91話 女神の能力


「とまぁ、そんなこんなで私は元の世界に帰る方法を探しているわけだ」


 私が転生者でもあることをカミングアウトしたが、その日はもう夜も遅くなっていたため、こうして次の日に持ち越されることとなった。


 今は再会した護衛の途中、お昼の時間にこれまでの私の経緯を話していた。

 ちなみにセラは馬車の中でまだ調子が戻っていないカイルの様子を見ているので、ここには事情を知る者しかいない。


「なるほど、限がこの世界に慣れていることと日本に帰りたい理由は理解した。が、すまないがオレが協力することはできないな」


「やはり今更日本に帰る気にはなれないか?」


 星夜が召喚されてから五年もの月日が流れているからな。

 二つの世界の時間軸がどんな関係かはわからないが、もし戻れたとしてもちょっとした逆浦島太郎状態だと生活もどうなるかわからない。


「今の生活にも不満はない。むしろ広い世界をもっと見たいと思っているくらいだからな。このままミーコと二人で世界を巡りながら年を重ねていくのも悪く無い」


「……! せ……せや……さま、それ……て……」


 星夜のセリフにミーコの顔が真っ赤になる。

 ……よくもまぁそんなセリフがポンポンと出てくるもんだ。


「だけど星夜みたいなパターンだとどうせ行く先々で女の子を堕ちとしてるんだろうな」


「何だそれは……まぁ異世界召喚のテンプレとやらにはそういったこともあるらしいが、別にオレはなにもないぞ。今までだって旅の途中で事件に関わることは少なからずあったが、そのあとは別段なにもなかったしな」


 騙されんぞ……すました顔で自分は女性に好意を向けられていないと言う奴に限ってアチコチでお約束を引き起こすんだ。

 こういう時は当事者に一番近い人間に聞くのが手っ取り早い。


「ミーコ……どうなんだ?」


「……モテモテ……です」


「お、おいミーコ……」


 プイっとふくれっ面で顔をそむけるミーコ。

 ああ……いいなぁ、私もこんなやり取りしてみたいよ。

 どうして私には他の女の子と仲良くしてると可愛く拗ねるようなヒロインが存在しないんだ。


「いいよなぁ星夜は、なんだかんだ言って主人公成分多めじゃないか……」


「何を言ってるんだ限は……。というかミーコは何をそんなに拗ねているんだ」


 そんなちょっと鈍感なところもまた然り。

 それに加えて、召喚、チートのようなもの、冒険の途中に事件解決、モテモテ、奴隷少女購入などなど。


「そういえば旅の間の食事はどうしていたんだ?」


「ん? 野宿の場合は大抵オレが作る。元々日本でも料理はしていたことがあったからな」


「ごはん……おいし……です」


 はいもう一つ、料理ができる、も追加だ。

 はぁ、いいなぁ主人公要素……。


「だが待ってくれ、私はこうしてつらつらと文句を言っているが結構な主人公要素を持っていると思うんだ」


「いやだから何を言ってるんだお前は……」


 小説にも間違いで異世界召喚されるパターンはいくつか存在する、巻き込まれ系というやつだな。

 しかも前世の記憶にチート級の武器を持っているとも言える。

 異世界召喚系によくあるボーナス特典みたいなものは残念ながら無いが、この世界が前世に生きていた世界とあって戦い、生き残る術は持ち合わせている。


 おお! こうしてみるとかなり主人公要素多めじゃないのか私は。

 他にもテンプレとして様々な事件に巻き込まれることも経験済みだ。


 あとテンプレに足りない要素と言えば……。


「ハーレム系……つまり可愛い旅の連れ……か」


「ワウ……(ご主人がまた変なこと考えてるっす……)」


 よくある話なら、自分の立場や身分を投げ打ってまで主人公についていくヒロインが一人か二人はほぼ必ずと言っていいほどいる(大抵、後程ご都合主義で問題にはならないが)。



 私の場合は……どうだ?


 まず第三大陸で出会ったミレアは大分熱を上げていた……。

 が、ああいうタイプは恋に恋するメンヘラタイプ、熱が覚めるのも早いだろう。

 今頃は別の誰かにお熱になってるかもな。


 お次に第二大陸は……リアか? ミミは無いよな……多分。

 リアも私のことはただの仲間……家族のようなものとして接していただけだからな。

 弟の友人でもある人物が気になってくるパターンも期待してみたかったが、彼女としては家族としての繋がりを大事にする方がよっぽど重要なんだろうな。


 さて最後に中央大陸。

 マレルとフィオさんのまさかの親子丼……R指定が一段階上がりそうな展開だな。

 うーん、マレルとは結構いい関係になっていると思うんだが……恋愛関係の話になると適当にあしらわれてる感がパない。

 もしかしてそういった関係になるのは面倒くさい……とか考えられてる? ハハハ! まさかそんな……。


 むむむ、候補はいるのにハーレムになる要素がまったく見えてこないのはなぜだ。


「なぁ、そんなに彼女が欲しいんならあの女神とかどうなんだ。案外その犬をポイっと渡せばお前に惹かれてくれるかもしれないじゃないか」


「ワウン!?(星夜さんなにげに酷いっすね!?)」


 うーん、でもまぁ確かにセフィラは容姿は悪く無いしな、逆に意外とアリか……?

 性格の不一致さえどうにかすればなんとか……やっぱ無理かな。


 もういい、この話はお終いだ! 別の話題にしよう。


「女神といえば、あいつの力は犬にもあるはずだよな?」


「だろうな、その犬はこの世界に降り立つ前に謎の空間で女神と会っていたんだろ? オレももう一人も同じ状況を体験したからまず間違いないだろう」


 それを私は体験してないからどうにも言えないんだよな。

 星夜達と私達では召喚された状況に多少の差異があるから一概にはなんとも言えんが。


 それに、魔導師ギルドの資料によれば、『すべてを確認できている訳ではないが、人族に似た異世界人が現れる特異点はそのほとんどが中央大陸に発生している』とも書かれていた。

 つまりそれらはすべてセフィラが異世界人を自分の下へ呼び寄せたのだろう……私は例外みたいだが。


「ま、これは特異点の発生源を観測できる装置ができてからってことらしいけどな」


「特異点の観測装置か……」


 おや、私の話に星夜が顔をしかめている、どうかしたのか?


「限、これは……オレの推測なんだが、もしかしたらその装置の製作者はオレと同じ“救恤”の力を持った異世界人だったのかもしれない」


「なに?」


 どういうことだ?

 たしかその装置も然り、今現在この世界で使われている魔道具は家庭用から戦闘用までの数多くの基盤は一人の魔導師が生み出したと言われているが。


「思い出したんだ、五年前オレがあの神殿にいた時に聞こえてきた信者達の話を」


 星夜から聞かされたのは衝撃の事実だった。

 会話をまとめると……「今回の異世界人の能力はどうだ?」とか「戦えないのならまた人族のために有益なことをしてもらうまで」などという不穏な情報だったそうだ。


「その魔導師はオレとは違い博識だったんだろう。この世界の魔術を学び、女神の力も研究し、世に役立つものを生み出していった」


 戦う力がないのならせめて他のことで役に立たせ飼い殺しにしようってことか。

 自分達のことばかり考える女神政権(あいつら)っぽいやり方だな。

 けれど彼が生み出した多くの製品は世に広まり、それを使用しているのは人族だけにはとどまらないはずだ。

 もしかしたら、製作者本人が奴らだけにいいように使われたくなくて女神政権に抗った結果だったりするのかもな。


「しかし、となると私が考えていた通り女神の力は循環していくものなのかもしれないな」


「循環?」


 これは私の考察の一つだが、女神の力を持っている者が死ぬとその力は女神に戻り、また新たに力を与えることが可能になる……というものだ。

 これは新魔族側の力も考慮して考えた結果だ。

 元々別世界で起きた戦いでお互いに七つの力をフルに使って戦っていた。

 なのに今ではセフィラの力は新しく召喚された星夜に、新魔族側ではこの世界で生まれたサティに"憤怒"の力が宿っていることから推察できる。


 以前見たセフィラの回路、一つにまっすぐ伸びたものはおそらく異世界人をこちらに呼び寄せるための転移術。

 そしてその周りを囲んだ七つの珠のような回路、あれが七美徳の力だろう。

 光っていたものは今現在星夜の中に感じる力と似た雰囲気を持っていたことから、あれがまだ誰にも渡っていない能力ということだろう。

 あれ? でもあの時見た光は三つしか残っていなかったような……。


「しかし七美徳か……。オレもあまり知らないが、たしか"勇気"や"愛"、"希望"だとかだよな。あとは何があるんだ」


 七美徳……ねぇ。

 わかりやすい大罪と違ってこっちは曖昧すぎるからな。


「そうだな……"知識"だとか"忠実"とかも分類されてた気がするな。あとは"節制"……だったかな」


 なんとなくそれっぽいものを挙げてみたが、結構いい線いってるんじゃないか?

 "勇気"、"愛"、"希望"、"知識"、"忠実"、"救恤"、"節制"……うん、丁度七つだ。


「犬、この中でお前の力はどれだと思う?」


「ワウーン……(うーん、どうっすかねぇ……。"勇気"とかかっこいいっすよね)」


 まぁ凄い主人公感あるよな。

 でも犬が勇気ってのもなぁ……。


「星夜、力を使う時のコツってなんかないのか? 犬に感覚を教えれば意外とあっさり覚醒したりするかもしれんし」


「そうだな……オレの場合は腹に力を込めて発生させる場所……つまり腕の先を意識して使っている」


 腹に力を込めるって……なんか急に現実感溢れてきたな。

 もっとこう未知なるエネルギーが湧き上がってくる感覚だ、みたいなことはないのか。


「でもまぁ、ちょっとやってみたらどうだ? 七美徳のどれかを考えながらやれば案外いけたりするかもしれんぞ」


「ワウン……ワウッ!(そんな適当な……まぁやってみるっすけど。ふっ!)」


 犬ってどういうふうに力を込めるんだろうか? なんか普通に踏ん張ってるように見える。

 このままじゃ力じゃなく別の何かがヒリ出されるんじゃ……。


「ワウッ!?(あっ、ちょっと待ってくださいっす!? なんかキテるっす!?)」


「いやキテるって何がだ……」


カッ!


「え?」

「は?」


 それは本当に突然のことだった。

 犬の体が突然光を放ったと思ったら、衝撃破が周囲に発生し焚き火や飲み物のカップが吹き飛んでいった。


「ガ、ガウーン!?(な、なんすかこれえええええ!?)」


 衝撃が収まると、目の前に元の犬の姿はない。

 代わりにいたのは、一匹の大きな白い獣。

 真っ白な毛並みに鋭い眼光と牙、それに所々から青白いオーラのようなものが湧き出している。


 さて、この状況……考えられることは一つだな。


「お前……まさか犬か?」


「ガウガウ(そうっすよ。なんかご主人がぼくの目線より下にいるのってなんか違和感があるっす)」


 どうやらこの獣は本当に犬のようだな。

 星夜達には声が聞こえていないようだし、なにより私の中にある使い魔との繋がりの回路が繋がっているのがその証拠だ。


「なんだかジ○リ映画に出てきそうだな……」


 確かに……。

 日本人なら誰もが想像しそうな形だな、首だけで動きそう。


「うーむ、でもこのオーラはちょっとぽくないな」


「ガウン……(二人して何危ない会話してるんすか……)」


 怒られそうな話はここまでにしとくか。


「犬、体に違和感はあるか? 何か変わったことは」


「ガウウ、ガウ(変わったと言えば全部っすけど。痛いとかそういうのは無いっすね。あ、それと突然頭の中に何か浮かんできたっす)」


「オレの時と一緒か……」


 覚醒した時に力の使い方が頭の中に浮かんでくるというあれか。

 これで犬がどの美徳を持っているのかわかるな。


「ガウ(どうやらぼくの能力は"勇気"らしいっす)」


 勇気か……犬にそれはどうなんだ?

 まぁ結構重要な場面で頑張ったりもしてるし、ありえなくはないかね。


「ガウウ(能力の内容としては……『戦闘フォームへの変化』及び『近接戦闘においての短距離高速移動』っす)」


 おおう、バリバリの戦闘系じゃねえか。

 セフィラに知られたらマズいなこりゃ、血眼になって追ってくるだろう。


「戦闘フォームってのは今の犬の状態を見れば一目瞭然だが……高速移動ってのはどんなものなんだ?」


「ガウ……ガウウ(ちょっと待ってくださいっす……お、これっすかね。やってみるっす)」


 これは……犬の魔力が高まっている。

 おいおい、これはかなり高密度の魔力だぞ。

 しかも犬が戦闘フォームになってから凄い勢いで魔力回路が形成されていく。


 ……大丈夫かこれ?


「お、おい待て犬、もうちょっと広い場所でやった方が……」


「ガウガウガウ『ガウ』!(凄いっす! 力が溢れてくるっす! やってやるっす! 『高速戦闘移動スレイプニィル』!)」


バヒュン!


 犬が魔力を解放すると、一瞬にして姿が消えたと思うとすぐさま背後に現れ、また消えては岩の横、木の上などに次々と移動していく。


「おおおおう!? ちょ、止まれ犬!」


「ガ、ガウーン!?(ヤバイっすううう! 止め方がわからないっす!?)」


 だから待てと言ったのに!

 しかし移動時に発生する衝撃も並のものじゃない。

 どうにかして抑えないとこの辺りがめちゃくちゃになってしまう。


「だったらこれでどうだ! 術式展開『光紐の呪縛グレイプニルロック』、さらに第二術式展開『範囲結界陣サーチフィールド』!」


 これで私の半径10メートル以内に設置された『光紐の呪縛グレイプニルロック』に犬が触れればそのまま拘束する。


「犬、どうにかして狙いをこちらに定めろ!」


「ガウ!(や、やってみるっす!)」


カチリ


 よし触れた! これで犬の体を拘束……。


「ガウー!?(止まらないっすよご主人ー!?)」


 なんと、犬の動きが速すぎて捉えきれないだと!?


「ガウウ……(なんか……凄く疲れてきたっす……)」


 くっ、このままじゃ犬は魔力の使いすぎで体を壊してしまう。


「限、なんでもいい、オレの感覚を強化できるか?」


「……いけるのか、星夜」


 静かに頷きパイルバンカーを装着する星夜。

 今の私には犬の動きが影も見えない、だが女神の補正を受けた異世界人はそこまで強化されているのか。


「頼んだぞ、『撃感覚強化レイドブーストセンス』」


 私が今使える最高の強化術を施すと、星夜は静かに呼吸を整えはじめる。

 武術の構えのようだな、特殊な家……と言っていたがそれが関係してるのか。


「……そこだ!」


ガギャン!


「ガグ……!(うぐ……!)」


 凄いな、高速で移動する犬の腹を正確に打ちぬくとは。

 私も同時に感覚を強化したが、私ではその動きを完全に捕らえることはできなかった。


バシュン!


 パイルバンカーを打ち込まれ仰向けでヒクヒクしていた犬がまた光に包まれると、元の小さな姿に戻り気絶していた。


「力の使い方がまだわからず、すでに消耗していたから一撃で仕留めることができたな」


 確かにこの戦闘力を自在に扱えたらいい戦力になりそうだ……。


「しかし派手に暴れたもんだ」


 木は折れ、岩は砕け、あちこちに穴ボコが出来上がっている。


「ど、どうしたんですかこの状況! 大きな衝撃が馬車まできてたからまた魔物が襲ってきたのかと思って来てみたんですけど……」


 ん? サラか。

 いやはや、どう説明したもんかねこの状況……。


「うん、風が吹いたんだ」


「は、風……?」


「そ、もう収まったから何も心配しなくていい。時間もいいしそろそろ出発の用意をしよう」


「え、あ、あの……」


 まったくわかっていないセラだが、これ以上質問されても面倒なだけなので、犬を担いでさっさとこの場を離れることにする。


「今のはかなり強引じゃないか」


「上手い言葉が見つからなかった。異世界人のことについて説明するのも面倒だろう」


「それもそうだな……」


 この女神の能力も、解明すれば日本に帰るためのヒントくらいにはならないかね、同じ女神の力だし……。

 なんてことを考えながら星夜、ミーコ、そしてまだ疑問を顔に浮かべているセラ達と馬車に戻る。


 こうして、新たな女神の能力を邂逅しつつ、私達はまた旅路を進め始めた。


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