deep black
氷の鏡に映る私。彼女の目は黒くて、髪も黒い。見つめ合っていると、吸い込まれそうになる。今見ている私なのか、今見られている私なのか。どちらに私の意識があるのだろう?
にやり、と私は笑う。私でない私は笑う。私は笑っていない。氷の奥に潜む私は少しずつ、奥からこちらの方へやって来る。いや、私が氷の表面へ近づいていっているのか。
氷の表面に肌が触れる。でも、冷たくはない。何も感じない。どうして?
――当たり前だよ、だって、きみはきみじゃないか
わからなかった。だけど、その声が響いてくる方の私が本当の私だと感じた。私達は重なって、すり抜けて、気が付くと黒い髪の私が氷の上に立っている。
私は? どこにいるの?
――鏡の奥さ。
イヤ、外に出して!
――それは無理だ。だってきみがそう望んだんだから。
誰もいない、誰にも会えないことに不安になる。それに気が付いて、涙が溢れてくる。視界がぼやけてくる。何もはっきりと見えない。でも、見るべきものはそこにはなにもない。
――だいじょうぶ。泣かないで。
だって、外に出られないんでしょう? かなしいわ
――もっと奥があるんだ。今よりも、もっと深い深い、底。
なにがあるの?
――行ってみればわかるよ。
私は泣くのをやめる。深呼吸をして、プールに潜るように大きく息を吸い込んで、落ちてゆく。
――苦しくないよ、息はできるんだ。
液体の中を、私は落ちてゆく。そう言われて、空気を吐く。大きな泡になって、上へ登ってゆく。代わりに口の中、そこから肺にまで、液体が流れ込んでくる。むせたり、苦しくなったりしない。温かい。心地よい。
そのまま身体に力を入れることなく、落ちてゆく。誰かが私を抱き寄せて、優しく頭を撫でてくれる。そんな感覚。真っ暗で何も見えないのに、何も怖くはなかった。
誰かに感謝されている。ありがとう、と。そう言われているような気がした。
気がつけば、一つ、二つと光が現れる。冷たい闇の世界に映える温かい光。私はそれが十を超えて、数えるのをやめる。
――あれは、クラゲだよ。きみが来てくれたことを歓迎してるんだ。
幻想的だった。無数の光がゆらゆらと。上下左右に自由に、思いのままに、遊び回る。私は蛍のことを思い出した。
――一つ一つの生命が、揺れてるんだ。輝いているんだよ。きみもおんなじだ。
そうだ。この光一つ一つはいのちなんだ。こうして力強く、輝いている。
私は嬉しくなる。そのままどんどん下へ下へ。よく見るとクラゲだけでなく、たくさんの生命が泳いでいる。どの生命もいきいきとしている。
私もこの大きな水槽の一部になりたい、そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます