銀の眠る春に
鯵哉
雨が止むまでここにいて。
黒岩とは同じ塾だった。
でも個別塾だったし、わたしは私立の女子中に通っていたので、他の中学の生徒とは面識がなかった。なんとなく呼ばれた名前を聞いて顔と名前が一致する人はいたけれど、話すのは殆ど女子。
「せんせー、ここ分かんね!」
「ちょっと待ってね」
黒岩はちょうどわたしの先生が受け持っていた生徒だった。わたしが先生に質問をしていると、黒岩が飛び込むように現れた。
黒岩がわたしの方を見た。いや、正確にはわたしの制服を見たのだろう。
「明華中の制服だ」
「あ、うん」
「へー、なに質問してんの?」
「黒岩くん、順番守りなさい」
「いーじゃん、一緒に聞けたらお得じゃん。な?」
と、同意を求められたので、軽く賛成を示した。わたしの隣に椅子を持ってきて、黒岩は座った。先生は呆れたようにわたし達を見比べた。
なんというか、これがわたしが最初に黒岩を認識したときの場面だ。
放課後、部活へ行く友人と別れて校門を出る。小雨が降っていて、折り畳み傘をさした。
駅の中を通って向こう側の個人経営のコーヒーショップへ入る。扉を開けるとチリンチリンとベルが鳴る。レジに立っていた店員の女性と目が合った。
「空いてる席座ってて」
「いつもありがとうございます」
いつも座る置くの座席へ行くと、エプロンをした黒岩が来た。
「やっと當金きたー、やっと俺の休憩タイムもきたー」
「お疲れさま。じゃあアイスコーヒーで」
「ええ、當金ですら俺を使うんですか……」
しくしくと泣く真似をしながらも、エプロンを外しながら持ってきてくれた。自分の分も一緒に。
黒岩はわたしの方にガムシロップを入れてくれた。
「ありがとうございます」
「いえいえ、どうぞお飲みくださいませ」
「黒岩くんの持ってきてくれるアイスコーヒーはやっぱり世界一だね」
「だろだろ」
エプロンを隣に置いて、黒岩は鼻を高くする。こういう単純なところが黒岩らしいと思う。わたしは鞄から参考書を取り出した。
「今日は忙しかったの?」
「いや、今日も殆ど閑古鳥が鳴いてた」
「閑古鳥かあ。ちなみになんて鳴くの?」
「かーかーって」
「それは烏だと思う」
あ、やっぱり? と黒岩はアイスコーヒーを飲む。それからわたしの参考書を見た。
「試験勉強?」
「うん、再来週だけど……黒岩くんもそうじゃない?」
「うん」
高校生の年間スケジュールなんて、公立も私立も殆ど変わらないだろう。黒岩は言ってから実感が湧いたようで、窓の外を遠い目で見ていた。
外は雨が降っている。来る時は小雨だったけれど、普通に降っている。
「うわ、傘持ってくるの忘れたー」
「夜まで降ってるらしいよ」
「當金、傘持ってきた?」
「……ううん、忘れた」
「まじか。じゃあ止むまで一緒に待ってよ」
うん、と頷く。
黒岩は「やった」と言って、わたしの参考書を眺め始めた。
「そういえばさ、」
「うん?」
「閑古鳥ってなんて鳴くの?」
「かっこーかっこー」
まじで!? と驚きながら黒岩は携帯で閑古鳥を調べる。
まじだ! と店内に響く声をあげたのは数秒後の話。
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