91.5話 誘われた世界


 その日、オレは異世界に召喚された。


「どこだ……ここは。それにさっきの白い空間は一体……」


 辺りは知らない風景、目の前には巨大な城のような神殿がこちらを向いている。

 建物の形からしてまず日本ではない……が、今までクソ親父に連れ回されて海外には何度か訪れたことはあるが、こんな街並みは初めてだ。


「うわっ、すげぇ! マジで異世界っぽいじゃんここ!」


「ん?」


 なんだか街の雰囲気に合わないはしゃぐような大声のする方を向くと、オレと同じか少し年下の少年がオレと同じように座り込みながら興奮していた。


 外見、服装、言語からするに日本人なのはほぼ確実だろう。

 もしかしたらコイツならここが何か知っているかもしれない。


「おや? おやおや? もしかしてあんたも異世界召喚されちゃったわけ? よかった~、こういうの憧れるけどやっぱ一人だと不安だよな~。あ、俺 高橋 剣斗たかはし けんと。ま、何でもできるけどなんにもできない、いわゆるThe・普通人ってとこだ、よろしく!」


 こちらから切り出そうとしたら向こうからやけにフレンドリーに話しかけられた。

 それにオレと違いそこまでこの状況に困惑していない様子だ。

 こんな状況に慣れているのか、それとも何か知識を持っているのか……ただ単にバカなだけか。


 どちらにしろ周囲の状況判断が乏しい今の状況では協力者は必要だ。


「拍手 星夜だ、よろしく頼む」


「お、かっこい名前だねぇ。やっぱこういうのに巻き込まれる奴は苗字も独特ってのが定番だよな。……よし、俺は苗字を名乗らないスタイルでいこう、高橋とか平凡でダサいからな……」


 コイツは独り言が趣味なんだろうか。

 どちらにしろこんな広い道で二人して座り込んでいたら注目の的だ。

 しかも、先程からこちらに意識を向けて歩いてくる奴が数人いる……剣斗は気づいてないようだ。


「おい、立て、今すぐ移動するぞ」


 この道には遮蔽物が少なく隠れられる場所もない。

 囲まれたらまず終わりだ。


「そう慌てるなよ星夜。展開にはお約束ってものがちゃんとあるんだ。それをキチンと踏まえていかないとな」


 何を言っているんだコイツは?

 向かってきている人間がもし悪意ある"敵"だとしたらこんなに悠長に構えてる暇などない。


(コイツと協力するのは失敗だったか……)


 グダグダしている間にオレ達は数人に取り囲まれる。

 老若男女多々いるが、その全員の見た目からオレが最初に感じたことは、どことなく"偉そう"ということだった。


「よっと、なぁあんた達、もしかして俺達を迎えに来た感じ?」


「はい、その通りです。我々“女神政権”は女神様直々にあなた方をお連れするよう命じられてきました……異界の者よ」


 なんだ? いきなり現れた奴らと剣斗の会話が成立している。

 二人は知り合い……というわけでもなさそうだ、しかしこれは一体……。


「ま、これが異世界召喚の流れってとこだよ。どうやら星夜は知らないようだから、俺が後でたっぷり教えてやるよ」


 こうしてオレ達は謎の集団“女神政権”に連れられ目の前の巨大な神殿へと招待された。


(何がなんだかわからない……)


 どうやらここは、オレの持つ常識と感覚が通用する場所ではないようだ……。






 その後、神殿の中の女神の下へ連れて行かれると、白い空間で受けた説明の再確認をするように数時間会話をした。

 この時は、与えられた能力と言われてもなんのことだかまったくわからなかった。

 剣斗はどうやら理解したようだが、力の解放はできていなかった。




「つまり、俺達には隠された能力がまだ眠ってるってことだよな。わくわくするなぁ」


 話が終了した後、オレ達には豪華な部屋が与えられた。

 奴らの態度を見るに、オレ達が力を使えるようになるまではここで飼いならそうという考えが見て取れる。


「いやー、あの女神様もなかなか可愛かったよなー。ちょっと背が小さい気もするけど……」


 しかし呑気だなこいつは。

 この部屋で一息ついた後、剣斗が異世界召喚についてペラペラと自慢するように話したのでオレも少し知識を得ることができた。

 どうやら最近ネットの小説などで流行っていたジャンルらしい。

 オレも人並みに漫画やアニメの知識はあるのでまったく理解できないわけでもない。


「しかし……知らない土地とはいえここの連中に従っているだけというのも歯がゆいな……」


 召喚と言われても、勝手に連れてこられて戦いに行けなどこちらの意志を無視した態度はかなり強引だ。


「お、星夜もやっぱそう思う?」


 なんだ? 今まで一人で興奮していた剣斗がいきなり反応してきたぞ。


「そう思う……とは?」


「このシチュエーションだよ。王道展開としちゃあこのまま手配された女の子の仲間と旅をはじめて、イチャイチャしながらスリルありハーレムありの大冒険のはじまりってとこだけど……今の流行りはそうじゃない」


 剣斗の言いたいことについていけん。


「王道ならそのまま進めばいいんじゃないのか?」


「いやいや、最近の流行りとしては主人公はまずドン底からスタートするのが定番なんだ、成り上がりってやつだ」


 ああ、そういえばそんなことも異世界召喚のテンプレの一つだとか言ってたか。

 オレとしては世の中そんな上手くいくものか、と甚だ疑問に思うがな。


 そうオレが呆れていると、横では剣斗がせっせと着替えを済ませ、まるでどこか旅にでも出かけるような格好になっていた。


「そんなわけで、ちょっくら行ってくるぜ!」


「いや何処にだ……」


 もう夜中だというのにどうしてコイツはこんなに元気なんだ。


「何処にって、冒険の旅にだよ。この何もない状態からスタートして、まずは……そう、モンスターや賊に襲われているところを美少女に助けてもらうとこからだな!」


 どういう……ことだ?

 なぜモンスターや賊に襲われていたら美少女に助けてもらえるんだ? 理解が追いつかない。


「そういうわけで、じゃあな! その内、俺達はまたどこかで宿命的な出会いを果たして戦う運命(さだめ)かもしれないけど……その後はお互いを認め合って熱い友情をかわそうぜ!」


 こちらの頭の整理がつかないままにドアを開け走りだしてしまった。


「おい、待……」


「待ってろよまだ見ぬヒロイン達! 俺の眠れるチートで世界を救いながらハーレムでウッハウハだぜー!」


 剣斗のスピードは意外と速く、もうどこに行ったかわからなくなってしまった。


「このまま追うべきか? ……いや」


 あいつから聞くべき最低限の知識は得られただろう。

 それならばこれ以上の深追いはこちらの身にどんな影響を及ぼすかわからない。

 悪いがあいつがこの先どうなろうとオレの知るところではない。

 それこそオレは物語に出てくるようなお節介な"主人公"じゃないんだからな。


「今オレが考えるべきことは……この状況からどうやって安全かつ縛られない道を見つけるか、だな」


 こうして、オレの異世界召喚第一夜は更けていった。






 翌朝神殿内が騒がしいと思い身を隠しながら聞き耳を立てていると、近くの森で剣斗が死体で発見されたという話題で持ちきりだった。


(……ここをぬけ出すなら、今しかないか)


 剣斗の死によって奴らは大慌て、この混乱に乗じて逃げなければ次はないだろう。

 オレ達はここの人間にとって重要な存在だったはず。

 その内の一人がこうもあっさりと死んでしまったというなら、オレを二の舞いにしないために厳重な見張りをつけられることは確実だ。


 オレはすぐさま行動を開始した。

 比較的目立たないであろう服装に着換え、予め用意していた少量の荷物を回収する。

 そして、部屋の窓からカーテンやベッドのシーツを繋ぎ合わせた擬似ロープを垂らし神殿から脱出。

 人や物の影に潜みながらなんとか街から脱出することができた。

 途中、裕福そうなふくよかな男を周りに気づかれないよう気絶させ、路地に引き込んで生活費を回収させてもらった。


(悪いな、こちらも先立つモノが必要なんだ)


 こうしてオレは広大なアステリムの世界へと旅だった。

 その時は気付かなかったが、女神の力の影響でオレの体は異様に軽くなっていた。






-----






 何故オレがこんな見知らぬ世界で冷静に、迷わず行動できたのか……。

 それはオレが育った環境に影響している。


 オレの家は、代々国のエージェントとして育てられてきた。

 何を言っているのかわからないと思うが、それが一般的だ、安心していい。

 諜報、交渉、潜入、捜査、スパイ、戦争、暗殺……生まれてから今まで父親のあらゆる仕事を見てきた。


 母の顔は知らない。

 この家系では男児が生まれた瞬間から母と子は引き離される。

 唯一許されるのは……名をつけることだけ。




 父と共に様々な国を巡り、この歳で申し分ない技術を手に入れたオレの次の課題は、『自然な生活に溶け込む』ことだった。

 無事中学を三年間自然に過ごし、後は高校の途中から転校という形で何事も無く父の下へ戻るはずだった。

 が、高校に入学してすぐのことだ……オレの心に大きな変化があったのは。



「ねぇねぇ、星夜君のお父さんって何してる人なの?」


「ただの自動車の整備員だよ」


 なんの問題もない日常的な会話。

 オレは自然な答えを返し、何事も無く過ぎていくはず……だったのに。


「じゃあ、お母さんはどんな人?」


「え……」


 その問いに……なぜかオレは答えることができなかった。


 その日から、オレは今の偽りの自分を演じることに嫌気が差してきた。

 元々、父の言うことを聞くことはあまり好きではなかった。

 むしろ嫌だった、"自由に生きたい"……様々な地を巡り、見てきた人間のように。


 学校からの帰り道、手を繋いでいる母子を見ては、『本当の家族』とは一体なんなのかを考える。

 自分は一生、母親の手を……ぬくもりのある家族の手を握ることはないのか……と。






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 そんな時に起きたのが、この異世界召喚だった。

 オレは持てる知識をすべて生かし、サバイバルな状況でも生き抜いてきた。


 神殿から抜け出し一年以上が経つが、女神政権共の捜索が一向に打ち切られる様子はない。

 もう限界が近い……と、思った矢先に飛び込んできたのが別大陸の情報だ。

 いくつかある別の大陸に逃げ込めば、きっと捜査の手も緩むと考えたオレはすぐに行動に移った。


「ほぼ全財産を使ってしまったが(ほとんどが盗んだもの)、これでほとぼりが冷めるまで目立たない区域にいれば問題ないだろう」


 それに力に覚醒してからというもの、今まで違和感程度にしか感じなかった身体の変化もしっくりと馴染むことができた。

 これにより戦討ギルドの支部が出している一般向けの依頼を受けることも容易い上、護衛などの仕事も問題なくこなせる。


「問題は……こいつか」


 オレの腕に装着された武器……パイルバンカー。

 体術を基本として戦うオレにとっては攻撃、防御どちらにも使える優秀な武器。

 しかし、整備もなしに使い続けたためどうも調子が悪い。

 "救恤"の力で偶然創りだされたこいつを直すことは辺境の武具屋でもできなかった。




 そんな時に出会ったのが……。


「奴隷市場?」


 正規の奴隷を売り払う商人が偶然辺境の町にやってきて、オレはダメ元で『手先が器用な奴を紹介してほしい』と聞いてみたら。


「手先が器用となりますと……このドワーフですが。この者は少々問題がありまして……上手く会話ができないのです」


 なるほど、だがオレにとってはそんなことはどうでもいい。


「お前、これ直せるか?」


 奴隷の少女の前にパイルバンカーを置くと、慣れたような手つきであっという間に分解、調整を済ませてしまった。


「買った」


「ま、毎度ありがとうございます!」


 欠損品ということで大分負けてもらえたが、これでまた一文無しだ。

 さらに食い扶持も増えるとなると、今まで以上に稼がないとな。


「お前、名前は? と、上手く喋れないんだったか」


 まだ怯えたような表情でこちらを見つめる少女はゆっくりとその口を動かし。


「わ……たし、ミ……コ……います」


「みこ? ……ミーコか。よし、これからよろしく頼む、ミーコ」


「は、は……い!」


 頭をなでてやると、強張っていた表情が少し和らいだようだ。

 もし妹がいたらこんな感じなのかもしれないな。


 こうして、オレ達は新たに旅を再会した。

 "オレ"というものを見つめ直すための新たな旅路へ……。


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