63話 進むべき道 前編


 戦いが終わってから丸一日が過ぎた。

 私は現在東領にある大使館のような場所で寛がせてもらっている。


 私、サティ、リア、レイ、ミミ、ついでに犬は先に来た兵から、本国直々に話をさせてもらいたいとのことでここで待たせてもらっている。

 他の皆は一足先にアジトへ戻り、荒らされた広間を片づけながら私達の帰りを待っている。


「まだ本国からの使者は来てない?」


 リアが奥の部屋から出てくる。

 ミミを寝かせるために借りている一室だ。


「こっちはまだだ。そっちは……」


「こっちもまだ。呼吸は安定してるけど」


 そう、ミミはあの戦いから未だに目覚めない。

 魔導鎧による負荷が今もミミに影響を与えてるのかもしれない。


「そうか、引き続き様子を見ていてほしい」


「うん、そっちも何かあったら呼んでね」


 そう言ってリアはパタパタと部屋へと戻っていく。


「心配だな……」


 サティがボソリと呟く。

 もしかしたらミミがリヴィに攫われたことを自分の負い目と感じているのかもしれない。


「過ぎてしまったことは仕方がない。今はただ願うだけだ」


「相変わらず嫌になるほど冷静だなお前は」


 レイに言われた通り、流石にちょっと淡泊すぎたかな。

 私だって仲間が死んでしまったら悲しくなる、だが私はその悲しみを抑える術を知っている……自分でもこの冷静さに時々嫌気が刺す時もあるくらいだ。

 なんというか、私の中で何かがごちゃごちゃになる。

 まるで無神限という人間がインフィニティという人間に対して怒っているような……。


「とにかく、今はしょげてても始まらない」


 別の話をしよう、と私は話題を変える。

 後になったら聞けないと思うし、今の内に色々聞きたいことを聞いておこう。


「サティ、色々と質問したいことがあるんだが……いいか?」


「ま、来ると思っていたよ。もとの世界に帰るために新魔族のことを色々調べてるんだろ? アリスと殺り合ったってのも驚いたしな」


 サティの言うアリスとは"色欲"のアリスティウスのことだ。

 あの後ここに来る間に第三大陸で起こった出来事を話したのだ。

 そして意外と二人は仲が良かったらしい。


「さてムゲン、アタシに色々と聞きたいことはあるだろうけど……スマン! アタシが教えられることは殆どないんだ!」


「そうなのか……」


 うーん、その可能性も考えなかったわけではないが本当にわからないとは。


「アタシは第六大陸にいた頃は本当にただの戦闘狂だったからな……。お前の知りたい特異点のことなんかはわからないんだ。あの緊急帰還装置も構造なんて理解不能だったから」


 ちなみにサティがこちらに来る時に持っていた帰還装置はリヴィに壊されてしまったらしい……残念。


「まぁ仕方ないさ、焦らず色んな道を探すさ」


「ごめん、でも代わりに一つ」


「ん?」


 有益な情報は持ってないと言ったサティが一つだけ何か心当たりがあるらしい。


「アタシは何も知らないけど、新魔族の中で誰よりもそういったことに詳しい奴を一人知ってる」


「詳しい奴……」


「大体察しがつくと思うけどね、緊急帰還装置を作った奴、そしてアタシ達を送り込む作戦を考え付いた奴さ」


 あの装置を作った張本人か……確かに色々と知ってそうだが。


「どんな奴なんだ?」


「アタシやリヴィと同じ“七皇凶魔”の一人……"暴食"のベルゼブル。今や新魔族にも二人しかいない最古の人間の一人さ……」


 最古の新魔族……おそらく一番最初にこのアステリムへ乗り込んできた者の一人ということか。


「そいつに聞けば……わかるかもしれないんだな?」


「奴は知識の塊みたいなもんだからな、可能性は十分にある。けど、奴は重度の引き籠もりだからなぁ。こっちから出向かない限り会える確率は低いだろうな……」


 むぅ、となると現在新魔族の大陸となっているという第六大陸に乗り込まないといけないことになる。

 難しいな。


「おい、話を聞いてきて気になったことがあるんだが」


 レイが私達の会話に割り込んでくる。

 なんだ? できたばかりの恋人を独占されて妬いたのか?

 ……まぁ冗談は置いといて。


「何が気になるんだ、レイ」


「いや、最古の新魔族は二人いると言っていただろ。そのもう一人に話を聞くことはできないのか?」


 おお、そうだな!

 他に話を聞ける者がいるならありがたいな。


「え、あ、あー、あいつかぁ……あいつなぁ……。た、多分あいつは知らないんじゃないかなぁ……」


 サティの目が泳いでる。

 なんか今までと違う……今までは新魔族時代のことを話す時はもっとこう後悔からくる動揺といった感じだった。

 しかし今はまるでこのことを言うのは恥ずかしいから避けているといった感じに見える。


「サティ……そいつと何かあったのか」


 おっと、レイがじとっー! とした目でサティを見ている!

 早くも破綻の危機か?


バァン!


「なんだ!?」


 ちょっと複雑な空気になりそうだった所にいきなり勢い良く扉の開く音が響いた。

 そして扉から何人もの兵士が入ってくる。

 兵士はそのまま道を開けるように脇にキチッと整列した。


「待たせて大変申し訳なかった。こちらにも色々と準備があったもので。今日あなたがたにお話があるのはこの方です」


 真ん中から執事のような格好をした男が前に出る。

 その後ろに顔立ちの整った二十代くらいの男が守られるように立っている。

 その男が一歩前に出てくる。


「代表の者はどちらだ?」


 その言葉にサティがずいっと前に出る。


「アタシが紅の盗賊団の頭だ」


「そなたが、まさかこんなに若い女性とは思わなかった」


 お、惚れちゃったのかな。

 でもその人500歳超えで彼氏もちですぜ。


「それで、あんたはどこの誰なんだい?」


「失敬、私はリオンハウス・ディル・ストリクト。この国の王を努めさせてもらっている」


 マジか、この人この第二大陸の大半を占める国の王様!?

 いや、なんか最近聞いたことある声かな? って思ったけど。


「意外と若いんだな……」


「むっ!」


 おっとボソッと呟いただけのつもりだったのにあの御付きの人がこっちを睨んでくる、怖ーい。


「よせ、彼らはこの国の恩人だぞ」


 王様の言葉で周囲の人達も警戒を解く。


「私が若いというのも間違ったことではない。まぁ、そんな若輩者が国を継いだのだから国の情勢が悪くなるのも、公爵のような反逆者が出てもおかしくないさ……」


 公爵……そういやあいつどうなったんだろ?


「公爵は今我が国の全力をもって探しているが。昨日『幻影の森』に入って行ったとの情報が入ったのでこれ以上の捜索は難しいかもしれない。すべては若輩な私が至らないせいだ……」


 あ、あそこ入っちゃったのか、じゃあもうあいつ終わっただろ。

 終わったことはもういいや、それよりも今はこの王様のことだ。


「んー、そういえばこの国は数年前に有能な王が倒れて、代わりに若い跡継ぎが継いだって話をリアがしたことあった気がしたな」


 その情報遅いよサティ!


「増え続ける不況の波、思えば全て公爵が裏で手を引いていたのかもしれない。君達はそんなこの国の汚点を取り除いてくれた。本当に感謝する!」


 王様が深々とお辞儀をしてくる。


「お、王よ!? 何もそこまで」


「いやまぁ、アタシは自分のやりたいことやってただけだし」

「俺も別に人族の国のことなど気にしたことないしな」

「結果としてこうなっただけだ、礼は素直に受け止めておくが」


 私達は三者三様に応答していく。


「ワウン……(こうして見るとまともな人がいないっす……)」


 犬の言う通りだな。

 普通王様に謝罪なんてされたらこちらが申し訳なくなるパターンだというのに。

 ここにいる三人は「王様? そんなの関係ないぜ!」って連中だからなぁ……リアがいないせいでバランスが悪い。


「と、とにかく、あなたがたのことは彼から聞いています」


「おっ!」


 王様の後ろからニンジャさんが現れる。

 彼もまた今回の功労者の一人だ。


「お頭、無事でよかったでござる。ムゲン、これはお主に返す」


 ニンジャさんからスマホを返してもらう。


「あなたがたはこれまで悪者と罵られながらも、違法奴隷商人や罪を隠していた貴族を裁いてきた」


「別にそんな立派なことしてたつもりはないけどな」


「それでも、見ているだけで手を出せなかった我々にとっては大いに助かった」


 若いのに王に即位したから大変だったんだろう。

 きっと悪どいこと考えてる貴族共にいいように扱われないよう必死でそんなに手が回っていなかったんだろうな。


「そこで、物は相談なんだが……。我が国に属してみる気はないか?」


「は? どゆこと?」


 この王様、話が結構唐突だなぁ。


「この通り私は王としてまだ未熟。それ故に裏で陰謀を働く者に気づけないこともある。そこで考えたのが何者にも縛られず自由に国の汚職者を征伐していく精鋭部隊を作ろうという話が上がった」


「つまり、それをアタシ達に頼みたいと? そんなのアタシ達みたいな無法者よりもっといい人材がいるだろ」


「いや、この国で腕の立つ人材の殆どはああいった輩に囲われてることが多い。そしてこちらで囲っている者達はなるべく外には出したくない」


 そいつらを手放したら付け入る隙が生まれるってとこか。

 そこで東の領主の企みを暴き、新魔族の脅威をも退けた私達に目をつけた訳だ。


「勿論それなりの待遇は約束する上、すべての責任は我々がもつ」


「うーん、どうしよう? アタシこういうの苦手なんだよな。お前らはどう思う?」


 首を傾げながらこちらへ意見を求めてくるサティ。


「私はサティの好きなようにすればいいと思う。自分のこれからを決めるんだ人の意見など鵜呑みにするものじゃない」


「俺もそれでいいと思う。サティがどんな道を選んでも俺はそれについていく」


 レイの言葉に赤面しながらも「困ったなぁ……」と呟いてまた考え込む。

 そして数分後、意を決したように王様へと向き直る。


「よし! その話、受けることにする!」


 サティの決断、それは“紅の盗賊団”の新たな目的にも繋がる。


「ぶっちゃけここを潰したら後はどうするかなんて特に考えてなかったからな。旨い話があるなら乗っとこう!」


「ありがとう、今度正式な手続きを行わせて頂きたい」


「おう、でもそれは仲間の傷と疲れが完全に癒えてからな」


 そう言ってサティと王様ががっしりと握手する。


「うーん、となるとこれからは“紅の盗賊団”じゃなくて“紅の精鋭部隊”とでも名乗ればいいのかな?」


 意外と拘るんだなそこ。

 何はともあれ色々といい方向に話が進んでよかった。

 後は……。


バァン!


 私達がサティのお気楽な発言に笑い合っていると、奥の扉が勢いよく開かれた。

 そこからリアが物凄い勢いで走ってくる。


「ぜぇ……ぜぇ。む、ムゲン君、皆来て……って誰この人達!?」


「本国からの使者のようなものだ。これから紅の盗賊団は国の直属の精鋭となって働くことになった」


「えっ! 凄いじゃない! ……って、それどころじゃないの! ミミちゃんが目を覚ましたの!」


 なにっ!

 それは大変喜ばしい報告だ、だがそれに反してリアの表情が少し曇っている。


「リア、ミミの体に何か異常があったのか」


「ううん、言葉もちゃんと喋れるし食欲もあるわ。でも……とにかく来てほしいの」


「わかった……」


 ミミに一体何が起きたというのだろうか。

 不安を抱えながら私達はミミのいる部屋まで走っていった。


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