第20話

ライブ会場一時間前アリーナ会場内にて。


大勢の人間達が行き交う会場内を桐生時雨は歩いていた。

会場の中では大勢の人間で賑わい、また近くの物販には人だかりで溢れかえっていた。


アイドル星野リリの初のファーストライブ。


ここにいる人間は当然リリのファンであり、彼女のライブを聞きに来ている。

その圧倒的な人気を感じながらも同時に彼はこの光景を憐憫な目をして見ていた。

この会場内にいる人間達全員はもうすぐ死ぬと言うのに本当に呑気な光景だとさえ思えた。

自分達の命があと一時間後にはこの世から消え去る残酷な事実を、今この場にいる人間達はまだ知る由もない。


またそれに彼女は……自分の幼馴染は素手にこの世にはいない……。


彼女はもう自分がこの世界から消した。

殺した。

あの状況で生きているのは不可能だ。

生きているはずがないのだ。

それに彼女の遺体が見つかりにくいように敢えてあの場所を選んだ。

あの場所がもし見つかったとしても、最初はただの火事として扱われるだろう。

だが火事の鎮火作業を終えればリリの遺体に消防士、または警察から気付かれる事となる。

だが見つかるのは想定の範囲だ。

こちらはリリの遺体が発見される前までの時間さえ稼げればいいのだから……。


それにきっと彼女が見つかった時には全てが終わっているのだから────。


その時。

エレベーターの近くにいた一人の少女に目を止めた。

腰まで届く黒髪のロングヘアーに、白のフリフリの可愛らしいワンピースを着た5、6歳の少女だった。

幼いながら柔らかな雰囲気を持つ少女であり、また幼い頃のリリに何処か雰囲気が少し似ていた。

その少女を見、彼の中である考えが芽生え、

少女の方へと足を向けた。

誰もいないエレベーターの前でエレベーターを待つ少女に時雨は柔らかい声で少女へと話し掛けた。


「君もエレベーターを待っているの?お父さんとお母さんは?」


声を掛けられた少女は自分の隣に立つ時雨へと顔を向けた。少女は警戒心など無く、明るく無邪気な顔をして彼へと答えた。


「お父さんとお母さんはホールにいるよ。わたしは今から上の階にジュースを買いに行ってくるの。それからみんなで一緒にリリちゃんのライブ見るんだ」


「そっか」


時雨は少女へと薄く微笑む。

周囲の人間達は自分達に気にもとめずに行き通う。

時雨は肩に掛けていたショルダーバッグの中から一つのクマの縫いぐるみを取り出し、そしてそれを少女へと差し出した。


「これ、君にあげる。さっきゲーセンで取ったんだ」


「え!?いいの!?」


少女は瞳を輝かせながら時雨を見た。それに対して彼は優しく微笑んだ。


「ああ。俺が持っていても仕方ないし、それに君がリリちゃんみたいに可愛いからあげるよ」


「お兄ちゃん有難う」


満面の笑顔を向けながら少女は時雨の手からクマの縫いぐるみを嬉しそうに受け取る。

その顔を見、時雨は一瞬少女へと悲哀の目を向け、そしてすぐに穏やかな表情へと変えた。

その時。ちょうどタイミングがよくポーンと、軽い音が鳴ると同時にエレベーターの扉が開いた。

開いたドアの中へと入った少女は当然時雨もエレベーターに乗るものだとばかり思っていたようで、エレベーターに乗ろうとしない彼へと不思議そうな顔をしながら訪ねた。


「あれ?お兄ちゃん乗らないの?」


「うん。乗ろうと思ったけど、用事思い出したから乗らないよ」


「ふぅん。そうなんだ。お兄ちゃんクマちゃん有難う。用事早く終わるといいね」


「そうだね……。きっと早く終わるよ。またね」


「うん。またね」と、そう言葉を交わし、少女を乗せたエレベーターのドアが閉まった。


「きっと早く終わるよ……全てが、ね……」


そうポツリと呟き、彼はその場からゆっくりと歩き出した。

全てを終わらせる。その為に彼は歩みを進めたのだった。


***


悟はアリーナ会場の屋上のフロアにいた。

このだだっ広いこのフロアは他のフロアと比べて何も設置されておらず、だが同時に建物自体は白を基準とした造りになっていた為、何処か殺風景な印象を与えるフロアだった。

それに加えて基本このフロアは天井が全てシャッターで造られている為、操作一つで簡単に天井が開く使用になっていた。

普段は天井を使用しない場合、閉まっている事が殆どで屋上のフロアとして業者がたまに荷物置き場として活用していた。

だから基本人の出入りはあまりされていなかった。

悟はフロアの近くの通路に座り込み、縫いぐるみから発せられる秒針の音を聞きながら、先ほどと同じく縫いぐるみの背中からカッターで切れ目を入れ、縫いぐるみの中にある四角い正方形の小型爆弾を悟は慣れた手つきで取り出した。

それと、同時に音が鳴りやんだ。

彼が取り出したものは先程と全く同じようなタイプの爆弾に近いものだった。


「クソタレが……ホントに見境なしだな……」


悟は毒づき、吐き捨てるように憎々しげに呟いた。

もしあのまま少女から爆弾入りの縫いぐるみを取り上げていなければ、あと数十分後には大惨事となっていただろう。

それに犯人は会場に入る前に警察から荷物検査を受けていたはずだ。

警察の検査自体は厳重に、慎重にされていた。先程までこの会場内にクマの縫いぐるみの中に爆弾が仕込まれていた事は警察達全員に伝わっている。

当然この縫いぐるみも厳重に検査をされている筈だ。

なのにどう言う訳か、この縫いぐるみは検査を通過してしまっている。

それに犯人がどう言う意図でこの縫いぐるみをあの少女に渡したのか分からないが、あのままだと少女は間違えなく爆発に巻き込まれていた。

おそらく少女と一緒に来ていた家族ごと命を落とす結果となっていたのだろう。

少女達だけではない。

この会場全体を破壊する程の爆発の威力は無いとしても、大勢の人間が命を落とす危険性は少なからずとも拭えない。

それに自分の計画の為に小さな子供まで利用する。


きっと犯人はもう狂い始めている。


いや……狂っているかもしれない。リリを手に入れようとした瞬間から────。


そんな事を思いながら、悟は正方形の小型爆弾の蓋をカパッと取った。

小型爆弾の中から小さな制限爆弾のタイマーの赤、青の二つのコードがあった。

数時間前に解体した爆弾と僅かにコード自体は違うが、同じ爆弾だと理解し、内心彼は胸をなで下ろす。

現在の時刻は午後の16時50分。

残された時間は10分もある。これならば悟自身が持つデバイスを介して、桐島が持つ”逆性ウィルスチップ”を爆弾の中に流し込めば何とかなるかもしれない。

だが、この場合桐島を今からここに呼びつけたとしても間に合わない可能性がある。それ以外の残された道は警察の管理する機密データーベースから侵入し、ハッキングしたものが必要になる。だから手早く”情報データー”をすぐに送れる《道標の遺産》に所属している唯月に依頼を速球にする必要がある。

思案顔でそんな事を考えながら、彼は自分の近くに乱雑に置かれていた業者の工具箱の側にあるUSBケーブルを小型爆弾の後ろに差し込むと、自分のデバイスへと繋いだ。


その瞬間。悟は驚き、目を見開いた。


「!?」


ビーーーー。と、した電子音を発し、同時に縫いぐるみの胸のリボンに付いているブルーの小さなハートの石がチカチカと瞬き始めたのだ。

悟はその石に手を触れ、そして小型爆弾のタイマーへと目をやる。

そして悟は顔をしかめ、小さく舌打ちをした。

「クソッ、早まりやがった……」

見るとそこには16:00に設定されていたタイマーの時間が16:55秒……五分先も進んでいた。

おそらく設定された以外のパスワード、外部からの解析などを爆弾に入力されたら自動的に早まるような設定されているのだ。

もうこれではいくら”逆性ウィルスチップ”を爆弾の中に侵入させたとしても爆発を防ぐことは不可能だ。

仮にもし無理やり侵入させたとしても爆発をさらに早め、場合によってはすぐに爆弾してしまう危険性がある。


…………クソっ、どうする………


頭を巡らせ、思考をフル回転する。


きっと絶対に爆弾を止める方法があるはずだ。外部からのパスワード、解析が侵入したら自動的に設定された時間が早まるプログラムシステムになっているのであれば、逆に外部からのシステムを認識する場所がある。

それさえ分かればまだ爆弾を止められる術が残されているはずだ。

そう思い、悟は爆弾の中にあるタイマーと赤と青の二つのコードを指で軽く横へと押しながら爆弾の中を凝視する。

と、同時に、


「ん?」


彼はあるものに気づいた。

タイマーのすぐ側にある小さな箱には幾つもの細いコードが繋がれ絡み合い、そこからタイマーへとコードが繋がれていた。

そしてタイマーへと繋がれたコードは、ほんの微かに蒼白い光を定期的に瞬かせていた。

それは見落としてしまう程の弱々しい光であり、普通ならば見落としてしまっても不思議ではない程分かりにくい光だった。

それを見、悟は手にしていたブルーの石へと目をやる。

チカチカと光を瞬かせて、青色に輝かせる石は蒼白い光を放つコードの輝きと全く同じタイミングで光を放っていた。


(この石とコードそのもの自体が連動してやがる……)


小さな箱……爆弾の本体とも呼べるものと、縫いぐるみの胸に付いていたブルーの石が連動している事に気づいた悟は同時にある事に気づく。


これって……まさか典型的なパターンで赤と青のコードのどちらかを切ったら爆弾が止まるとか言うオチなんじゃぁねーだろうな……?


そう嫌な予感をヒシヒシと感じながらも悟はタイマーに繋がれた赤と青の二つのコードの先を見る。

二つのコードは爆弾の本体から伸びており、タイマーへと繋がっている。

つまり簡単に言えば彼の予想通り、赤と青のコードのどちらかを切れば爆弾は止まると言う事だった。


それは単純かつ、シンプルで簡単な方法のようだが、実際にはとても重く難しく、究極の選択とも言えた。


焦りが無意識に増す。


一気に緊張感が全身を駆け巡る。


額から冷たい玉汗が浮かび上がる。


そんな感覚を感じながら悟は乱暴に自分の頭をガリガリと掻き、心底忌々しそうに吐き捨てた。


「だ~~~もう、こんなのどしろってんだよ!!そもそも俺はこんなもん専門外なんだよ!」


悟は短い息を吐き出し、焦りを募らせる気持ちを落ち着かせる。


通信機で桐島へと助言を仰ぐべきか?いや、駄目だ。この通信機は梨乃としか繋がっていない。今から携帯で彼に連絡を取るとしても何秒かの時間ロスをしてしまう可能性がある。

それに彼は一般客に紛れ込んで、ホール内で張り込み中だ。そんな中で例え電話を掛けたとしても出ないだろう。

やはりここは自分で何とかするしかない。


赤と、青、どちらを切るのか……。


彼は思考を必死に巡らせるが、いくら巡らせても答えは全く出ない。

そもそも彼は天才的な推理を持つ少年と称されているが、推理と爆弾の解体の知識は全く異なるのだ。

それに彼には爆弾の知識は一般的な知識……それ以上の知識しか持ち合わせてはいない。

いくら考えても答えが出ないのならば、もうここは運任せにする事しかない。

悟は工具箱の中からペンチを取り、再び二つのコードを凝視する。

そして彼は息を吸い、吐き出した。

腹をくくり、意を決して、赤いコードへと手を掛ける。


胸の鼓動が自分でも分かるほど早鐘を打つのが分かる。


全身に緊張感が蝕む。


それを抗いながらも彼は手に掛けている赤いコードを切断した。


一瞬の静寂が彼を支配する。自分の息が詰まるのを感じた。

その静寂は彼にとってとてつもなく長く感じた。

それを打ち破るかのように、ビーーっとした電子音がその場に響き、同時にガチャとした音が彼の耳へと届いた。

タイマーへと目をやると16:00とセットされていたものが15:55のところで停止していた。

それを見て悟はその場に座り込み、項垂れると共に激しい脱力感を感じた。


「間一髪。ギリギリってとこだな……」


本当に運任せだった。

ギリギリのところで止められたが、もしあの時別のコードを切断していたら大きく自体は変わっていた。

それを考えたら自分は運が良かったのだと改めて思い知る。

そんな中彼は一瞬ある考えが浮かび上がった。


リリを拐い、死ぬはずである彼女に爆弾の情報を与えた。


彼女のライブ会場に爆弾を仕掛け、幼い少女に爆弾を渡した。


何の為に? どういう目的で?


「そうか。なるほど、執着質の高い奴の考え方そのものだな……」


悟は眉根を寄せ、若干呆れたように呟く。

そして彼はその場から立ち上がると、耳にしていた通信機の役割である超小型インカムの電源を入れた。

そして彼はインカムの向こう側にいる、


「梨乃、作戦を変更する。作戦は……………」


梨乃へと真剣を帯びた声音で告げたのだった。

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