裏側①
数時間後
心地のいい音楽によって、眠りについた悠。 彼が寝たことを確認すると、リーナは曲を止めCDを元の場所へ戻した。 そしてカーテンを閉め、病室の灯りを消す。
「おやすみ、ハルくん」
今は22時くらいだろうか。 思ったよりも自分の役割を終えるのが早いと思いつつ、静かに病室を出た。 そして、自分の帰るべき場所まで戻ろうとする。
―――・・・悲しい顔、か・・・。
―――一体、どういう表情なんだろう。
今日悠に言われたことを思い返しながら、リーナは足を前へと進めた。
研究所
ここは、とても大きな研究所である。 この中には、たくさんのロボットたちがいた。 性別は男女共に存在しており、歳はほとんどリーナと同じくらい。
だが今は深夜のため、この場所の周りには警備員以外の者はいなかった。 仲間であるロボットたちも、今は休んでいるのだろうか一体ともすれ違わない。
研究所の入り口まで来たリーナは、扉の前で顔を上へ向けた。
『リーナ。 認識完了』
数秒後、そのようなアナウンスが聞こえると同時に扉が開く。 そして躊躇うことなく中へ入り、自分の部屋へ向かおうとした。
だがその最中、ある一つの部屋を通り過ぎたリーナは思わず足を止め、踵を返す。 この部屋には特に用はないのだが、少しでもこのモヤを晴らそうと意を決して扉をノックした。
「はい」
中から男性の返事が聞こえると、リーナは小さくかしこまりながら中へと入る。 ここは研究室なのだが、他の部屋と比べるとかなり小さい作りになっていた。
必要な機材である装置や数台のパソコンなどでほとんどが埋め尽くされており、余ったスペースなんてほぼない。
そんな中、忙しそうに手を動かし続けている男性が一人。 彼は真ん中で大きな椅子に座りながら、手元にある資料とパソコンの画面を見比べている。
「・・・あぁ、リーナか」
部屋の斜め上にあるミラーでリーナの姿を確認した男は、なおも手を動かしながら言葉を続けた。
「リーナは、今日が初出勤だったんだっけ」
「・・・はい」
「お疲れ様」
こちらへは顔を向けず淡々とそう口にする彼。 すると一枚の紙を手に取り、そこに書かれている名を静かに口にした。
「・・・クルスハルカ。 小学校6年生か。 どうだった? 感じのいい子か? 全身骨折と打撲で、相当世話が大変そうだが」
「大変とか、そんなことはないですよ。 ハルくんは、とても優しくていい子です」
「そうか。 じゃあ、当たりだな」
「当たり?」
この研究所は、たくさんのロボットが作られる場所である。 作る理由は、この世界に笑顔を届けるため。
人間から『ロボットを貸してほしい』という依頼を受け、その貸す期間とロボットの性格を踏まえた上で契約し、報酬を得ていた。
当然ロボットは、皆同じ性格などしていない。 荒い性格をしたものやおっとりしたもの、様々だった。 そして一番大事なのは、依頼してくる者。
その半分が、悠のように病気や怪我で一人では過ごせない人たちだった。 もう半分は、お年寄りや一人っ子で、遊び相手になってほしいというもの。
他にも特殊なケースの依頼もあるのだが、これらがほとんどの理由だった。 ちなみにリーナは出来上がったばかりの新人で、悠とは一年の契約を結んでいる。
だが当然このことは悠の両親しか知らなく、当の本人である悠には伝えていないのだが。
「あぁ。 中には、相手さんが気難しい方もいるみたいでね。 すぐに八つ当たりして暴力を振るってしまう子や、神経質な方、物凄く病んでいる方・・・」
「そう・・・なんですか」
「初めてのリーナには、いい子が当たってよかったね」
「はい」
男性の背中に向かって優しく微笑みながら頷くリーナ。 だがなかなかこの場から離れないリーナを見て違和感を感じたのか、やっと本題を切り出してくれた。
「何か、私に用かい?」
「・・・あの、博士」
「うん?」
ようやく手を休め、こちらを向いてくれた。 そんな彼に向かって、リーナは今日抱いた疑問を素直にぶつけてみる。
「・・・悲しい顔って、一体どんなものですか?」
「・・・どうしてそんなことを聞く」
「今日ハルくんに『お姉さん、悲しい顔してみてよ』って言われまして」
「・・・」
そう問うも何も返してこない博士に、リーナは言葉を続けた。
「悲しい。 その言葉は、心が痛んで泣けてくるような感情。 それって一体、どういう」
「リーナ」
「・・・?」
リーナの発言を遮るように、博士はその場に立ちこちらへ近付いてくる。 そして溜め息交じりで、小さな声でこう呟いた。
「そのような負の感情は、お前たちには必要ないんだ」
「負の感情・・・?」
「あぁ。 もしその悠くんとリーナが合わないようだったら、リーナから別のヤツに変える。 いいな」
「まだ私は頑張れます」
「だったら、そのようなことは考えないように」
そう言うと、博士は追い出すようにリーナをこの部屋から無理矢理突き出した。
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