130話 憎しみと愛情のはざまで


 頭でわかっていても、心が抑えられなかった。

 いつの間にか懐に入れられていた奴からの伝言メモ。そこにはわたしを誘い出す挑発めいた内容が書かれていた。

 いいや違う……あいつが本当に誘い出したいのはわたしじゃなくてあの二人。

 わたしでも、それぐらいは理解ができた……なのに。


(湧き上がる憎しみを、抑えきれない)


 誘いに乗ってはいけない、これは罠。夜中にずっとそう考えていても、脳裏に浮かぶのは"あの日"の憎しみに満ちた感情ばかり。


 わたしが消えたとなれば、絶対に心配される……特にあのバカドラゴン、アポロは何があってもわたしを見つけようとするだろう。

 それが嬉しくもあり、悲しくもある。絶対に死なせるわけにはいかない。

 だから、寝静まった夜中に一人でこっそりと抜け出してきたというのに……。


(こんなところまで進んだところで、やっと気づくなんて)


 気づけば、いつの間にかあのメモが消えていた。

 いつ無くしたなどわからなかった、抜け出した時にはすでにわたしの頭は憎しみで覆いつくされていた。

 もしかしたら、出発するその前からすでに落としていたかもしれない。


「はぁ、なんて馬鹿なんだろう……。これじゃあ、一人で抜け出してきた意味なんてないのに」


 あれを見られでもしたらすぐにでも飛んでくるかもしれない。それはもう文字通りひとっ飛びで。

 けれど、もし見つけたとしてもその内容の真意に気づかないほどマヌケではないと思う。

 特にあの魔導師は今まで知る人間の中で一番頭がキレ、人一倍慎重だ。

 わたしの隠し事は全部暴くくせに、自分の隠し事は全然明かそうとしない。というよりも、きっと本当のことしか言っていないが何か足らない、なのに納得させられてしまう。


 ……きっともうわたしが抜け出したことはバレている。

 一番いいのはあいつらがここに来ないこと……けれど、もしこちらに向かっているのなら、わたしのすべきことは……。


「少しでも炎神の影響のない場所へ移る……これしかないか」


 これまで生きてきた中で、炎神のことは噂くらいでしか聞いたことがないが、近づいてはならないものだということぐらいはわたしにもわかる。

 噂では、遠くの山頂からその大きな体が火山の噴火と共に見られているという情報がいくつか寄せられている。

 つまり……へーヴィは火山を噴火させるつもりだ。だから……


「その前に……あんたと決着、つけさせてもらう」


「ふふ、できるかしら?」




 悪魔のような微笑みでわたしを見下ろす旧魔族の女……へーヴィ。

 そう……わたしの悪夢は、すべてこいつから始まった。


「あらあら、そんな怖い顔で私を睨みつけて……可愛いお顔が台無しよ」


「ッ! 黙れ!」


 落ち着け、いつもの挑発だ。こいつはこうしてわたしの心を乱して主導権を握ろうとしているんだ。

 感情だけで跳びかかってはいけない、やるべきことを思い出さないと。


「意外と早くここまでこれたわね。森も砂漠も、一筋縄じゃ進めない場所だと思うのだけれど?」


 そう、この『炎神の火山』まで到達するには二つのルートが存在するが、そのどちらも危険な道だ。

 一つは、以前通った森を抜け『龍皇の火山』を越えた先にある。だがこのルートではどれだけ速くとも人の足では一日はかかる。

 もう一つは、砂漠をそのまま突っ切るルートだ。わたしが通ってきたのはこっち。


 もちろんただ突っ切ってきたわけではない。体を魔術で冷やしながら、寄せ来る魔物を暴走気味の魔力で倒しながら走ってきた。

 おかげでせっかく手に入れた魔石もほとんど使ってしまった。

 だが、そうしてでも早くここに着けたのは正解だったようだ。


(火山が活性化しはじめてる)


 おそらくへーヴィが何かしらやったのだろう。あとどれだけもつのかはわからないが、今は少しでも早くこいつをここから引きはがさないといけない。


 わたしは、憎しみを込めながら大鎌を握る。しかし憎しみに囚われてはいけない……。


「あら、せっかちね。もう少しお話してもいいのだと思うのだけれど?」


「あんたと話すことなんてない!」


 わたしは返答を待たずに跳びかかった。鎌を振るうが、その先にはすでにその場におらず、離れた場所でクスクスと笑みを浮かべている。


「ミネルヴァちゃんは氷を使った魔術が得意だけれど……ここではそれも半減しちゃうわね。そんなんでまともに戦えると思う?」


 確かに、ここには単純な熱気だけでなく、炎神から漏れ出すそのマナの性質故に水の魔力は上手く機能しなくなっている。


「けど、それだけで諦めるわけにはいかない! 『断罪する氷斬コキュートスデスサイズ』! さらに、『凍結烈波フリーズウェーブ』!」


 ありったけの魔力を乗せて魔術を放つ。

 これで……少しづつでも吹き飛ばしていければ……。


「残念ね。そんな大雑把な攻撃じゃ私は捉えられないわよ」


 いつの間に移動したのか、へーヴィはすでにわたしの後ろに回り込んでいた。

 その両手には、黒く伸びるもやのような影が剣のように伸び、そこからはあの赤黒い炎が燃え盛っている。


「しまっ……!」


 ヤバいと感じた時にはもう遅かった。

 攻撃がくると感じて体を捻らせるが、振るわれたその手から伸びる影はわたしを逃すまいと伸び、曲がり、わたしの足を斬り落とす。


「ホント、あなたはあの時から変わらない……。あの時もこうやってまっすぐに跳びかかってきてくれたわよね」


「なに……を」


 『あの時』と言われても、心当たりなど多すぎてわからなかった。

 何度同じ憎しみで襲い掛かったかなどもはや数えることも忘れてしまっていた。

 今回も同じ……結局は憎しみで大技を放ち、こうしてあしらわれてしまった。


「あなたのお師匠さんを殺した時のこと。覚えているでしょう?」


 忘れるはずもなかった。あの日あの時からこの呪われた体で生きていくこととなった日を。

 その光景が頭の……いや心の中で鮮明に思い出される。それと同時に頭に血が上り、またわたしは冷静さを失っていた。


「絶対に、許さない! 『氷結の牢獄ブリザードプリズン』!」


 自身を中心に強烈な吹雪を発生させる。その冷気はいくつもの円を描くように屈曲し、その軌跡に氷塊を形成していく。

 逃がさない、たとえこの魔術で自分が動けなくなったとしても、火山が活性化する前に見つけてもらうことさえできればその時点で勝利だから。


 暴走する怒りの中で、少しでも冷静になろうと必死に頭を働かせる。

 これなら……!


「それも無駄、ミネルヴァちゃんのやることなんて全部お見通し。『影牢シャドウプリズン』……さらに、『絡みつく炎フレイムゾーン』。ふふ、お返し」


「なっ!?」


 真下から黒い影が無数に伸び、形成されつつあるわたしの氷塊の隙間に潜り込んでいく。

 やがてその影がわたしとへーヴィを覆い囲む形になると同時にあの赤黒い炎を発する。

 これじゃあわたしの氷が維持できない。


「捕まえた。これでゆっくりお話しできるわね」


 そう言いながらにっこりと微笑むへーヴィ。その顔が目の前にあるというのに、わたしとの間には燃え盛る影の檻によってさえぎられていた。

 またしても……わたしは奴のなすがままだった……。


「どうして……届かないの……」


「それはね、ミネルヴァちゃんの使う魔術の理論が私のものより簡略化されたものだから」


「か、簡略化……」


 嘘だ、そんなことはない。わたしの魔術はお師様の下で鍛え上げられた熟練の魔術だ。

 そこら辺の魔導師と名乗る連中……それこそ魔導師ギルド本部連中ですら軽くあしらえるほどに。


「わ、わたしとお師様の魔術は……」


「残念だけれど、そのお師様の技術が足りていなかったの。あの人の一族も旧時代の魔術をそこそこ知っていたみたいだけど、やっぱり衰退は免れなかったのね」


 思い出されるのは昔お師様がへーヴィに惨殺されるシーンだ。

 あの時はこいつもまだ呪われた体になっていないというのにお師様を圧倒し惨殺していた……。

 つまり、それほどまでに技術の差があるということ。


「そんな……」


 それを理解してしまった瞬間、手から力が抜け鎌が音を立てて落ちる。

 どれだけ努力しても、へーヴィを越えることはできない。

 自分の力では、どうあがいてもこの永遠に続く憎しみを消し去ることはできないのだと。

 なら、わたしはどうすれば……。


「だからあなたは、誰かを頼るしかないの。弱くて臆病なミネルヴァちゃんにはそれしかないの。そして、その時にはまた私が……」


 その繋がりを絶ちに来る。絶望の連鎖、終わらない悪夢。

 すべてを忘れて静かに暮らそうと頭で考えても、常にへーヴィへの憎しみがついて回る呪われた体。

 誰もわたしを助けることができない……けど、誰かに助けてほしい。


「だから続けましょう、永遠に」


 嫌だ、もう嫌だ。これ以上わたしのために……わたしのせいで誰かが死ぬのを見たくない。

 でも、わかっているのに、理解しているのに、求めてしまう。


 誰か……わたしを……


「助けて……」



「承知した」



「!?」


 わたし達の遥か上空から聞こえた声。それは今一番聞きたかった声でもあり、そして同時に聞きたくなかった声。


「我が名はアポロニクス・タキオン・ギャラクシア。誇り高き龍帝の末裔であり、新たな龍皇帝国を築き上げる者なり。ミネルヴァ・アルガレスト、其方を我が花嫁として迎え入れに参った!」


 けれど、やっぱりわたしは嬉しいんだ。だって、アポロが来てくれたことでこんなにも嬉し涙が出るんだから……。






 アポロがきて状況は変わった……。けど、この状態を脱しないことにはどうしようもない。

 このままここにいては、アポロは死んでしまう。


「アポロ、これは罠よ! あんたを殺すために仕掛けられたの。今すぐこの場から離れればまだ間に合うから早く!」


「おお、また我の名を呼んでくれたな。うむうむ、だんだんと心が通じ合ってきているのを感じるぞ!」


 どこが通じ合ってるの! それならとっととこの場から立ち去ってよ!

 さっきから火山から連続してうねる音が聞こえている。それに伴って地鳴りも多くなっているから、もって数十分程度……。


「残念だけれど、ここから逃がすわけにはいかないの。あなたにはここで散ってもらわなきゃ」


「もとより逃げるつもりなど毛頭ない。ここを離れるのはお主を降し、ミネルヴァを救出した上でだ」


 つまり、へーヴィを捕らえてなおかつわたしをここから助けて、火山が噴火する前にすべてを終わらせると言ってる。

 またこの馬鹿は……でもそんな馬鹿を、わたしは信頼してしまっているのも事実なのがちょっと悔しい。

 だから……


「ならさっさと終わらせなさいよ! もう一刻の猶予もないんだから!」


「任せるがいい!」


 だからもう一度信じたい。わたしを救うと言ってくれた、その言葉を。


「ああ……最高よ。今ミネルヴァちゃんが最高の幸福を得ているのを感じる。決めたわ、あなたは絶対にここで殺してあげる」


 あの表情だ……いつもわたしの前に現れ、すべてを奪っていく時の表情。

 ぞくりとわたしの背筋が震える。恐怖を感じる。

 けど、まだ……


(絶望はしない!)


 アポロが、わたしの前に立ってくれている限り。


「もともと我とお主の間には何の因縁もなかった。だが、こうして対峙した以上は主を"敵"と判断させてもらう」


 その瞬間、空気が変わった。どこか息苦しささえ感じるほど緊迫した雰囲気。

 わたしがへーヴィと戦っていた時とはまるで天と地ほどの差がある。


「私から……いかせてもらうわ! 『幻惑の幻影マインドシャドウ』!」


「ぬ……」


 この嫌な感じ……また相手の精神に対して攻撃する魔術。わたしに向けられたものじゃないからどんな効力かわからないけど。


「さて、どうかしら。これはあなたの視界の干渉して幻覚を見せるのだけど……」


「『不屈の龍気ドラグハート』!」


 アポロの纏う空気がまた変わった!? それと同時にアポロに纏わりついていた嫌な気配も同時になくなった。

 何もわからないことがもどかしい。


「残念だが、我にそういった精神干渉は無駄だ」


「でも、逃れるためにはそうして魔力を操作する必要があるでしょう」


 そうか、対処されるといってもまったく効かないわけじゃない。

 戦いの最中に使われればそれだけ隙も増える……つまりへーヴィは持久戦に持ち込もうとしてる。


 へーヴィにとっての勝利は力でアポロを降すことじゃない。火山が活性化するまで時間を稼げばいいだけだから。

 もともとアポロがこの場に現れるのを予想しているのにそれを対策していないわけがない……。


「アポ……」


「案ずるな。もう我に精神攻撃は効かん」


 その言葉に、わたしもへーヴィでさえも驚く。

 以前も、今もこうして精神攻撃が一応効いているというのに、アポロは涼しい顔で立っている。


「我が先ほど発動した『不屈の龍気ドラグハート』は体内にある魔力を活性化、そしてそれを持続する。我ら龍族は最強の種族、どんな力であろうと屈っしはしない」


 アポロの凄さを改めて痛感するのはこれで何度目だろう。そして同時に自分の無力さも。

 どんな事態になろうとアポロは越えていく。それはきっとあいつが自分の夢にまっすぐだから。

 だからどんな困難も越えていく意思とと力がある。ただ泣いて苦しみ、停滞しているだけのわたしと違って。


 あの日、幸せが絶望に変わったあの日……もしわたしにアポロのような力があったら。

 もしアポロが、あの時わたしの傍にいてくれたら……。


 そう思わずにはいられなかった……。






 ここからが、正念場だろう。

 精神攻撃はもう我には効かない。ならばこの先は純粋な力のぶつかり合い。

 だが、この戦いは我が先に仕留めるか、相手に時間まで耐えきられるかの勝負となる。


「それじゃあ、ちゃんと戦いましょうか。『岩石壁クエイクウォール』」


 地面から巨大な岩の塊が何本も突き出しその身を隠していく。

 そちらが逃げるというなら、こちらはそれを上回ればいいだけのこと。


「ぬうん!」


 我が拳を振るえばこの程度の岩壁など簡単に砕ける。

 みるみるうちに岩は崩れていくが、相手の姿はまだ見えない……だか気配は感じる、この岩の先だ。


「『影纏いシャドウコーティング』」


ゴッ……!


「ぬ……」


「あら、残念」


 拳が止められる。それは突き出した岩壁に覆いかぶさるように纏わりつく影。

 これは……単純な力だけでは突破することができぬな。


 そう考えている内にドンドン同じものが形成されていく。一手……遅らされたか。


「『剛龍拳ドラゴブロウ』!」


 拳に魔力を乗せ影を纏った壁に打ち出す。

 その衝撃で影は消滅し壁は砕けるが、肝心の相手の影は見えない。


(気配もない……)


 もしやこのまま身を潜め時間を待つ……ということはないだろう。

 我ならば、数秒もあれば近くに隠れた気配も魔力も感知できる、相手とてその程度は理解しているはず。

 ならば……。


「数秒の間で気を伺い、奇襲を仕掛ける!」


「正解よ! 『奈落への誘いヘルズホール』!」


 背後から魔術を発動する声が聞こえる。

 だがこれもフェイク、今までの相手の魔術の発動傾向を考えれると……下だ!


「ぬぅ……!?」


「ふふ、捕まえた」


 いつの間にか我の真下には黒く広がる沼のような影があり、そこから延びるいくつもの黒い腕が我の足を捕らえていた。

 拳を振るい影の腕を強引に引きちぎるが、次々と伸びてくる腕に対する手数が足りずに徐々に引きずり込まれていく。


「私としては……もうそこでじっとしておいてほしいのだけれど?」


 やがて足が影の沼に入ると、何かが強く締め付けてくる感覚に襲われた。

 なるほど、本来この魔術は引きずり込んだ獲物を絞め殺すものか。

 だが我の龍鱗ドラゴンスケイルを破壊するまでの力はない……だが今の状況では我も抜け出すことはできない。

 すでに我の体のほとんどは沼に沈んでいる、このままでは身動きが取れない。


「安心して、ちゃんと火山が噴火する時には出してあげるから」


「いや、その必要はない」


 今までの攻防とこの魔術……相手の実力は大体推し量れた。

 ここからは、龍族の戦士の真の戦い方でいかせてもらおう!


「……はぁあああああ! 『龍気功ドラグオーラ』『剛龍脚ドラグアンカー』『龍翼爆走フェイブースト』『斬龍尾ドラグテイル』『龍体活性ドラグブースト』!」


「きゃ! くう……!?」


 すでに発動済みの腕と精神の戦闘形態以外のすべての肉体を戦う体制に変化、そしてそれらをすべて活性化させた。

 これこそが、我が"本気"で戦う姿。かつて集落一の戦士であった父をも降したその力を開放する。


「これは……マズいですね。一旦離れて……」


「遅い」


 我の放つ蹴りが跳び上がる相手を瞬時に捉え叩き落とす。今の我にとって悠長に喋る時間など絶好の隙にすぎない。

 さて、普通の人間ならば今の一撃で跡形もなく消し飛ぶ威力だが……。


「ぐ……はぁ! 想像以上……間に合うかしらね」


 流石は不死身の肉体……盟友いわく何をしようとも必ず元に戻るとのことだが。

 ならば再生する瞬間を狙い、拘束する!


「はぁ!」


「『影移動シャドウワープ』!」


 消えた……? 音の壁を超える我の速さを逃れるとは。

 以前にもミネルヴァの氷の波動からいつの間にか逃れ、背後にまわっていたことがあったがそれと同じものか。


「今度は逃がさん!」


「『岩石壁クエイクウォール』『影纏いシャドウコーティング』『影移動シャドウワープ』!」


「む!?」


 先ほどと同じ防壁? いや、それに加えあの瞬間移動を同時に行っている。

 岩に纏わせた影から影へ移動……そういうことか。


「であれば……すべて破壊するのみ! 『龍爪斬波ディオクロウ』!」


 鳥を倒した時とは違う、本気の『龍爪斬波ディオクロウ』だ。その衝撃は壁など容易く粉砕しながら周囲を巻き込み、塵に変えていく。

 どこへ逃げようと関係ない……。


「あ、あんた。滅茶苦茶すぎでしょ……」


「なに、我にとっては当たり前のことである」


 衝撃が収まると、更地となった辺りの中心に相手はいた。

 どうやらもう動けないようで、今まさに再生が行われているようだ。このまま捉え、後はここを立ち去ればいい。

 戦闘が始まってからそれほど時間は経っていない、今ならまだ……。


「あはははは!」


 我が近づくと、急に笑いはじめた。

 なんだ、戦闘は我の勝利で終わったというのに、奴の笑い声にはどこか底知れない恐怖を微かに感じる。


「なにが可笑おかしいの! あなたの目論見は失敗したのに!」


「失敗? ふふ、そんなことないわ。この勝負は私の勝ち」


 その言葉にゾッとする。今まで生きてきた中で一番の恐怖。

 この女はこれでは終わらない……きっと我は何かを見落としている。


「あら、感じない? この魔力の躍動を……」


「ッ! まさか!?」


 我は慌てて大地を巡るマナの流れを確認した。……バカな、先ほどよりもずっと強く活発にマナが流れている。

 これでは、あと数分もしない内に『炎神の火山』が活動状態になってしまう。


「これが、私の最後の賭け。ここに仕掛けた火山の活動を促す仕掛けは……強い魔力が周囲で発生するほどその力を増すの。私の力じゃ限界があったけど……ふふ、おマヌケさん」


 我が最後の一押しをしてしまったということか……。

 このままでは……いくら我が速く飛ぼうと炎神の狂乱に飲み込まれる可能性が高い。

 その上、この女を連れて飛ぶにしても、必ず邪魔をしてくるだろう。

 ならば置いていくしかない……千載一遇のチャンスを今ここで逃すということだ。

 だがそれは……。


「アポロ……わたしは大丈夫だから、あんたは早く逃げなさいよ!」


「しかしそれでは……ミネルヴァの呪いは……」


 何が……何が足りなかったというのだ。力を得て、集落を飛び出し、龍帝となると誓った。

 だが、我には愛する者一人救えない……我には。


「これで終わり。夢も、希望も、愛も、全部……終わるの」


 絶望するしかない。ここにいる誰もがそれを確信していた。




「いいや、終わらないさ」




 そんな絶望を打ち砕くかのように、その声は響いた。

 その声は、我に足りなかったもの……。我一人では到底届かないもの。


「バッドエンドなんてのは、この私が絶対に許さん。てなわけで、今回もおいしいとこどりにやってきたぜ!」


 支え合う仲間の姿がそこにあった。


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