168話 "魔"の住まう大陸


「やっと到着か」


 あれから波に揺られること数日、私はやっと辿り着いた第六大陸の大地に足をつけるのだった。

 肌を通して空気の冷たさを感じられる気候がなんとも新鮮だ。


「ワウ(ここは第一大陸とは真逆の気候っすねー。ぼくはこっちの方が好きっす)」


「ま、犬は喜び庭かけまわり……っていうしな」


 ここはまだ大陸の入り口なのでそこまで厳しくないが、大陸を進んだ先ではよく雪が降る地域も多い。

 場所によっては万年雪が降り、酷い時には何日も吹雪が吹き荒れるところもあるほどだ。


「しかし、到着したはいいが……」


 他の同乗者達は積み荷を降ろしたりと誰もがせわしなく動いているが……さて、私はどうするか。


「おいクズヤロー、さっさとこっちに来るです」


 いきなりなご挨拶だなまったく。ここの同乗者の中で私を……というか人族をクズだと呼ぶのは一人しかいない。

 少し離れた場所からこちらを見ているとっても小さな女の子。


「そろそろ打ち解けてくれてもいいと思うんだけどなー、ミカーリャちゃん」


「ちゃん付けはやめろです、なんかぞわっとしたです。次にちゃん付けしたらテメーのことをロリペド愛好家として世間に言いふらして回るです」


「それはやめて!?」


 シャレにならんから。まだ肉体的にはぴちぴちだからはたから見ればそこまで大きな事案ではないだろうが、心はおっさんを軽く凌駕する年齢なのでドキッとしてしまうじゃないか。


「とにかく、これからテメーはウチがこの大陸を案内することになってるのでさっさと行きやがるのです」


「お、もう出発なのか? 他の者達はまだ働いている様子だが」


「あいつらはあいつらで仕事があるですから。そしてウチの仕事はテメーを案内することなのです」


 まぁ私は元々この始原族の皆さんのお仲間ってわけでもないし気にしなくてもいいってことか。

 こちらはこちらで、やるべきことをやらせてもらうか。


「うし、それじゃあ早速だけど案内をお願いするぜ、ミカーリャ」


「それでいいのです。……で結局テメーはどこに行きたいですか」


 そうだな、明確な目的はまだ決めていなかった。[map]を確認してもここが大陸の端っこであることしかわからないし、ここはミカーリャに任せるしかないか。

 それに今まで数々の地で私の凄さを証明してくれた魔導師ギルドのギルドカードもここではただの板切れにすぎない。ホント、遠いところまできたもんだ。


「とりあえず、ベルゼブルがいる場所かもう一人の最古の新魔族と呼ばれている者がいる場所のどちらかに行ってみたいな」


「いきなり最強のボスクラスに会いに行こうとかさてはテメー馬鹿ですな」


 失礼なやっちゃな。別に私がどう考えてどう進もうと勝手だろうが。

 いや、流石に私もそいつらにはおいそれと簡単に会えるとは思っていないが。


「ま、ベルゼブルのとこには案外簡単に行けるですけどね」


「行けるんかい」


 拍子抜け……というよりはなんと表現すればいいか。奴は今の今まで何度も裏で暗躍しており、私はそれをつぶしてきた。

 そんな因縁とも呼べる相手にこうあっさり会えるもんかね普通。

 なんかもっとこう……奴に辿り着くまでにはいくつもの試練を超えなければならない! みたいな展開はないわけ?


 ……まぁないならそれに越したことはないので良しとするが、問題は。


「じゃあもう一人の方はどうなんだ?」


「そっちは今の時期キツイのです。ここから大分遠い上に猛吹雪の吹き荒れる山をいくつも超えなければならないので。まずウチの体力がもたねーので案内できねーです」


 そっちの方が凄くボスキャラが住んでいそうな場所だなおい。

 まぁ案内役が途中でへばってしまっては元も子もないからな、今は諦めておくか。


「てことは無難にベルゼブルの方に行くしかないか」


 というか今までのお話の経緯からいって、ベルゼブルってラスボスポジのような雰囲気あったのにそっちに行くのが無難な選択肢ってなんやねん。


 だがまだわからない。ここでの"無難"が今までと比べてとても過酷かもしれないじゃないか。

 そう、私は今までこの地に降り立つことのなかった人族! もしかしたら周りはすべて敵で孤独な戦いを強いられるかもしれない!


「とりあえず今日はこの先の村で一晩過ごすです。それから山をひとつ超えた先にある大きな都市に行けば、その外れにある遺跡のような場所をあの男は根城にしてるです」


「すげー普通のスケジュールだな!」


 いや、もっとこう……次のエリアに行くためのダンジョンが設置されてたり、人族と敵対する関門を超えなければならない! とかもなしでさっさと行けそうじゃないですかい。

 簡単なことに越したことはないんだが……なんというか、盛り上がらなくない?


「ワウン(メタ的なこと考えてないで行けるんならささっといっちまうっすよご主人)」


「お前もな……。ま、それならそれで良しとするか」


 こうして私達は始原族……かつて"魔"と呼ばれた者達の住まう大陸を進み始めるのだった。






 歩き始めて数時間、それだけ歩けば徐々に辺りの風景も変わってくる。


「ワウ!(おお、雪道っすよ雪道!)」


 ここまで道なりに進み、こうして第六大陸の本質である雪原地帯に差し掛かったのである。


「しかし、ここまでの道のりは結構荒れていたな」


 確かに道のようなものを通ってここまでやってきはしたが、どこもかしこも舗装されておらず、かろうじて道だとわかる程度だった。

 おまけに道中では魔物に何度も襲われる始末。どうやら始原族の皆さんはこういうことに関しては無頓着のようだ。


「しっかしこれだとミカーリャひとりだととてもじゃないが進めないだろ」


「いつもは一緒に船に乗っていたあいつらが対処するので問題ねーです。ゴミクズの人族でも対処できるようで助かったのです」


「言っとくがこれでも私は強い方だからな」


 この大陸に出てくる魔物はそこまで脅威でもないしな。ちょっと危険な吹雪の山に入ったらそこそこ強いのがいるくらいだ。

 こういうところは……昔となにも変わってないんだよな。


「この雪原を超えれば……見えたのです、あれがノーリアスの村なのです」


 私達の視線の先には、木の柵に囲まれ、中にはレンガでできた家がいくつも立ち並んでいた。煙突の先からは煙が出ており、ここで人が暮らしているのだということがわかる。


「ワウー(まさに『雪の中の村』って感じがするっすねぇ)」


「そうだな……それに、見た感じ生活水準も悪くなさそうだ」


 やはり始原族も私達と変わらぬ"人間"なのだと改めて認識させられる。この認識さえ全国に広まれば考え方も変わる人間も増えるかもしれないが、そう簡単にできるものでもないだろう。


(人族と始原族のこれからは、ディーオとルイファンの手腕に期待しておくとしますかね)


 と、口に出すと目の前のシスコンちゃんの機嫌が悪くなるので言わないでおくが。


 そして、そうこうしているうちに村の入り口にたどり着いたようだ。

 村の様子を見ると、誰も外に出ておらず閑散としているように見えるが……村人は全員家の中だろうか?


「おや、そこにいるのはミカーリャではないか? 随分見ないと思ったが、やっと帰ってきたのか」


 お、誰もいないと思ったら私達の存在に気づいた誰かが家の中から出てきたぞ。

 見た感じ年配のおじいさんに見えるが……始原族は見た目で判断しにくいのがなんとも不便だ。


「じっさんもまだまだしぶとく生きてたですか」


「いや口悪いな」


 二人の様子からして知り合いなんだろうが、ミカーリャの言い方が失礼すぎて関係性がわからなすぎる。


「なぁに、ワシらはこれが普通じゃよ。っと、せっかくだから皆も呼ぶとしようか。……おーい皆、ミカーリャが帰ってきたぞーい!」


「お、チビさんが帰ってきたか」

「お帰りミカちゃん。今回は長かったねー、大変だったでしょう」

「まんじゅう食うかい……イッヒッヒ」


 おおう……じいさんが一声かけただけで村人達が一斉に家の中から飛びだし、あっという間にミカーリャを取り囲んでしまった。

 小さな村だからかそこまで住人は多くないが、その見た目は老若男女で姿形も多種多様。

 頭が完全にトカゲ男だったり、腕と翼が合体してて毛や肌の境界線がわかりやすくてちょっとエロいお姉さんだとか、顔がシワだらけの緑色で鼻が高く目ん玉が白目しかないバーさんとか。


 もはや誰をどう形容していいかもわからない……統一性なさすぎだろ。

 だがそれでも、笑顔でミカーリャを囲む彼らの姿は、とても温かみを感じられる光景だった。


「あわわ……皆やめるです。もみくちゃになって動けねーですから」


 そんな中ミカーリャは頭をわしゃわしゃされたり、ほっぺをムニムニされたり、口の中に無理矢理まんじゅうを食わされようとしていた。

 ミカーリャは小さい上に力もないのでなすがままだ。押しつぶされて見えなくなったと思ったら胴上げのように持ち上げられたリ。


「やーめーるーでーすー。今は人を案内してる最中だから皆あとにするですー」


「案内?」

「そういや誰か一緒にいたねぇ」


 ようやくミカーリャが解放され、その代わりに一斉に視線がこちらに向いてくる。


「あ、どうもはじめまして……」


 なんと言ったらいいものか……。船に同乗していた者達はもはや私を人族だとか関係なく接してくれるようになっていたが、果たしてここの住人達は人族に対してどう思っているのか。


「ミカちゃん、こちら方はどちら様で?」

「あ、もしかしてミカちゃんの彼氏だったり!?」


「脳みそ腐ったようなこと言わねーでください。ねーさまの命でこの大陸を案内することになった人族です」


「「「人族……?」」」


 瞬間、皆の表情がパッと真顔に切り替わる……。なんだかよくない雰囲気がするような。

 ああ、皆さん凄く真剣なまなざしでこちらを見ていらっしゃる。


 まさかいきなり襲い掛かってくるなんてことは……。


「おお、これが人族か! 初めて見たが我々とそう変わらないじゃないか!」

「でも待って! ところどころ体毛は生えてるみたいだけど、他はつるつるよ! 突起物とかも全然ない!」

「イッヒッヒ! まんじゅう食うかい」


「おおう!?」


 皆の表情がまた一斉に変わると同時に今度は私がもみくちゃにされてしまった!

 男から触られるのはちょっと背筋に寒気が走るが女性に触られると何かいけないことをしている気分になるような……。

 あとさっきからやたらとまんじゅう食わせたがるバーさんはなんなんだよ。


(というか、誰も人族を見たことがないんだな)


 当然と言えば当然かもしれないが。なにせ長い間第六大陸と他の大陸には交流がなかったわけで、そんな中現れた私に興味深々ということだ。


「なるほどのう……人族の案内か。それはわかった、だがミカーリャや、お前さんの姉であるルイファンはどうした? 一緒ではないのか?」


「うぐ……ねーさまは……」


 ふむ、ミカーリャや村人の雰囲気から察するに、あのじいさんがこの村で一番偉い人物とみていいだろう。

 とにかく、私も一旦このもみくちゃ状態から脱出して……。


「ぷはっ! ……ルイファンなら隣の大陸で求婚活動中だ」


「ええ、嘘だろ!?」

「あのルイちゃんが結婚!?」

「イッヒッヒ……驚きすぎてまんじゅうを喉に詰まらせかけたよ」


 じいさんよりも村人達の方が食いつきいいな。


「いやぁ、それが本当ならめでてぇことだぜ」

「ねぇねぇ、相手は!? お相手はどんな人なの!?」


 そして再び村人達が私に詰め寄ってくる。ちょっと怖いぐらいに反応よすぎるだろこの人ら。

 女性の方々は特に興味津々の様子だし。この村の人々はルイファンに対して何か思うところがあるんだろうか。


「だー! おめーら騒ぐんじゃねーです! ねーさまは結婚なんかしねーのですー! そんなこと絶対に許さねーのですー!」


「はいはい、ミカちゃんは昔からお姉ちゃんっ子だからねー」

「めでたいことなんだから祝福してあげなさいって」


 姉のことになってワーワー泣きわめくミカーリャをまるで慣れた手つきのようになだめていく。

 この様子はもしや……。


「なぁなぁじいさん、もしかしてミカーリャってこの村出身だったり?」


「そうじゃよ」


 あらまあっさり判明しましたな。しかしそうなると……。


「まさかミカーリャがこんな村の出身だとは。それってつまり、ルイファンも一緒ってことになるのか?」


「グス……お袋殿の実家がここだったってだけですよ。親父殿は常に何かを求めて各地を彷徨ってたですから」


 ミカーリャがすすり泣きしながらこちらに戻ってくる。どうやらひとしきりなだめられて落ち着いたようだな。


 しかしルイファンとミカーリャの父親が各地を彷徨っていた……ね。まぁ“強欲”の魔王だったって話だし不思議ではないか。

 長年に渡る侵略活動もそいつが中心で、第五大陸に勢力を伸ばしていたところで勇者に討たれたらしいし、そりゃ同居も難しいか。


「ちなみに、現七皇凶魔のアリスティウスとリヴィアサンもこの村出身です。サティアンもよく遊びに来ていました」


「仲良しかよお前ら」


 そういえばルイファンは他の七皇をよく知っているようだったし、サティもアリスティウスとは親しいみたいだったからな……昔からの知り合いってわけか。


「リヴィはワシの孫なんだがの、他の若い連中と一緒に出てってベルゼブルのところに行ってもうた」


 いやその話聞いてこっちは驚きの連続だわ。

 リヴィか、おそらくあいつもこの大陸には戻っているとは思うのだが……じいさんの話からしてここでは出会いそうもないな。

 まぁ出会いたくもない相手だけどな。


「じゃあ、じいさんには息子か娘はこの村にいるのか? 話からしてミカーリャのお袋さんってのもここの住人っぽいが……」


 辺りを見回すがそれらしき人物はここには見当たらないような気がするが……。


「死んだです」


「……いや、随分と率直な言い方だな」


 普通はもっと暗い雰囲気になって、話を聞いた私が申し訳ない気持ちで一杯になるような場面だと思うのだが。


「あ奴らの世代はマーモンと共に出ていった。ここにいるのは付いていかなかった者や当時幼かった者ぐらいじゃよ」


 そうか、帰ってきた者がいないということは……人族、あるいは“勇者”にやられてしまったのかもしれないな。


「だが、それなら人族を恨んだりはしなかったのか……?」


「いや、ワシらにそんな気は微塵もない。ただあ奴らは馬鹿だっただけじゃよ。古い思想に取りつかれて他を滅ぼそうとする、実に愚かな考えじゃ」


 やはり、始原族も一枚岩ではないんだな。昔の考え方に囚われず新しい考え方を見出しいていく者もこうしてキチンと生まれているんだ。


 しかしこのじいさん、やけに詳しいな。


「なぁじいさん……あんたもしかして」


「人族や、続きは家の中にするとしよう。ここではいささか寒すぎるからのう」


「ああ、そうだな」


 そういえばずっと外に出ずっぱりだったな。私もいい加減体を温めたいと思っていたところだ。

 それに今日はこの村で一泊するという話だったし、後でゆっくりと聞かせてもらうとしよう。


「ほれ、お主らをそろそろ家に戻れい」


「ったく、もともとジジイが呼んだんだろうが」

「人族さーん、後でお話聞かせてねー」

「あとでまんじゅう持ってくよ……イッヒッヒ」


 そうして嵐が過ぎ去っていくように皆ぞろぞろと家の中に戻っていく。残っているのは私とミカーリャとじいさんだけだ。


「ではワシらも入るとするかの。こっちじゃ、ついてこい」


 そして導かれるままに、私はじいさんの後へついていくのだった。


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