手の届く宝石
カゲトモ
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「ごめん、ちょっと席外すね」
「もう来たのか?」
「そうみたい、思ったより早くてよかったね」
「そうだな」
「それじゃぁちょっと迎えに行ってくるから」
「俺が行こうか? 外、凄く寒いし」
「いいよ、大丈夫。すぐに戻ってくるね」
「あぁ。気を付けてな」
「はぁーい」
すみません、と声を掛けて彼女は出て行った。パーマのかかったふんわりとした髪が印象的な笑顔の可愛らしい人だ。
「気を付けていってらっしゃいませ」
彼女はこれから合流予定の誰かを迎えに行くらしい。取り残されたのはスーツ姿の男性が一人。
「今日はお仕事帰りですか?」
「え、はい、今日が仕事納めで」
「それはそれは、お疲れ様でございました」
「いやいや。俺よりもアイツの方が、あ、今迎えに行っている奴なんですけど、アイツの方が大変で」
「そうなんですか?」
「なんでも仕事納めの最後の最後にクレームが入ったらしくて。結局アイツだけは打ち上げにも参加出来なかったし」
「そうでしたか。それは残念ですね」
「はは、本当に」
男性はそこで俺には分からないように深い息を吐いた。
「いつも損な役回りで、そこがアイツらしいとも言いますか」
ロックグラスの氷が握った温度でかろん、と鳴る。彼はきっと酒が強い方じゃない。
「それでも、いや、だからこそかな。アイツは人一倍仕事もできるし、優しいし、空気も読めるし、って言うか読み過ぎるって言うか、気を使いすぎって言うか」
ふ、と優しい表情を零すと途端に切なげな顔つきになる。照明を取りこんだ瞳は潤んでいる。
「いい奴ですよ、アイツは」
けれどその言葉は力強く思えて。
でも、何処か遠くを見ている。
「大切なんですね」
「え? えぇ、そうですね。大切です」
その眼差しはとても優しくて。
「大切と言うより、特別、でしょうか」
「特別、ですか?」
「はい、特別です」
俺に向けて初めて見せた笑みは、男前な男性にしては可愛い表情だった。
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