騒々しい昼休み
嵐のような出来事の翌日。俺は教室でお弁当をつついていた。母特製の愛情弁当はこれでもかというくらいの肉が盛られていた。食べ盛りの高校生男児にとっては嬉しいことだが、この特盛りサービスは以前にも経験したことがある。それは中学生になって間もない頃である。
つまり、母は俺が進学する度に料理に精を出す。しかし、俺の経験上その愛情が続くのはゴールデンウィークまでである。高校生活は中学の時と違ってもっとエネルギッシュになりそうだから、せめて梅雨入り前くらいまでは特盛りであって欲しいと願って止まない。
「うわぁー、肉山盛りだぁ。 僕にも分けてよ」
そうやって物欲しそうに呑気な声を上げるのは一緒に飯を食っている早乙女だ。早乙女とは随分とかっこいい苗字だが、コイツは名前負けと言うにふさわしく、おっとりぽっちゃり体型で、ご当地マスコットキャラのような見た目をしている。そのチャームポイントは糸のような細い目で、中学の頃からつるんでいる俺も、こいつの目が開いたところを見たことがない、かもしれない。
「お断りだ。 一生のうちに、あと何度受けられるかわからない母上の愛情を安々とお前のその無駄な脂肪に変換させるわけにはいかん」
「なんだよう、マザコンめ」
早乙女よ、そう聞こえるかもしれないが、俺の母親はエネルギッシュであるが極度の面倒臭がりで、一度飽きが来るとやらなくなってしまう。こんな待遇は滅多にないのだ。大目に見てくれ。家での母は五月と梅雨の時期と冬は特に動かなくなるのだ。
昨日はあんなことがあって、どっと疲れたので、いつもより早く寝てしまった。今日はすこぶる元気なのだが、かと言ってこのエネルギーを消費するような出来事は起こっていない。
「おい、中村、早乙女、何やら廊下が騒がしいぞ」
そう呼びかけて来たのは澤田だ。彼とは高校から、つまりまだ二週間程の付き合いだが、どこか馬が合うのか、気が付けば俺と早乙女と三人でつるんでいる。質実剛健という四字熟語がよく合う男で、体格が良く、背も高い。また、黒縁メガネが知的なイメージを醸し出している。こういう奴がモテるんだろうなぁ。
澤田は俺達と飯食っていたが、先に食べ終え、トイレに行って帰ってきたところだった。ちなみに中村というのは俺のことだ、念のため。
「どうやら三年生が一人、一年の教室を虱潰しに回っているらしい」
「なんだろ、部活の勧誘かなぁ、でも一人で来るなんておかしいね」
早乙女が頭を傾けて二重顎を強調させる。この高校では男子はネクタイ、女子はリボンの色で学年が分かる。いま廊下にいる野次馬達もそれで判別したのだろう。まぁ、随分と物好きな先輩もいたもんだ。わざわざ三年の教室がある三階から、貴重な昼休みの時間を割いて、一年の教室のあるここまで降りてきたんだからな。
「ちょっと見てくるか、行こうぜ」
「ああ、それにその先輩、とびきりの美少女らしい……」
クイッ、と顔を覆うようにメガネを上げる仕草をして澤田が言う。どうやらコイツはその手の話に興味はあるが、かなり苦手な方らしい。要はむっつりってわけだな。
他方でまだ特大の弁当箱を手にしつつ、箸は俺の弁当箱の方に向けている早乙女はそんな話全く興味がないらしい。一応俺は食べかけだが弁当箱に蓋をしておいた。そうすると早乙女はあからさまにがっかりとした顔で俺達の話に加わった。いや、コイツは無断で肉取ろうとしてたんか。
「あれだ。 見てみてくれ二人とも」
俺達は廊下に出るや否や、例の人影を発見した。緑色のリボンだ、間違いない。確かに、ちょっと小柄だが、地毛なのだろうか、長い金髪の女の子、美少女とはその通りだろう。青みがかった瞳が見開いて、みるみるうちにこっちに吸い寄せられて……
「ねぇ、あなた」
気が付くと俺の前に立っていた。ものすごい剣幕だ。有無もえ言わせぬ。
「ちょっといいかしら」
「え? あ、はい」
何がいいのかわからないが、従わないと向こう三年酷い学園生活が待っていそうだったので、従わざるを得ない。いや、従ってもこれは新学期早々随分とやらかしたものだ。
なんたってここには他クラスの一年もいる。それも結構な数で。
「それじゃ、付いて来なさい。 行くわよ」
「え、どこにですか」
「ああもう! 察しが悪いわね、行くわよ!」
今まで周りを気にせずズカズカと一年の教室が連なるこの廊下を歩いてきた様だが、今になって観衆が出来ていたことに気がついたらしい、先輩はあたふたとしだして俺の袖を掴んでグイグイと引っ張っていく。それもものすごい力だ。俺は引きづられるように付いて行く。
一応、振り返って後ろにいた早乙女と澤田に救難信号を送るが、早乙女は口を開けたまま動かざること山の如し、澤田に至ってはメガネを上げる仕草をして、サムズ・アップ。いや、違うから。頼むから助けてくれ。
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