第18話 うちの天使が強過ぎる件
ポイズンフィッシュをかじると、中はまるで上質な牛肉のような旨みを持った油がジュワーと溢れ、口に含んだ身は溶けてなくなる。そして後から来るコクというか深い旨みというのだろうか。それが二口目を欲しいと頭に働きかけてくる。
「なんだこれっ!!? 美味すぎんぞこの魚!!!」
ゲテモノ程、旨いというのはどの世界でもお約束なようだ。
俺は二口目と言わず何度もかぶりついていく。
「ふふふ、気に入ってもらえたようで何よりです」
ナチェは嬉しそうに俺の食べる姿を眺めてくる。
じぃぃーと見られるのめちゃくちゃこそばゆいのですが……。
「むぅー……」
隣から凄い重苦しい威圧を感じるが気にしない。
「あんたすげぇーな! 初めてこの国に来た奴らはポイズンフィッシュなんて気持ち悪がって食わないのに」
アイリは「わはは」とまるでローウィンさんのように爽快な笑い方をして俺に話しかけてきた。いやマジで親子なの? って疑うほど似てるぞおい。
つーかやっぱりこの魚、気味悪がって誰も食わないんですね。
「あぁ、これを食う事が使命な気がしてな」
女の子を悲しませるのは男の信条に反するからな。
「あ? 使命だ? お前何言ってんの?」
フォークに刺した光り輝くミートボールを口に運ぼうとしたところで止まり、訝しげにこちらを見る。
「うちのご主人は”昔から”こうですから気にしないでください」
「そうか、むぐむぐ。頭が逝ってるのか」
なんでそこでそうなるんだよ。
使命感ってよくあるじゃない。泣かせたくないからとか怒らせたくないとか色々。
「そういやあんた。えっと、こうきだっけ?」
「あぁ、阿達光輝っていうんだ」
「やっぱり変な名前だな。うちはアイリ・カインっていうんだ。なっちゃんの側――」
――バシッ
「はい、うちはナチェリー様の側近なんです」
アイリはローウィンさんに頭を叩かれ訂正して言い直した。
やっぱり一国の王に対して馴れ馴れしいのは駄目なのだろうか。
「あはは。ついでに僕も自己紹介しますね。僕はグアル・ウェスバーって言います。アイリと同じくナチェリー様の側近ですね。グアルで大丈夫です」
「おう、よろしくなグアル」
グアルからは朝の猫かぶりのアウロのような糞みたいな感じが全くしない。
こういう優男って話しやすくてなんかいいよな。
――ゴゴゴゴゴゴ
そして、俺は一つ思った……いや、思い続けていた。
「なあグアル。一つ聞いてもいいか?」
「なんでしょう、光輝さん」
思った事、それは、
「あの爺さん、なんで怖い顔してずっと俺を見てくんの? 俺、気に障る事でもしたのか?」
その賢者のような眼鏡をかけた老人は荒ぶる中華まんをがっしりと掴み、口に運びながら無言でこちらを凝視し続けるのだ。まるで隙を窺う暗殺者のような眼差しで。
「あっ、ガリアさんですか。えっとですね。尊敬? してるんですかね多分」
「はっ? 尊敬!?」
尊敬する人を怖い顔で凝視する人とか初めて見たわ。流石異世界! 価値観が全く違う!
尊敬してもいいんだけど怖いし食い辛いからガン見するのはやめて欲しいんですよ。
「あ、あのー、ガリアさん? 俺を尊敬するのはいいけど、ちょっと怖いんで止めていただけないでしょうか?」
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
あれ~? なんかさっきより雰囲気が重くなってませんかね? これ、尊敬じゃなくて殺意だと思うのは気のせいなのだろうか。
「おい、どうしたんだ、じいちゃん。光輝をそんな凝視して」
隣に座っているアイリは凄い雰囲気を出しているガリアさんに不思議そうに声をかける。
「……あの者達は…………のか……」
「はい? 何だって?」
「……あの者達は人間なのか……?」
「はぁ? なに言ってんだよじいちゃん」
あっ、もしかしてガリアさん。俺とエリが人間じゃないことを見抜いていらっしゃる? ローウィンさんと同じく鋭いっすねー。
「いや……アイリ。”あの”ガリアさんがこんな雰囲気になり、かつそう言ってるってことはもしかしたら、光輝さん達は――」
二人は顔を見合わせ頷いたと思った瞬間、いきなり立ち上がり、腰に付けていた剣を鞘から引き抜き俺に突きつける。
「ちょ!? な、なんだ!?」
グアルからはさっきの優しいそうな雰囲気が消え俺に対して敵意を向けている。
「貴方は人に化けた魔物、ドッペルゲンガーなんですか?」
「はぁ!? いや俺は魔物なんかじゃ――」
「うるせぇ! 口答えしてんじゃねぇ! 魔物なら潔くやられろや!」
あのサバサバしたアイリからも敵意を向けられている。
つーかこれ矛盾してるよね。聞かれたから回答しようとしたのに黙れとか。
そもそも何だよこの状況……。あのじじいの言葉一つでこの場所が一瞬で修羅場になったんですが。
「やめろお前ら! 光輝殿は――」
「オープン」
――バキィィィィン!!
ローウィンさんがアイリとグアルに叫んだその時、エリは長剣を手元に出現させ、目では認識できないスピードで二人が持つ剣を刃の中心から綺麗に切断した。
『なっ!?』
切断された二つの刃は、くるくると回転しながら放物線を描くように飛んでいき壁と柱にガッ! と突き刺さる。
「ご主人って良く敵意を向けられますね~」
エリは「あはは」と笑いながら長剣を引きずり、後ろに引いていくグアルとアイリにゆっくりと近づいていく。
グアルとアイリがここで「すみませんでした!」と土下座をせず戦うという意思が出ている辺り、さすがナチェ側近の騎士だなと思う。どこぞの土下座中将とは大違い。
「アイリは前衛をお願い! 僕は後衛に回り魔法で援護する!」
「分かった! グアル頼んだぞ!」
二人は即座にフォーメーションを決め配置につきエリを迎撃しようとする。
……この時点でローウィンさんを止めて、今の状況をただ眺めているナチェにツッコミを入れたほうがいいのだろうか。
アイリは使えなくなった剣を投げ捨て、腰にマウントさせていた二本目の剣を引き抜き「おらぁぁ!!」と叫びながらエリに地面を蹴って突っ込んでいく。
「うぉ! は――」
――ガキィィィィン!!
俺が「はやっ!?」と言い切る前にアイリは10mくらいはあるだろう距離を一瞬で詰め、切り掛かる。しかし、エリを切り伏せる前に淡く光る長剣に阻まれ、双方がぶつかり大きな金属音が宴会場に響き渡る。
「あの無防備な状態から今のを防いだ!?」
今のでアイリは一本入ったと思っていたのだろうが、実際は楽々防がれていたのである。うちのチート天使は常識では考えられない程早い。
「うーん、どうしようかな」
二人は剣をぶつけ合いギリギリと火花を散らしている――のだが、エリはさっきと顔色一つ変えず、歯を食いしばりながら力を入れているアイリを見て何かを考えている。
「っ……! なんなんだコイツ! 構えもせず力を入れているようにも見えないのに凄い力だっ!」
回りから見れば構えをせず棒立ちのエリは無防備に見えるかもしれないだろう。だがしかし、そう見えても実は死角が何処にもないのである。
「うーん。まあ、いいか」
そう呟いた刹那、膠着状態が終わりを告げる。
エリはいきなりバキィィィン!! とアイリの剣を上方向へ弾き、スッと一瞬で長剣を振り上げ、大きく体勢を崩したアイリを叩き切ろうとする。
そもそもあの光速ゴジラビームですら反応できたエリに、人の中では速いという程度のアイリでは致命傷を与えるどころか傷一つ付けられないだろう。
「エリ! 殺しては駄――」
「スウェルサージ!」
今まで詠唱していたグアルがそう叫んだ瞬間、エリの足元から木がいきなり生え、足、ふとももに絡みつき剣を振り下げようとした腕をも拘束する。
「そのまま行ってアイリ!」
「助かったグアル!」
エリは「うーん」とまだ何かを考えながら今の状態から抜け出そうと体を動かしたり、手首が動く範囲で長剣を動かして絡まる木を切ろうとする。
だがそこでグアルはエリを警戒してか、木を追加で地面から生やし、首や胸を締め付け宙吊り状態にする。
うわー、エロい。
締め付けられた後に分かる、くっきりと浮き上がる胸や肢体などのボディーライン。あの胸ならF以上はあるのかもしれない。そしてうねる木がメイド服のスカートの中に入って……ってなに考えてんだよ俺は。ここでエロゲ中毒症状が悪化するなんて!
「もらったぁぁぁぁ!!」
アイリはグアルの援護の後、即座に刃をエリの腹を捉え真っすぐ突っ込んでいく。身動きが取れない状態+両手で重心を込めた一撃+心臓を狙える(クリティカル)という何ともいい条件がそろっている。
きっとアイリもグアルもこれで決まったと思ってるかもしれない。
だが、俺は知っている。
「はぁ……イージス」
――パキィィィン!!
「んな!?」
この程度でエリを倒せるハズがないと。
アイリが刺そうとした心臓があるだろう箇所には円形の光り輝く盾のような物が出現し、速度と体重が乗った渾身の一撃をいとも容易く弾いていた。
その弾かれた反動でアイリは剣を手放してしまい、その時に痛めたのか右手首を押え顔をしかめる。
「くっ……! こいつ、両腕も使えず、あの瞬間では詠唱時間も無かったはずなのにどうやって魔法を使ったんだ!?」
こういうのって大体、主人公がやって驚かれる事じゃないの?
これならもう"転生したらヒロインが強すぎました"の方がいいんじゃね?
「あぁ、そうでしたね。人間は詠唱して魔力を高めないと使えないんでしたね」
「そんなの当たり前だ! そもそも人間でも魔物でも詠唱しなければ使えないはずだろ!? なのにどうしてお前は使えるんだ!」
魔法って詠唱を挟まないと普通は使えない物なのか。
あれ? 確か転移してきた真千も無詠唱で最上位魔法を使ってなかったか?
「うーん。なんでと聞かれても……」
エリはアイリの吠えにも似た叫びに悩みながら「フラムダーレ」と呟き、自身の周囲に何本もの激しく燃える火柱を発生させ、エロゲの触手のように絡まる木を全て燃やし尽くす。どうやら自爆ダメージとかいうデメリットは無いようだ。
「……おぉぉぉ……!」
あれ? 今起こっている事の元凶糞じじいがエリを見て初めて反応したぞ?
「ふぅ。全く、こんな事の為に自分の服を燃やすなんて最悪ですね~」
火柱が消え自由に体が動くようになった半裸状態のエロエリは天使の姿に戻ってシスター服になる。
「やっぱりこの姿が一番楽ですねー」
両腕を上に伸ばしながら何故か「あはは」と笑い、木に絡まれた時に落とした長剣を拾う。そこまで来るともう、笑顔が恐怖でしかない。
「えっ!? あのメイドさんはハーピーだっ――」
――ガコォォォン!
グアルがそう言いかけた瞬間、エリが一瞬で間合いを詰め、刃ではない部分で胴体に打ち込み鈍い音を立てながら体を吹っ飛ばす。
「ぐはっ……!」
吹き飛ばされたグアルは、ドンッ! と勢いよく柱に激突しずるずると下へ落ち。ぐったりと横へ倒れ込み「うぅぅぅ」と苦しそうに唸る。
「グアルッ!!」
アイリはグアルの元へすぐに駆け付け、剣を床に置き体を起こし「大丈夫か!?」と心配した表情で声をかける。
「朝のアウロとかいう”男の子”もそうでしたが、どうして”幼い子”は私の姿を見て魔物扱いするんですかね? 殺されたいのかな~?」
はい、始まりました。大天使名物、目が笑ってない背筋の凍るような笑顔。
いやー、こんなの見たら夜一人で寝れねぇよ。
「ナチェリーちゃん。まだ”続ける”のなら殺しまうかもしれませんがいいですか♪」
「ガブリエル様!? もう結構ですので”止めてください”!」
続ける? やめる? どういうことなの?
「いやー、いいもの見せてもらったわい! 有難う御座います、”ガブリエル様”。そしてすまなかったな光輝殿」
俺が頭に(?)を浮かべている時、糞じじいはさっきの殺気であふれた雰囲気から180度回頭して、ローウィンさんのような話しやすい雰囲気を
「いやだから、どういうことなの?」
自慢ではないがプライベートでは友達以外と極力関わらないという生活をしてきたせいで物事を察する能力が低いんです。
「えっ、どういう事なんだ?」
「いや、僕にも……」
その不可思議な現象に巻き込まれた若い騎士二人も認識が追いついていないようだ。どうやら俺だけではないようだな!
その糞じじいは左手で後頭部を押さえ「はっはっはっ」と愉快そうに笑い、
「アイリとグアルもすまんかったのう」
「謝る前に説明してくれじいちゃん!」
アイリの言い分はごもっともである。
雰囲気的に見て事情を知ってるのは、ナチェリーとエリとこのじいちゃんで、知らなかったのは俺とグアル、アイリ、ローウィンさんの騎士三人。
「あぁ、そうじゃな。簡潔に言うとガブリエル様の力を見る為の相手じゃな」
『相手!?』
ここでグアルとアイリと俺の声が見事にハモる。まあそりゃ思う事は一緒だろう。
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