超能力系スイーツ男子

月緒 桜樹

きなこもちとゲリラ豪雨

 正月というのは、存分にきなこもちを食せる。本当に良い季節だ。これを“俺得”と言うのだろう。

 餅を焼いて、「ぷくー」と聴こえそうなくらい膨らんできたら、きなこの海にぶちこむ。


 熱い餅と、温かみ溢れるきなこ。これに心が温まらない奴などいるのだろうか? もしも存在しているなら――。

 多分、人生損してるな。



 どこかの誰かを憐れみつつ、俺はきなこもちを食した。

 よく伸びる餅は、とても熱かった。が、猫舌気味の俺でも、焼きたての餅は好きだった。謎だ。



 こたつに入っていた俺は、もっと餅を焼こうと思って立ち上がる。そして、偶然外に目を向けた。


 さっきまで晴れていた――乾燥する冬なのだから、普通のことなのだが――はずなのに、物凄い降水だった。



 ――ゲリラ豪雨。

 尤も1月は流石に気温が低いせいで、雪ではあったが。




 人々は、よく西瓜すいかに塩を掛ける。どうやら、しょっぱい味は甘味を引き立てるらしい。

 俺も気分を変えたくなって、磯辺巻きでも作るかと考えた。



 同じように焼いて丸くなった餅を、秘伝の(?)砂糖醤油にと落とす。ぱりぱりの海苔で包んで、即食べた。

 かなり甘い砂糖醤油が、やっぱり好みなのだ。



 都会民の性か、大雪を見ると少しテンションが上がる。さっき見た雪が積もるかどうか。気になって、再び外を見た。


 快晴である。


 通り雨――通り雪という言葉があるのかは知らない――だったのか、と落胆した。いや、落胆するほどのことではないのだが。


 ――その考えが外れていたと知るのは、そう遠くなかった。



 というのも、再びきなこもちに手をつけたところ、と雪が降ってきたのである。何かがおかしい、と思うのも不思議ではなかった……だろう。


 因みに、この謎の空模様は、ちょっとした話題になっていた。――俺の住んでいる地域のローカルテレビにおいては。




 気づけば、正月は過ぎていった。そして、あののことなど、俺はとっくに忘れていた。そんなある日だ。

 あの雪のことは、本当に綺麗に忘れていた。だから、俺は黒蜜きなこを堪能していたのだが……。




 




 唐突な謎の音に、正面に座っていた友人が振り返る。

「うわ、なんだこの雨……。帰れねえじゃん、最悪」


 快晴の日に喫茶店に行くのに、どうして傘を持っていようか。


 ――そう、ゲリラ豪雨だったのだ。


「どうする? ゲリラならそのうち止むだろうし、待つか?」

「なんでそんな冷静なんだよ」


 神速の突っ込みを噛まされるほどに、俺は冷静だった。というか、何かを察していた。


「ちょっと傘買ってこようか? ――確か、目の前にコンビニあったし」

「あ、あぁ……。頼むわ」



 コンビニに駆け込んで、一息吐く。水滴のついた袖を払って、ビニール傘を2本手に取った。




 ――なんか、




 その考えに至って、少し血の気が引いた気がした。いや、“目醒めた”ってどういうことだ、“目醒めた”って!


「はは、んなことあるわけ……、ないよなあ……」


 


 そんなカオスな能力が開花するわけがない。万が一開花したところで、使いどころも無い。


 我に返ると、200円を払って、喫茶店に駆け戻った。きっと引き攣った表情だったのだろう。死んだ目をした店員の視線が変だった。


 そして、目の前の友人の視線も変だった。


「どした? 半笑いだぞ?」

「ああ、いや……なんでもない。つか、食うの遅すぎじゃね?」

「俺とお前とじゃ、絶対量がちげーだろ!? ……ったく、馬鹿にすんな」

「いや遅すぎ」

「うっせ」

「いいから、さっさと食え」


 彼のパフェは、まだ半分くらい残っている。

 彼が食べている間、とにかく、適当な話をして忘れることに決めた。


 堪能したっていいだろ?! と彼は喚いている。


 そうして適当に騒いでいたのだが、ある意味考えを忘れることはできなかった。



 そして、とうとう俺は確信することになる。


 それは本当に偶然だったのだが……。

 きなこもちを食したら、やはり雨が降った。その後、本でも買いに行こうと思い立ったのだ。県境に程近い場所に住んでいる俺は、隣町の大きな本屋が気に入っていた。


 だから、県境を越えた。


 県境より向こう側は晴れていて、俺のいる方は雨だった。

 しかし、一歩跨いだ瞬間。俺の住む街は晴れ上がり、雨雲がついてきたかのように、こちらでは雨が降り始める。


 確信するには根拠が甘いかもしれないが、確信せざるを得なかったのだ。俺にとっては。




 そうして、俺がきなこもちを食す度に季節外れの雨が降り、とうとう洪水まで起きてしまった。


 自分の生まれ育った街を、自分が壊すわけにはいかない。そう考えた俺は、きなこもちを持って旅に出た。






「これなら、きなこもちを食しても誰にも迷惑は掛からない! つか、WIN WINじゃん」


 俺が辿り着いたのは、乾燥地帯だった。

 ここなら雨が降っても、寧ろ恵みの雨になるだろうと踏んでのことだ。


 実際、誰にも迷惑は掛けなかった。寧ろ感謝すらされた。




 いつしか、現地民に「雨乞いをして」と頼まれるようにもなっていた。


 好きな物食べて、人の役にも立てる。

 こんな幸せなことが、この世にどれほど在るだろうか?


 しかし、乾燥している上にきなこを食す。それで喉が乾くのは辛かった。が、人の役に立てるなら構わなかった。――どうせその後で雨降るし。



 暫く経って、事件が起きた。

 俺は、砂漠地帯できなこもちを食す日々を過ごしていた。


「――え? きなこもちを作ってくれた?」

「ええ! ドーゾドーゾ」


 満面の笑みの現地民。感謝しつつ食した。


「…………」


 ――――ん? これ、砂じゃね?

 あれ、俺、砂食わされてねえ? 超じゃりじゃりするんですけど。




 ――当然、雨は降らなかった。


 現地民は怒った。

「まやかしダ! 追放シロ!」

「追放ダ、追放ダ!」

「お前、嘘吐いたナ!」

「謀りおって!」


 ――日本人が混じっていたような。

 だが、そんなことを気にしている場合ではなかった。俺は、砂漠の村から追放されてしまったのだ。



 悲しみに暮れつつ、俺は故郷に帰る。砂を食べさせられて以来、まだきなこもちに手をつけてはいなかった。


 おかげで、街が豪雨に見舞われることも少なくなったのである。






 それ以来、俺は、きなこは“きなこラテ”でいただくようになった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る