第18話
会議室の中で長机にアリーナ会場の全体の見取り図を、一人の若い茶髪で短髪の刑事……桐島は広げた。
彼を初めとして彼の右側から悟、梨乃、中年の刑事達が4人の刑事達がテーブルを囲むように会場の見取り図へと視線を落としていた。
この場には先程までいたライブ関係者、スタッフ達は既にいなくなっており、彼ら警察と悟達のみだけがその場にいた。
あの後、ライブ関係者の全体責任者である高杉からライブ開催の承諾を受け、悟達は会場内に仕掛けられている爆弾を撤去する為の作戦会議をこの室内でしていたのだった。
そんな中、好青年を思わせるような顔をした霧島(きりしま)は真剣な表情で会場内の説明をし始めた。
「まず、このアリーナ会場内は全部で6フロア存在します。今回ライブ会場となるフロアがアリーナホール会場となり、1、2階の全フロアを使用とした場所で、観客達3000人が収容出来ます。その3階から6階までの会場が飲食店、娯楽施設、様々なものが取り扱っています」
桐島は見取り図に載っている6階から3階のフロアを指で下へとなぞる様に動かす。
「爆弾が仕掛けられているとしても、この6階から3階までのフロアは仕掛けられてはいない。何故ならばこのフロアに仕掛けても意味が無いからです。ライブをぶち壊すつもりならば1、2階のアリーナホール会場のみに仕掛ける筈です。アリーナホールを潰せば自然に観客達は逃げ場を失うと同時に、この1、2階のホールはアリーナ会場全体を支えている中心となる柱が数十本あります。それを爆破してしまえば、この会場は一気に崩れてしまう危険性があります。さらに、」
桐島は一度言葉を切り、そして言葉を続けた。
「これだけの数の爆弾を設置するのは一人では難しすぎる。スタッフの中に不審な人物、内部犯がいる危険性があります。あと星野リリを直接狙う犯行の危険性がある場合がありますので、彼女宛の差し入れ、プレゼント類の確認、偽造した持ち物の中に爆弾を持ち込むケースもあるので、そちらも重点的に確認を行う必要性があります」
「そうだな。桐島の言うとおり6階から3階まで、わざわざ仕掛けんだろう。1階にある会場の中心となる柱さえ爆破してしまえば、自然に上の階にも影響し、逃げ出す前に潰れてしまう。それにこの会場全体のフロアに仕掛けるとなると、犯人にはかなり不利になる筈だ。もし内部犯がいるとしたら仕掛けている最中に、警察に見つかりでもすれば終わりだからな」
桐島の言葉に同意するかのように、一人の40代のベテランの刑事は眉間にシワを寄せながら、見取り図を凝視し、考えるような口ぶりで言った。
それに対して霧島は短く頷く。
「そうです。だからこのアリーナホールを重点的に爆弾の捜索をし、念のために会場の全フロアに一般人に気づかれないように警備員を配置し、またライブ中の星野リリの警護の方も強める必要があるかと思います」
「あのさ、悪ぃんだけどアリーナホールを重点的に調べたって、せいぜい爆弾が2、3個しか出てこねーと思うぞ」
桐島の台詞に水を指すように、悟は短い息を吐きながら呆れたように言った。その目は、お前ら馬鹿じゃぁねーのと、言いたげな視線で。
その目と言葉を聞き、桐島はピクリと眉を動かし、僅かに不愉快そうな視線を悟へと向けた。
元々桐島自身は種原悟を良くは思ってはいなかった。彼は自称天才高校生探偵だと言って、毎回のように警察の事件に首を突っ込んでいる。
しかもタチが悪い事に、彼の類希ない推理力でどんな難事件も解決に導き、その手柄は全て警察に渡していた。
いわゆる影の頭脳(プレーン)と言う存在。
普通ならば警察として例え高校生と言えど即戦力として欲しい人材であり、幼なじみの力とは言え、警察の人材をある程度自由に動かせる。その為警察の上層部達は、彼の能力を買っている節があると噂をされてはいるが、桐島自身はあまり面白くはなかった。
彼を嫌っているのでは無い。
彼を頼っている警察自身に対して嫌気が指しているからだ。
「そんな訳無いだろ!?犯人の目的が会場全体の爆破なら、このフロアの中心となる柱を爆破する事が一番確実だろう。それにまたお前は毎度、毎度警察の事件に首を突っ込むなとあれほど言ってるだろが!!」
そう、桐島は悟へと強い口調で怒鳴った。
その瞬間、
「わたしの悟に何か文句でもあるのかしら……ねぇ、霧島さん?」
絶対零度の空気を纏った梨乃は桐島へと顔を向け、言った。顔は笑顔だが目が全然笑ってない。
……お前殺すぞ……
そう彼女の目が物語っていた。それに対して桐島は強い恐怖と圧力に押しつぶされそうに、
「イエナニもナイです……」
と、答えるほかかなった。
そんな光景を無視し、頭をポリポリと掻きながら悟は何処か面倒くさそうに、
「あー……説明するとだな……」
そう言い、見取り図の近くにある赤色のペンを手に取った。
「まずはこのアリーナホールの数十本となるうちの左右の端にある柱、ここに爆弾を仕掛ける」
悟はアリーナホールの中心となる数十本のうちの柱の一番端の右と、左の柱へとバツ印を付けていく。
「そして3階の右奥の柱、それに続き5階の左奥の柱に設置し、」
3階の右、5階の左の端の柱にバツ印を付けた後、彼は6階のフロアの右端と左の柱へとバツ印を付ける。
「さらに6階の奥の右端と左端の柱に仕掛ける。そうする事で会場全体を最小限の爆弾によって簡単に爆破する事が可能となる。この3階から6階に掛けて飲食店を始め、娯楽施設が並んでいる。もし上の階で一個の爆弾が爆発した場合、火力を扱う店はこの会場内に必要以上に多い。その為仕掛けた爆弾に簡単に連動し、爆弾すると言う仕組みになってるんだよ」
「…………」
「だからそんなに大量の爆弾を仕掛ける必要も無いし、内部犯……つまり協力者を用意する必要は無い。それに向こうも分かってる筈だと思うぜ。アリーナホールの中心部となる柱に爆弾を仕掛けるのがバレるかもしれないって事ぐらい。それにこのアリーナホールの中心部の柱の何処かに一つぐらいカモフラージュで仕掛けているんじゃないのか?左右の爆弾を隠す為だけに。もしくはこの左右の二本の柱しか無い可能性もあるけどな」
「しかし種原のボウズお前何故、内部犯がいないとはっきりと断定できるんだ?」
ベテランの刑事の隣にいた、白髪に強面の顔をした中年の刑事の鷲尾(わしお)はそう怪訝そうな顔で悟へと疑問をぶつける。
以前から鷲尾と悟は何度も同じ事件に関わり、また彼は昔梨乃の父親と元同僚だった時期があった。その為悟と彼は面識があり、気楽に口を聞ける間柄とも言えた。
そんな鷲尾へと悟は当然のように、キッパリとした口調で答えた。
「ああ。だって本人が星野リリにそう言ったらしいぜ」
「「「「は?」」」」
暫しの沈黙。
そして梨乃以外の全員が大きくどよめいた。
「種原のボウズ、お前犯人もう分かってんのか!?」
「お前はそれを何でもっと早くに言わないんだ!!だったら、そいつを早く確保した方が早いんじゃないのか?」
「まぁ落ち着けよお二人さん。言わなかったのは意味がないからだよ」
「意味がない……?」
しれっと言う悟の言葉に桐島は眉をひそめた。それを見、悟は再び口を動かす。
「そうだよ。まだ証拠も揃ってないしな。それに、もしここで先に犯人を確保し、爆弾を処理したとしても再び星野リリを狙ってくる可能性は非常に高いだろう。あの手の奴ってかなりしつこいし粘着質が高いからな。それにもし、下手に刺激をしたらどうなると思う?最悪、犯人自身が自殺を図る危険性だってあるぞ」
悟は一度言葉を切り、スッと目を細め、冷たい瞳でその場にいた刑事達へと視線を向けた。
そして。
「警察としては、犯人の”自殺”ってもんは絶対に避けたいものだろう?警察の”汚点”になるかもしれない事だもんな」
その言葉に刑事達はそれぞれ顔を一瞬曇らせ、言葉を詰まらせた。
”犯人の自殺”と言うものは警察全体がもっとも恐れているものだった。
数年前までは”犯人の自殺”とは、 自ら命を絶つ行為であり、警察自体には何かしらの影響はなかった。
あるとしても世間からのバッシング、誹謗中傷ぐらいだった。
だがここ数年後に法律規制が変わり、警察は犯人を必要以上に追い詰め、過激な取り調べをし、犯人を自殺へと追い込む事が禁止された。
それは数年前、警察内で起きた容疑者の自殺の事件が大きく関わっていた。
それ以来法律規制法が変わり、容疑者、または犯人の自殺と言うものは警察の信用に大きく関わるものだった。
それは絶対に何があっても避けなければならないもの。
警察の一身に関わるものと言っても過言ではなかった。
図星を指された彼らを一瞬見やり、悟はいつものような気楽な口調へと変えた。
「まっ、だからさ。会場の爆弾をさっさと撤去して、のこのことこのライブ会場に来る犯人を捕まえれば良いんだよ。要は簡単な話なんだよ。星野リリが廃工場で襲われ、火事になったと言う報道はまだ流れていない。犯人はおそらく廃工場での火事の件をネットか何かでチェックをし、そして自分の計画を進めようとする筈だ」
「人気が無い廃工場で星野リリを焼き殺そうとしたのは……まさか、彼女の遺体発見を少しでも遅らす為なのか!?自分の計画を遂行する為に」
鷲尾はハッとし、そう口にする。
その言葉に悟はニッとした表情を浮かべた。
「まぁ、そーゆう事だよ。だからここは予定通り犯人の計画に乗ってやるってのが一番の最善策って言えんだよ。じゃぁ、取り敢えず早速このメンツで手分けして爆弾を探すとすっか」
***
6階。
悟と桐島の二人は6階の通路を歩いていた。
周囲には数店舗の飲食店と、映画館があり、さらにその奥には広い広場となっていた。
そこは休憩所の変わりとなっており、またミニコンサートなどにも使われている場所だった。
まだ11時前で会場が開いてない為、辺りは人気はなく、静かだった。
そんな中桐島はうんざりとしながらボソッと呟いた。
「何で俺がお前と一緒なんだよ……」
「仕方ねーじゃん。俺が指名したんだもん」
「指名って……キャバクラじゃぁねーんだぞ」
「だって桐島さん危険物処理の資格持ってんじゃん。誰と組むかって言われたら当然こっちを選ぶだろ?」
ズボンのポケットに手を突っ込みながら軽口を叩き、当然のような口調で言った。
あの後、他の刑事達はアリーナホールを捜索での捜索に回り、3階には梨乃、鷲尾の二人、5階はベテランの刑事達、6階に悟と桐島達が捜索をしていたのだった。
それぞれ爆弾を見つけ次第無線で連絡を取り合い、すぐに爆弾を解体する為に各階に爆弾処理班が刑事達と行動を共にしていた。
だが悟達は別で、危険物の資格を持つ桐島がいる為爆弾処理班は彼らには付いてはいなかった。
「しかし、お前が言うようにこの階に本当に爆弾が仕掛けられているのか?」
「ああ。間違えなくな。それに俺が推理を外した事って今まであるか?」
自信あり気に桐島の方をチラッと視線を向け、悟はそう言った。
その言葉に桐島は一瞬うっと言葉に詰まり、そして忌々しそうな顔をしながら、認めるかのように答えた。
「……ないな。忌々しいが……」
「まっ、そう言う事だよ。だからちゃっちゃと見つけて、とっとと終わらせようぜ」
そんな会話をしながら歩みを進めていくうちに二人は目的の場所へとたどり着いた。
二人の目の前には大きな柱が立っていた。
それはこの会場内を支える中心部の柱。
さらにこの柱から4、5メートル先の左の方に中心部の柱が立っていた。
悟は目の前の柱を見上げると共にあるものを見つけた。
「あれか……」
そのあるものとは、柱の上に飾られている沢山の小さな青と水色をしたバルーン。その真ん中には小さな白のクマの縫いぐるみがあり、全体にリボンで可愛らしく飾られていた。
リリのライブに合わせて会場全体を飾っているのだろう。
おそらくあの中に爆弾が仕掛けられている。
そう確信した悟は、その場でジャケットを脱ぎ捨て、柱へと手をつき、そして登った。
あまりにも突然な悟の行動に桐島はぎょっとした顔をしながら、桐島は悟へと叫ぶように強く言い放った。
「種原!お前何やってんだ!?」
「何って、爆弾取ろうとしてんだけど」
一度降りろ!そんな危険な事、民間人にさせられるか!?と、そう桐島は叫ぼうとした時、悟はいつの間にかバルーンが飾られている場所へと到達し、青色のハートの形をしたバルーンを片手で無理やり2個取り、桐島の方へと投げた。
「桐島さんパス!」
悟から宙に投げられたハートのバルーンを慌てて二つ床に落とさず、桐島は必死でキャッチした。
手に持つ感触だけでも分かるように異様に軽く感じる。この中に爆弾が入っているようにはとても感じられなかった。
僅かな疑問と疑念を感じながらも桐島はそれを床へとそっと置いた。
そして悟の方へと顔を向けた瞬間、桐島の方へとクマの縫いぐるみが目の前に迫り、それを彼は慌てて再び受け止めようとしたが、間に合わず床へと落下する。
が、桐島は床へとズザァァと、身体を転がすように手を必死に伸ばし、何とか縫いぐるみを掴むことに成功した。
「おお、ナイスキャッチ!さすが桐島さんだな」
いつの間にか柱から降りた悟は桐島の元へと歩みを進めながら、感心したように言った。
「お前いきなり投げんな!危ねーだろ!俺を殺す気か!?」
激しく悟に突っ込む桐島に悟は苦笑しながら答えた。
「悪ぃ、悪ぃ。でも桐島さんなら受け止めてくれると思って信じて俺投げたんだ」
「で?本音は?」
「爆弾本格的にはまだ起動してねーし、そんなに強い衝撃受けねーから大丈夫だろうと思って」
「…………」
「…………」
暫しの沈黙。
そして桐島は諦めたように溜息を吐き、悟へと訪ねた。
「取り敢えず、この中に爆弾があるんだな?」
そう問い掛けられた悟は近くにあったハートのバルーンを一つ手に取った。
「ああ。今アンタが手にもっている奴の中にあると思うぜ。重さが違ってたしな。それとこれは多分付属のものだろう」
「付属?そのバルーンがか?」
桐島は悟の台詞に怪訝そうな顔をしながら言った。
彼の言っている意味が理解出来ない。
そんな表情を浮かべる桐島に悟は再び口を開いた。
「付属と言っても中に爆弾が入っている訳じゃない。中には紙吹雪と粉が入っているんだ。少量の粉がな。さて質問だが、爆弾の近くに粉入りのバルーンが2つ置かれていた。爆発するとどうなる?」
「少量の粉が分けて置かれていたって事は…………まさか粉塵爆発を狙っていたと言う事か……」
桐島の言葉に悟はニッとした表情を浮かべた。
「正解。そう粉塵爆発だ。犯人は爆弾を爆破したその直後、二つのバルーンを使い粉塵爆発を誘発するような仕掛けにしたんだろう。そうなると小さな爆弾……例えばプラスチック爆弾でも火力的には何の問題もない筈だ」
桐島は自分が手にしていたクマの縫いぐるみの後ろから、何処からともなく取り出したカッターを差し込み、破いた。
白い綿の中へと指を入れた瞬間、何か硬い物へと当たった感触がし、取り出してみると小さな正方形の形をした黒い小型爆弾が出て来た。
桐島は内心驚きを隠せなかった。
まさか悟が言っていたように小型爆弾が出て来るとは思わなかったのだった。
それは、まるで見てきたかのような推理力と的確な判断力。何一つ無駄が無いもの。
確かに上の連中が彼を欲しがる理由が頷けるのも分かる気がする。
桐島はそう感じ、だが同時にその思考を振り払って、爆弾解体用の道具をすぐ様取り出し、解体の方へと取り掛かる。
桐島は黒色の正方形の小型爆弾の蓋を開けた。 蓋を開けると中からは制限爆弾のタイマーと、赤、黄、黒の三つのコードがあった。
制限爆弾のタイマーは、まだ起動してはいないが、時間は午後の15時50分にセットされており、その時間に起動するように仕組まれていた。
おそらくタイマーを15時50にセットし、その10分後の星野リリのライブ開始時間に合わせて、起爆するような仕組みになっているのだろう。
そう思い、桐島は小型爆弾の小さな差し込み口へとPCの細いコードみたいなものを差し込み、鞄の中から小さなノートPCを取り出すと、それをPCへと繋げた。
基本爆弾というものはPCへと簡単に繋げられず、況してやその爆弾を解説すると言うものは極めて不可能だ。
だが今の時代科学は昔に比べより進歩しており、爆弾の解析などは不可能としても、爆弾の種類にもよるがPCでの爆弾の起爆を数値、文字、コードなどを解析に似た手順で打ち込む事に寄ってリセット、または無効化する事が可能となっていた。
桐島はノートPCを起動させ、画面に表示されている幾つもの数字が羅列されているコードの下の小さな画面に打ち込んでいく。
コードの文字が素早く変わる中で、桐島は真剣な表情をしながらキーボードの上で指を踊らせる。
そして入力を終えた彼はエンターキーを押した。
するとその直後、画面に幾つものエラー表示と共にビービーと、けたたましい警告音を鳴らした。
「ちっ……やっぱ駄目か……」
桐島は小さく眉をひそめると共に舌打ちをし、鞄の中から銀色のパスケースを取り出した。
そして彼はその中に入っている小さなSDチップを取ると、それをPCの中へと差し込んだ。
「それは?」
疑問を口にする悟に桐島は画面へと目を向けたまま答える。
「こいつは”逆性ウィルスチップ”と言って、爆弾の設定、性能、プログラムデーター自体を破壊する事が出来るんだ。つまり爆弾専用のウィルスって訳だ」
「そんなの今まで聞いたことねーぞ。それって世間に公表してないって事は警察が独自に開発したものだよな?」
「ああ、そうだ。こんなのが世に知れてしまうと、中には対抗処置を取ろうとする犯罪者がいるからな。だから秘密裏に独自に開発をしたんだ。いいか、口外するなよ。絶対にすんなよ」
悟の方へと振り返り、念を押す桐島に悟は「良いから早くやれよ」と突っ込みながら桐島を促す。
多少の不満を感じながらも彼は気を取り直し、再び小さな画面へとコードを入力していく。そして画面の下に細長い真っ赤な赤いバーが表示され、それが10%、30%と数字が上がると同時に赤から青へと変わっていく。
それは”逆性ウィルスチップ”のインストールの表示だった。
ものの数秒も掛からないうちにそれは直ぐに赤色のバーに変化したと共に完了とした文字が出ていた。
そして、ピーッと長い電子音を発した後、カチャとした軽い音が桐島の耳へと届いた。
画面を見たら制限爆弾のタイマーが00000に表示されていた。
これでコードを切れば、爆弾の処理は完了だ。
それを見、コードを切れば再度起動する心配はないだろう。そう判断した悟は桐島へと、
「俺はあっちの方を取って来るから、後は頼んだ」
と、そう告げるともう一つの左側にある柱へと足を向けた。
その場にたどり着くと、悟は先ほどと同じように柱に登り、二つのバルーンと白のクマの縫いぐるみを手にすると、その場に再び降りた。
そして彼は腕の中に抱えていたバルーンとクマの縫いぐるみをそっと床へと置き、真剣な表情で顎に指を当てながら思考を巡らせた。
犯人は最初リリの周囲の人間を狙っていた。
それはリリにアイドルを辞めさせる目的の為だった。
自分の為で周囲の人間が命の危険が生じるとなれば、きっと彼女はアイドルを辞めると計算しての事だった。
だが犯人は同じような犯行を、この会場内で起こそうとしている。
星野リリがライブ前に死んだのならば、わざわざライブ開始同時にこの会場内を爆発する必要は無い。
彼女の居場所を無くしたいだけならば、あの廃工場内で彼女を殺した後、すぐに会場を破壊すれば良かっただけの話だ。
それを犯人はやらなかった。
何の為にだ……?
それに犯人は必要以上にリリの遺体発見を遅らせようとした。それに加えて、犯人は必要以上にリリに執着を示していた。
……ん?……待てよ。犯人の目的がリリだけを手に入れるだけじゃなく、他に何か目的があるとしたら……
自分の頭の中で、点と点が一本の繋がり一本の線となった感覚がした。
そして彼はふっと赤いバルーンへと目を向けると同時に、何かに気づきそれを手に取った。
悟は手にしたバルーンを凝視し、あるものに気づいた。
それは小さな血痕だった。
バルーンの表面に、5ミリ程度の小さな赤い点のような血痕が付着しており、さらに柱のすぐ傍には僅かな白い粉が落ちていた。
悟はその粉へと近づき、その場にしゃがむと、その粉を指でなぞり、そして舐めた。
それは小麦粉だった。
そして彼は手にしたバルーンを再び見た。
するとバルーンの下の方の端には、僅かながら白い粉が付いていた。
きっとこのバルーンの中身が僅かに溢れたのだ。
そう思い、感じながら悟は近くを歩いていた帽子を被った中年の男性スタッフへと、声を掛けた。
「おっさん、あの柱に付いているバルーンの飾りだけど、アレってライブ関係者のスタッフ達が設置しているのか?」
そう訪ねる悟に、見るからに人当たりが良さそうな男性スタッフは軽く笑いながら答える。
「いいや。あれはこの会場のスタッフが設置しているんだよ。ライブ当日関係者スタッフ達だけじゃぁとても手が回らないからな。だから、ライブ関係者から依頼を受けて飾りだけを設置する場合があるんだよ」
「そうなんですか。じゃぁ会場のスタッフって、結構大変なんだな。色々やる事があって……」
「そうなんだよ。そんなに仕事が入ってない日でも、あとから急に仕事の追加が来たりするからな……っと、そろそろ行かねぇと、じゃぁな。兄ちゃんもバイト頑張れよ」
そう言いながら男性スタッフはその場を後にする。その背に悟は「おっさん、ありがとな」と、そう声を掛けると、男性スタッフは振り向きもせず、軽く片手を上げた。
それを見、悟は再び柱の方へと向き直り、視線を向けた。
先程男性スタッフが言っていた話によると、ライブ関係者がこの飾りを設置するのは無理だと言っていた。
なら、考えられるとしたら会場スタッフに紛れ込んで爆弾を設置するか、もしくは設置される爆弾を飾りに見立ててスタッフに設置させる方法しかない。
まず、後者は無理だろう。
爆弾を偽装した飾りを、他人に設置させると爆破の手順が変わり、失敗する可能性が非常に高い。
だから間違えなく前者だ。犯人は会場のスタッフ、もしくはバイトに紛れ込んで設置したに違えない。
この会場内に入る事は誰でも可能な筈だ。
会場内のスタッフ、もしくは学生のバイトだと伝えれば良いだけの事だ。
実際、先程の男性スタッフは悟の事をバイトに来ていた学生に間違えていた。
会場自体がまだ開いていない時間帯に、学生が会場内に、しかも娯楽施設のフロアにいたら誰だって学生のバイトに間違えられるだろう。
きっと先程の彼も同じようだったに違えない。
そうなると犯人は会場のスタッフの中に紛れ込み、爆弾を仕掛けた。だが、爆弾に偽装した飾りを柱に設置する時に何かの拍子で指を切り、その時にバルーンへと血が付着した。
バルーンの色が真っ赤な赤色だったため、犯人はそれに気づかなかった。
と、………そうなると、バルーンに僅かな小さな穴が空き、その中から小麦粉が漏れ、柱の下へと落ちた事になる。
そう考え、悟は手にしていたバルーンを凝視した。
するとバルーンの下の方に、粉が付着している方とは反対の方に1ミリ程度の穴が空いていた。
その時。
「おい、種原こっちは終わったぞ」
そう言いながら悟の方へと向かってくる桐島へと悟は振り返り、そして彼は桐島へと向かって不敵な顔をしながら、こう告げた。
「りょーかい!こっちは良いもん見つけたぜ。犯人の証拠と言う名のお宝をな」
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