月の白さを知りてまどろむ【コミカライズ2巻発売中】

古宮九時

第壱譚

第1話 神話


 それは黎明が訪れる以前のことだ。


 かつてこの大陸がただ一つの古き国によって支配されていた頃、北の岩山には一匹の大蛇が棲んでいた。

 蒼く固い鱗に覆われた体は小さな城を飲み込めるほどに太く、また長さは大陸の半分を囲ってあまるほどもあった。

 蛇は人々がその存在を知った時、既に深い眠りの中にあったが、時折軽く身じろぎをすれば、ひどい地揺れが町や村を襲い、多くの民が犠牲になったという。


 古き国の王は、蛇が目覚めることを恐れて何人も北の山に立ち入らぬようきつく布告していた。しかしその用心もむなしく、ある日蛇は空腹のあまり目を覚ましたのだ。そうして巨大な頭をもたげると、天に輝く太陽を飲み込もうとした。

 日の翳りによりそれを知った王は、北へと兵を差し向けたが、千を越える剣も弓も蛇の鱗に傷一つつけることはかなわなかった。人々は己の無力さを思い知り、王はついに神々を頼ることにした。


 召喚に応じて現れた神はたった一人。だが神はその力によって蛇を切り分け殺すと、報酬を差し出すよう王に命じた。

 蛇殺しの代価として神が欲したものは三つ。美酒と音楽とそして人肌だ。

 王は神の助力に感謝すると、その望みに応えて、一つの街を作り捧げたという。



 北の岩山の麓に広がる街――アイリーデ。

 古き国がなくなった今の世においても栄えるこの街は、酒と芸人と聖娼の街として、広く大陸にその名を知られている。

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