hide creature5

 人びとが何らかしらの特殊能力を持つようになって早千年、今や世界総人口の半分以上が何かしらの特殊能力を持つ時代となった。


 勿論能力は人それぞれ。加えて威力、性能なんかもそれぞれだ。同じ火に関する能力でも、マッチひとつぶんの火を着けるほどの能力から町や都市をも呑み込むほどの業火を操るものまで………その差は歴然であった。


 だが、近年そんな強力な能力を持つ者を特定に凶悪犯罪に巻き込まれたり失踪したりという事案が増加していった。原因は不明である。そこで政府はそれぞれの能力にランクをつけ、特定の基準を越えたものにとある施設へと勧誘することを決めた



 それが hide creature である



「………で、そこに君を勧誘しにきた訳なんだけど」

「話が長い」


 アギリはもらった名刺をぴらぴらと弄りながらぶっきらぼうに言い放った。


 アギリは長い話が嫌いだった。長い話を聞いていると途中でどうでもいいようなことを考え始めてしまうからだった。

さっきはプチトマトのことを考えてしまった。


「って言われてもなぁ………」


 と、言いながら小さいテーブルを挟んでアギリの前に座った男………ジャスティーは頭をかいた。


 さきほどのクロウの件で外で長々話していると何が起こるかわからないからどこか別のとこに行こう、ということになったのだがこの辺中でゆっくり話せるところといっても近くに公園とかはないし喫茶店もない。


 と、いうことでアギリは始めてあって初日の男を自分の家へ招きいれることとなったのだった。


 特に散らかっていても羞恥心とかはなかったが、散らかっているとかなり狭いのでその辺は申し訳なかった。


 このタイミングで姉はきてほしくない。更に狭くなるうえに見ず知らずの男がいるとなればどんなことになるのか想像がつかない。


「現地にいったら多分もっと長い話されるよ?」

「うげぇ………そもそも話の内容もよくわかってないのに………」

 と、アギリがいうとジャスティーは腕組みをして「まあ、そうだね」と言った。


「いきなりこんな突拍子もないこと話されてもね……アギリは自分の能力のことどう思ってるの?」


 ジャスティーにそんなことを言われた。アギリは自分の能力のことは深く考えたことはなかった。勝手に力の増幅かな?と思ってる程度だった。


 だが最近どうもただの増幅ではないような気はしていた。あの感覚………周りの動きが遅くなって見え相手の動きが読めてそれに合わせて体が勝手に動いている。アギリはそうなると自分の体が自分のではないような感覚を覚え、それが気持ち悪いのだった。


「たぶん力の増幅だと思うんだけど………自分でもよくわからない。なんか自分の意志と体の動きがあわなくなって、気持ち悪い」

「なるほど……………」


 そうアギリがいうとジャスティーは少しなにかを考えたあと、ポケットから四つ折りにされた紙を差し出した。

アギリは紙を受けとり開いてみた。そこには黒い太文字で「能力診断検査」とかかれていた。


「それを受けることをおすすめするよ。自分の能力の特徴がわかれば、そういう感覚はいくらかましになるかもしれない」


 ジャスティーはそういうと続けて「hide creatureに入ってくれればそういうのは向こうの経費で落としてくれるし」と、言った。


 向こうの経費ってなんなんだろう。


 アギリはそこが気になった。


 アギリは紙を再び四つ折りにし、テーブルの角へと置いた。


「まあ、入ってもいいけどね……だけど今まで犯罪とかに巻き込まれたこととかないしそんなヤバイ感じはないけど」

「本当に?」


 ジャスティーは渋った顔をした。アギリはそれに対して「うん」と答えた。するとジャスティーは腕組みをといて話を続けた。


「ここ最近ね、君を勧誘するに当たって hide creatureの人が君を一度尾行したことがあるんだ」

「へえ」


 そういえばやけけに視線を感じた日は一度あったような…………。これのせいだったのか。と、アギリは納得した。だが、話はそれで終わらなかった。


「だけど他にいたんだよ………尾行しているやつが」

「他に?」


 アギリがいうとジャスティーはうなずいた。


「そいつの話によれば尾行しながらなにかを話している様だったよ。なに話しているかまではわからなかったみたいだけどね……………。だけど顔の特徴とかを聞いているうちに何者か割り出せたよ」

「で、誰だったの………」


 アギリは尋ねてみたが、ジャスティーは首を横にふった。


「ごめん、そこまでは言えないんだ。言うなってそいつにいわれちゃってね……」

「そう………」


 そういえば少し前に急に後ろから誰かに襲われたことがあった。あまり覚えていないが、たしかボコボコにしてやって丁度もってたマジックで顔に変態と書いてやった。


 その時は変態と書いたが今思えばどっちかといえばなんとなくただの痴漢とかではなさそうだったような………。


 アギリはそれを思いだしジャスティーに話すと失笑された。


「いや、そんなことあったら早く言ってよ………」

「ごめん、忘れてた」


 ジャスティーはそれを聞くなりため息をついて、また頭をかきながら「一回襲われてるのかぁ…………」と、ポツリと呟いた。


「君、一回襲われててよくヤバイ感じしないって言えたよね。危機感無さすぎない?」

「だから忘れてたし、痴漢とかだと思ってたから…………」


そもそもこんな所に自分以外の人間がいる時点でだいぶ妙だ。しかも女の子を狙う変態がわざわざこんなところに来てまで襲う意味がわからない。下手すれば死ぬ場所である。


しかし、その時のアギリ脳みそはそう判断してくれなかったようである。


 そうアギリが言うとジャスティーは諦めたような顔をした。もう、アギリにこの危機的状況を説明するのは諦めたようだ。


「けど一回襲われているとなるともう入ってもらうしか選択肢はないな………」

「まあ、そんなヤバイなら入ってもいいかな……」


 アギリはさすがに尾行されているのをきいてしまって少し不安になってしまった。なによりいつか姉を巻き込んでしまうかもしてないと思った。こうサポートをしてくれるところなら姉にも話し安いと思う。


「あ、入ってくれるの?」

 そう言うジャスティーにアギリは「うん」と答えた。

「じゃあ、今から行こうか」

「………え?」


 ジャスティーは立ち上がって部屋を見渡した。そしてとことこと歩いていき、部屋の壁の前に立った。


「ちょっと今から行くっていったのになにしてんの」

「え?なにってhide creatureの入口をここに作るんだよ」

「え?」


 作るってどういうことだよ。


 そう思ったアギリをお構いなしにジャスティーはポケットから小びんを取り出した。

 たぷんというおとがしたということは中に入っているのは液体だろう。えげつないほどにどす黒い。


 ジャスティーはびんの蓋を開けるなりその液体を容赦なく壁に塗りつけた。


「ちょっ!!なにしてんの!?」


 思わずアギリは声をあげてしまった。


「だいじょーぶ。ちゃんと取れるから…………こんなもんかな」


 壁にはベッタリと黒い液体が塗られてしまった。いきなり人の家で壁に得たいの知れない物を塗りつけるとかどうにかしてる。


 アギリがジャスティーに冷たい視線を送るなか、当の本人は黒く塗りつぶされたところを眺めている。そして黒く塗りつぶされたところに向かってジャスティーは進んでいった。普通なら壁にぶつかるだろう。


 だがジャスティーはズブズブと壁の中へと入っていった。


 この現象を理解するのにアギリは五秒の時間を費やした。


 今日はあまりにも変なことが起こりすぎている。もう頭がおいてけぼりだ。

アギリが黒く塗りつぶされた壁を前にポカーンとしていると「あ、別に危ないやつじゃないから入ってきて大丈夫だよ」と、ジャスティーの声が聞こえてきた。


 こいつの声はなんとなくなにかと抜けてるようにも聞こえる。


 アギリは十秒ほど壁とにらめっこをしたのち、腕を黒いところにあててみた。するとズブっと腕は黒いところに飲まれて行く。


 それをみてアギリは身震いして暫し硬直した。


 が、のちなにかを決心したような顔をして壁の黒く塗りつぶされたところに吸い込まれていった。



 ***


 全く派手にやったものだ。一面に広がった黒い液体、大量に落ちている空の薬莢、立ち込める火薬の臭い、流れ弾で穴が開いたコンクリート。


 ジャスティーに機関銃をあまり使うなと言っても、彼はめんどくさいときや急いでいるときは容赦なく乱射する。


 クロウの体液は飛び散るし空の薬莢を回収しなければならない。ましてや今回は機関銃をその場に措いたままにしていた。


「全く、片付ける側の身になってほしいよ………」

『あいつ、私の妹になにか変なことしてないだろうな………』


 後処理を行っている人物が持っている携帯から凛とした声が聞こえた。若干不安の色が見受けられた。


 人物は拾ったら薬莢を入れた袋をガシャガシャとならしながら「だいじょうぶだろ」とおちゃらけた感じて返しておいた。


『まあ、お前よりはましか』

「ちょっとそれひどくなーい?」


 人物は携帯を片手に薬莢を淡々と拾い続けていく。今回はそこまで多くはなかったようだ。ひどいときはミニガンで千発くらい一気に発射することもあった。その時の薬莢拾いはまあたまったもんじゃなかった。思い出しただけで気が滅入りそうになった。


 そんなことを考えているうちに薬莢はすべて拾い終えたようだ。携帯もいつのまにか切れてしまっていた。


「………っよし、これでいいかなー」


 人物は拾い残しがないか確認したのち、機関銃を拾い上げて袋に放り込んだ。そして現場にくるりと背をむけどこかへと歩いていった。


 クロウの体液は生き物の血とは違い一日ほどで乾いてしまいあとかたも残らない。これは後処理をするにおいて多少の救いだった。


 人物は薬莢と機関銃が入った袋をガシャガシャと音をたて鼻唄を歌いながらどこかへと去っていった。

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