#5 しっそうSomeday
「じゃあ、キーラの奴が言ったことはマジってワケ??」
シャーリーはソファの上に座ったまま俯いて頷く。
……というわけで彼女に真相を確認する必要が出てきたわけだが、例によってミランダが向かい側のソファに丸々横たわっており、全員が座るにはスペースが狭い。必然、座るシャーリーに対して他の皆が取り囲むような構図が出来上がってしまったわけだ。
……外からは車の音、および様々な喧騒の混声合唱。アンダーグラウンドの陰鬱な光。小さなホコリの粒を照らしながら、窓から差し込んでくる。それらをBGMにして、『尋問』は続く。
「……マジでマジなの?」
「マジでマジ、です…………」
シャーリーは露骨に縮こまりながら、沈痛に頷く。グロリアは小さく「うっぷす」と漏らした。
ミランダは横たわったまま憂鬱な視線を投げかける。
キムはプレイリーオイスターを一気飲みした後で咳き込んでいる。チヨといえば相変わらず無関心な様子。彼女は何事にも無関心だ。
そして――……少し離れた場所にフェイが立っている。
「評議会といえば、この街を裏から好きなようにしてる連中っスよね」
「そう。おまけに大のアンダー嫌いでもあるわ……」
「なんだったっけ? この街は肥溜めの匂いがするどころではない、それそのものだ、だっけ? テレビで連中の一人が言ってたわ」
「まぁ、間違っちゃいないっスね……」
「それもそうね、あはは」
「笑い事じゃないでしょう……」
ミランダが呆れた溜息を吐く。そこにまたグロリアが食ってかかろうとする。
「うう……面目ない……」
シャーリーは消え入りそうな声でどこまでも縮こまっていく。そのまま放置していけば完全に消滅してしまいそうな勢いだ。それは彼女の心境を表していた。
「いやほんとに。めっちゃ今びっくりしてるわ、あはは」
「だから笑い事じゃないって――」
グロリアがからからと笑い、ミランダがそこにツッコミを入れようとして途中でやめる。二人がにらみ合う。また舌戦が始まりそうになる。キムが狼狽える。シャーリーはそれを見て、慌てて言葉を投げ入れる。
「でもでもっ、ボク……黙って抜け出したわけじゃないんです」
グロリアとミランダは掴みかかりかけていたが、シャーリーを見た。キムも。……チヨも、ちらりと視線をよこす。フェイはそのままだ。
「えっ? そーなの????」
と、グロリア。予想外の展開らしく、目を丸くする。
「はい……」
というわけで、シャーリーは説明する。
……自分がかつて、肉親の目の前でアンダー行きを告げたこと。
それを許可されたということ。
――もっとも、許可というよりは、黙認というべきか。
「……なので、その。問題ないと判断して、ボク、は――」
……シャーリーはそこで言葉を中断した。
皆の顔を見た。苦笑いする、グロリアとキム。悲壮な顔になっているミランダ。
「…………」
しばし、彼女達を見る。
「やっぱり………………まずかったですか……????」
問う。
「うーん、あはは……行動力、あるっスね、シャーリーちゃん……」
キムがかろうじてそう言った。なんとか言葉を選んだ、という様子だった。その彼女の表情は極めてぎこちない笑みだった。
シャーリーが、しばしその表情を見つめた。それから、がっくりと頭を項垂れさせる。
また、消え入りそうな声になる。
「…………まずかったですよね………………」
……それから、シャーリーはどんどん縮こまっていく。
(ちょっと、どうすんのよコレ)
(どうして私に聞くのよ……)
(マジに尋問みたいになっちゃったじゃない)
(結果的にはそうでしょう……)
(ああもうッ!!!!)
グロリアとミランダがひそひそと話す。シャーリーには聞こえていない。
……十数秒後。
「で、でもまぁ、ほら、結果論よ。だってもう、どうあってもあんたは仲間になってるんだから。そこはそれで良いはずよ。ね?」
グロリアが、あのグロリアが取り繕うようにシャーリーに声を掛ける。その顔をキムに向ける。目は笑っていない。
「……ほんとに…………????」
泣きそうな顔のシャーリーが顔をあげる。まるで捨てられた子犬のような表情。
当然のごとく彼女の心中は色々な感情で溢れかえっているが、グロリア達が察することの出来たのはごく一部の部分に限られていた。
……後の部分は、彼女の公表していない過去に関わる箇所だった。
「そ、そうっスよ……うん、うん」
キムは慌てたように取り繕う。まるで幼子をあやすように。
「それに、室長も言ってたっスから。ハイヤー出身のシャーリーちゃんが、この街の問題を解決するための大きな力になるかもしれないって……そうっスよね? 室長」
キムは振り返って聞いた。後ろで静かに煙草を吹かせている彼女に。縋るように。
……それに追従して、既に涙目になっているシャーリーもフェイを見る。
その2つの視線が彼女に向いていたが……。
「ん? あぁ。そうだな。そうだと思う」
なんと。この時に限り、我らがフェイ・リーは極めて茫洋とした表情を取って、漫然と煙草の煙を空中に浮かべて弄んでいた。
それは実際真剣に話を聞いていないと取られてもおかしくない態度だった。
「ひんっ」
シャーリーが頓狂な声を出し、更に涙目になる。
(なんで肝心な時に適当になるんスかぁ~~~~~~~~ッ!!!!)
キムがわなわなと震えて心の中でツッコミを入れる。グロリアが苦笑いしながら、今に崩れて消えそうになっているシャーリーに対して声を掛ける。
「まぁ、これから考えていけばいいじゃない、ね。時間はいくらでもあるんだから」
「うっ……うっ……」
まさかグロリアに慰められるなんて、などとはシャーリーは思っても言わなかった。その場所で頷く。頷く。肩に置かれた手をありがたい、と思う。
キムが安堵の吐息を出す。フェイが煙草の煙を見つめる。
とりあえずそれで、シャーリーの事情は保留になる。
と、思われたが。
「待って」
ミランダが、不意に言った。その問は名前を指定していなくても、シャーリーに向けられているとわかった。彼女は身体をこわばらせ、ミランダを見る。
問いは続いた。
「聞かせて、シャーリー……」
「な、なんですか……」
「――あなた本当に、彼女を追うためだけに、ここに来たの…………?」
それは。決定的な問だった。
シャーリーを動揺させるには十分な。
……身体を硬直させて、息を荒げる。
「……っ!!」
「ちょっとあんた、何を急に言い出すの――」
グロリアが割って入るが、ミランダは無視をする。問い詰めるような口調ではない。むしろ、どこか憐憫を湛えたような、いつもどおりの――憂いを多分に含んだ口調。
「どうも……あなたが不安なのよ、シャーリー」
「不安……??」
緊張を含んだ目で、キムがミランダとシャーリーを交互に見る。フェイは黙っている。チヨは目を瞑っている。寝ているのか、起きているのか分からない。
「こんなこと、後から言うのもおかしいかもしれないけど……キーラの奴の話を盗み聞きしてたときにも感じた。確かにあなたは……あの子を追ってここに来たのかもしれないけど……なんというか、そう……――あなた、本当にその理由だけで、この先も戦っていけるのかしら……ディプスの言ったことが口約束だけの可能性だって、あるのよ……?」
ミランダの口調は歯切れが幾分か悪かった。それは、フェイの前々からの決定に水を差している現状のバツの悪さから来ているようだった。
「はぁ!? あんった頭オカシイんじゃないの!? じゃあこの子が使ったあの腕の力はどう説明付けるってのよ!! ザインの力は本人の意志が重要になるんじゃないの!? だったら、シャーリーは大丈夫じゃない!! なんにも心配いらないわよッ!!!!」
グロリアがミランダに食って掛かった。それはいつもの喧嘩腰とは違っていた。彼女は――純粋に、怒っていた。
「……あんたには言ってないわよ。それに私が言ってるのは、この子の家族の話よ。鳥頭のあなたにも分かるように言ってあげるわ――私が心配しているのはね……シャーロット・アーチャー、あなたの戦う理由が、どこまで純粋か、ということなのよ……あなたはあなたの、その『家庭の事情』を解決しないまま、戦っていけるの……??」
「……っ!!」
シャーリーは動けなくなる。まさに、心臓を射抜かれたような気持ちになる。
――そうだ。
まさに自分は、その問題から逃げてきた。実に、十年以上前から。
だから、自分は、自分は……――。
「何も今言うことじゃないでしょうがッ、馬鹿はそっちだわよこの根暗カルト女ッ!!」
「いずれ向き合わなきゃいけないことでしょう、この子が自分の気持ちをごまかしてごまかして、それで最後にやってくるのが大きな『破綻』だったとしたら、一体あんたはこの子にどんな言葉を掛けられるっていうの…………??」
「それは…………ッ、、」
グロリアは歯を食いしばって、悔しげな顔をして。
「ッ、あああああああああもう、フェイっ!!!! どうなのよ、このこんこんちきを黙らせてッ!!!!」
――しかし。
フェイは。なおも、静かだった。
そして、ただ一言だけ、言った。
「……わたしの決定を信じろ。ただ、それだけだ」
……場が、冷え込む。
キムは悪い冗談を聞いたような顔になっていた。引きつった笑顔を浮かべながら、半泣きになっていた。
(……だからなんでそんな風にしか言わないんスかぁ~~~~~~~~ッッッ!!!!)
「ッッッ、あああああああもうっイライラしてきたッ!!!! いい、シャーリー!!!! こんな奴の言うことなんか無視しなさい、無視!! スタバのクソ長いフラペチーノの名前みたいなもんよッ!!!!」
「なんですって……――シャーリー、この売女の言うことを耳に入れちゃ駄目。私は貴女を心配して言っているのよ。年長者の言うことは聞くものよ。さぁ……どうなの」
シャーリーは……。
女二人に見つめられていた。
「ぼ、ボクは…………っ」
そして混乱の中にある。ミランダの言葉が心に刺さったまま、抜けない。その上で。
「さぁ!!!!」
「どうなの……!!!!」
圧のある二人に……迫られる。
「ぼ、ボクは……」
「さぁ!!!!」
「さぁ……!!!!」
そして……。
決壊する。
「ひ……んっ」
シャーリーの目が歪み、溶け、そこから飴玉のように涙がこぼれ出て来た。そして彼女はしゃくりあげ始める。御年18歳、州によっては成人の年齢である。
「えっ……ちょっと、シャーリー……」
「そんなつもりじゃ……」
「――ぐすっ、ぐすっ、えぐっ……」
――そこで。
「――ッ」
キムが、動いた。
「はいそこまでええええええええええええッッッッッ!!!!!!!」
彼女は――間に入った。
「ッ!?」
「キム……!!??」
「なーかしたーなーかしたー!!!! バカっスかあんたらはッ!! ただでさえキーラさんがやってきて散々かき回した後なのに、その上でそんなふうに問いただしたんじゃ、もう尋問じゃないっスか!!!! こんな時まで喧嘩しないでくださいッ!!!! 反省しなさーいッ!!!!」
キムは怒り狂っていた。しかるきむ。それはある意味で滑稽ですらある光景だった。シャーリーが呆然と彼女を見る。フェイは……変わらず静観を保っている。
「ちょっとキム、あんたが落ち着きなよ……」
「そうよ、私達何も……」
グロリアとミランダは少し気圧されていた。ビビっている、と言ってもよかった。
「言い訳無用ッ、ほらシャーリーちゃん、立ってくださいッ!!」
キムは早回しのような動きのまま、シャーリーの手を取った。戸惑いがあった。
「えっ、その――……」
「とりあえず昨日の夜のこともありますし、あたしと買い物とか行って気分転換しましょう!!!! それで帰りにスイーツショップにでも寄るんスよッ!!!! いいっスね!!??」
「えっと……は、はい……」
……ものすごい剣幕に圧倒され、シャーリーは幼子のように首をこくりと縦に振った。
ふんす、と鼻息を鳴らしながら、キムが次に言葉を掛けたのは……。
「チヨさんッ!! あなたも来てくださいッ!!」
……当の本人は少しだけ身体を震わせて目を開ける。
どうやら、眠っていなかったらしい。
「……儂も行くのか?」
その平板で眠たげな口調に、いささかの当惑が混じる。
「行くんですっ!! ついてきてもらうっスよッ!!!」
「面倒だ、そんなものはお前だけで――」
「和菓子、買ってあげますから」
チヨが、ぴくりと顔を動かした。まるでそれはエサに反応した子猫のように見えた。
……少しだけ沈黙してから、顔をそらして小さく呟く。
「……仕方ない」
キムは――大きくガッツポーズ。やけっぱちに。グロリアとミランダに向ける。
二人は当惑している。
「――というわけで室長っ!! あたし達は出かけてくるっスから!! それでいいっスね!!?? じゃあ行ってきますッ!! ほら、ついてきてッ!!!」
「わ、わ、わ――」
その、勢いのまま。
キムはシャーリーを引っ張っていった。その後ろからチヨがのそのそとついてくる。
それから、彼女達は事務所を出ていく。
その際シャーリーが、何か救いを求めるような表情をしてグロリア達を見たが――彼女達のうちで、それに応じられた者はいなかった。
「……行っちゃった」
「……どうするのよ」
「あたしが知るわけないでしょ」
そして――フェイは、黙り込んだまま煙草を吸っている。
アップルミントの甘いフレーバーが僅かに薫る中、その表情はどこか沈思黙考しているようにも見えた。
「……――」
それからも時間は漫然と過ぎていく。巨大な浮島の下で影が移ろい、少しずつ足元の黒の長さが変化していく。午前から正午へ、そして夕方へ。
――やがて、夕刻。
騒がしいTVショウが開始される頃――。
『それ』は、起きた。
突如として電話がけたたましく鳴り響き、事務所内を騒音が包んだ。悪態を2,3つきながら中指を立てて受話器を取ったのはグロリアだ。その直前にミランダが取ろうとしたが、彼女は都合よく頭痛が起きた。
「はぁ~~~~いアホども、どうしたのよ一体、パレードでもあったわけ??」
けだるく返事をする。
すると――。
『皆さんッ!! 聞こえてるっスか!? 返事を――返事をしてくださいッ!!!! こんなの、どうして……』
『なんだこやつらは――おのれッ……!!!!』
グロリアのテンションとは真逆の、切羽詰まった声音のキムの声。そのすぐ近くからチヨの声まで聞こえてくる。その奥からは――唸り声? 騒音? とにかく、何かの騒ぎのようだった。
『ああああああッ、最悪だッ、あたしのせいだッ――』
「ちょっと落ち着きなよ、何よ、そっちで何が起きてんの!?」
グロリアの後方にミランダとフェイも寄ってくる。
「買い物……行ってたはずよね」
「――あぁ」
「言いなって、何があったの――」
そして――キムは、叫んだ。
「連れ去られたんです――シャーリーちゃんが、敵に連れ去られたんですッ!!!!」
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