第四章 むかしがたりとみずちのなみだ

とかげくん【金の丘】

 秋が深まって肌を撫でる風がずいぶん冷たくなってきた。尖った松の葉っぱは相変わらず青々としているけれど、すすきはかさかさに枯れて、ふわふわした綿毛も粗方飛ばされてしまった。

 白っぽいふわふわが風に揺れていた様はとってもきれいだったんだよ。おひさまが傾いてくるとその白が黄金色こがねいろに輝いてね。それは何だか朧気おぼろげで、どこか違う世界へすうっと引き込まれてしまいそうな怖さもあった。だけど、すいりゅうさんと一緒だからへっちゃらだよ。

 ぼくはすいりゅうさんに寄り添って、おひさまの光が薄を照らすのを眺めた。そんなときにはお話しもしないんだ。ただじっとおんなじ方を向いて、静かに、穏やかに、一日が終わってゆくのを見つめる。なんだか不思議だけどね。それだけですごく幸せだなぁって思うんだよ。


 だけど、松の木の影が原っぱの金色を隠しちゃったら「さようなら」の合図。

 すごく残念だけど、もうおうちに帰らなきゃ。

 これでも特訓の成果ですいりゅうさんといられる時間はぐっと増えたんだよ。季節が一回巡る間に駆けるのもうんと早くなったし、背もぐうっと伸びたからね。きっと脱皮ももうすぐだよ。


「すいりゅうさん」


 ぼくはすいりゅうさんに一回ぎゅうっと抱きついてから立ち上がった。すいりゅうさんの耳の横は、でっかくなったぼくにはもう狭い。本当は頭の上か、それとも首元のたてがみか。そっちに場所を移すべきなんだと思う。だけど、そこからじゃすいりゅうさんの顔がよく見えないんだよ。金茶の瞳が優し気に揺れるのを、見たいじゃない?


 もう一回おひさまの匂いを吸い込んですいりゅうさんに挨拶をする。


「さようなら、すいりゅうさん。明日もきっと、ここにいてね」


 すいりゅうさんの瞳がくるりと動く。口ひげがそっとぼくを撫でる。

 すいりゅうさんにさよならを言うのはいつもとっても寂しいけれど、すいりゅうさんがくれるさようならの挨拶がぼくは大好きだよ。

 ぼくはすいりゅうさんの背を駆け下りて、途中からズルして飛び降りて、松の根方で手を振った。


「すいりゅうさーん」


 ぼくの声に応えるようにすいりゅうさんのしっぽが揺れる。


「大好きー」


 嬉しくなってぼくは叫んだ。きらきらと、優しい何かが降ってくる。


「また明日ー」


 ぼくはぶんぶん手を振った。ぼくの影が、長く長く伸びている。おひさまはもう山の天辺にくっつきそうだ。急がなきゃ。一生懸命走ってぎりぎりくらいだね。

 美味しいご飯と大好きなひとたちが待ってるよ。


 ぼくはもう一度すいりゅうさんを仰ぎ見て、金の丘から駆け出した

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る