第17話
「たいした人気だそうではないか」
晩餐の席、タラールは酒盃を傾けながら笑みを浮かべて話しかける。今まで見せていたどこか憮然とした顔とは違い、温和な表情を浮かべている。
「おまえのご尊顔を配し奉りたいと陳情も多数来ているようだ。どうだ、凱旋行進でもやってみるか?」
「ええぇ?」
その言葉に可彦は顔をしかめる。
「ドウシタ?」
顔をしかめる可彦をバルゥが不思議そうに眺める。
きれいに整えられた波打つ金髪の上に羽飾りのついた赤い舟形帽を被っている。金色の化粧ボタンのついた立ち襟のスペンサーを身につけ、首もとには金色の刺繍の入ったスカーフを巻き、すらりとしたスラックスに膝下まである革の長靴を履いている。
麗人とまでは行かないが、なかなかに様になった男装だ。猫背とがに股は相変わらずだが。
そして手には肉を山盛りに持った皿を持ち、もう片方の手にもつフォークで刺しながら平らげていく。ここもいつも通りだ。
馬子にも衣装。そんな言葉が可彦の頭をよぎったが、口に出すことは無い。そもそも人のことをいえたものでもない。
可彦は肌触りの良いシャツの上から金色の肩章のついた軍服調の上着を羽織り、バルゥ同様細めのスラックスに長靴という姿だ。皆がみな着飾っている晩餐の場だから良いようなものの、普段なら絶対浮いている。いや、この場でもあまり様になっているとはいえないかもしれない。
「行進……パレードってあまり好きじゃないんだ」
料理を食べながら可彦を見上げるバルゥに可彦は少し顔をゆがめてそう答えた。
あのときの熱狂的な民衆を思い出す。
今思うとあの中には、きっと可彦がどうなる運命なのか知っているものもいたのだ。
特に歳を取った人たちに祈るようなしぐさをする人が多かったのを思い出す。あれはきっと、前の勇者がどうなったか覚えていた人たちだ。
「私はあまり目立ちたくないわ」
「そうですね、わたしもあまり目立つのは好みません」
ミランダとネフリティスが近づいてくる。
そういうふたりは、あきらかに目立っていた。
ふたりの格好は可彦のように浮いているのではなく、晩餐の中に自然に溶け込んで、それでなお目立っていた。
ミランダは詰襟の身体に密着したワンピースのドレスを着ていた。黒地に銀色の刺繍を施された生地は艶やかで、長い丈のスカートの片側には腰まで伸びるスリットが大胆に切り込まれ、そこから毛並みの整えられた引き締まった足が露になっていた。
手には細長いグラスを持ち、グラスの中は細やかな気泡の浮かぶ薄い金色の液体に満たされている。
ネフリティスの方は見慣れた格好をしていた。
紫色の背中の大きく開いたドレス風の服。ただその生地はミランダの衣服同様艶やかな光沢があり、滑らかに輝いている。そして胸元と両手首は黄金に縁取られ、虹色や真紅、深緑に輝く宝石が散りばめられた装飾品に彩られている。
スレンダーで引き締まったミランダと大柄でボリュームのあるネフリティス。それぞれの個性が着飾った衣装にも負けず、それぞれに光っている。
「似合う?」
ミランダがグラスを傾けながら可彦に笑いかける。
可彦は答えるように頷くと、口を滑らせた。
「意外だ……あ」
「うふ」
「や、えっと、いつもの格好からはそんな女性らしい服装は想像できなくて」
「こういう場に紛れ込む仕事もあるのよ」
紛れ込んでどんな仕事をするのか、とはさすがに聞かなかった。
「良クソンナ格好スルナ」
「バルゥも可愛かったのに」
「ヤメテクレ!」
バルゥが叫び声を上げる。
実はバルゥには別の服が用意されていた。
黒と白を基調にした、重厚でどこか廃頽的なフレアスカートのドレスだった。
袖や裾には白いレースがあしらわれ、肩の部分はふっくらとしたふくらみを持ち、頭を飾る小さなシルクハットまで用意されていた。
バルゥは嫌がりながらも試しに着てみたのだが、その姿を鏡で見るとしばし唖然となって、その後は耳をまっすぐ突き立てて、慌てたように脱ぎだすと着ることを拒否した。
可彦はその様子に首をかしげた。
正直なところ似合っていると思ったのだ。
悪い姿勢はコルセットで引き伸ばされ、がに股もスカートの下に隠れてしまう。
金髪は黒いドレスに良く映えていたし、頭にリボンでとりつけたシルクハットも悪くなかった。
ちょっと変ったお人形。そんな印象を可彦は受けた。
しかしバルゥは断固として着ることを拒絶し、結局今の服装に落ち着いたのだ。
バルゥに言わせるとコルセットがきつくて食べ物が食べられないからということなのだが、後から取ってつけた感は否めなかった。
「可愛かったのに」
「可愛かったのに」
「ウルサイ!」
はやし立てるネフリティスとミランダに対しバルゥは耳を突き立てて唸る。
「それで凱旋行進の日取りだが」
「いやいやいや! やりませんよ! 聞いてなかったんですか!」
「好きでないとは聞いたが、やらないとは聞いてないな」
「……やりません」
「やればいいじゃないですか。おひとりで」
「そうね、ベクヒコひとりでならいいとおもうわ」
「ダナ」
「勝手なこと言わないでよ!」
悲鳴を上げる可彦。
「まぁ嫌なのであれば無理にすることもない」
タラールの言葉に可彦は胸をなでおろす。
「意外ですね」
ネフリティスがタラールに笑いかけた。
「なにがだ」
「自分の評判を上げるために無理強いするかと思いました」
「無論、利用すべきときは利用させてもらう。今はまだそう急ぐ時ではないというだけの話だ」
それからタラールはネフリティスを見つめ口元をゆがめ、小さく付け加えた。
「なぁ、オークの姫君」
その言葉にネフリティスは小さく肩をすくませる。可彦はタラールを見る。ミランダとバルゥは顔を見合わせるが追及はしなかった。
「ネフリティスの素性を知っているの?」
思わず聞いてしまった可彦にタラールは笑う。
「この大砂漠である程度の地位に居るならば、知らぬ方がおかしい」
再び肩を小さくすくませるネフリティス。
「まぁ小難しい話は今宵は抜きだ。存分に飲んで食べて、楽しんでくれ」
そういうとタラールは杯を掲げた。居並ぶ人々も賛美の声を上げて杯を掲げる。その中心にいるのは可彦。そしてネフリティス、バルゥ、ミランダ。
可彦も杯を掲げると、賛美の声は歓声に変り、歓声は陽気な喧騒となって晩餐を華やかに飾り続けた。
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