第7話
「ナンダソレハ?」
いつの間に近づいてきたのかバルゥが可彦の脇で問いかける。
「なにって……素振りだよ」
「素振リナノハナントナクワカル。シカシソンナ振リ方知ラン」
「剣道って言うんだよ」
「ケンドウ?」
バルゥはこちらを見る。相変わらず顔を覆う兜のせいで表情はうかがい知れないが、両脇から飛び出た長い耳が上下に動いているのは見えた。そして動かしながらバルゥは宿り場に戻ると、再び可彦の下に戻ってくる。薪置き場から拾ってきたのか、バルゥの手には細長い棒が握られていた。相変わらず耳は上下に動いている。
「チョットカカッテコイ」
「え? 危ないよ?」
「大丈夫ダ。手加減スルカラ」
そういう意味じゃないんだけどなぁ、と可彦は内心思いながらそれでも手にした剣を構える。基本通りの中段の構え。もっともこれ以外の構えを可彦は試合でしたことがなかった。
対するバルゥは構えることもなくほぼ棒立ち。ただ右手に持った棒を重さを量るようにちいさく揺らしている。
対峙すると身長差がはっきりとする。バルゥの身長が低く、可彦は小学生を相手にしているような感覚を覚えた。攻撃範囲なら断然可彦が有利だ。
「コイ」
バルゥは空いた左手を突き出すと指をうえに曲げて可彦を誘う。
「きぇ!」
素早く踏み込み気勢と共に剣を振りおろす可彦。バルゥは身を傾けてその切っ先をかわす。可彦は振り下ろした剣を素早く振り戻しながら元の位置に戻る。
「……続ケテコイ」
立て続けに打ち込む可彦。その切っ先をバルゥは時にはかわし、時には棒で受け流す。受け流してはたまに棒で突いてくる。その突きは低いところから突き上げるように、あるいは飛び上がって突き下ろすように変幻自在。可彦はその突きを剣で受け、あるいは避けて何とかさばく。
そうやって攻防を続け、可彦の額にうっすらと汗が滲み出したころにバルゥは手にした棒の切っ先を下に下ろした。可彦もそれを見て剣を下ろし一礼する。
「……カワッタ技ダナ」
バルゥは棒で地面を軽く叩きながら話し出した。
「身体ノ運ビ方ハ、カワッテイルガ悪クハナイ。目ノ方モウラノ動キニツイテキテイル。悪クナイ」
どうやらここまでは褒めているようだった。
「シカシ……剣ノ扱イガ解セン。ナゼ打チ込ンデスグニ切ッ先ヲ跳ネ戻ス? ソレデハ斬レンダロ?」
可彦は自分の動きを思い出してみる。確かに言われたとおりだ。なぜなら竹刀で相手を斬ることはないからだ。
「ソレニナゼ突イテコナイ?」
中学生では突き技は禁じられているから。可彦はそう思うが、ここではそんなことは関係ない。
「ソモソモソノ剣ハ片手用ダゾ?」
「え? そうなの?」
手にした剣に目を落とす可彦。これを片手で扱うのはちょっと大変なように思えた。
「剣ニ拘ラズニ、モット扱イヤスイ武器ニシタラドウダ?」
「扱いやすい武器?」
宿り場に戻りながらバルゥは可彦に提案する。
「変ナ癖ガ出ナイ分、扱ッタ事ノナイ武器ガ良カモナ」
「そうは言っても……」
「それならこれなんかどうじゃ」
耳聡く聞きつけた行商人が荷物の中から何かを取り出す。
「とんかち?」
「とんかち? なんじゃそれは? これは戦鎚じゃ」
それは金槌に似ていたが、確かに金槌とは少し違っていた。
四角い釘を打つ部分は平らではなく、四隅が盛り上がり尖っている。
普通くぎ抜きがついている部分は尖ったつるはしのようになっている。
柄は丸く金属製で、先も槍のように尖っている。握りには革が巻かれ、尻の部分から革紐の輪がついていた。
「戦鎚カ……良インジャナイカ?」
バルゥが言葉を継ぐ。
「ソレナラ振リ回スダケデモ、ソレナリノ脅威ニナルシ、誤ッテ自分ノ脚ヲ斬ル心配モナイシナ」
「そうですね」
ネフリティスも同意する。
「こんなのもある」
次に出してきたのは盾だった。
「一緒にどうじゃ」
その盾は小ぶりの円形の盾で、簡素ながら蔦のような模様が掘り込まれている。金属製のようだが可彦が手に持ってみると意外なほどに軽かった。
「どちらもちょっとお目にかかれない逸品じゃぞ?」
行商人は戦鎚を手に取る。
「この戦鎚に打ち砕けぬものはない」
可彦はそこで首をかしげた。どこかで聞いたことがあるような……
行商人は可彦の疑問をよそに可彦のもつ盾を指差す。
「その盾に防げぬ攻撃はない」
「……じゃあさ」
「なんじゃ」
可彦は行商人から戦鎚を受け取ると、両方を並べてみせる。
「この戦鎚でこの盾を打ったらどうなるの?」
「うむ! 良いところに気がついた!」
可彦の言葉に行商人は大きくうなずく。
「この戦鎚でこの盾を打つと、それはそれは大変なことが起きるのじゃ! 起きるのじゃよ!」
「それは?」
「うむ」
行商人はもう一度髭をなでる。それから可彦に顔を近づける。可彦も思わず前に乗り出す。
「……儂の商売が立ち行かなくなる」
「……なるほど」
可彦の反応に行商人は大きな声をあげて笑った。
「まぁ冗談はともかく、良いものなのは確かじゃ」
「確かに良いものには間違いなさそうですね」
手に取って吟味するネフリティス。
「でもなんか……勇者っぽく無くない?」
「何をもって勇者っぽいと言っているのか解からないので何とも言えないんですが……そんなことは無いんじゃないんですか?」
「そうかな?」
「……勇者ッテ何ノコトダ?」
「あ、なんでもないよ」
「勇……ふぅむ……」
「?……」
可彦とネフリティスの会話にそれぞれがそれぞれの反応を示す。訳知り顔をする行商人に対し、バルゥは何も語らず、ただ耳が少し下がっていた。ただふたりともそれ以上の詮索はしない。わけありなのは可彦のあの姿から解かっていたことでもあったし、旅の途中で出会った相手を無暗に詮索するのも褒められた態度とは言えないからだ。
ただ行商人は一言『難儀なことよのぅ』と漏らすように小さく呟いた。
「さて、いかほどになります?」
不意にネフリティスがきりだす。
「これで足りますか?」
ネフリティスは腰の皮袋から何かを取り出した。
それは透き通った緑色の石だった。大きさは大きな豆……そら豆ほどはある。
「ほほう。これはこれは」
行商人はそれを受け取ると腰の鞄から筒状の小さなものを取出し、それを目に付ける。どうやら拡大鏡のようだ。
「うむ。確かに本物の緑貴秘石じゃな。しかしお代にはちと多すぎる。釣りは出せんが、よいかの?」
ネフリティスは頷く。
「かまいません。ただそうですね、食料があれば頂きましょうか」
「毛布は?」
可彦が付け加える。ネフリティスは笑った。
「道連れも増えましすし、毛布ももらいますか」
「言った通りなんでもあるぞ。あるものはな。勝手に荷を観て、好きなものを持っていくがよかろうて」
行商人は手にした石をもう一度嬉しそうに見つめると、腰の鞄に大事に仕舞った。
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