら食ってるのかもな。
……数時間前まで理解できていたことができなくなると、やっぱりどこか寂しいものがあるな。
「で、結局あんた今までどこ行ってたの? 友達の家?」
二人と一匹でテレビを見ながら食事をしていると横から姉さんが話しかけてくる。
うちでは家族団らんがモットーなので、こんな風に食事中の会話なんてのも毎回のことだ。お行儀が悪い、なんて言わせないぜ。
しかし、理由か……。
「ちょっと異世界まで冒険に」
キリッ とドヤ顔でサムズアップしながら嘘偽りなく話す。
が……。
「あ、そう」
っと、いつもの調子で返されてしまった……。
「いや、もうちょっと何か反応してくれてもいいんじゃないか姉さん」
「だってあんたのそういう話は聞き飽きてるからね。自分は何千年も生きた偉大な人物の生まれ変わりだとか、えらく大人ぶったりとか、小さい頃から全然変わってない」
まぁ魔力のないこの世界で私が転生者であることを証明する手段などほぼ皆無に等しいからな。小さい頃はよく冷ややかな目や生暖かい目で見られたものだ……。
それに比べたらアステリムは元々前世の私が住んでいた世界ということもあってか簡単に受け入れてもらえたなぁ……。なんてしみじみ思うのもこうして帰ってこれたからこそか。
「まぁあんたがどこ行ってたかはこの際どうでもいいけど」
「そっちが聞いてきたというのに理不尽な……」
こんなやり取りも我が無神家では日常茶飯事だ。うちの家族は皆揃って話が旨い、精神年齢的には私が上のはずなのになぜかいい負けることもしばしばだ……。
「で、あんたこれからどうするの?」
「どう……と言われてもなぁ。母さん達がいないとなると家で適当にゴロゴロするぐらいしかないな」
今はやっと帰ってこれた我が家を堪能するのが私の中の最優先事項だからな。
文明の利器の力でゆったりとした生活を送りながら庶民の強い味方であるコンビニでおかしやジュースを飲み食いしながらアニメやゲーム三昧という最高の贅沢を味わおうじゃないか。
「あれー、でも今年こそは彼女を作って一人寂しくない連休を過ごすんじゃなかったっけ~」
「ぐっ……それは」
確かにそうしたいのはやまやまなのだが……生憎と相手がいないのだから仕方ないだろう。
それに、アステリムでの大冒険を終えた後では、どこか疲労感と喪失感で他の誰かと会う気になれなかった。
「はぁー、あたしの弟は今年も彼女なしの寂しい連休を送るのか~。あれだけ彼女が欲しいと豪語しておきながら未だ恋愛経験ゼロ……我が弟ながら情けないわ~」
「うるせー、自分がラブラブの絶頂期だからって自慢しやがって」
今はお義兄さんとラブラブな姉さんも昔はこうではなかった。
高校生のヤンキー時代までは「男なんぞいらん!」の一点張りで通していたレディースの
それからというものの、姉さんは猛勉強してお義兄さんと同じ大学に入り告白……今では結婚にまで至るというなんともラブなコメディー展開を繰り広げていたのだ。
「相思相愛ってのはいいものだぞ我が弟よ~。あ、連戦連敗のあんたにはわからないかな~、この気持ちは」
「ぬぐぐ……わ、私にだって両想いだったりいい感じの距離に近づいた女性ぐらいいるさ」
「あ? でも彼女いたことないでしょあんた?」
「……」
「ワウ~……」
うむ、確かに私に彼女ができたことは前世でも今世の日本でもない……。だが、この前までいたアステリムでは……いろいろ、本当にいろいろあった。
「……あんた、今何か迷ってるでしょ」
「なんでわかる」
「珍しく真面目な顔してるから。あんたがそういう顔する時は大抵何か真剣に悩み事してる時だからね」
……やはり、家族というものは凄いな。ほんの少しの表情の違いだけでそこまで見抜かれてしまうとは。
「話しなよ、少しは楽になるんじゃない?」
「……それもそうかもな」
こういう時、何の気遣いもなしに悩みを打ち明けられる存在がいるというのもありがたい話しだ。
ただ、どう話したもんかね。アステリムでの話をそのまましても訳が分からないだろうから……。
「一人……いや二人ほど、ちょっと心残りな別れ方をした女の子達がいてな」
「え、なに……彼女できたこともないのにいきなり二股の話とか……ひくわー」
「ちゃうわ! いたって健全な話だからそういう茶々は入れないように」
「ワウ……」
まったく、真面目に聞いてくれると思ったらこれだ。犬も呆れているぞ(なぜか私と姉さんを交互に見て呆れているような気がするが)。
まぁうちではこれがデフォルトだから仕方ないか。
「だからまぁ……その、出来る事ならもう一度会ってちゃんと話がしたい……とは思っていた」
結局私はあの二人に対して後悔しか残すことができなかった。だからなのかはわからないが、私は彼女達が他の誰よりも気になる存在となってしまったのだ。
しかし、もう私はあいつらとは……。
「だったら会いに行けばいいじゃない」
あいつらとは二度と会えない……そう考えていたのに、姉さんはとても軽いノリで私にそう告げてくる。
「その子らがどれだけ遠くにいるのかあたしは知らないけどさ、後悔が残るぐらいならもう一回会ってきなさいな」
「そうは言うが……簡単に行ける場所じゃないんだよ」
「外国か何か? 連休なんだし丁度いいじゃない。いくらかならあたしも旅費を援助してあげるよ」
この破天荒な性格……いったい誰に似たんだか。まぁ間違いなく母さんだろうけど。
こういうお節介なところも実に我が家族らしい……だが。
「金とか距離の問題じゃないんだよ……」
そもそも私がアステリムに転移したのもただの偶然に過ぎない。それに、あちらの世界では私の得意分野である"魔"の技術があったからこそ日本に戻るための技術を探そうという決心もついたが、魔力の存在しないこの世界では転移の方法を探す足掛かりさえ皆無なのだ。
「あんたらしくないね。まったく……」
「悪い、姉さんが応援してくれてるのに」
『次のニュースです』
もはや私には何もできない。気まずい空気になってしまった居間には先ほどから変わらないニュースの音がよく聞こえている。
このままアステリムでの出来事はひと時の思い出としてたまに思い出すだけでいい。
そう思っていたのに……。
『最近『神隠し』という現象がまた起こったということですが?』
(……『神隠し』?)
ただのニュース番組のちょっとした出来事。だというのに、私はなぜかその話が気になって仕方がなかった。
『はい、しかも今回は二人同時期とのことらしいですね。五日ほど前の話ということなので警察も近辺をくまなく探したのですがねぇ』
「あ、この話最近よく耳にするね。あんたも帰ってこなかったら後々こうして騒ぎになってたかもしれないんだから気を付けなさいよ」
私は姉さんの冗談も聞き流してテレビのニュースにくぎ付けになっていた。
五日前……5、この数が意味するものは……。
『行方不明になった少年は、『
「なっ!?」
「ワウッ!?」
「わっ! どうしたのよ、急に立ち上がって。そっちワンコも」
そうか、アステリムでの一年がこちらでの一日ということは、星夜達がセフィラの力で転移したのもこちらでは五日前ということになる。
(いや……だからどうしたという問題でもないんだが)
忘れようとしていた世界の影響がこんなにも身近にあったということに少々驚いた……ということはあるが。
『この『神隠し』は以前にもあったとのことですが……』
『はい、約一年半前の出来事です。被害者である『
この名前も……聞いたことがある。アステリムで“魔王”マーモンを倒した“勇者”ノゾムの英雄譚……。
あちらの世界ではもう……この世にはいないとされる人物の話が、今私の目の前でついこの前の出来事のように話されている。
『今現在でも、神之希さんのお宅ではご両親が息子の帰りを待っています……』
『望ちゃん、どうして……どうしていなくなってしまったの……。生きているなら連絡して、声だけでもいいから聞かせて……。愛する息子のいない生活なんて耐えられない……!』
『望……きっとどこかで生きているんだろう。母さんを悲しませないためにせめて一言だけでも連絡をくれ。父さんは信じているよ……いつまでも。いつ……までも……』
そうニュースキャスターが言い終わると、画面が切り替わってその両親が涙を流しながらカメラに向かって話しかけている。
もしかしたらこれを見ているかもしれない……そんな思いで力強く、心からの言葉を絞り出して。
(でも、その息子はもう……)
今この世界で私だけが知っている、『神隠し』にあった者達の真実を……。
こうしている間にもアステリムでは何日も時が経っているんだろう。そしてあの世界は今……大きな戦いの火ぶたが下ろされようとしている。
もしかしたら、それによって世界が終わってしまうんじゃないか……?
ベルゼブルは自分達の世界が戦いの傷跡によってもう住めないほど荒廃してしまったと言った。アステリムも同じ道を辿らないとも言い切れない。
そうしたら、あの世界とは二度と……。
「……あんた、本当は行きたくてしょうがないんでしょ?」
「な、何言って……」
「バレバレ、家族に隠し事できると思うなー」
そう言いながら私の頭をわしゃわしゃと乱雑に撫でてくる。こういう子ども扱いは流石に恥ずかしいのでやめていただきたい。
「家開けることになるけどいいのか」
「母さん達にはあたしから適当に言っといてあげるから、どこへなりと行ってこい」
「もしかしたら帰ってこないかもしれないぞ」
「それは駄目だね。連休明け前には帰ってきなさい」
そういう期限を設けるとことかちゃっかりしてるなぁ我が姉はほんと……。
まったく、行く方法も帰る方法も全然わからないというのに……どうやら私の心は決まってしまったようだ。
「じゃ、ちょっと着替えてくる。行くぞ犬!」
脱衣所に向かい、乾燥機から入れておいた服を取り出して着替える。
やはり、その場所にはその場所に適した服装でないと締まらないだろう?
そして、姉さんが見送る中、私と犬は玄関に向かう。
「それじゃ、ちょっくら撮り忘れた写真を撮ってくる」
「ああ、今度戻ってくる時はちゃんと彼女連れてきなさい」
無茶を言ってくれる……だが、私としてもその気は大いにあるので、姉さんには期待して待っていてもらおうじゃないか!
「そんじゃ、ちょっくら異世界を救いに行ってきます!」
「ワン!」
……と、意気込んで家を飛び出し、一番最初に転移した公園近くの道路までやってきたのはいいんだが。
「アステリムなんてどうやって行けばいいんじゃい!」
「ワウ~」
無計画なのはいつもの事だが、ここまでどうしようもない状況なのは前代未聞だろう。
ノリと勢いだけでどうにかなる問題じゃないよなやっぱ……。
「せめて何か手掛かりでもあればいいんだが……」
そんなものが都合よく転がっているとも思えないし、やはり状況は八方塞がりのままなのかと思っていたが……。
ヴ―…ヴ―…ヴ―…
突然、私のポケットのスマホが震えだし、何かを受信したことを伝えてくる。
ここは日本なのだし、スマホが何かを着信するのも当たり前なのだが、今は……今だけは何かが違う。そう予感させていた。
私は恐る恐るポケットからスマホを取り出し、今受信したメールを読み上げる。
件名:あなたの物語を始めますか?
もし、君の物語を始める気があるのならば、その先の公園の中にある林の奥へ進むといい
君に必要なものがそこにある
「ワウ……」
驚きはしなかった。もしかしたら……とは感じていたから。
このメールの先にいるのはいったい何なのか。アステリムでも、地球でも、私を導くこのメールの主……。
「いや、導くのとはちょっと違うか……」
正しくは、道を示した上で私の自由な選択を尊重する。私の人生、私の進む道を自分で決めることに意義がある。
このメールの主はそう考えている。
「だったら今回も……選択させてもらおうじゃないか」
私はメールの内容を信じ、公園の奥へと脚を進めていく。
さらに奥にある林を進んでいくと、かつてのアステリムでの冒険を思い出す……。
(こんな感じの森の中も冒険したっけな)
そんなことを考えながら歩き進めると、やがて他とは違う開けた場所へと抜け出る。
そして……その場所には、私達が目を疑うようなとんでもない光景が目に入ってきたのだった。
「ワウ!? ワウ?」
「嘘だろ……これは。“特異点”!?」
しかもただの特異点ではない。大きさも形もこれまで私が見たものと比べて一回りほど大きなものがその場所に存在していた。
ヴ―…ヴ―…ヴ―…
私が驚いて放心していると、再び手の中のスマホが震えだす。
新しいメールが届いたらしく、その内容を私はまた読み上げていく。
件名:→[進む] [進まない]
選択するといい 君の未来を
……まったく、どいつもこいつも人をどんどん煽り立てていきやがって。
そんなにも……。
「かつて"神"とまで呼ばれた私の活躍を見たいっていうのなら……存分に見せてやるさ!」
これが……ここからが私の本当の物語の始まりだ!
本物の『主人公』が世界を救って女の子とラブラブになるのがやっぱり王道だというのなら、やってやらなきゃ男が廃る!
「さぁ行くぞ! 私の未来へ!」
「ワウ~ン!」
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そして私は踏みしめる……新たなる一歩を。
鬱蒼とした森の中、私達が立つ場所にのみ木漏れ日が差し込んで、いかにも私達を祝福してくれているようだ。
そう、ここからはじまるんだ
「魔法神……いや、もう魔法という概念ではないからそれはちょっと合わないか……」
すべてが終わりを迎え始めたこの世界で
「魔導師……で神様か。うん、やはりこれがいい」
すべてを救う、救世神の活躍が!
「よっしゃあ! アステリムを再び救うべく、この私『-魔導神-ムゲン』がただいま参上だ!」
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