友だちみんな宇宙人

かわせひろし

第1話 調査員

「蓮くんってさ、宇宙人みたいだよね。じゃなければ、どっかの国の秘密情報部員とか」


 そう言われて、佐藤蓮(さとう・れん)は声の主をふり返った。

 休み時間、子供たちがざわめく小学校の教室で、少女は口をとがらせ、窓際の机に腰かけて、足をぶらぶらとさせていた。後頭部で束ねたポニーテールも、そのはずみにふわふわとゆれる。くりんとした瞳にはいかにも不きげんな色がただよっている。

 蓮はその整った形のいい眉を、わずかにつり上げた。彼女が何かつかんでいるのかと思ったからだ。いつも表情を見せないその端正な顔に、よく知る者にしか気づけない、かすかな緊張が走る。

 正体を知られないよう細心の注意をはらって暮らしてきた。それが、組織が蓮に求めるおきてなのだ。ここで、この少女、潮見陽菜(しおみ・はるな)に気づかれたとしたら、おおごとだ。

 陽菜の顔をじっと見つめる。

 その視線にたえかねたか、陽菜は少し頬を染め、ついと目をそらす。

 蓮は十人が十人認める美少年だ。その反応も無理はない。だが、陽菜の口調はまだ不満気なままだった。

「何考えてるかわからないって言われない?」

 ここで蓮は合点がいった。これは例え話だ。

 この直前、土曜日に遊ぼうという陽菜の申し出を、にべもなく断ったのが不満なのだ。

 陽菜の家に子犬が来たという。それを見に来ないかとさそわれた。陽菜としては、当然蓮は来ると思っていたのだろう。蓮がそれまで、かなりの興味を見せていたからだ。

 ふだん口数の少ない友人が、根ほり葉ほりと聞いてきたので、そんなに興味があるならと気を回してさそったのに、むげにはねつけられれば腹も立つ。

 その様子を見て、蓮は考え直した。

 蓮がいろいろ質問したのは、動物を飼う人間の心理に興味があったから。断ったのは犬自体には興味がなかったから。自分にとっては合理的な行動なのだが、確かに他者から見て、この動機はわかりづらい。

 そこで蓮は陽菜に告げた。

「わかったよ。土曜日に見に行くよ」

「無理して来てくれなくても、別にいいよ?」

 陽菜はまだふくれたままだ。

「いや、陽菜がそこまで言うなら、よっぽどかわいいのかなと、興味がわいた」

 顔を背けていた陽菜は、横目でちらりと蓮をうかがう。

「……ほんとに?」

 蓮はきまじめな表情で(もっともいつもそんな顔なので、それほど変わらないのだが)こくりとうなずいた。

 その真意を探るように、陽菜は蓮を見つめていたが、やがて喜びの方が勝ったようだ。じわじわと顔をほころばせた。

「じゃあ、明日待ってるね!」

 満開になった笑顔とともに、ぴょんと机から降りると、蓮の手を取った。だがそこでまた、眉をひそめる。

「でもやっぱり蓮くん、何考えてるかわかりづらいよね。ほんとに宇宙人みたい」

 考えてみれば失礼な物言いなのだが、蓮は特におこる気はなかった。


 なぜなら本当のことだから。


 そう、佐藤蓮は本物の宇宙人なのだ。


 この惑星の公転周期で半周期分、つまり半年ほど前のこと。銀河連合の捜査官が乗った宇宙船が、犯人追跡中の損傷により、この星に墜落、遭難した。

 主要航路から大きく外れたこの星は、今まで訪れる人がなく、まったく未知の星だった。そこに思わず、文明が発見されたのである。

 銀河連合は、調査団を送ることにした。地球人に化けて、その中にまぎれ、その暮らしぶりや物の考え方、感じ方を調べるのだ。

 蓮はこの調査団のメンバーだ。年令は小学生とさほど変わらないが、地球人よりもずっと成長の早い種族なので、精神的にはずっと大人。トレーニングをきちんと終えた、文明調査のスペシャリストである。

 調査団は二つの目的を持っている。

 一つはこの文明の詳細を調べること。これは研究者の一団が当たっている。

 もう一つは、この星の連合加入を許可するかの調査。蓮の担当しているのはこちらだ。

 銀河連合に加入するためには、地球人類がそれにふさわしいレベルまで進化している必要がある。十分進化していれば、銀河連合の正メンバーとしてむかえ入れる。

 そうでなければ、保護観察対象として、この宇宙域を閉鎖する。辺境の未開文明の産物は、そのものめずらしさから高値で売れる。一番ひどいのは、その文明の幼体をペットとして売りはらうことだ。そんな者が現れないようにしなければいけない。そして、その文明が銀河連合に加入するに足るレベルに発達するまで、経過を見守りながらじっくりと待つ。

 そしてもし、この文明を構成する地球人が、本質的に邪悪な存在で、成長したあかつきには他文明に害をなす存在だと確認されたときには。

 予防的措置として、この文明を破壊し、地球人を全滅させることもありうる。

 蓮たちの調査は、それだけ重要なものだった。地球の運命の鍵をにぎっているのだ。

 そもそもまずその前に、この宇宙に多くの宇宙人がいて、銀河連合が存在しているということを、地球人に知らせるかどうかも問題だ。自分たちより上位の存在がいると無防備のままに知れば、パニックになって文明が崩壊することもありうる。

 調査を始めてすぐ、地球にはその懸念があると明らかになった。

 宇宙への進出が行われている最中で、宇宙文明の一員になる入り口に立っている。太陽系のみならず、そこから飛び出す太陽系外探査の計画も語られ始めているようだ。そうなれば必然的に、他文明との接触の機会も生まれることになる。

 ところが地球上の出来事に目を向けてみれば、まだまだ宇宙文明と呼ぶにはほど遠い。だいたい一つの文明として呼んでいいのかどうか。多くの国に分かれ、戦争が絶えず、おたがいにいがみ合っている。

 ここに宇宙文明の存在を知らせた場合、地球代表はだれがなるのかと交渉の主導権争いが起きて、全面戦争に発展しかねない。銀河連合を背後につけた国が、地球を支配することになるだろうからだ。

 さらに蓮には、地球人が合理的な判断が苦手なように見えるのが気になっていた。

 時間と空間を把握した思考が宇宙文明には必須だ。長期的視野と、全体を見通して成果を最大にする合理的思考が必要なのだ。目の前の感情と欲望が理性を上回るようでは、銀河連合の一員としてむかえられる資格はない。それではまだ、動物のレベルからぬけ切っていない。

 はたして宇宙文明の資格ありと認めるかどうか。蓮をふくめ、多くの文明観察調査員が、地球人にまぎれて暮らし、その判断のために観察を続けているところだった。

 目下の蓮の観察対象の一人である陽菜は、そんなこととはつゆ知らず、頬を上気させ満面の笑顔で話しかけてきた。

「ねえねえ、蓮くん、何時ぐらいに来る? 蓮くん、ウチ知ってたっけ? ちょっと待ってね、地図書くから」

 ついさっきまでへそを曲げていたくせに、そんなことはけろりと忘れてしまったようだ。

 まさに感情に左右されているクラスメイトの様子に、地球人の前途は多難だと、蓮は心の中でそっとため息をついた。

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