20話 戦いに備えて 前編


「あ、すまん。ちょっと嘘ついた」


「嘘かよ! 一瞬でも魔導師になれるかも……って思った俺のドキドキとワクワクを返せゴラァ!」


 ぬあー! ちょ、やめ! そんなにシェイクするな、中身出ちゃう!


「カロフ! 落ち着いて」


 リィナがなだめると落ち着いたのか、やっと離してくれた。

 この色ボケ狼め、そこまで怒ることないだろう。


「ムゲン君にはわからないと思うけど、この世界では魔導師というだけでそれなりの立場と同等として扱われることもあるの。だからそういった冗談はあんまり言わないようにね」


 そうか、でもカロフ落ち込みすぎじゃねこれ? ピコーン……あ、分かったぞ。

 つまりだ……ついさっき晴れて付き合い始めた二人だが、リィナは貴族でカロフは農民、しかも亜人だ。このままではこの先いろんな障害が二人の前に立ちはだかるであろうことは確実。

 だがカロフが魔導師としての立場を得ることが出来ればあるいは……ってなところだろう。


「いやいや、私も軽はずみで軽率なことを言ってしまったようだ。だがしかし、私の言ったことは半分くらい本当なのだ。カロフは他の者より魔力の扱いを上手く行える! ……ハズだ」


「煮え切らねーな……結局どうなんだよ、俺は魔導師になれんのか? 出来ることなら俺だって炎とか水とかバンバン撃ってみたいぜ」


 これまたなんとも幼稚な発言……いや、今現在の魔導師の認識というものこそカロフのイメージするものなんだろう。

 だがなぁ……今回カロフに教える魔力の使い方はそういうのじゃないんだよなぁ。


「うーむ、だがまぁカロフならばそういった類の魔術ならば……そうだな、10年は訓練すれば凄腕の魔導師と呼べるぐらいにはなるだろう」


「じ、じゅう……」


 また落ち込んでしまった。これでも大分まけてやった年数なんだがな。こればっかりは得手不得手の問題だし仕方ないだろう。

 しかしカロフは本当に感情の浮き沈みの激しい奴だな……。お前に対する講義の本番はこれからだというのに。


「そう落ち込むな、私とて考えなしにこんな話を始めたわけじゃないさ。オホン! 魔力はなにも放出するだけが使い道ではない。人の数だけその使い道というものが存在する」


「使い道?」


「カロフ、というかお前のようなタイプの亜人の場合だな。そういう奴らは単に魔術を放出する使い方よりも、その肉体に魔力を通わせ肉体的なパワーアップを果たすことができるんだ。そして、それをさらに活性化させることにより亜人に眠る野生の力を開放することができる! これを私は『獣深化(じゅうしんか)』と呼んでいる」


「カッセイカ? ジュウシンカ?」


 どういうことだ! まるで意味がわからんぞ! といった顔だな。まぁ無理もないだろう。


 私も獣深化というものの原点を知ったのはいつの頃だったか……。

 そう、あれは確か私から長寿の秘密を聞き出そうと襲ってきた奴と戦った時に起きた現象が始まりだったな。それから気になりはじめ研究を重ねていき……っと、今はそんなことよりカロフに説明してやらなければ。


「えー……んで? とにかく、その獣深化とかいうやつをするとどうなるんだ?」


「獣深化とは肉体の性能を限界以上まで引き出して戦うことの出来る亜人にのみ許された戦闘術と言ったところだ。これをマスターすれば……そうだな、あの魔導兵器ぐらいならタイマン張れるぐらいにはなると思うぞ」


「あ、あれと互角!? 嘘だろ……」


 しかもそれは獣深化を完璧に使いこなせておらずともの話だ。

 勿論、キチンとした修行を積めばあんなもの敵じゃないぐらい強くなれる……が、今はそんなに時間もないので簡単な説明で終わらせてもらう。


「よし! そんなに簡単に強くなれるならそれに越したことはないぜ!」


 いや、別に簡単じゃないんだがな。それにそんな短期間で出来るものでもないだろうし……。


「でもなんでムゲン君はそんなことを知ってるの? この世界に来てまだそんなに経ってないはずなのに……」


 あ……しまった。そういうところのケアはまったく忘れていた。

 ……いっそのこと全部話すか? いや、今二人に余計な情報を与えても整理しきれないだろう。

 ってなわけで適当に……。


「えー、その、そう! この杖! 龍の山で見つけたこの杖を手にした途端いろいろな知識を手に入れたのだ!」


 ……流石に無理があるか? いやでも今はこれぐらいしか思い浮かばんし。


「あの山で拾った……か。もしかしたらそれが言い伝えにある龍の秘宝ってやつなのかもしれねーな。確か……ほれ、それを手にした者は大いなる知恵を手に入れるとかもあっただろ」


 リィナもそのことには聞き覚えがあるらしくうんうんと頷いていた。

 しかし龍の秘宝ねぇ、あながち間違ってないんだよなぁこれが……。


「でもムゲン君、なんでいきなりカロフに魔力の扱いを教えようと思ったの?」


「それは……この先に待っているだろう戦いに備えるためだ。そのために私以外に少しでも魔力を扱える者を増やしたい……ってとこだ」


「戦いか……」

「やっぱり、そうだよね……」


 リィナもカロフも俯いてしまった。

 二人共これまでわかってはいたが口には出さずにいた事……それはこの先にあるアレス王国の内部には山で出会ったアルヴァンよりも強い新魔族が確実に存在するであろうということだ。

 そして、そいつの配下となってしまった貴族達との戦いが待っているかもしれないということ。


「そうだよな、まだ全然問題が山積みなんだよな……。よっしゃムゲン! その獣深化とやらを教えてくれ、俺がもっと強くなる方法を! ただの一般人の俺が言うのもなんだが……俺達の国は俺達で正す!」


「うん! その通りだねカロフ。一緒に戦おう!」


 そう言って二人は見つめ合い、体を抱き寄せ……。


「って! なにやっとんじゃい!」


「あ、いや……ついノリで」


 ケェー! このバカップルめが、私がいることを忘れるんじゃあない!

 あー、私も彼女が欲しい! イチャイチャしたい!


「え、えーっと、ムゲン君。ものは相談なんだけど。私にも魔術の訓練って出来るの? 私だって少しは強くなりたいから」


「えっと、すまない。リィナは無理だ……」


「そう、よね。私にはそんな才能無いわよね……」


「てめぇ……なにリィナを落ち込ませてんだ」


 ちょちょちょ! そんな手をポキポキ鳴らして近づいてくるな!

 私だって落ち込ませるつもりはなかったがこればかりは仕方ないんだ。


「本当は皆にも教えてやりたいが、生憎と時間がない。カロフは特定の属性の適正が高くて、なおかつ亜人であるが故に使える方法を教えられるというだけなんだ。普通に教えられないこともないが……基礎を習得するにしても早くて1年といったところだ」


「1年……」


 このまま進めば明日には国に着く予定だ。

 いくらケルケイオンの補助機能をフル活用したとしても突然入る情報量に脳が耐えられなくなってショック死……良くて廃人といったところか。


「まぁ、要は俺がリィナの分まで頑張りゃいいって話だろ。ってなわけでさっさと始めようぜ。結局何すりゃいいんだ?」


「よし! では後ろを向いてくれ」


「こうか?」


「えい」


ブスリ!


「ぎょわああああ!」


「む、ムゲン君! カロフに何するの!」


「あ、いや、これは魔力のツボを刺激して適正属性を詳しく調べてるんだ」


「どわー! い、いた……くない!?」


 ツボを刺激してるだけだからな。

 絵的にはぶっ刺さってるように見えるように見える……が、実は相手の波長に合わせるためにぶっ刺した瞬間杖の柄の先がアストラル体に変化するのだ。

 おっと……そろそろ解析終了だな、ケルケイオンの詳しい説明はまた今度お楽しみに。


ズボッ!


「ふふふ、これでお前のすべてを見せてもらったぞ……」


「気色悪いからやめろや。ったく……んで、今ので何がわかるんだ?」


「お前の得意属性を見極めていた、あとは色々あるが……。とりあえずカロフの得意属性は生命と……雷だ」


 ちょっとびっくりだな。最初刺した時は生命属性だけかと思ったが……なんの基礎訓練も受けていないのに二属性に適正があるとは、これは将来化けるかもしれないな。


「ムゲン君、雷はわかるけど……生命って?」


 あっと、そういえば生命属性は光、闇と一緒にされていたんだったな。説明めんどくさ!



ムゲン説明中……



(今の世の中は何でもかんでも簡略化しすぎているな。全く嘆かわしい……。そんなことだから簡単に侵略されるのだ)


 昔はどんな敵がやって来ようと皆魔法をバンバン使って戦ってたものだというのに。

 最後の戦いなんてそりゃもう天地を揺るがす大魔法がバンバンとだな……。


 って、思い出に浸っている場合じゃないか、危機は今すぐそこまで迫っているんだからちゃちゃっとカロフのパワーアップを終えてしまおう。


「カロフ、まずはこちらでお前の魔力を操作するからその後は自分で維持してみろ」


「え? ちょ、そんなこといきなり言われても」


「えいや」


「うおっ! な、なんだこれ? なんか体の奥から熱い何かがこみ上げてくるような」


 これもケルケイオンの力の一つ、解析した相手の魔力に干渉することが出来る……一定期間の間だけだがな。


 この調整は魔力を扱うものなら誰もが最初に行う儀式みたいなものだ(普通は自分でやるが)。


 わかりやすく説明しよう。

 ここに一つのパズルがあるとする、パズル全体の大きさが最大の魔力量、ピースが扱う魔力とする。

 最初、ピースは散り散りでそこら中にある、まずはこのピースを集めることから始める、カロフが今やっている工程だ。

 次にピースを色分けしていく、これは属性を分けているのだが大抵の奴は均等に分けられることとなり、得意属性がある奴は特定の色がほかより多くなる。

 このピースは修練次第でいくらでも増やせるが、それに関しては今は割愛だ。でもって、さらにそこから形で分ける……これが一番時間を使うんだよな。

 こうして最終的には繋げたピースが魔力回路となっていく、ということだ。


 が、今回はそんな面倒な事いちいちやってらんねーぜ!


「生命属性強制発動! 『限界注入リミテッドロード』!」


 さっきの説明風に言うと、生命属性のピースだけわし掴んで枠の中にぶち込んでやった感じだ。

 同時にカロフとのリンクを切る。これでケルケイオンの補助はもう無い、後はカロフ次第だ!


「うおおおおお! こ、これは!? 力が溢れてくる!」


「カロフ! その力を抑え込め! 大量の水を一気に飲み込むイメージだ!」


「カロフ! 頑張って!」


「う、ぐ、うわああああぁガアアアアアァ!!」


 カロフの体から魔力が放出されると同時に光に包まれ、一瞬前が見えなくなる。そして次の瞬間! 私とリィナの前に立つカロフの姿が!!


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