とかげくん【大騒ぎ】

 朝ごはんの食卓に、グレンがいなかった。

 どうしたの? ってぼくが訊くと、おばさんは夕べよりももっと深刻な顔で大変なのよ、と声を潜めた。


 いなくなったのは、バンさんのお父さんとムグラさんだけじゃなかったんだって。何日かしたら帰って来るだろうって。あんまり問題に思ってなかったっていう人たちが結構いて。全部合わせると、もう八匹も行方知れずになってたって。いつからそうなのかって改めて確認したら、それはここ十日くらいの短い間だったんだって。

 それで、村の男のひとたちが集まって今相談してるんだって。このまま一匹ずつ消えていったら大変なことになるから。


 朝ごはんの用意をしながらおばさんの話を聞いて、ぼくは捲れた手首をそっと隠した。

 今は、浮かれてちゃいけないよね。脱皮は少しずつ進んでいくから、ぼくが黙っていればしばらくは気づかれないと思う。もうちょっと落ち着いたら、おばさんに報告しよう。




   🚨🚨🚨




 あれから十日経ったけど、落ち着くどころか大騒ぎになっていた。もう、十五匹もいなくなっている。

 今までこんなことはなくて。出掛けて行ってたまたま襲われているにしてはおかしすぎる、って。何か、村ごと狙っているものがいるんじゃないか、って。怖がって家から出なくなったひともいる。そうじゃないひとたちも、村からは出ない。もともと冬の寒さでみんなの活動は限られていたけれど、更に狭くなっちゃったんだ。


 それなのに、消えるひとが後を絶たない。


 もうパニックに近くって。

 グレンやおばさんも、ぼくの前では心配するな、って笑ってたけど、ぼくがいないときには難しい顔で何かお話しをしていて。なんだかぼくは脱皮のことを言い出せなかった。


 ぼくはまた背が伸びたよ。ご飯ももりもり食べてる。脱皮が近いせいかな。食べても食べてもお腹がすいちゃうんだ。

 今日はおばさんが作ってくれたお芋のお団子をおやつに食べてる。ザラメのお砂糖を絡めたり、ハチミツをとろりとかけたり。やわらかく溶かしたクルミワリシジミのチーズもあるよ。


 とっても幸せなはずなのに、胸のなかに不安が広がる。


 いつも楽しそうにしていた村のみんなが、あんまり喋らなくなって。難しい顔で見えない何かを睨んでいて。なんだか怖い。


「みゅう」


 ちっちゃな泣き声がして、ぼくは隣の席に置かれた籐籠から赤ちゃんを抱き上げた。おばさんとグレンは出掛けている。最近いっつもそうだよ。大人たちは集まっていろいろ相談している。だから二人でお留守番なんだ。もっとも、おばさんは顔を出して挨拶だけしたらすぐに帰って来るけどね。


「どうしたの? お腹すいちゃった?」


 お団子の端を少し千切って、お皿の中でミルクと混ぜる。スプーンでしばらく練るとそれはとろりとやわらかくなった。

 赤ちゃん用のスプーンで小さな口元に運ぶ。赤ちゃんはまだ目が見えないけど、口の端にスプーンが当たるとぱくりと咥えてお芋を食べた。スプーンのお芋を全部舐めちゃうと、小さな口を開いてもっととねだる。ぼくはまたスプーンでお芋を掬って。

 何度か繰り返すと、赤ちゃんが満足気にため息を吐いた。ぼくは赤ちゃんを肩口に抱えて、とんとんと小さな背を叩く。そうすると、けぽ、って赤ちゃんがげっぷをして、ふわりと甘い赤ちゃんの香りがぼくの鼻に届く。


 なんてかわいいんだろう。

 ぼくの不安を取り払うように小さな指がしがみつく。ぼくのうろこはすごく剥がれやすくなってるから、その度に少し捲れちゃう。抱っこし直して指先を掴ませていたら、うろこがすぽんと取れて青い爪が少し覗いちゃったよ。

 すやすや眠り始めた赤ちゃんを見ていたら、ぼくも眠くなってきちゃった。お腹もいっぱいだしね。困ったな、と思っていたらちょうどおばさんが帰ってきてくれた。よかった。赤ちゃんを放って眠れないもんね。

 おかえりなさいを言って。赤ちゃんをおばさんに預けて。ぼくは欠伸をした。


「ぼく、ちょっとお昼寝してくるね」


 おばさんに言って立ち上がる。


「ええ。お留守番ありがとう。お皿はそのままでいいわ。私が片付けておくから」


 ぼくは頷いて部屋を出ようとした。


「あら? あなた」


 おばさんが何か言いかけたけど、もう瞼がくっつきそうなぼくを見て苦笑する。


「いえ。今はいいわ。おやすみなさい」


「おやすみなさい」


 ぼくはふらふらしながらようやくベッドまで辿り着いて、あっという間に夢のなかに飛び込んだ。

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