#3 病室、無音、窓辺にて。

『警察、最高の“お手柄”』


『我らが“ヒーロー”、キーラ・アストンがまたもややってくれました。強盗犯の一味を現行犯としてとりおさえただけでは飽き足らず、そのまま渾身の右ストレート。その男をビルの壁に叩きつけて崩壊させた挙げ句、男に全治半年の重症を負わせました』


『倒壊したマンションの管理人であるジョセフ・メイラー氏に話を伺ったところ、取材が拒否されました。現場の映像を映し出したユーチューブ映像を御覧ください……』


「下らねぇ」


 その男は太い足でリモコンを踏みつけた。


「所詮警察連中も……『壊すだけ』だ。何も生み出せねぇ烏合の衆だ。このバケモンだらけの街で偉ぶるには丁度いいのかもしれんがな」


 ベージュのスーツにサングラスを揃えた黒人の男である。薄暗い明かりの踊る室内でソファに座り、電話越しに語っている。


「こんな連中のために……俺の人生は狂わされたわけだ。だが、それも終わりだ。雪辱を果たすまで後少し……なぁ? グレース、おい」


 男は金色の差し歯を見せて笑いながら、通話相手に言った。だが反応は……彼の思っていたものではなかったらしい。


「クソアマが……」


 小さく悪態をつく。それから――突如として激高する。


「俺を舐めやがって、あの女ッ!! 俺の計画が始まれば奴はあっという間に手篭めだ、なぁおい、ははは、ははははは!!!!」


 まるで自分を過剰に勇気づけようとするかのように彼は大声で言った。片手を演舞のように広げて、大袈裟に。


「ははは、ははは、はははゲホッゲホッ、糞がッ、畜生め、つまりそういうこった、分かったなグレース!!!! 邪魔すんじゃねぇぞ、えぇおいわかったか!? なんとか言ったらどうなんだおい、――」


 彼は苛立たしげにその場をうろついて、その勢いで――テーブルの角に足の小指をぶつける。


「ファアアアアック、畜生め、糞が、舐めやがって、どいつもこいつも……全部、あの女のせいだ……クソが……」


 彼は憎々しげにテレビを見る。


 取材陣に囲まれながらも強引に突っ切る、ゴシックロリィタ姿の女傑。この街を深く知れば知るほど、手を出そうと思わなくなる……ある意味では、高嶺の花。


 そこに向けられる(随分と余裕のない、滑稽な)男の目は、憎しみと……歪んだ情愛に満ちているように見えた。


「見返してやる……てめぇを手篭めにしてやる、必ずだ……」


 ……そして、やや離れたところでその醜態を見つめている、一人の女がいる。


 修道服を着込み、ガムを口から膨らませている、極めて気怠げな雰囲気の女。


 彼女は、一言も返事をしなかった。その視線に滲んでいるのは、情緒の安定しない男に対する軽蔑のような感情。男の質量そのものを、まるで感じていないかのように振る舞っていた……。



 ……そして、シャーリーの部屋での騒がしい一幕が終わって小一時間が経過した後。


 朝の盛りの時間帯である。


 モロウやエンゲリオ達が、自身の身体能力を思い思いに活かしながら仕事場に向かっていく。脚部がチーターのように発達したもの、あるいは足そのものを増やしたもの。だが、便利になったという感慨はその顔には浮かんでいない。


 あるものは、通勤という事態のクソッタレさと、自分の体とこの街への怒りである。くわえタバコをしながら歩いているツイードスーツの牛角の男から零れ落ちた灰が、道端にコンドームと一緒に落ちていた安かろう悪かろうの様相を呈する末期的な求人広告に火をつける。


 その隙間を縫うように、身体の様々な箇所を無機物にしたテロドのゴス達が、ヘッドフォンをつけて朝のニュースを聴いて歩いている。それに悪態をぶつけるホームレスの老人……それから、ふわふわと浮つくように歩く美しいフェアリル達。


 全てはアンダーグラウンドお決まりの光景である。けたたましいニュース番組が街中に響く中、薄暗い陽の光と煙、それからざわつきが街に蔓延し、霞のように消えていく。何もかもを呑み込んで、『現実は何も変わらない』という諦観で包み込むように。


 そしてその陰鬱な空気の中からこそ――『現実は何も変わらない』という自暴自棄のにおいの中からこそ、今回シャーリーが経験する、極めて滑稽な事件が生まれ得るのだ。


「さて、あたしらの城に向かうか」


 脳天気にグロリアが言った。しかし、シャーリーはそうしようとしなかった。立ち止まって、事務所のある方向とは違う場所を向いている。


「……どうしたのシャーリー?」


「先輩、すいません。その前に……寄りたい場所があるんです」


「……?? いいけど」


 それはシャーリーの中に芽生えた思いだった。先程までのキーラ・アストンの行動を見たことで、彼女の中の何かが動いた。誰か曰く――『やろうと思った時が、やり時』。


 シャーリーは進み……グロリアがその後ろをついていった。街の喧騒が流れていく。



 やがて、到達した場所。


「――あぁ」


 納得した、とでも言うように、その建物を見上げたグロリアが小さく嘆息した。

 シャーリーは拳を握って、前に進んだ。


 そこは、病院だった。LAでも珍しい、日本人が主治医を務める医院であり、街の中でもかなりの大きさを誇る――シャーリーはそこに用があった。それはグロリアも知っていた。



「じゃあ……先輩、待っててもらえますか」


 シャーリーは病室の前の扉で、声を潜めて言った。清潔なリノリウムの床。牛の頭を持ったナースがカートを持って通り過ぎていく。


「ん。行ってきな」


「……」


「……なにさ」


「いや、先輩なら何かからかったりするかな、って……」


「あんたね、あたしをなんだと思ってんの」


 腰に手を当てて、不満げに唸る。それから……僅かに声を小さくして、告げた。


「あんたの大事なもんは、あたしにも口説けないわ。とっとと行ってきな。ここで待ってるからさ」


 彼女は快活にウインクした。それを受けて、シャーリーが僅かに背筋を伸ばす。


「……はいっ!」


 シャーリーは返事をして、病室の扉を開けた――。



 カーテンが揺れて、風が吹き込む白い病室。音が小さく反響する床に足音を響かせながら、シャーリーはその中を歩いた。そして、ベッドに横たわる少女に近づいていった。彼女は純白の空間に包まれたまま、眠っていた。


 いや、眠っているように見えた。実際は違うことを、シャーリーは知っている。


 歩く――近づく。その顔が、微風に揺られて目を閉じるその顔が視界いっぱいに広がり、立ち止まる。


「……」


 シャーリーは糸が切れたように脱力し、薄いシーツに包まれた少女の傍らに座る。その小さな鼻を、ささくれだったくすんだ色の髪を、間近に見る。


 自然と目には憂いがにじみ、声に震えが入り混じった。そして、罪深さが宿るかのように、その名前が吐き出される。


「エスタ……」



 グロリアが廊下で待っていると、その傍を子供が通り過ぎた――だが、少年は彼女の目の前で立ち止まった。視線に気づいて、グロリアは彼を見る。


「……」


「何よ? ガキンチョ」


 それから少年は――目を丸くしたまま鼻水を垂らして、ぽつりと言った。


「すげぇ…………」


 彼の目は――グロリアの胸にある豊満な双丘に注がれていた。

 間もなく少年の母親がいそいそとやってきて、彼にポップタルトを与えると、そのまま廊下の奥へと引きずって消えていった。



 言ってしまえば、彼女が、シャーリーのアパート住みの理由である。


 消毒し、執拗に洗った手で、彼女の手を握る。そこから僅かな暖かさが滲んでくる。紛れもなく、エスタは生きている。生きて、ここに存在している。


「エスタ……」


 シャーリーは、第八機関から得た稼ぎの半分以上を、エスタの『維持費』に費やしていた。その負担を機関に肩代わりしてもらうことも、訴え方次第では十分にできたかもしれない。


 だが彼女はそれをしなかった。一つの意地だった――であると同時に、ひとつの祈りでもあった。エスタに対する献身が、シャーリーがそこに居る理由となっていたからである。


 ……だから今、シャーリーは静かに彼女の手をそっと握る。反応はない。彼女の魂は今、どこか知らないところで、あの魔人に掌握されている。一体何の理由があって、シャーリーに、エスタに目をかけたのか。


 結局の所、そのあたりは何もわからない。ただ、自分たちは神に等しい存在に『選ばれて』しまった。まるで児戯のような気軽さで。


 それに恨みをぶつける余裕は今のシャーリーにはなかった。第八に入ることでようやく形成された崩れそうな土台の上に彼女は居て、ただひたすらに……エスタを思うことで自らの存在を維持していた。彼女を突き上げ、揺さぶるものはいくらでもあった。


「ボクが……きっと必ず、助けてみせるから」


 宣誓のように、その言葉を呟いた時――後ろの扉が開いた。

 そして、誰かが入ってくる。シャーリーは後ろを振り返る。


 そこに立っていたのは、一人の女。


 年齢はシャーリーよりもずっと上。40絡みといったところか。薄い服装の上にストールを巻き付け、きしんだ赤毛を後方に垂らした女である。容姿は洗練され、美しいと言っても良かったが、そこにはどこか影と……棘があった。


 彼女は病室に入り、シャーリーを見つめた。くすんだ目で。


「……」


「――……あの」


 すると、その女は一言吐き出した。


「……――あぁ。もしかして。あんたが“ソレ”のお友達??」


 その時になって、シャーリーは知った。

 女は――エスタの母親だった。



「何よあいつ……」


 グロリアは横柄な態度で病室の扉を開けた女が気に入らなかった。あのけばけばしくて、どこかみだらな佇まい、間違いなく『明るいところに居る商売』の人間ではない。

 どこか自分と同じ匂いがする――もっとも自分のほうが瑞々しい匂いであると考えるわけだが。


「……ん??」


 視線に気づいて前方を見る。

 するとそこには、ぬいぐるみを抱えた小さな女の子。


 その目はグロリアの豊満な胸に注がれており――震えと共に涙が溢れた。

 少女は……胸を見て、小さく言った。


「こわい………………」


 やがて少女を探していた父親がやってきて、その手をずるずると引っ張っていった。

 グロリアは再び扉が開かれるまで、またしても暇になった。

 しかし――。


「……――……――!!!!」


 耳をすまさずとも、そのやりとりは、扉の向こうから聞こえてきた。 



「――どうして今まで、きてあげなかったんですか」


「そんなこと、あなたには関係ないでしょう。私とエスタの間のことに介入してこないで」


「……――ッ……」


「あなたの、旦那さんは」


「それが何の関係あるの? この子にも、私にも。関係がないわ」


「そんな言い方、ないじゃないですか……」


「うるさいわね。一番関係ないのはあなたじゃないの? 家族でもないあなたが、どうしてここに居る?」


「ボクは――エスタを追ってここに来ました。ボクが見つけたのは、あなた達から何も得ることのできなかったエスタです。エスタは……泣いてたんですよ」


「――ッ、うるさいわね、外様の分際で……私は分かってるのよ」


「何が――」


「あなた、確かハイヤーグラウンドの人間だったわね。これとよく遊んでいた……そんな奴がいけしゃあしゃあとこの場所に顔を出した魂胆なんて知れてるわ。よく私達を責められる……この子をこんな目に遭わせたのは、あんたよ」


「なッ……――」


「この子はね、アンダーの人間。それ以上でもそれ以下でもない。私も夫もそれ以上でもそれ以下でもない。だのにあんたは、それ以上であるかのようにこの子を仕立て上げた。最低なことよ」


「そんなことっ……そんなことを言うぐらいなら、どうしてエスタをもっとちゃんと見てあげなかったんですか、どうしてもっと、愛してあげなかったんですかッ!!!!」


「やかましいわね――あなたには、関係ないと言ってるでしょう!! あぁもう本当に……面倒ばかり、増やしてくれる子だ、昔からッ……――」


「訂正してください……今こうして眠っているエスタに、少しでも愛情があるなら。今すぐ、その発言を訂正して――」


「うるさいわね、ハイヤーの出身の癖してッ!!」


 ――打撃音。

 グロリアは思わず「うっぷす」と声を出した。シャーリーが何をされたのかは、はっきりと分かった。


「…………ッ」


「――来るんじゃなかった……面倒増やしてくれちゃって……」


「あなたに……エスタの母親を名乗る資格はありません」


「……赤の他人は黙ってなさい。――もう、二度と来ないわ」



 どたどたと足音が聞こえて、間もなく乱暴に扉が開いた。そしてグロリアを棘のある視線で一瞥すると、女が去っていく……枯れ木を造花で包んだような服装をした女。


 それから……ゆっくりと、シャーリーが出てくる。女の背中を見送るようにして。


「シャーリー……」


 彼女の頬は……僅かに、赤くなっていた。

 そして、その目は重々しく――伏せられていた。


「……すいません、付き合わせて。事務所、行くんですよね。もういいです、行きましょう」


 ――シャーリーはそれだけ、零すように言った。

 さしものグロリアも、歯切れ悪く頷くしかなかった。



「……ねぇ、シャーリー」


 病院を出て、道中。マフラーを違法改造したジープが排気ガスを大量に吐き出しながら道を通る。後方を走っていたタクシーの運転席から、野球帽をかぶった黒人の青年が口汚い罵倒を吐き捨てる。


 そんな情景が流れていくさなか、グロリアは前方を引っ張られるようにしてすたすたと歩くシャーリーに聞いた。彼女にしては殊勝なことで、少々遠慮がちに。


「あれ……言い返さなくてよかったの」


「なんだ、聞いてたんですね、先輩」


「そりゃ聞こえるっての。あんな大音声でまくし立ててりゃ」


「そうですよね」


「……どうなの、実際、」


「――自分には」


 そこで一度、シャーリーは押し黙る。


 その時――シャーリーの頭の中に浮かんだものを、当然グロリアは知る由もない。彼女が思い浮かべていた人物達については、知っているはずもない。


「自分には……そんな資格、ないですから」


 その時彼女が浮かべた笑顔は、驚くほど弱々しく――少し突けば、すぐにでも泣き出してしまいそうな。そんな表情だった。


 ――……結局その表情についてうまく飲み込めぬまま、グロリアはシャーリーと共に、事務所へと……彼女達の城へと到達した。



 ……そして、到着して、開口一番に。


「うっわ。なにこれ。戦場?」


 グロリアは、そう言った。


 指令があった場合に、速やかに行動が出来るよう、メンバーは朝になるとここに集まることになっていた。


 ……ということまでは、いいのだが。


 実体は、身も蓋もない言葉でグロリアが表現した通りだった。

 酔いの抜けきらない身体で、ややふらつきながらそこへやってきた二人を待っていたのは、暗澹たる有様の我らが城だった。


「……」


「うう……っぷ」


 簡単に言うと、室内のソファに三人の女が転がっている――というよりは、落ちている、と形容したほうが正しいか。


 キムとチヨ、ミランダの三人である。テーブルの中央には何らかの飲料……の山。栄養ドリンクやら、ハーブティーやら。


 目一杯滋養のありそうなものが乱雑に置いてあり、その周辺で三人は呻いていた。ミランダはオフィーリアのごとき姿勢で横たわりうっすらと目を閉じて青い顔。キムとチヨは横並びでお互いにもたれ合いながら世界の終わりのような顔色をしている。


 そして照明や家電の駆動音、外の音に紛れて三人の呻き声が交差する。



「……あぁ、お二人も来たんスね……おはようございまス……」


 どろりとした目でキムが振り返った。髪の毛はボサボサで目の下に隈ができている。


「お、おはようございます……大丈夫ですか……??」


「大丈夫っスよ、あはは……シャーリーちゃんは優しいしかわいいなぁ……」


「……儂は……?」


「チヨさんは強くてかわいいっス……」


「なるほど…………」


「あ、あはは…………」


 苦笑するシャーリーをよそに、グロリアがズカズカとソファの奥へ行く。


「あーらミランダちゃぁん。ずいぶんとしおらしくなっちゃって。一体どうしたのかしらぁ????」


「……あなたが一番飲んでたのに……どうして平気なの……ほんと最低……」


 額に手を当てながら、唸るように。


「所詮は年齢の差ってわけよ、あはは」


「うっさいわね……このバカ。バーカバーカ…………」


「あっはっは、そよ風だわ!」


 ミランダの罵倒の語彙は二日酔いの影響か、ひどく貧弱になっていた。そしてその横で、キムがのっそりと起き上がる。


「あぁ……テーブルの上…………片付けなきゃ」


「あの、ボクやりましょうか?」


「いーっスよいーっスよ……うちらが勝手に出したんで」


 どうやらテーブルの上のあれやこれやは『酔い覚まし』として試みられた物たちだったらしい。だが彼女達の様子を見る限り、功を奏したとは言えなさそうだ。


「チヨさん手伝ってくれますか……」


「儂はやらん……眠い、あたまがいたい……」


「まんじゅうとお茶を奢るっスよ……」


「じゃあやる……」


 チヨとキムが、のそのそと動き始める。

 苦笑するシャーリー。その横にグロリア。ミランダとの舌戦は、今回ばかりはすぐに終わったらしかった。


「なーんか、また酔いそうになってくるわね」


「吐かないでくださいよ、先輩……」


「どうせ吐くならあんたの口に吐いてやる……というかそんなに参ってないじゃない。どうしたのよ」


 シャーリーはそこで……情景を見て、思ったことを口にした。


「――……正直、ざまぁ見ろって思ってます」


「あはは、言うじゃない」


 シンクで水を流す音と食器の擦れ合う音、キムとチヨの消えゆくような会話を環境音にしながら、グロリアが言った。


「そういえば、フェイは?」


 彼女はその声をミランダに投げかける。


「ヘイ年増女、ダーリンはどこ?」


 問われた彼女はうっそりと顔を持ち上げ、ゆるゆると指を奥の部屋に指し示す。


「奥よ。舌噛んで死になさい……」


「あんたの倍は生きるわよ」


 グロリアはそれだけ言ってミランダの横を通り過ぎる――中指をくれてやりながら。


 なにか言いたげな(まるで幽鬼のような)顔が一瞬グロリアを見たが、すぐにソファの奥に消える。深い溜め息が流れる。


 ……あとが怖いな、とシャーリーは思い、ミランダに少しだけ苦笑い。遠慮がちにグロリアの後方について、書斎の扉を開けようとする。ミランダが髪の毛をかきあげながら何かをブツブツと唱えた後、テレビのニュースをつけていた。


『続いてのニュースです。ドッグワイラー・ビーチのシーフード料理店で店主の男が知人の甲殻類型モロウ男性(42)を殺害、その脚部を幻の巨大蟹と称して客に提供したとして逮捕されました』

『事件に対し男は“アンダーグラウンドでの生活全てに嫌気が差して、他の全てに報復したいがためにやった。だが結果は伴わなかった。所詮は愚か者の黄金だった”として容疑を認めています』

『なお常連客であったイアン・ブラウンさん(51)はこの件に対し、“たし蟹”とコメントしています』


 ――その時である。


 事務所の扉がやにわに開き、そこからけたたましい声が響いてきた。どうやらグロリアが閉め忘れてたらしい。



「ヘイッ、第八のアホども!!!! フェイ・リーの奴は居るのか!!?? お前らまた人員増やしたんだって!!?? 署に行くついでに文句言いに来てやったぞ!!!!」



 その場にいる誰もが――振り向いた。声の主にむけて。


 それは――灰色のややシックなゴスロリ姿に身を包んだキーラ・アストンだった。


 シャーリーは振り向いて、彼女を見た。

 そして、彼女も、シャーリーを見た。


「……」


 二人の視線が交差して、沈黙が流れた。


「……ああああああ~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!!!」



 二人が同時に叫んで、互いに指さしあったのは、それからたっぷり数秒後のことだった。

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