とかげくん【神様のひみつ】

 身体の奥から力がみなぎってくる。これまでのぼくと、これからのぼく。それは全く違うものなんだって何故かはっきりと分かる。


 やった! ぼくは遂になれたんだ。神様に。

 これでずうっと、すいりゅうさんと一緒にいられるね!


 ぼくは嬉しくてすいりゅうさんを見上げた。高い高い空のうえ。雨を降らせる雲よりもうんと高いところでぼくたちは向き合っている。


「ぼくやったよ! すいりゅうさん!」


 ぼくの言葉にすいりゅうさんは頷いた。優しく細められた目の奥で金茶の瞳が揺らぐ。


「すいりゅうさん?」


 ぼくは急に心細くなった。すいりゅうさんはとても喜んでくれている。たとえお話しが出来なくてもそれは分かる。なのにどうして、悲しい瞳をするんだろう。どうして、ぼくの大好きな金茶の瞳に涙が滲んでいるんだろう。

 ごおっと風が吹く。僕が心を乱したからだ。神様は簡単に揺れてはいけない。僅かなひずみが災いを呼んでしまう。そうだ。もうお話しもしちゃいけないんだ。気をつけなくちゃ。


 そのとき。


 すいりゅうさんのたてがみがさらりと風に舞った。美しい金糸が、さらりさらりと風に乗る。それからうろこが、ぱりんと爆ぜた。煌めくうろこが、はらりはらりと落ちてゆく。しずくのように。


「すいりゅうさん!」


 ぼくは叫んだ。神様は心を乱しちゃいけない。ぼくは神様になった。だから、心を揺らしちゃいけない。だけどどうしてそんなことが出来るだろう。すいりゅうさんが、ぼくの大好きな大好きなひとが、目の前ではらはらと崩れていっているのに。


「泣いてはいけない」


 取り乱すぼくの耳に、聞いたことのない声が響いた。ぼたぼたと涙を落とすぼくを宥めるような、低くて穏やかで、とても優しい、けれどきっぱりとした声だった。


「これは摂理だ。この世に神は二人も要らぬ。新しくお前が立てば、私の役目は終わる。だが、いいか。泣いてはいけない。お前は強くあらねばならない」


 初めて聞く声でもそれが誰のものかは疑いようもない。ようく知っている温もりがぼくを包む。だけどぼくの涙は止まらない。だって。

 欠伸をしただけで大地を震わせていたのに、その声にはもうそんな力はない。ただ優しく、ぼくの胸に響く。今、大気を震わせているのはぼくの慟哭だ。雷雲を呼んでいるのはぼくの嘆きだ。


「泣くな。お前は私の誇りだ。お前と出会えたことは私の喜びだ。私は何もかもを忘れてしまったが、お前のことだけは憶えていよう」


 さらりさらりと風に乗る。はらりはらりと落ちてゆく。花びらのように。滴のように。

 ぼくの大好きなひとは、崩れてゆくときでさえなんて美しいんだろう。


「いやだよ」


 ぼくは泣いた。

 ぼくは、神様になりたかった訳じゃない。

 力が欲しかった訳じゃない。

 ぼくはただ、あなたと共に在りたかっただけ。

 そのために、ぼくはあなたと同じものになりたかった。


「そう嘆くものでもない。生きてさえいれば、いつかまたまみえる日も来よう」


 すいりゅうさんが言った。小さな小さな光の珠が、すいりゅうさんのいた宙に浮かんでいる。金糸も滴も崩れて落ちて、あんなに大きかったすいりゅうさんが、小さな小さな珠になってしまった。

 ぼくは手を伸ばした。たとえどんなに姿が変わっても、すいりゅうさんはすいりゅうさんだ。傍にいて欲しかった。触れていたかった。

 だけど光の珠それは意地悪をするように、ぼくの指の間を摺り抜けて落ちてゆく。


「お前はお前の為すべき事をしろ。私を失望させるなよ」


 いやだよ。


 ぼくは泣いた。小さい頃を思い出した。

 あの頃も、どんなに手を伸ばしてもすいりゅうさんには届かなかった。だけどいつでも、伸ばした指のその先にはすいりゅうさんがいて。きらきらしたたてがみやうろこがとてもきれいで。ぼくはうんと身体を伸ばした。あなたに触れたくて。


 だけどすいりゅうさんはもういない。きらきらと消えてしまった。

 ぼくはこれから、どうしたらいいんだろう。

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