第7話
そこは街中でもさらに活気にあふれていた。
ただ街中の、動きの激しい喧騒にも似た活気とは違い、喧騒には違いないがどこかゆったりとした和やかな活気だった。
建物の大きな入り口をくぐるとそこには雑多な人が溢れている。何かを飲み、何かを食べ、談笑にふけり、思い思いに過ごしている。ただ共通するのは皆が皆、ゆったりと寛いでいるということだった。無論その寛ぐ人たちの間を行き交う、給仕のような人物も見えるが、こちらもやはりどこかゆったりとした印象だ。
「これに着替えてください」
番台で支払いをしていたネフリティスが白い布とサンダルを可彦に渡す。ミランダもバルゥも同じものを受け取っていた。
「あと今着ているものはこれに。いい機会なので洗濯を頼みました」
そういうネフリティスの手には籠が持たれている。
「なんとなく予想はしてるけどさ」
可彦は周りを見渡しながらネフリティスに確認する。
「やっぱり混浴?」
「混浴?」
可彦の言葉にネフリティスが逆に問いかけてきた。
「何を混ぜるんです?」
「ごめん。なんでもない」
男も女も、皆そこで着替えている。渡された白い布は腰布だ。女性も同じような布をつけているが、こちらは大きく胸も覆う様になっているようだ。足にはサンダルを履いている。
郷に入れば郷に従え。そんな言葉を思い出しながら可彦は服を脱ぎ、腰布を巻くとサンダルを履く。洗い物は言われた通り籠へ。その他の荷物は棚に置く。盗まれやしないかと少し心配になったがネフリティスが言うには問題ないということだった。
「ここは治安が良いですから」
そういって奥へと進むネフリティス。その後ろ姿に可彦は釘付けになる。身体に密着しているのもさることながら、背後は完全に無防備。はっきりといえば丸見えの状態だった。
裸エプロン。
そんな言葉が可彦の頭をよぎる。女性の裸はこの世界に来てから何度も目にしているし、ネフリティスの裸も何度も見ているわけだが、全裸を見るよりも何か艶めかしく感じる。
「なにしてるの?」
「うわ!」
「? ヘンナヤツダナ」
ミランダの声に声を上げてしまう可彦。その様子を不審げに見ながらミランダとバルゥも奥に進んでいく。無論二人も裸エプロン状態。オアシスではあれだけ裸になるを渋ったバルゥも素直に着替えている。浴場はこういうものという認識があるのかもしれない。とにかく可彦も平然を装ってそのあとを追う。
奥には浴場に向かうのだろう大きな入り口がある。その中は少し薄暗く、後を追って足をふみいれると段差があり、数段下に下がっている。肌に貼りつくような熱気が湧き上がってくるのが分かる。
浴場に入ると全身から汗がじんわりと浮き出してくる。
あたり一面が薄白く霞んでいる。靄の中にいるような状態。靄と違うのはそれが湯気だということだ。熱いというほどではないが、その生暖かい湿気は身体の内側から疲れを押しでしていくように感じられた。
中央に大きな浴槽のようなものが見えるが誰も入っていない。皆がそこから桶でくみ上げて使っているところを見ると身体を入れるところではないようだ。
可彦は周りの様子でなんとなく把握した。浴場といっても自分知る銭湯のようなものではなくて、きっとサウナのようなものだ。
「どうしました?」
先に入っていたネフリティスが可彦を見つけて声をかけてくる。
湯着は浴場の湿気でネフリティスの身体にぴったりと張り付き、白い布が薄らと緑がかって見える。
「あちこち見回すのはあまり行儀よく見えませんよ」
「ご、ごめん」
「浴場が物珍しいのもわかりますし、無防備な恰好に興味が湧くのもわかりますが」
「からかわないでよ」
非難する可彦をネフリティスは笑うとそこに座るように促す。
「背中をこすってあげます」
「自分でやるよ」
「何言ってるんです。わたしも後からやってもらうんですから」
「わかったわかったよ、ちょっとまって、いた、いたた! いたいいたいって! 強くこすりすぎだよ!」
「騒がないでください。みっともない」
「たっ……もうちょっと右のあたり。そうそう、あーなんか気持ちよくなってきた」
「はい、終わりです」
乾た跳ねるような音が響く。
「いった! 叩かなくてもいいじゃなか!」
「さ、交代です」
可彦は背を向けて座るネフリティスの背中を渡された目の粗い布でこすり始める。
お返しとばかりに両手を使って力いっぱいに擦りつけるのだが、ネフリティスはぜんぜん堪えている様子はない。それどころかまるであざ笑うかのように堅い感触が可彦の両手に伝わってくる。
堅いといっても石のような硬さではない。張りのあるしなやかな硬さ。その硬さの中に緩やかな柔らかさが含まれている。しかし可彦はそう感じながらも、その肉体の感触を楽しむ余裕などはなく、必死に、半ば自棄になってネフリティスの背中を擦る。
「ありがとうございます」
ネフリティスがそう言って可彦を解放するころには、可彦は浴場の熱気と思いがけない重労働で汗だくになっていた。
「もう少し強く擦ってくれてもよかったんですけど」
「もう勘弁してよ」
両腕を垂らして項垂れる可彦。ネフリティスが笑っているのが見えるが反論する気力も起こらなかった。
「汗を流してそろそろ出ましょうか」
「そうだね」
中央の水槽に近づくと脇に置いてある手桶で中の水をすくう。水は身体が火照っているせいもあってか冷たく感じた。
「つめた…うわ!」
頭からかけられる冷水。非難の声を上げる前にもう一度浴びせかけられる。ネフリティスも自分で頭から水をかぶる。
「どうしました?」
頭に張り付いた髪の毛から水を滴らせて見上げる可彦をネフリティスが見下ろす。その髪から垂れた滴が床に落ちて小さく爆ぜる。ネフリティスは濡れた髪をかきあげるともう一度可彦を見た。
「いきましょう」
ネフリティスは可彦に手を差し伸べる。可彦は少し口元を歪めながらもその手を取って立上った。
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