58話 紅蓮の剣
走る、走る、ただひたすらに走る。
体が軽い、この姿になったのは五年ぶりだ。
以前レイとムゲンが捕まった時、怒りのあまり少しだけ解放してしまったが、その時とは比較にならないほど力が満ち溢れている。
「結局は、リヴィの言った通りだったのかもね」
リヴィが説明した通り、アタシは他人の怒りを吸収して自らの力にすることができる。
盗賊団の皆とは出会ったじきには誰もがその怒りを爆発しそうなぐらいに溜めこんでいた。
アタシは迷わず自分の力を使い皆の怒りを吸い取ってきた。
この力には力を行使した相手の怒りの気持ちを吸い取ることでその怒りを鎮めることができたから(リアやムゲンにはその必要はなかったけど)。
「アタシはあいつらのためにとこの力を使っていた。だけど、それは本当にあいつらのためになっていたのかな……」
もしかしたらアタシはそれを言い訳にして自分の力を取り戻したかっただけではないだろうか?
あいつらの本当の感情を消し去りアタシに従うようにさせたかったのではないか?
「結局、アタシがしてきたことはただの自己満足で、皆はその犠牲者なのかもしれない」
団員皆の楽しそうな顔が浮かぶ。
彼らが本当に浮かべたいのはそんな偽りの笑顔ではなく憎しみに満ちた怒りの顔なのではないだろうか?
アタシは他人の怒りの感情を感知できる。
傷つけられて出る怒り、思いを踏みにじられた怒り、劣等感からくる怒り、そんな様々な怒りを見てきた……。
そんな怒りの感情見たり、吸い取る時の気にあてられることは多い、たまに抑えられず暴れそうな時もある。
でもこれは仕方がない、怒りとはそういうもの、他を憎む感情でしかない……なのに。
「レイ、あいつの怒りだけは……違ったな」
しまっていた首飾りを取り出す、綺麗な真っ赤な宝石が装飾されたもの。
レイがあの時落としていったものだ……。
「あいつはいつも怒ってばっかだった、だけどそれはすべて誰かのためを思ってのことだった……」
初めて出会ったあの時、レイからはもの凄い怒りの感情が見えた。
しかしそれは姉のため、同朋のため、自分はどうなってもいいが仲間のためには何があろうと戦うという決意。
入団してからもそれは変わらなかった。
事あるごとに姉のために怒り、領主の館の時には自分の危険よりも捕らわれた奴隷達のために怒った、そして悄気げてるアタシを励ますかのように怒ってくれた……。
優しい怒り。
「だからアタシはあいつの怒りだけは吸わなかった。その怒りの傍にいるのが心地いいと感じたから……」
アタシは入団して段々と馴染んでいくレイを見ていて思った、もしかしたらこんな力を使わなくてもよかったんじゃないか……と。
怖かったんだ、皆が本当アタシのことを知った時どうなるのか。
「でも、もうお終いだ。決着をつける……」
待ってなリヴィ!
アタシがあんたの腐った計画を全部ぶち壊してやるからな!
-----
あれから一日中走り、レディス近郊に辿り着いた。
疲れはほとんどない……だが万全な状態で戦いに臨むために一日休む。
リヴィが予告した『エルフ族狩り』はあの日から三日後と言っていたためこれ以上引き延ばすことはできない。
アタシは、もう一度決意を固める、戦う意思をなくさないために。
「リヴィは潰す、領主共も潰す、魔導鎧のエネルギーにされてる奴らは助ける、ミミは絶対に助ける!」
パンッ! と頬を叩き喝を入れ領主の館へ向かう。
館への道のり……いや、今日はこの街自体が静かだった。
そこで思い出した、この国には開拓に出る時なんかは兵が快く出発するために店を閉め人は家に籠る。
「ふん、開拓に行くってことにしとけば『エルフ族狩り』に行くなんてわからないしこれなら魔導鎧も見られる心配もないってことかい」
だがこちらとしても好都合、一般人が引き籠っててくれるならこちらとしても暴れやすいからな!
力を解放し、庭を超えて一気に館の入り口まで跳躍する!
「おらあああああ! くらえ、『
ドゴオオオオオン!!!
渾身の一撃に館の扉とその周囲の壁が勢いよく吹き飛ぶ……が、中は無傷だった。
「ま、あいつがいるんだからこれぐらいは当然か」
リヴィの水の防御魔術が防いだのだろう、アタシの技とぶつかり合って蒸発し、辺りには水蒸気が立ち込めていた。
「おやおや、これは随分荒っぽいご訪問で」
破壊した扉の奥から初老の男が現れる。
多分こいつが領主だろう、ムゲンから聞いた特徴と一致するところがある。
「そっちは襲撃されたってのに随分と冷静だね」
「ええ、「近いうちに暴れ牛のような女が訪問してくる」と報告を受けていたので」
「あ……?」
誰が牛だと! 確かにリアにも「サティって牛よね……」って言われたことあるけど(胸を見ながら)。
って今はそんなことより!
「報告……ねぇ。そいつはもしかしてリヴィアサンっていう小生意気なガキかい?」
「酷いなぁ、かつての仲間をそんな風に呼ぶなんて」
声のする方向……上を向くと、リヴィが館の屋根の上に座りこちらを見下ろしていた。
「そっちこそ、誰が暴れ牛だ」
視線が交差する。
奴はいつものようににこやかな笑みを浮かべている。
「それで? 今日は何の用、この間の返事を聞かせてくれるのかな?」
「ああ、その通りさ」
「ふーん……で、返事は?」
「断る、アタシはあんたのことが嫌いだ。てな訳で今日ここで貴様らを潰す」
「だよねー」
こうなることは予想済み、という風にケタケタと笑う。
「ボクだって君のこと嫌いだしねー。半端者のくせにボクと同じ七皇凶魔だなんて……それだけで許せない」
半端者……そう、アタシは新魔族と人族が混じり合った半端者だ。
以前はアタシ自身もそのことが嫌でずっと人族達のことを否定し続けてきた。
だけど今は……。
「下りてきなリヴィ、今日こそ決着をつけてやるからさ」
挑発するように奴を睨みつける、だが……。
「やーだよ。ボクはここで見てるからそいつらと遊んでよ」
「ッ! リヴィ!」
怒りが高まる……だがこれでいい、怒れば怒るほどアタシの力は強くなる。
雑魚なんて一瞬で倒して、奴を討つ!
「あ、あんまりそいつら舐めないほうがいいよ。そいつら、全員魔導鎧着けてるから」
「なにっ!?」
館のガシャンガシャンという音が響いてくる。
何台もの魔導鎧を着た兵士が現れる。
新型ではない、だがケーブルが見当たらない。
一定距離の遠隔で魔力を供給できるタイプ、新型の前に作られた試作機ってとこか……。
「ふん、アタシも舐められたもんだね。魔導鎧ごときでアタシを仕留めきれるとでも思っていたのかい?」
「うーん、それだけじゃ無理かもね。でも君はまだ完全に力を取り戻していない。それに、ボクの力……君なら知ってるよね?」
「結界か」
この間も舘で張っていた結界、リヴィの得意技だ。
前回は発動してるのを見て外から壊すことができたが……今回はどこに設置しているのかも範囲もわからない。
「なるほどね、だけど引く訳にはいかない。魔力が回復しないのなら今ある魔力で片を付ければいいだけのことだ!」
どうせアタシの技は燃費が悪い。
もともと回復が追い付かないほどだ、特に気にしないさ。
「強がっちゃって。もういいや、そろそろやっちゃっていいよー」
リヴィの号令で兵達が前に出る。
「うむ、全軍戦闘態勢。奴を打ち抜け!」
「「「はっ! 『
ガガガガガ!!
領主の合図で全面にいた魔導鎧から魔力の弾丸が発射される。
だけどこの程度なら何の問題もない!
「いくよ『
地面を殴りつけ魔力を解放する。
すると、地面が勢いよく燃え上がり……。
バァン!
勢いよく爆発し地面が盛り上がる。
奴らの放った弾丸を地面が防ぐ。
そして、覚醒状態によって超強化された脚力により一瞬で魔導鎧群の前に躍り出る。
「吹き飛べ! 『爆炎斬』!」
「なにっ!?」
広範囲に広がる爆炎の斬撃が何体かの魔導鎧の体制を崩す。
こいつらは体制を崩されれば再び立ち上がるのに時間がかかる。
『製作者』から聞いたことのある《改良すべき点》だ。
だが……。
「『
「は!?」
突然手足が引っ込み球体に…しかも突っ込んできやがった!
しかも魔力まで纏ってる、生半可な攻撃じゃ弾かれるだろうし当たったらこちらもただじゃ済まなそうだ…。
「驚いた? ボクの独自の改良」
「くっ! しょうがない! 『剛魔爆炎斬』!」
「ぐあああああ!」
向かってくる奴らを全部打ち倒すために大技を使ってしまった。
しかもあっちは魔力でガードしていたため大きな破損は見られない。
剥き出しの部分のおかげでガードされていてもそこだけはさすがに暑いみたいだけどね。
「ぐああ……ふん!」
腐っても国の兵士、多少の痛みは耐えるね。
しかも吹っ飛ばした時に手足を出して体制を立て直しやがった。
「攻撃の手を休めるな! どんどん奴を追い詰めるんだ!」
くっ! 倒しても倒しても立ち上がってくる。
リヴィと戦うための余力も残しておきたいが……出し惜しみしてる場合じゃなさそうだ!
私は奴らから少し距離をとる。
「ふぅ……」
脱力……まずは心を落ち着き、静かに怒りを溜める。
「おや? 観念したか? それならそれでいい、撃て!」
魔導鎧から弾丸が発射される。
だがそんなものはどうでもいい、こちらに着弾する前にはすべて打ち落とせるだろう。
「はぁ、魔力が高まってるのにも気づかないなんて……本当に馬鹿ばっかだよねぇ」
ただ一人、リヴィだけは何をしようとしているのかがわかる。
だけどもう遅い! 怒りを……爆発させる!
「『
刹那、世界が燃え上がる。
放たれた一撃は魔導鎧を吹き飛ばし、屋敷を貫通し飛んでいく。
「な……な……!」
今の一撃で魔導鎧の大体数は戦闘不能となった。
こちらもかなりの魔力を消費したがこれで……。
「いやー、まさか今の状態であれを撃つとは思ってなかったなぁ。感心感心……でも今ので相当な魔力を使っちゃったんじゃない?」
リヴィがパチパチと手を叩きながら煽ってくる。
「うるさい! 次はお前の番だ、覚悟しろ!」
「え~、遠慮しとくよ。だって……」
パチンッ!
「!?」
領主が指を鳴らす。
すると、館の地下から魔導鎧が現れる。
「この通り、まだ戦力は残しておいたのですよ」
「てなわけで、第二ラウンド開始だよ。どこまで持つか見ものだね」
「くっ……!」
こちらの疲労もお構いなしに大量の魔導鎧が襲い掛かってくる。
まだ余力は残してるとはいえ、あんな大技を放つ魔力はもうないだろう。
「ほらほら! 動きが鈍ってきてるよ! がんばれがんばれ、アハハ!」
「ッ! リヴィィィィ!!」
奴を倒さなければならない、しかしその思いとは反比例にアタシの体はどんどん力を失っていく。
そして、ついに限界が訪れ、足が崩れる。
(ここで、終わるのか……。結局何もできないまま、誰も助けることができないまま……)
これで最後、自分に相応しい結末なのかもしれない。
(リア、こんなアタシの面倒を今まで見てくれてありがとう。ムゲン、ミミを助けられなくてごめん。そして……レイ、もしかしたら……アタシは……お前のこと)
ガシャン
魔導鎧達が近づいてくる足音が聞こえる。
「これで、終わりか……」
「残念だが、そんな結末はこの私が許さん」
「!?」
そんな、この声は……ムゲン!?
「どうして……」
「どうして? うちのお頭がピンチだというのに助けない奴がどこにいる? なぁ皆!」
「え?」
「お頭ぁ! 大丈夫ですかい!?」
「あいつら、絶対ぶっ飛ばしてやるぜ!」
「それよりまずお頭を助けるのが先だろ! このバカチン!」
そこにいたのはムゲンだけじゃなかった、その後ろにはアタシがこの地を歩んだ証……“紅の盗賊団”の皆がそこにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます