とかげくん【こんなに怖いときにはどうしたらいいんだろう】
ぼくは、どうしたらいいんだろう。
こんなに怖かったことはない。
すいりゅうさんがいなくなったとき、ぼくはすごく寂しくて。もう嫌われちゃったのかと思うとすごく怖くて。こんなに悲しいことはきっともう一生ないだろうと思っていた。
だけど。
ベッドに腰掛けたまま、自分の手を見下ろす。ぎゅっと拳を握っても、ごしごしと擦ってみても。ぼくに着いた色は変わらない。
深い深い、まるで吸い込まれそうな、濃い青。
月の光の届かない夜の端っこみたいな暗い色。
いっそ黒になればいいのに、往生際の悪い藍。
脱皮してしまえば蜥蜴とは全く違う生き物だって一目瞭然なのさ――
うん、そうだね。
ぼくは認めたくなかっただけ。
すぐに分かったよ。だけどおばさんは、脱皮するまで本人にも分からないだなんて教えてくれなかった。あれは、怖いけれどぼくとは関係のないお話だったはずなのに。
白々と夜が明けてゆく。
嫌ねえ。
本当にそうなのかな。
自分が本当はとかげじゃないってことも知らなかったんだから、食べてるってことも知らないだけなんじゃないのかな。ぼくは、知らない間にみんなを食べちゃったのかな。
もしそうだったらどうしよう。いつか、おばさんたちまで食べちゃうのかもしれない。
怖いよ。
怖い。怖い。怖い。怖い。
だれかたすけて。
すいりゅうさん。
大好きなひとの姿を思い浮かべて、ぼくは両手に顔を埋めた。
ダメだよ。
一番好きなひとに、こんな姿見られたくない。
窓の外が明るくなってきて、家の中を歩き回るひとの気配がした。おばさんが起き出して朝ごはんの準備を始めたんだね。
どうしよう。おばさんにだって、こんな姿見せられないよ。
ぼくは床に転がったままになっていた脱皮の残骸をベッドの下に隠してから、大きな体をお布団の中に押し込んだ。
もうすぐおばさんが起こしに来るから、今日は調子が悪いから起き上がれないって言おう。ぼくたちは……ううん、とかげは。冬の間はそんな日もあるから、きっと誤魔化せるよ。
案の定、部屋を覗きに来たおばさんは心配そうにお布団の上から撫でてくれたけど、無理にぼくを起こそうとはしなかった。サイドテーブルにごはんを運んでくれて、何かあったら呼びなさいね、って言って部屋を出て行った。
ぼくはおばさんが用意してくれたごはんを食べて、トレーを廊下に出してから、食べてる間に決めたことを実行した。
シーツを端っこから細く裂いて(昨日よりもうんと鋭くなった爪は、丈夫な布も簡単に引き裂いちゃったよ)、それを片方の手首とベッドの支柱に固く結びつける。
ぼくが知らない間にこれが解けていたら、ぼくは本当にみんなを食べてるんだと思う。
どうか。どうか。
次に目が覚めたときに、この紐がしっかり結ばれていますように。
大好きなひとたちを毎日食べているのがぼくじゃありませんように。
祈るように固く目を閉じる。
温かいお布団の中は心地好くて。不安で仕方ないぼくの心を慰めるように、眠りの淵に誘ってくれた。
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