55話 揺らぐ心 前編
ガサ……ガサ……
「レイ、本当にこっちであってるのか?」
「あってる、黙って歩け」
はい、現在我々が歩いてるのはちょっと薄暗い森の中。
パコムの町で買い物を済ませたあと、そのまま宿に泊まり一夜を過ごした。
その次の日……まぁ今日の早朝に荷物をまとめて出発。
この場所はアジトへ向かう道から少し逸れた方向へ進んだ所だ。
私達が今向かっているのはレイとリアの親族が住むエルフ族の集落。
東領の領主が『エルフ族狩り』の標的にしているであろう場所でもある。
「集落の場所は私もミミちゃんも知らないからレイだけが頼りなの、頑張って」
「任せてくれ、姉さん」
リアの親族が住んでいると言っても、彼女は五年前に攫われ、集落に残った人々は全員別の場所に転移してしまった。
ミミは南領にあった集落出身らしいので場所を知っているのはレイただ一人だ。
今回何故この集落が狙われたのか。
リアの話によると集落の数は幻影の森に近づくほど少なくなっているらしい。
そして、紅の盗賊団は第二大陸を転々としていたがレイによる襲撃事件の噂は東領に来て初めて聞いた。
そんな中レイと出会い、集落がほぼなかったこの東領に転移したのではないかと悟った。
「ムゲン、そろそろ結界の領域に入る、いいな」
結界……エルフ族が他種族を集落へ踏み込ませないために精霊族に頼んで作ってもらったものだ。
精霊族は滅多に人里に姿を現さない希少な種族だ。
だがそれは人族達の住む環境では精霊族達が宿ることのできる豊かな自然や、質のいい魔力物質が少ないからだ。
彼らは基本的に物や自然に宿り、それと共に一生を終える。
だから、魔導技術が衰退した人族の下にはおらず、自然豊かなエルフ族の里には住み着いているというわけだ。
さらに、彼らは人語を喋ることが出来ず、特殊な魔力念波で会話をする。
まぁ中には例外もいて喋れる奴もいるにはいるが……。
とにかく、その念波を読み取る練習でもしてない限り通常は対話など出来ない。
だが、エルフ族の魔力の波長はその念波を完全ではないが読み取ることが出来るのだ。
前世の研究成果では、エルフ族の魔力の波長が精霊族に似ているのではなく、精霊族の方の魔力がエルフ族に似せているようで、精霊族は無意識下でエルフ族のように魔力を使おうとしているのだ。
この事実からわかることは、精霊族というのは元々……と、このままでは話が脱線してしまうな。
まぁ要するに、『エルフ族は精霊族に対して簡単なお願い事が出来る』ってことだ。
「ムゲン君、駄目だったら予定通り森の入り口に隠してある馬車の所で待っててね」
「了解だ」
エルフ族達の集落には共通して、《エルフ族以外が境界線を越えた場合、それを感知した精霊族が相手の意識を操作し、森の入り口まで帰らせる》という結界が張ってある。
ま、ドラゴスの霧と似たようなもんだな。
「ワ、ワウン!?(ご、ご主人! いきなり三人が消えたっす!?)」
「む、来たか」
辺りを見るとリア、レイ、ミミの姿がない。
境界線を越えたんだろう、精霊族が私達の脳内に直接干渉してきている魔力をわずかながら感じる。
「いいか犬、そこから一歩も動くな。もし動いたら[stun gun]をぶち込むからな」
「ワフ……(りょ、了解っす……)」
さて、ではそろそろこの帰れ帰れとうるさい声をどうにかするとしよう。
この精霊族の魔力の波長も大体理解できた。
てかこいつら帰れ帰れって言ってるだけなんだな……。
「――――――(そろそろやめてくれないか? 私は敵じゃない)」
私が魔力での会話に移行すると、先程までのうるさい帰れ連呼がやんだ。
「――――――(あれー? この人あたし達とお話できるよー?)」
代わりにちょっとぬけたような子供っぽい返答が返ってきた。
「―――(ねーねーあの人どうする?)」
「――――――(敵じゃないって言ってるから大丈夫なんじゃない?)」
「――(でもなー……)」
体内の魔力を調整し、姿も見えるようになった。
なにやら集まって話し合いが始まったな。
まぁこの調子ならあとひと押しってとこか。
「―――――――(安心してくれ、危害は加えない。ちょっと奥で話がしたいだけなんだ)」
すると、話し合っていた精霊達はくるっとこちらを向いて。
「――(じゃあいいよー)」
すんなりと受け入れてくれた。
こう言っては悪いが、精霊族というのは基本的にアホなのだ……。
そのかわりと言ってはなんだが、能力的に見ればかなり優秀だ。
まぁ住む世界が違うようなものだから対応できなくても仕方ないとも言える。
もっとも、高位の精霊ならばこちらのことを理解している奴もいるんだがな。
「ワウワウ(なんていうか馬鹿っぽい奴らでしたねー)」
お前が言うな……ん? 犬には奴らのことが見えてたのか?
まぁいいか、早く先に進んだ三人に追い付こう。
「ムゲン君……やっぱり駄目だったのかな」
私達は森の境界線、精霊族の「―――(あ、エルフだ。どうぞー)」という気の抜けた許しを得て奥へと進んでいた。
そこにムゲン君の姿はない、やはり結界によって戻されてしまったのだろうか。
「あいつのことはしょうがないよ姉さん。それに、もともとは俺達だけで来る予定だったんだ、何も変わらないさ」
「うん、そうね」
大丈夫、それに今回の訪問はただ危険を伝えに行くだけなんだし。
「お兄ちゃん……」
手を繋いでいたミミちゃんがしょんぼりとしながら後ろを振り向いていた。
ムゲン君と離れたのがよっぽど寂しいんだ。
「離れる……か」
もし、もしお父様や集落の皆が「一緒に逃げて新しい場所で暮らそう」と言ってきたら私はどうするだろうか。
その場合はもちろん紅の盗賊団を抜けることになる。
ミミちゃんは……多分ムゲン君と一緒にいたいよね。
レイも戻らないだろうな……レイはお父様のことが嫌いだし、紅の盗賊団のほうが居心地がいいと言った。
それに、今絶賛片思い中だしね。
そして、私……。
私だって団の皆と一緒にいたいとは思うし、色々な場所を旅するのは楽しい。
でも、最近ちょっと怖い。
東領に入ってから紅の盗賊団の内情は少しづつ変化していった。
サティの目標の終了が近いこと、仲間や弟が死ぬかもしれなかったピンチ、そして現在の団員達の心の揺らぎ。
この五年間にはなかった急激な変化は私の心も僅かに揺らぐ……。
以前の私は変化を望んでいた……。
狭くて退屈な箱庭の中から出て、ハラハラドキドキするような外の世界を。
だけど、今では外に出るよりも、安全な中で幸せな暮らしができればそれでいいと思っている……変わらない平和を望んでいた。
「姉さん、大丈夫? もう着くけど……やっぱり俺一人で行こうか?」
「え? あ、だ、大丈夫。心配しないで」
ちょっと考えこみすぎちゃった、もっとしっかりしないと。
でもまったく、レイは心配症ね……こんなんじゃサティとの恋も上手くいかないぞ。
やっぱりレイは私がもうちょっと支えてあげておかないといけないわね。
「うん……大丈夫、行きましょう」
もう目の前にある集落に、私達はその歩みを進めていった。
たどり着いた場所は……私の知る集落とは全然違う雰囲気をかもしだしていた。
不安定な樹木が多く、光もそんなに差し込んでいない。
でも、なんだか懐かしい感じがする。
私達が足を踏み入れると、奥から何人かやってきた。
エルフ族……私達の同胞。
でもそれだけじゃない、そこには懐かしい顔が何人もいた。
五年……エルフにとってはさほど長くない期間、変わることはほぼない。
「みんな」
そして、その中に一人、とてもよく知る顔。
あの日を境にレイ同様二度と見ることはないと思っていた顔だ。
「お父様」
頭が固く、融通の利かなそうなムッとした顔でその人は私達を迎えた。
「レイ、そしてリア……よく戻ってきたな。そちらのお嬢さんは初めてだな」
はじめは、拒絶されるかと思った……。
あの事件の発端となった私を皆は許してくれないだろうと思っていたから。
けれど、「よく戻ってきた」その優しい言葉にまた僅かに心が揺らぐ。
一瞬ただいまと言ってしまいそうになる。
でも、今はこの場所は私が帰る場所じゃない……けど。
「父さん、俺達は別にそんなつもりで帰ってきた訳じゃない」
レイの言葉に我に返る。
そう、今は一刻も早く伝えなければならないことがある。
私達は今まであった出来事、そしてこの集落が近日襲撃されるかもしれないということを事細かく伝えた。
「なるほど、話はわかった。早急に移住の準備をしなければな」
お父様は話を聞くとすぐに決断を下した。
本当にそういうことは早い人だ。
でもこれで安心、これなら集落の皆の安全は確保できた。
なのに、レイは浮かない表情をしていた。
「父さん、なんで戦おうとしないんだ……」
「なに?」
「逃げてばかりじゃ何も解決しないだろ!」
苛立ちを見せるレイ、それに対峙するお父様は冷静そのものだ。
「今ここで逃げたとしても奴らは諦めないで探すぞ。見つかったらどうすんだ、また逃げるのか!?」
「そうだ」
「そんなこと繰り返していたらいつか追いつめられるだけだ! なんで戦おうと……別の道を探そうと思わないんだ!」
「お前がどう言おうとエルフ族のこのあり方は変わらん。人族の寿命は短い、いずれ終わる。そうすれば変わらぬ暮らしがそこにある」
お父様の言葉に胸がズキリと痛む。
私にはお父様の言葉が痛いほどわかってしまったから。
変化を恐れ、いつまでも変わらぬ平和を求め続ける、そんな日々を私は望んでいたから。
「レイ、リア、お前達も危険な戦いなどに参加せずまた我々と共に平和に暮らそう、その子も一緒に。変わらなければ安心はずっと続いていくのだから」
思わず手を取りそうになる。
変化を求めるから……危険が、変化していくから……怖いものが押し寄せてくる。
ならやはり変化しない安全な箱庭で暮らすことが……。
ふと二人を見る、ミミちゃんは不安そうな顔をしている。
レイは今にもお父様に飛びかかりそうな勢いだ。
私は……!
「まぁその考えはわからないでもないけど、もうちょっと考えてみてもいいんじゃないか?」
振り返ると、そこには来ないと思っていた人物がいた。
「ムゲン!」
「ムゲン君!?」
「お兄ちゃん!!」
「私がいない所でかなり盛り上がってるみたいだな。そろそろ私も混ぜてくれないか?」
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