なみだひめ

ごまみそ

第1夜

♪………

携帯のアラームがなる。一時の解放。


「じゃあそろそろ時間だから帰るねっ」


美華子はテーブルの上に置いたローションとグリンスのボトルを慣れた手つきで片付ける。

ローションのボトル口を指で拭きなぞろうとすると、ぬるぬると滑って気持ちが悪かった。


「いやぁ〜みうちゃん指名してよかったよ!また来るからよろしくね!」

40代半ばに見受けられるその男はヨレた薄緑のトランクスに丈の長い靴下を履いて美華子に笑いかける。


「うんっ♪あ、ちゅーしよ」


美華子はドアのところまでいって振り返る。

これが効くのだ。

両手を開いてハグをする、軽めのフレンチキスも。

それじゃあねっ、とドアノブに手を掛けて部屋の外に出る。


今日は5時間の出勤で3人を捌いた。

手取りは5万円くらいといったところだろうか。


ホテルのロビーを通ると仲睦まじいカップルが入口のソファで「部屋が空く」順番を待っている。

(この人達は、わたしとはちがう)


羨ましいとも思わないけど、わざわざなんでホテルに来るんだろう。

この人達には家がある。お互いを想い合っていて信頼してるならなんでわざわざこんなところに来てまで…

そこまで考えて、やめた。


ぜんぶがわたしとは違うんだ。


ホテルから出ると外はもうすっかり暗くなっていた。

細い路地に面した通りに沿って、数十件のラブホテルが並んでいる。

ひとつひとつのホテルには、何十室もあって、その中で行為をする。

一体何割がカップルで、何割が…


寒空の下を歩いているとふとそんなことを考えて寂しくなる。そんなときは仕事なのだから仕方ないと言い聞かせるのだ。

商業施設に清掃のおばちゃんが居ないとやっていけないように、世の中の男の人にとってわたしのような存在が居なければならないのだ。


デリヘルと聞いて世の中の人はどんなことを思うんだろう。


どう思われても美華子には関係なかった。


自分には明確な目的がある。


待機所に戻り清算を済ませるとすぐに外に出た。

待機所は空気が悪いから長くは居たくない。

嬢同士の派閥もイジメもないけど、皆心の中ではお金を稼ぐ為に必死なのだから。売れっ子や指名取りの子が目の前に現れたら良い気はしないだろう。


美華子…店では「みう」という源氏名だが。18歳という若さと括れのあるFカップが手伝って、コンスタントに仕事が舞い込んでいた。

フルタイムで出勤した時もご飯を食べる暇もなく働いたこともある。

「体」を使いすぎるとそこらじゅうが痛くなる。これはこの仕事をしている限り逃げられない。

何人もこなすうちに段々とアソコは濡れなくなるし、冬場になるとシャワーを何度も浴びるから肌が乾燥する。

でも決定的なデメリットなんてそれくらい。


「お疲れ様でした」

今日も終わった。


今日が終わった。


待機所があるビルの階段。

薄汚れててとても手入れが行き届いてるとは言えないけど、カツンコツンとヒールを鳴らしながら降りてゆく。

エレベーターを使うと他の店の女の子やおばさんに会うからあまり使わないのだ。


ビル玄関で立ち止まって、スマホを開く。

新着メッセージが2件。



『けいと:おつかれ!』

『けいと:今日この後会える?』


あぁ…


あぁ。必要とされてる。

彼から連絡が来る時、それは会いたいのサインじゃない。お金が必要なんだ。


でもそれでいい、それがわたしの存在意義。


今頃けいとのスマホには

『Mikako:会えるよ♪どこにする?』

って、表示されてる。


わたしは駅に向かって歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

なみだひめ ごまみそ @milk_candy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ