169話 始原族の歴史


 さて、暖かい室内でゆっくりと休み、これから食事ということらしいが。


「じいさんが料理するのか……」


「なに、材料を切って出汁で煮込むだけじゃよ」


「ワウ(僕は出汁に使ったものを貰うっす)」


 この辺りではこのように煮込み料理がメインの食事のようだ。

 魔石などを用いて生活水準はそこそこなものがあるようだが、やはり原始的な生活感覚が抜けきっていない種族なのかもしれない。

 それにこの大陸は寒いからな、自然とあったかくて簡単に美味しく作れるものが主流になるのは当然か。


「というかミカーリャは料理しないの?」


「どの台所も高すぎるし、調理器具もでけーしでウチがまともに料理できる場所なんてねーですから自然にやる気も失せたです。だからウチやねーさまは食べるの専門なのです」


 それじゃあミカーリャは私と犬と一緒に待つ係だな。台所を見るとじいさんが鍋にいろいろと具材をぶち込んでる姿が見て取れた。

 あれで味の方は大丈夫なんだろうか……。




「うん、結構美味いじゃないか」


 出来上がった料理はさながらおでんのようで、具材の一つひとつに出汁の味がしみ込んでおり、それがそれぞれの具材本来の味と合わさっていい味を出している。

 ……まぁ、何の肉かわからなかったり、何やら毒々しい色の野菜とかが見えるのは気にしないでおいた方がいいんだろうがな。


「じっさんは昔からこれだけは得意ですからね」


「お前はいつも一言余計じゃ」


 目の前ではミカーリャとじいさんがまるで家族のように団らんと食事をしながら慣れた感じで喋っている。

 どうやら身寄りのないミカーリャ達姉妹はじいさんの家で暮らしていたらしいし、いつもならこの食事風景にルイファンもいるんだろう。……あいつがいたらもっと賑やかなんだろうな。


「さて、時にお主……ワシに何か聞きたいことがあるのではないか」


 食事中だがそんなことお構いなしという風に話しかけてくるじいさん。ま、ここじゃあ作法も何もあったもんじゃないしな。

 じゃ、腹割って話させてもらうか。


「見た感じじいさんは長いこと生きているように見えるが……もしかして始原族がこっちの世界にやってくる前から生きてたりなんか……」


「ふむ、残念じゃがそれはない。ワシもこっちで生まれたクチじゃよ。ま、こっちで最初に生まれた者の一人とでも思ってもらえばよい」


 もしかしたら別世界で生まれてからアステリムに渡ってきたんじゃないかと勘繰っていたが、流石にそれは期待しすぎたか。

 やはり別世界のことを知っているのはベルゼブルともう一人だけということだな。


「でもじいさんは長生きなわりに昔の思想を持ってないでこうして村で静かに暮らしているんだな」


「……いや、こう見えてワシも昔は戦場に身を置いてたもんじゃよ」


 ほう、今でこそどう見ても温厚なじいさんにしか見えないが、まさかそんな時期があったとは。


「昔、ワシら始原族は三つの勢力に分かれておった」


「へぇ~、始原族は昔から一つの思想を下に行動してると思ったがそうでもないんだな」


「いや、敵を倒し世界を始原族の手にするという目的はどこも同じじゃった。ただ違うのは、それぞれの指導者じゃ」


 つまり、三人の指導者がそれぞれ別の形で侵略を行っていた……っていうことか。

 対立こそしないものの、その行動をお互いに許容し合えない……。

 全員音楽関係で食っていきたいけど音楽性の違いで分かれた、みたいなもんかね?


「で、そのそれぞれの指導者ってのは誰だったんだ?」


「一人は言わずと知れた魔王と呼ばれし者、“強欲”のマーモンじゃ」


 ま、だろうな……その点は予測していた。力を持ち、誰よりも長く生きる者というのは得てして人の上に立つことが多いと言えるしな。

 だとすれば残る二人も大体予想は付く。


「二人目は“暴食”のベルゼブル。あ奴に関しては、ワシもよくわからん。だというのに奴の周りには人が集まっていく。正直不気味な奴じゃよ」


 不気味……という意見にはまったく同意せざるを得ない。長い時を生きているとはいえ同じ七皇でさえ配下のように扱い、実査に会ったこともないというのに嫌な感覚が抜けないこの感覚は本当に不気味だ。


「最後は……我が元主君である“怠惰”のベルフェゴル様じゃ。そう、以前ワシはあのお方の下で戦っておった」


 “怠惰”……そんな気はしていた。力ある始原族には大罪の力がつきものだが、私はその内四人と出会い二人の存在を知っている。

 そして残っていたのが“怠惰”。それに加えて別世界から生き残っている素性の知れない始原族……この二つを結びつけるのに時間はかからなかった。


「なぜ三人は分かれて戦うことになったんだ?」


「ベルフェゴル様はこの世で始原族が自由に暮らせる世界のため、マーモンは自らが支配する世界を創るため、ベルゼブルは……ようわからん」


 それで互いに理解し合えないながらもアステリムへの戦いを続けていたということか。


「じゃあ、じいさんが戦いをやめたのはそのベルフェゴルに何かあったからなのか?」


「そうじゃの……あの方は戦いに意味を見出せなくなっていたのじゃ。「この世界の者すべてを滅ぼす意味はあるのか」と。我々を滅ぼさんとする『女神政権』とやらはおったものの、他の人族や他の種族はワシらと変わらないのではないか……とな」


 そうか……別世界ではただどちらかが生き残るしかない戦いをしていた者にとって、この世界ではいい人間もいると気付いたってとこか。

 ……なんだか、サティの境遇に似てるような気がするな。


「だが、指導者がいきなり考え方を変えたら皆混乱するんじゃないか?」


「そうじゃの、その時ワシは猛反対しもんじゃ。そしてベルフェゴル様は……戦うことを続けたのじゃ」


 多くの人間の期待を背負って立つ者は、時に自分の感情を殺してでも皆を導かなければならない……そういうことだろう。


「今思えば愚かなことだった思うわい。ワシらはベルフェゴル様のその圧倒的な力に何もかも頼り、自分達で考えることをしていなかったのじゃから」


「そんなに強いのか“怠惰”は?」


「なんも知らねーテメーに教えてやるですよ。その昔、第五大陸を滅ぼして征服したのはベルフェゴルなのです。ウチの親父殿はベルフェゴルが戦いをやめた時そこに君臨しただけなのです」


 そういえば、聞いた話では『新魔族は第五大陸を攻め落とした後、急に侵略の手が弱まり君臨し始めた』らしい。

 だからこそ勇者は各地で力をつけて魔王との決戦に臨めたとも。


「それに、おめーら人族が勝手に“七神皇”って呼んでる存在ですが……あれの中の“魔人”はベルフェゴルのことなのです」


「なんと!?」


 “魔人”が“怠惰”だというのか。しかもミカーリャやじいさんの語り方を聞く限りではその戦闘力ゆえに畏怖される存在なのは間違いない。

 他の七神皇はセフィラを除いてドラゴスやファラなどの魔術の理論を理解した上で神器を完璧に扱うまさに次元違いの強さを持っている。それと同等の強さだというのか。

 流石に炎神や幻影神クラスのどうしようもない存在までとはいかないとは思うが……。


 しかしこんなところで七皇凶魔と七神皇の最後の一角が同時に判明し、さらにそれらが同一人物だとは思いもよらなかったな。


「おほん……ともかくじゃ、攻め来る人族を鬼神のごとき力でそのすべてを打ち倒したベルフェゴル様の周囲には何もなかった……。敵も味方も、あのお方の圧倒的な力の恐ろしさを目の当たりにしてしまった者はすべて……ワシもそんな雑兵の一人じゃった。それからワシらは「破壊からは何も生まれない」と考えを改め、戦いから手を引いたのじゃ」


「それから第五大陸を滅ぼしたベルフェゴルは二度と人前にその姿を現すことがなくなったのです。でもって誰もいなくなった第五大陸に親父殿とその勢力が君臨した……まぁこんなところです」


 うーむ、なんというか……始原族にも複雑な歴史があったんだな。

 それから第五大陸に"魔王"として君臨していたベルフェゴルを異世界人の"勇者"ノゾムが打ち倒して取り戻したというところか。


 大体の歴史の流れ、起こった事実は今までの知識と照らし合わせて大体の全容が掴めたといってもいだろう。

 だが気になる点はないわけではない。


「ベルフェゴルが滅ぼしマーモンが君臨したのはいい。だがあの大陸にも七神皇と呼ばれる“天空神”がいるはずだ、そいつは何も干渉してこなかったのか?」


 まぁあれに関しても分かっていることは『ただの浮遊大陸』程度だし、意思を持って何かに干渉してくるかどうかは知らないが、大陸全土が支配されたとなるといくら頭上にいようと何か反応がありそうなものだが……。


 ドラゴス達と同じ七神皇の情報ももう少し聞ければと思っての発言だったのだが……。


「“天空神”……? なんじゃそれは?」


 返ってきたのは意外な答えだった。


「え、知らないの? いつも第五大陸の上空を飛んでるっている謎の大陸の事なんだが」


「知らん知らん、ワシらの時代にはそんなもん見たことも聞いたこともありゃせんよ」


「じっさんが知らんのも無理ねーですよ。あれは親父殿が討たれてから後に突然あの大陸に現れたらしいですからね。まぁ、ウチもそんな話を聞いただけなんで実際はどうか知らねーですが」


 そうなのか……あの“天空神”に関しては始原族でも知らないと。

 だったら、あの存在はいったいなんだというのだろうか。他の七神皇に関しては、なんとなくだがどうしてそこに存在しているかの理由は分かっている。だが天空神は何のために飛び回っているのだろうか……。


「ふむ、聞きたいことはこれでお終いかの?」


「あ、いや、最後に一つだけ聞いておきたいことがある」


 じいさんが話を終わらせようとしたその時、突然降って湧いたかのように私の頭の中にひとつの疑問が舞い降りた。……なぜか、これだけは聞かなければならないとでもいうように。


「この世界に始原族を送り込んだ者のことを……知っているか」


 以前、セフィラから聞いた話……セフィラと対を為すもう一人の“女神”がいたという話。


「……スマンが、ワシらは知らん。そういう存在がいたという話は伝承で聞いたことはあるが」


「そうか……」


 何か聞ければと思ったのだが、そう簡単にはいかないか。


「じゃが、ベルゼブルなら何か知っておるかもしれんな」


 ベルゼブル……別世界からアステリムにやってきた時代から今まで生き残っている最古の人間の一人……。


「やはり、奴に聞いてみるしかないか」


「です。明日はそのベルゼブルのとこに行く予定なんですからそろそろ寝るとするですよ」


「そうだな、貴重な話も沢山聞けたことだし」


 まだまだ疑問は尽きないが、今回聞けた話だけでも十分満足だ。

 本命は明日……ついに対峙するかもしれない因縁の相手との接触だ。


(だがそれも、一筋縄ではいかないだろうな)






 翌日、私とミカーリャは村の住人達に見送られて旅路を再開した。しかしこうして見送りまで全員でしてくれるとは……いい人ばかりだったな。


「いい村だったな」


「ねーさまの故郷なのだから当然なのです」


 自分のではなくあくまでルイファンの故郷だからなのね。ミカーリャもぶれないこって。


「ワン(それじゃ、行くっすか)」


 ここからは都市に続く道を犬で駆け抜けていくこととなった。どうにも歩いては数日かかってしまうらしいからな。

 ミカーリャを前に乗せて方向を支持してもらいながら荒れた道を進んでいく。


 やがて、都市に着く頃にはすでに日が暮れ始めていた。


「ここが都市……でいいのか?」


「そうなのです。まぁ都市といっても他のどこよりも造りがしっかりしていて人も多いからってだけですが」


 村とは違い、石造りの塀に囲まれた辺り一面が雪景色の街。街の奥にはボロボロで今にも崩れ落ちそうな大きな建物が一つだけ見える。

 ここが始原族の中心か……。


「中に入る前に顔は隠しておくです。ここには侵略派の過激な連中もそう少なくないはずですから」


 バレたらアウトってことね。こんな時のためにフードを作っておいたからな、これを深く被れば一応大丈夫……だと思う。


「どうするです? 日も落ち始めてるですし、今日はここらで休んどくですか?」


「いや、行動は早い方がいい。早速ベルゼブルの居場所について聞きたい」


 ミカーリャも詳しい場所は知らないようだし、どこかで聞かないといけないことには変わりない。情報収集はキチンとやっておかないとな。


「そうですか、じゃあその辺の人にちょっと聞いてみるです」


 そう言うとミカーリャは近くを歩いている人の下へトテトテと歩いてくとなにやら会話をはじめたが……そう簡単に見つかるものでもないだろう。

 なにせ相手はかなりの切れ者。これまで数々の陰謀を裏で操ってきた男がそこら辺の一般人に知られるような場所にいるはずが……。


「どうやらあそこに見える寂れた神殿に住んでるらしいですよ」


「いやわかるんかい! そして近いな!?」


 まさか一番目立つとこだなんて思うか? 私はちょっと半信半疑だ……なので、もう数人にも話を聞いてみることにしたのだが。


「ああ、ベルゼブル様ならあそこに住んでるよ」

「こんな極寒な地でも我らが快適に暮らせるよう様々な知恵でいつも我らを助けてくれるんだ」

「お、君もベルゼブル様の下で働きたいのかい? 俺ら新魔族がこの世界を統べるために尽力してくださっているのに他の七皇を立たせて自分は一歩引くなんて謙虚でクールだよな!」


 などなど、どうもこの街ではベルゼブルの影響力がとても強いことが住人の反応から十分なまでに伝わってくる。

 というか凄い人気者じゃないか。この街では知らない者はいないくらいだ。


 それにここではほとんどの者が自分達のことを"新魔族"と呼んでいる。つまり、ベルゼブル以外の旧時代の影響力が少ないということだ。

 自分達は外の大陸と戦っており、いつの日か自分達新魔族が世界を統べるのだという考えを持っている。


 この街からさらに北へ行くと、七皇を中心とした侵略派が集まる新都市まで出来上がっているらしい。


(だから外からやってくる者はそれに参加するためにベルゼブルを訪問しに来たと思われるのか)


 こんな場所で「他大陸からやってきました」なんて言うものならばどんな目に合わされるかもわからんな。ミカーリャの注意をキチンと聞いておいて正解だった。


「まぁ、とにかくベルゼブルがこの街で普通に生活していることがわかったんだ。だったら早速向かわせてもらおうじゃないか」


 幸いこの街の住人達は私が他大陸そとから来た人間だということをわかっていない。

 このままベルゼブルの下に行こうと、ただの侵略軍への志願者だと思われるだけだろう。


 問題は、ベルゼブルに私の存在がバレた時だ。そこはどうにかしてミカーリャにでも話を通してもらいたいんだが……。


「……なら、ウチとはここでお別れですね」


「えっ!? なんで?」


 突然のお別れ宣言である、しかも凄くあっさりですよ。ここまで結構仲良くやってたと思うんだけどねー。

 もしかしたら「超ロリヒロインが爆誕してしまうのでは?」とも考えたのだが、そんな可能性は1ミリもなかったぜ……。


「ウチはねーさまに目的地までの案内を頼まれただけなのです。それにウチらはベルゼブルと仲いいわけでもねーですからね、変な問題は起こしたくねーんですよ」


 うん、ミカーリャの言い分はとても合理的だ。もしかしたら自分の仲間や家族にまで問題が及ぶかもしれない危険を冒してまで私についていくほどの関係性でもないしな。


「……わかった、ベルゼブルの下には私一人で行く。今まで案内ありがとう」


 敵の本拠地に一人と一匹で乗り込むのはとても危険かもしれない。だが、行かないという選択肢はもう私の中には存在しないのだ。


「戻ったら、ルイファンやディーオによろしく言っておいてくれ」


「ねーさまには言っておくですが、あのクソ皇帝に言う義理はないのです」


 こうして私はミカーリャに別れを告げ、本当に一人となってしまった……。


 なんだか、ちょっとした孤独感のようなものを感じる。ここが敵地で、周囲に私を知る者がいないからだろう。

 犬? 犬はまぁ……ペットだし、人間として一人分に換算していいもんかって思ってな。


「ワウン(あ、ご主人、雪が降ってきたっすよ)」


(雪か……)


 前世でも似たようなことがあった。故郷が滅び、一人で旅を始めた時も雪が降っていた。

 それが遠い未来、同じ地で味わうなんて思いもよらなかったことだ……。


「行くぞ、犬」


 私は意を決して歩き出す。この世界に戻ってきてからずっと因縁のある相手の待つ神殿へと。






ギィィ……


 その扉はボロボロで、鍵もなく軽く押しただけで鈍い音を立てながら開いていく。

 中もところどころ崩れ落ちており、割れたガラスやカビの生えた装飾などがこの神殿の歴史を感じさせる。


 そして最奥の祭壇のようなものの手前から入り口まで両側にずらりと並べられた長椅子……その最前列に一人の男が座っていた。

 男はこちらに気づいたらしく、スクッと立ち上がるとゆっくりとこちらを向いた。そして……。


「あ、いえいえ名乗らなくて結構です。私はすべて知っていますから。どうも、"はじめまして"……無神 限さん」


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