70話 特訓開始


 その人は、今までに出会ったことのないような人だった。

 貴族のように蔑むような態度や周りの人達のように哀れみの感情で見ることもない。

 かといってリオウくん達のように優しく接してくれるわけでもない。


「努力の仕方が悪いだけだ」


「う……」


 心にグサッとくるようなこともどんどん言ってくる。

 なんていうか……村にいた頃を思い出す。


 隣の家のお兄ちゃんはいつも「国の騎士になるんだ」って言いながら僕と近所のお姉ちゃんを特訓につき合わせてた。

 兄ちゃんは僕が弱音を吐くといつもボコッと殴って叱りだす。

 それをお姉ちゃんが止めに入って……。


「っと、今は思い出してる場合じゃない」


 今になって故郷のことを思い出すのは、やはり師匠の影響だろう。

 彼の着ている服がなんとなく僕が昔着ていた服に似ているからかもしれない。

 昔母さんが僕のために作ってくれた服……もう着れなくなってずっとタンスにしまいっぱなしだったけど、あの服どうなったかなぁ。


「今はそれよりも魔術の修行をしなきゃ。師匠に教わった通りに……」






 しかし、結果は見るも無残なものとなった。

 ああ、これじゃ僕だけでなく師匠まで巻き添えになってしまう。

 やはり僕は迷惑をかけるだけの……。


「レオン、後ろを向け」


「え? は、はい」


ブスリ!


 えええ!?

 な、なに? いきなり頭に何か刺さった!


「い、いた……くない!?」


 不思議なことにまったく痛くない。

 そして、師匠はその後、修行の本番は明日からだとウキウキしながら街へ繰り出して行った。


 こんな状況だというのに彼はまったく不安そうな顔をしない。

 一体どこからそんな自信が出てくるのだろう。




 その後、いつものようにオンボロの寮で睡眠を摂る。


「師匠は今頃夜の街で遊んでるのかな……」


 夜の街には楽しげな施設がいくつも点在してる。

 貴族の学生なんかもたまに来ているのを見たことがある。

 僕といえば、裏の路地で学費や生活費を稼ぐためにせっせと雑用をしながら彼らを見ているだけだった。


 今は特別期間なのでその分の学費は免除してくれるのでこうして寝ていられる。

 でも彼は今にでもこの街を楽しみたいのだろう……いや、もしかしたら今頃ギルドマスターに頼み込んで試験を変えてもらうように頼んでいるのかもしれない。


「あるかもね……だって、僕だってこんな落ちこぼれに教えたいと思わないし……」


 見限られたかもしれない、そう考えてしまうとなんだか悲しくなって涙が出てきた。

 誰にも迷惑をかけたくない……けど、そばに誰かいることがとても嬉しかった。

 だからこんなにも悲しくなるんだ。

 こんなに悲しいならいっそ……。


「うーっすただいまー……っと、もう寝てるか」


「ワンワン」


「おっと、そうだな。じゃあ私達も静かに寝るとするか」


 帰ってきた!?

 そのことに驚いて僕はとっさにベッドの奥へと引っ込んでしまった。

 師匠は二段ベットの上に上がりイソイソと寝始める。

 また涙が出てくる、今度は悲しみではなく嬉しさで。

 この人は本当にわからない人だ……だけど今は、そのことがとても嬉しかった。






カンカンカン!


「うわっ!? なんだ!」


 修行本番当日の早朝、僕の目を覚ましたのは師匠の鳴らすけたたましい音だった。

 どうやら先に起きていた師匠が朝ご飯のために僕を起こしたようだ。

 師匠は学内のこと何も知らないから僕が色々と案内しないと。

 とりあえずご飯といったら食堂だ、リオウ君達とよくお昼を食べた場所。

 お金のない僕はもう来ないだろうと考えていたのに……。


「さて、何にするレオン」


「あ、僕はいいです……お金ないんで」


 僕のことは遠慮しないでどんどん食べてください。

 そう言うとなぜか怒られた、そして止めるまもなく僕の分のご飯も注文しお金を払った。

 僕は慌てて断ったけど。


「レオン、これは師匠命令だ、食え」


 彼の強い押しに負けて僕はそのご飯を食べることにした。

 すると、突然僕の瞳から熱いものが垂れてくる。


「う、どう……して」


 あの時と一緒だ、リオウ君とシリカちゃんと本当に友達になれた時と……。

 もう涙は流さない、強くなるんだって決めたのに。


「泣きたい時は我慢するな、思いっきり泣けばいい。心配するな、必ず私がお前を一人前以上の魔導師にしてやるさ」


 その言葉に、僕の抑えられていた感情は一気にあふれ出し、涙もボロボロ零れだした。

 この人は、信頼できる。

 自分がランクを上げたいからとか関係なしに彼は本当に僕のことを思って接してくれている。

 この人についていこう、師匠とならきっとやり遂げられる。


「これ食ったらビシバシいくからな、覚悟しとけよレオン!」


「ズズ……はい、師匠!」


 その日食べたご飯はとてもしょっぱかったけど、僕には最高においしく感じられた。






 さて、朝食を食べ元気モリモリだ。

 あれから三杯もおかわりしてしまったぜ、やっぱり日本人は米だな!

 なにはともあれ、お腹も膨れたことだし修行開始といきますか。


「ではこれより『特訓! レオン君モリモリ魔導師強化プログラム』を開始する!」


「え、えーっと、わかりました師匠」


「ワウ……(まーた変なネーミングを……)」


 このセンスが理解できんとは。

 いつかドラゴスも交えてみっちりと講義する必要があるな。


「それで師匠、特訓といっても何を行うんですか? 先日色々と試しましたけどどれも駄目でしたし……」


 レオンは不安そうにちらを見てくる。

 ふむ、これは世のショタ好きが黙っていない……ではなく。


 私は二度同じ失敗はしない。

 すでに解決策は万全に用意してあるのだよ。


「ここで取り出したるはこの秘密兵器だ!」


「黒い棒……いや、槍ですかこれ?」


 これこそレオンの才能を開花させるための秘密兵器。

 昨日武具屋で買ったアレだ。

 名前は特にないとのことだったので『黒棒』と名づけたが店のオヤジと犬に苦い顔をされた、なぜだ。


「えっと……それで、それをどうするんですか?」


「なに、やることは簡単だ。この黒棒をブンブン振り回すだけだ」


 サルでもわかる超簡単な修行方法だ。


「本当にそんなことで魔術が上達するんですか? あ、別に師匠のことを疑ってるわけじゃないんですけど」


「ま、とにかくやってみろ。ほれ」


 黒棒をぽいっと投げてレオンに渡す。

 レオンはそれを慌ててキャッチしようとするがその前に。


「あまり舐めてるとその腕折れるぞ。もう特訓は始まってるんだからな」


「それってどういう……! え、なんだこれ、重……うわあ!」


 手が黒棒と地面に挟まれそうになった瞬間、ばっと手を離すことでなんとか逃れたようだ。


ドズン!


 あのままだと手がミンチになるとこだったな。

 落ちた黒棒はそのまま地面にめり込み、ピクリとも動かない。


「な、なんなんですか師匠、この槍は!」


「秘密兵器だと言っただろう、それを振り回せるようになればお前が使用する魔力の質は今までと比べ物にならなくなるだろう」


「そんな……こんな重いもの振り回せませんよ! それに、なんでこれを振り回すと魔力の質が上がるんですか!?」


 まぁ至極もっともな意見だな。

 だがこの特訓は多少無茶でもこうしなければ意味がない。

 口で説明しても知識がない者にとっては余計混乱させるだけだ、体で覚えさせるしかない。


「あんな重いもの誰も振り回せませんよ」


「私は出来たが?」


「あ……もしかして師匠って物凄い怪力……」


 なわけないだろう。

 ま、いきなりぶん回せと言われても無理な話だからな。

 今の自分では出来ないことをわからせた上でアドバイスをすれば新しい道を探すことに必死になる。


「ヒントを教えておく。その黒棒を持つ時、常に魔力を体の中で流動させるよう意識するんだ」


「魔力を?」


「それともう一つ、黒棒が地面にめり込んだ理由を考えろ」


 私が言えるのはここまで。

 育てると言いながら無責任に思われるかもしれない。

 だが、今回は今までとは違う。


 イチから始めたカロフや自分の力を理解していたレイとも違い、 こいつは魔力の使い方、鍛錬を一通り行っている。

 だがレオンはその鍛えた魔力をどう扱っていいかわからない状態に陥っている。

 きっと魔導師にならないといけないというプレッシャーが彼に自分の才能に気づくきっかけを潰してしまったんだろう。


 だからこそ自分で、自分の力で出来ることをわからせてやらないといけない。

 その特異な才能をここで埋めてしまうのは勿体無い。


「さて、私はそこでお前の特訓を見守りながら魔力回路の調整でもさせてもらおう。お前はまずは持ち上げるところからだな。……それとも、こんな特訓馬鹿らしくてやめるか?」


 普通に考えればこんなもの魔導師になるための特訓には見えない。

 レオンだって呆れて私の指導なんて受けなくなるかもしれない。

 だが……。


「やります……。これを持ち上げるんですね」


 レオンはもう疑うことなく私が指定した特訓をはじめる。

 その様子を見た私は安心して見守ることにすることにした。






 さっきはあまりの重さにびっくりして気が動転したけど、きっと師匠には何か考えがあってこの特訓を提案したはず。

 僕は決めたんだ、何があってもこの人を信じるって。


「よし、じゃあ早速……ふぬ! ウギギ、やっぱりびくともしない」


 やはり単純に力で持ち上げることは不可能に近い。


「でも師匠はあんなに軽々と持ち上げていた……」


 となるとやはり何か魔術を使用していたのかな?

 でもどんな? 物を浮かせる魔術……風を利用して物体を浮かせてた?

 いや、この重さだとどんなに強い風でも無理かもしれない、それにあの時はほぼ無風だった。


「そういえば師匠は「めり込んだ理由を考えろ」とも言った。理由……か」


 でもそんなの重いからそうなるんじゃないのかな。

 ……あれ、そういえばどうして重いと地面にめり込むんだ?


「あの岩……」


 ちょうど近くにあった大岩を見る。

 あの岩の重さはこの黒棒ほどじゃないだろう、それでもかなりの重量を有しているはずだ。

 けど、地面にはほとんどめり込んでいない。


「なんだ、黒棒とあの大岩……一体なにが違うんだ」


 あと少し、もう少しで何かが掴めそうな気がする。

 黒棒を持ち上げようとしながら思考を駆け巡らせる。


 おっと、師匠は魔力を使いながらやれって言ってたよね。


「魔力の循環って……体内の魔力が正常かどうか確かめるためにやるあれかな?」


 授業でもそういったことをやったことはあるが、多くの生徒や魔導師は体内の魔力を調べるのなんてどうでもいいって言ってたけど……。

 でもきっとこれにも意味がある。

 信じるんだ、師匠を。

 きっと僕にもこの黒棒をぽいっと投げられるようになっ……。


「黒棒は……投げ落とされたから……めり込んだ?」


 僕は昔を思い出していた。

 高いところから落ちれば……痛い。

 高いところからリンゴが落ちると……割れる。

 同じように黒棒も落ちればめり込む……。


「投げれば下に落ちてくし、木の葉も木から取れればひらひら落ちる。鳥の糞だってポトリとまっすぐ落ちてくる」


 どうして落ちる?


「上から何かに押されてる……もしくは下から何かに引っ張られてる?」


 もしかしたら、そんな力がこの世には存在するのかもしれない。

 物と物、人と人……いや、世界にそんな力があるとしたら。

 もしそんな力を操ることができたら……。


「ん、なんだ?」


 急に黒棒の重さが和らぐ……というより僕の体自体が軽くなったような。

 よく見ると、黒棒はいつの間にか地面から離れ少し持ち上がっていた。


「えっ!? やった、やりましたよししょ……うわ!」


 集中力が途切れた途端、黒棒に重さが戻り僕は慌てて手を離す。


ドスン!


 あ、危なかった……。


「よくやったレオン、これでお前は自分の可能性の第一歩を踏み出した。今日はもう遅いしここまでにするぞ」


 目の前に師匠が笑顔で立っている。

 そして、いつの間にか辺りは真っ暗になっていた。






 なんとか一日でここまでいけたか。

 自分では気づいてないだろうが、レオンの体は汗でぐっしょりだ。


「これで……ぜぇ、僕……はぁ、強くなれたんでしょうか?」


「そう焦るな、とりあえず汗を流してこい」


「は、はい」


 そしたら食堂で飯を食いながら今日の復習と反省会だ。

 レオンの集中力が凄まじいせいでお昼返上して見守っていたからな。

 こいつはどんなことにも一生懸命になれる素質があるが、そのせいで逆に体を壊すタイプだな。

 よく体がここまで耐えられたもんだ。

 レオンにはこの先ちゃんとストップをかけてくれるパートナーが必要だな。

 え? 私がなればいいじゃないかって? ホモォ……は勘弁。




 その後、夜の食堂で朝と似たような食事を取りつつ今日の反省会。

 汗を流していたため食堂にはもう人は残っていなかった。

 さて、今回はレオンも遠慮せずにバンバン食べているぞ。


「モグモグ……《重力》属性?」


「ガツガツ……《引力・斥力》属性の総称、《力》属性などとも呼ばれることもあったが、細かいことはいいだろう」


 世界の引力や斥力の一部を操作する力や、新たに重力の"場"などを作り出す力。

 その一端に気づける者は少ない。

 前世でもただ単に口頭で説明しただけではその力を扱える者はほとんどいなかった。


「自分で気づいてこそ魔術には意味がある……ですね。勉強になります」


「今日黒棒を持ち上げた感覚を忘れないようにしろ。明日明後日にはブンブン振り回せるようになってもらいたいからな」


「はい、師匠! 僕、頑張ります!」


「けど体調は気にしろよ。見ていて結構危なっかしいからなお前。てかそんなんでよくやってこれたな」


「あ、以前は僕のことを気にかけてくれる友人が……」


「あら、こんな時間に食堂に誰かいると思えば、あの落ちこぼれじゃない」


「……!」


 私達の会話を遮り、数名の女性がやってくる誰だ?

 中でも目立つのは、先頭に立ち話しかけてきた彼女だ。

 長いブロンドの髪を縦ロールにし、身なりのいい容姿に取り巻きを引き連れてこちら……というかレオンを見下したような目。

 なんつーか、物凄く“テンプレなお嬢様”を詰め込んだような奴だ。


「エリーゼさん……」


「知り合いかレオン?」


 そう言うと後ろの女の子達が私を睨み付けてきた。


「エリーゼ様がこの平民と知り合い? 馬鹿言わないでくださる?」

「あなた、王都メルトの高位貴族、ティレイル家の天才魔導師エリーゼ様を知らないの?」

「この方は魔導師になってわずか一年足らずでシルバーランクまで上り詰めたいずれは魔導師界、いや世界のトップに立つお方よ」


 知らんわんなこと、メルトもティレイル家も初耳だっつーの……あ、メルト国ってのはどっかで聞いたことあったな。

 容姿はいいのに性格が最悪だなこやつら、ちょっと対象外。


「話には聞いていましたが……あなた、あれから二年近くも経つのにまだ諦めてなかったね」


 レオンは彼女の言葉に苦い表情で俯く。

 彼女とは嫌な思い出でもあるんだろう、ここは助けておくか。


「お宅ら、レオンに何の恨みがあるか知らんけど、それ以上はやめといてもらおうか」


 私は遮るようにレオンの前に立ち、庇う。


「あら、この落ちこぼれを擁護する人がまだいたなんて。どちらさま?」


「なに、ただのはぐれ魔導師で、今はこいつの師匠をやってる者だよ」


「なるほど、あなたが……」


 どうやら、あちらさんは私を知っているご様子。


「わたくし本日こちらに戻ってきたのですが、ギルド内はあなたの噂で持ちきりですのよ。ゴールドランクのはぐれ魔導師様」


 取り巻き達は私の正体を知りざわつきだす。

 そうか、まだ一般的には私がギルドマスターから試験を言い渡されたことが広まっていないからな。


「ハグリード家の次男を打ち負かしたほどの方がなぜそんな落ちこぼれの面倒など見てらっしゃるのかしら?」


 ふむ、このお嬢様は後ろの取り巻きのように身分が悪いから人を見下す、というわけでもないようだな。

 それでもレオンに対する当たりは強いようだが……。


「おそらくですが、ゴールドランクといえどやはり新人、落ちこぼれの中でも特に難易度の高い彼を押し付けられたのではなくて?」


 微妙に合ってる。

 だがやはり言い方にトゲがある。

 私をダシにしてレオンを追い詰めていくそのやり方……気に入らんな。


「まぁギルドの意見もわかりますが不満がありましたらわたくしがギルドに掛け合ってみても……」


「何勘違いしてるんだ……私が嫌々レオンの師匠をやっている? そんなことはない、確かにギルドの要請でもあるが、私は自分の意思でこいつを一人前の魔導師にしたい……そう思っただけだ」


「師匠……」


 私の気迫に彼女達はたじろぐ。


「ふ、ふん、そんな落ちこぼれ、すぐにでも見捨てれば良かったと後悔しますわよ」


 捨て台詞を残し去っていくエリーゼ達。

 似合うなああいう捨て台詞、『覚えてなさいよ! キー!』みたいな。


「師匠、ありがとうございます!」


「礼はいいっての、それよりもあいつらとはどんな関係なのか後で聞かせろよ。さ、飯食ったら寮に戻るぞ」


「はい、師匠」


 元気よく答えるレオンの顔は、いつもより嬉しそうに見えた。


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