Étudiante Interdimensionnel

桂 守秋

第1話-A ハタンの訪問者たち The red die shows the one

 本田孝仁ほんだたかひとは帰路を走っていた。途中でずれてきた眼鏡を掛け直す。そして、ブレザーの袖で汗を拭った。

 季節はまだ春。この間袖を通したばかりの、真新しい制服にしわが寄ることもいとわず、彼は走っていた。その手にはビニール製の小さな袋。青い色をしたその中では、数冊の本が揺られている。

 孝仁は途中で一旦立ち止まり、膝に手を当て大きく息を吸い込んでは吐き出した。ぜーぜーと荒い息を続ける。彼は運動には自信がない。休憩を終えると、彼はまた体を伸ばし走りはじめた。身長は 170 cm ほど、太りも痩せもしていない標準的な体形だ。走るたびに少し長めの前髪が上下に揺られる。

「早く帰って読みてー」

 つい口から願望が飛び出した。読みたいとはその手に提げている袋の中身のことである。今日は、彼が贔屓ひいきにしている作家の新刊の発売日であり、学校帰りに早速書店に寄って買い、帰宅する途中なのだ。

「あー、こんどのっ小説はっどんなストーリーっなんだろう?」

 誰にくでもなく独り言がつい零れる。

「表紙はっかなり好みっだったからっ楽しみだなぁ」

 それは、彼の小説に対する期待の表れであった。その作家は「大宮おおみやあやの」といい、主に異世界を舞台としたファンタジー小説を書いている。今回の新作は、前作が終了してから二年ぶりの発刊となった。ネットで新刊の情報を得た孝仁は、しっかりと発売日を調べて待っていたというわけだ。

 息をきらしながら走っていた孝仁は、あるマンションのエントランスで足をとめた。ここが彼の自宅である。はやりながら暗証番号を入力し中へと入る。エレベーターを待つ間も落ち着かない。そして六階、エレベーターから転がり出た彼は 605 号室の鍵を開けた。

 自宅へと戻った孝仁は「ただいま」も言わず、部屋に入ると小説を取り出して、ベッドに身体からだを投げ出した。仰向けになって本を上に掲げる。

「ファンタスティック・フォーチュン 大宮あやの」

 表紙を眺めた孝仁は一ページめくる。著者近影と扉。著者近影の最後には「待たせちゃってごめんなさい」と書かれていた。「いやいやいいんですよ」と誰にでもなく呟いて、孝仁はページを捲る。そこには、この小説の登場人物のビジュアルが書かれたカラーページがあるはずだった。

 しかし、ページを捲った瞬間に強い発光。孝仁は眩しくて思わず目を閉じ、本を投げ出す。と、次の瞬間には、

「ぐえ」

 下腹部に思わぬ衝撃を受けて情けない声を上げてしまう。何が何だかわからないまま再び目を開けた孝仁の顔の前には、美少女の顔があった。ベッドの上に仰向けに倒れる孝仁に、馬乗りになった女の子。長い黒髪はツインテールになっていてゆったりとしたカールを描いている。肌は白く透き通るようで、それをゴシックロリータの衣装が包み込んでいる。そして、恐怖、不安、あるいは戸惑い、そうした感情に揺れながら孝仁を覗きこむ金色の瞳。孝仁は言葉をなくし、ごくりと唾を飲み込んだ。

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