64話 進むべき道 後編
「うえーん……! うえーん……! おねえちゃーん!」
部屋に入って最初に聞こえてきたのはミミの泣き声だった。
見ると、ベットの上で泣いているミミに対して看病していたこの館の侍女があたふたしていた。
彼女が特別何かしたという訳ではなさそうだが……。
「す、すみません! 食事の片づけをしようと近づいたら急に泣き出してしまい……」
「後は私がやりますから、少し離れてもらっていいですか」
「は、はい……」
リアが侍女を下がらせゆっくりとミミの下へ近づく。
そしてそのままなだめるように腕で包み込む。
「大丈夫よミミちゃん。ごめんね、一人にしちゃって、皆呼んできたから安心して」
「ぐすっ! リアおねえちゃん……」
リアの胸に抱かれて落ち着きを取り戻すミミ。
これは……。
「この通りミミちゃんは知らない人に対して極度の恐怖心が芽生えてしまったの」
なるほど、あんなことがあったのだから無理もない。
ミミはまだ人族で考えたら10歳もいかない子供だ、恐怖が鮮明に心の中に染み付いてしまったんだろう。
「本当に許せない奴だったな、こんな子供から無理矢理魔力を吸い取るなんて……。でももう大丈夫だぞ、これからはアタシ達が絶対に守ってやる」
「サティおねえちゃん、くすぐったいよ」
サティがミミの頭をワシャワシャと弄る。
どうやら皆の前では普通に過ごせるようだな。
後はじっくりと時間をかければ他人恐怖症も克服していけるだろう。
「大事がなくてよかったな。俺達はこの仲間の笑顔を守るために戦えたんだな……」
「レイ君もありがとー!」
「だからなぜ俺は年上と扱われてないんだ……」
中二な発言が子供と同類と思われてるんじゃないか?
さて、私も行くか。
今日はタックルでもなんでも受け止めてやるぞ!
「ミミ、元気になってよかった」
「あっ駄目っ! ムゲン君!」
「えっ?」
リアんお突然の静止によって私は動きを止めた。
その理由はすぐにわかった……わかってしまった……。
私を見つめるミミの顔には不安と、恐怖の色が見て取れたから……。
「……だれ?」
その言葉に、この場にいたすべての人間の動きが固まる。
そんな、まさかミミの異常とは。
「な、なに言ってんだミミ。ムゲンだぞ、お前のお兄ちゃんだ」
「わかんないよぉ。なんであの人こっちにくるの? やだ、怖いよ……ひぐっ……うえーん!」
また泣きだしてしまうミミ。
その光景に誰も言葉を出せないでいる……。
私は、静かに背を向けこの部屋を後にした。
「ごめんなさい……ムゲン君」
「そう落ち込むな、別にリアが悪い訳じゃないさ」
ミミが泣き疲れて眠ってしまった後、私達は館の外で集まって話し合っていた。
話の内容は……勿論ミミに起きた異常についてだ。
「ミミちゃんが起きて、話をするまでは良かったの、とても元気そうで。でもムゲン君の話をした時だけ少し違和感を感じたの……あんなに大好きだったのに。そこにご飯を持ってきた侍女さんが来て……」
パニックになってしまったと。
なだめることはできたが不安になって私達を呼びに来たというところか。
「こんなの、あんまりだ! せっかく助かったっていうのに、大好きだった人のことを忘れちまうなんて!」
ドンッ! とサティが壁に何度も拳を打ち付ける。
「その辺にしておけ、それ以上やると館が崩れるぞ」
「ったく、なんでお前が一番冷静なんだよ。悲しくないのか?」
「私だって悲しいし辛い。だけど、仕方がないさ」
「仕方ないって……」
我ながらもの凄くドライな発言だと思う。
私だって泣きたいくらいだ、だが歴戦の記憶がそういった感情に対して無意識にストップをかける。
本当に……時々こんな自分が嫌になる。
「おそらくミミは強引に魔力を引き出されていた時、脳にかなりの負荷がかかっていた。その時強く思っていたことが解放とともに焼き切れたのかもしれない」
「そんな……それって」
「愛するが故の悲劇、ということか」
あの時のミミは意識がない状態でも常に私のことを考えててくれてた。
私はそれだけで十分だ、そこまで私のことを思っていてくれてたということなのだから……。
「なぁ皆、実は今まで考えてたことがあるんだ」
「ん、なんだ?」
戦いが終わってからずっと考えていたこと。
私自身どうするか悩んでいたが、本国の提案とミミの一件で踏ん切りがついた。
「私は……“紅の盗賊団”を抜けることにする」
-----
あれから数日後、私達は一度アジトへ帰還していた。
「なあムゲン、本当に団を抜けるのか?」
「もう決めたことだ、いまさら撤回するつもりはない」
私は現在アジトの自室で荷造りをしていた。
紅の盗賊団に入団してそろそろ一ヶ月近い月日が流れようとしてたが、そこまで荷物が増えた訳ではない。
入団祝いに手に入れた
「これと……あれと……後は少し食料をわけて欲しいんだが」
「そんなの幾らだってやるよ」
ドサドサと目の前に積まれる食糧の山。
いやこんなにあってもかさばるし生モノはすぐ腐ってしまう。
なるべく日持ちするものをいくつか選んで仕舞っていく。
「ムゲン君、考え直す気はないの? これからは国の特別部隊になるんだしお金もキチンと入ってくる。魔導師ギルドへの入団金だってすぐに貯まるかもしれないんだよ」
「なにもそこまで魔導師ギルドに固執している訳でもない。他に道があるなら色んな道を歩んでみるさ」
私の目的はあくまで日本に帰ることだ。
まだ行っていない場所やサティの情報などここに留まっていては得られないものもまだまだあるだろう。
「それに……ここに私がいてはミミが怖がってしまうからな」
横で眠るミミを見て言う。
アジトへの帰り道も、私が近くにいると泣き出しそうになってしまうので、なんとか身を隠しながら帰ってきたのだ。
「そ、それも大丈夫よ。きっといつか思い出すわ」
「悪いが私にそんな時間はない」
少し冷たい言い方になってしまったが、こうでもしないと皆諦めてくれそうになかった。
「紅の盗賊団は新しい道へと歩み始めている。だが私の道はそこから少し外れているんだ」
それに第三大陸でも言ったが、私はあまり国家というものに属したくない。
「そこまで言うなら俺達ももう止めない。だけどお前は俺達の仲間だ……それだけは覚えておけよ」
「忘れる訳ないさ」
さて、準備も完了したし……そろそろ行くとするか。
「もう行くのか? もっとこうお別れの宴とか」
「宴なら帰ってきた時に散々やったじゃないか」
「でも私達も旅立つムゲン君のために何かしてあげたいのよ」
それは嬉しいが、金も援助してもらい食料ももらった。
これ以上何かしてもらうといっても……。
「そうだ、皆を集めてくれないか?」
「皆を? いいぜ」
「できるだけ開けた場所で頼む」
サティ達は疑問を浮かべながらも私の頼みを聞いてくれる。
どうせなら最後に残るものを貰っておこうか。
「よーし皆集まったな」
私を抜いた総勢40名の集団がアジトの外、パコムの町へ続く街道の途中に集まった。
「今回集まってもらったのはほかでもないムゲンの頼みだ。もう皆知ってるだろうが、ムゲンは本日をもって紅の盗賊団を脱退する」
サティの悲しげな言い方に団員達も「勝手に抜けてんじゃねーぞ!」とか「ずっとここにいればいいのに」とわんやわんやという声が上がる。
「だが! たとえ脱退したとしてもムゲンはいつまでもアタシ達の仲間だ! 今日はムゲンが最後に皆に頼みたいことがあるらしい。アタシ達はそれを全力で叶えてやろう!」
その言葉に団員全員がオオーッ! っと一致団結する。
いや、別にそんな大したことじゃないからそこまで気合い入れてもらわなくてもいいんだがな……。
「えーっと、じゃあ皆そこに固まってくれ、全員体はこっちを向くように、あとはなるべく詰めてくれ」
さらに体格の大きい者や子供達などで分け全員がキッチリと集合する。
「こんなものかな」
「よし、これで次はどうすればいいんだ」
「どうもしない、ただそうやって自然体で立っていてくれればいい」
皆が私の指示に首を傾げる。
傍から見ればこの光景は、どこかで見たことあるような感じの並びになっていた。
そう、卒業式などの集合写真を撮るときの並びだ。
「ニンジャさんちょっと来てくれ」
「なんでござるか?」
「ちょっと頼みたいことがあるんだ、これをこうして……」
私はニンジャさんにスマホを渡し操作の説明をする。
「あとはここを押せばいいだけだから……頼んだ」
「了解した」
あとを任せ私も集団の中、中心に入る。
右にはレイとサティ、右にはリアと……ミミがいた。
「あっ……」
じっとこちらを見つめる瞳。
リアがハッとした顔になりミミを隠そうとする。
だが、ミミは脅えながらもちょこんと私の隣に座り、マントの端を掴んでいた。
「……」
本当は怖いはずなのに、皆が私のために行動しているのを見て自分も勇気を振り絞ってみたのだろう。
「ありがとう、ミミ。ニンジャさん準備オッケーだ、始めてくれ!」
「ではいくぞ、それ」
スマホの画面を押し、素早くこちらに戻ってくるニンジャさん。
タイマー機能はうまく作動してるみたいだ。
「よし……皆、1+1は!」
「「えっ!? に、2ー!」
カシャリ!
皆の声と同時にシャッター音が鳴る。
すぐに確認すると、そこには団員全員がにっこり笑っている写真が収められていた。
その後ろには巨大な『幻影の森』が写っている。
「これでバッチリだな」
そして私はそのまま歩きだす、新しい世界を求めて。
振り向くと、皆が手を振って盛大に見送ってくれていた。
「ムゲン! いつでも帰って来い! アタシ達はいつでも待ってるぞー!」
サティ……
「今度会った時には、いつかの魔法戦の続きだ! それまで死ぬなよ、絶対に!」
レイ……
「帰ってきた時にはいつもよりうんとごちそう作ってあげるからねー!」
リア……
そして、その後ろに隠れるようにして立つ一人の少女が前に出てくる。
「いって……らっしゃ……い?」
「……ああ! 行ってくる!」
その言葉を最後に私は走り出す、いつかもとの世界に帰る方法を見つけたら必ず戻ってくる、そう心に決めて。
「ワウワウ(この調子じゃ最後に寄る所がどんどん増えてきそうっすね)」
「それでもいいさ、思い出は多い方がいい!」
「ワウン?(てか行き先は決めてあるんすか?)」
それは決めてある、第六大陸に行くとしても魔導師ギルドを目指すにしても、やはりそこを目指さなければならないからな。
「ああ……行くぞ、目指すは中央大陸『インフィニティ』だ!」
第2章 はぐれ魔導師と40人の盗賊 編 -完-
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます