夕日が沈む時

宇論 唯

第1話 解明

1 

 「魔法…かあ」

 闇の中、数多のパトカーが発する赤い光を吸い込んでいるかのようなサラリとした白髪を持ち、白いスーツを着込んだ小柄な少女は瓦礫の前で独り言をぼやいていた。

 肌は白く、まつげも白い。一見外国人だが、骨格は日本人のそれである。

 冷たい空気の中、制服を律義に着た警官達がせわしなく動いてる様を見ていると私もついつい動きたくなってくる。運動嫌いだけど。

 「ねえ!夜桜やざるさん!」私はパトカーに紛れている白い軽自動車に叫びかけると、ガラスの窓がゆっくりと下がる。

 ガラス窓の奥には初老の男の顔があった。

 茶髪と黒髪が混じっており、しわは深いが、感じは正義感があり腕の筋肉は立派に鍛えられていた。

 「なんだ?夕日ゆひ」夜桜と呼ばれた男は白い髪の少女―――夕日に返事を返した。

 「ねえ、まだ私たち出動しないの?」

 「国防大臣が説得するまで待て」夜桜は腕時計を見る。私もつられて見ると丁度午前1時を回った所だった。

 「…寒い」私は凍えそうな風に押されて後部座席に飛び乗る。

 「…まったくよ、こんな時期に自爆テロだなんてよほど冷え性だったんでしょうね」私が飛び乗った座席の隣には長い黒髪をツインテールにしていて、白衣を着て腕組をして難しい顔をしている少女がいた。

 ツインテールの髪留めは鈴がついているが、音はなっていない。

 「…昼間(ひゆり)ちゃん…冷え性はつらいんだよ?私冷え性じゃないけど」私はペットボトルの水を飲んだ。

 「…事件をもう一度整理しようか」夜桜がぼそりと言い出した。

 「昨日午後9時、魔法武装グループが北海道魔法研究所に人質を持って立てこもった」

 「っていうかなんで立てこもれたんだろうね、セキュリティがばがばだよね」

 「都市開発が進んでいるとは言えまだまだ田舎だからかしら。世の中平和なんてどこにも無いのにのんきなもんね」

 「要求は日本の『反魔法社会支持』の撤回」

 「毎度おなじみね」昼間が鼻で笑った。

 「魔法武装集団ということで『魔法犯罪解明課』が出動。事件要度Cだったから現地の解明班が出動し、公安と合流後9時45分に突入」

 「…で、失敗したのね」

 「そうだ、公安部隊が突入し、犯人を刺激しすぎたのか魔法で自爆した。事故魔法、および遠隔魔法の痕跡なし」

 「…故意で自爆した…ということね」

 「人質ごと自爆したの?」

 「公安も一緒にな」

 「へへえ」

 「問題はここからだ。実は被害者の中に外務省副大臣が含まれていたことが後にわかる。これにより事件要度はAに跳ね上がった為、俺たち『魔法犯罪特別解明班』が出動するハズなんだが…」

 「だが?」夕日が首を傾げた。

 「…実は魔法テロの後一人だけ逃げた奴がいるんだ。魔法術式を持ってな。そのせいで解明課が捜査指揮権を渡すのを渋っているんだろう。プライドの高い奴らだから情報を集めきれていないのに渡すのが嫌なんだろ」

 「なにそれ、そんなの何週間かかると思っているのかしら…」

 「えー!?そんなに外に居たら凍死しちゃう…」

 「私たちには魔法があるじゃない」昼間が手袋を脱ぎ、手を掲げると光が灯って空気が暖かくなった。手のかじかみが解けていき、縛られていた手が再び春を知る。

 「そうかあ…でも食べ物は?」

 「家に帰ればいいじゃない」

 「成程」私は思考が一段落済んだのでひと眠りした。


 「…わかりました、調査を開始します」

 現場指揮権を渡された頃にはもう日が頭を見せていた。

 「やっとね…」昼間が目をこすりながら車の外に出て背伸びをした。

 夕日は起きる気配がない。こうなったらてこでも寝床から動かないので二人とも起こさなかった。

 「一体どうやって解明課を説得したのかしら」昼間が車に乗り込む。

 周りは数台ほどパトカーが止まってはいるが、外に人はいない。

 皆、車中泊らしい。

 「…現場指揮していた刑事が便秘で手間取っていたらしい」

 「な…なにそれ…」

 「ロシア人の公安刑事らしい。あそこは寒いから腹壊しやすいんだろ」

 「そ…そうなんですかね?」

 私も外に出て背伸びをする。

 「さて、私はこれから少し寝る。その間に現場の捜査をしておいてくれ。夕日が起きたら手伝わせろ」

 「わかりました」昼間が車から降りた。

 私は背もたれにもたれた。本当を言うと徹夜は苦手なんだ。

 

 …数時間後、私が起きるとどこかのコンビニで買ってきたのか夕日がサンドイッチをほおばっていた。昼間はモカ・コーヒーをちびちび飲んでいる。

 助手席には栄養ドリンクと昆布おにぎりが置いてあった。…夕日のチョイスだな。昼間の場合は毎回炭酸飲料とハムサンドイッチだ。

 「……ん…」低く呻き声を出す。

 「あっ、おはようございます」

 「おはよー夜桜さん」

 「ああ……どうだった?」私は栄養ドリンクを取った。

 「あ…そうですね…公安が調べた以外で分かったことはことと…ぐらいですかね」

 「自爆のは私が解析したんだよー」夕日が得意げに胸を張る。

 「そうか…」私はドリンクを喉に流し込んだ。少し酸っぱかったせいか目が覚めてきた。

 「人質の死体数、公安部隊の死体数などを除外して計算するとテログループは全員で17人みたいですね」

 「監視カメラの映像は?」

 「入り口の映像ならあります。映像でも入っていったテロリストは17名でした」

 「…17?」私は思わず聞き返した。

 「はい、そうですけど…」

 「おかしい、逃走したテロリストを計算すれば18人の筈だ。17人ということは…」私はまだ少し重たい頭を動かす。

 「…外部の人間か」そう、結論づけた。

 「逃げたテロリストは森の中に逃げたので、監視カメラなどの情報はありません」

 「外部の人間…か。それだけでは何もつながらないな」

 「それならさ」夕日が後部座席から首を伸ばしてきた。

 「テロリストのアジトに情報があるんじゃないかな」


 「夕日はテロリスト全員の身元を調べろ。昼間はここ最近で関連付けれそうな事件を調べろ。私はこれからテロリストのアジトに向かう」

 「アジトって…私が言うのもなんだけど分かるの?」夕日が複雑な表情をする。

 「ああ、人っていうのは大事な物は懐にしまうが、情報等の形の無い物は持っていると不安になるんだ。だからわざと体から放して目の届かない所に置くんだ。そして、安全でかつ自分の手には故意に届かせないが、必要な時すぐ引き出せる所といえば…」

 「自宅?」

 「正解」

 「ああ…そういうこと…」夕日は釈然としない顔で首をかしげる。

 私は夕日たちを車で送ると、容疑者の自宅の方にハンドルを切った。

 …魔法犯罪解明課。

 そもそも私たちは表向きいない存在なのだ。

 23世紀末、魔法という恩恵が日本に降りかかった。

 しかし、日本はそれを拒んだ。

 当時は樺太での紛争や、アメリカとの不穏な空気が漂っていたこともあり、国民の不安は大きかった。その中、その不安を握り、金に換えた勢力がいた。

 …仏教。

 彼らは宗教の力で人々の心をコントロールした。

 そのおかげで、政治にも発言権が大きかった為、宗教と政治の間には多くの賄賂が目まぐるしく行き交った。

 そんな中の魔法。

 それは宗教の脅威そのものだった。

 魔法により、新宗教が現れればそれは仏教の権力を分裂させることになる。

 しかし、仏教により借りを作った政治家は五万といるので、反魔法社会主義国の根回しなど子供をあやすよりも容易。

 こうして、日本は反魔法社会主義国として再び旗を揚げた。

 もちろん、事はそれで終わらない。

 日本は21世紀に結んだ日ロ和親条約から急速な化学進歩を見せた。

 科学貿易の一角を背負う国家にとって鎖国同然の体制に怪訝そうな顔をする海外の政治家は多かった。

 例えば、最大貿易相手国中国は幾度も開国を迫った。

 表向き、安定している政治体制も裏から見れば砂で作られたバベルの塔並みに不安定となった。

 そのせいか、テロを起こす人間は海外の人間も多い。

 そして、それは国内の人間も同じだった。

 魔法を否定し、化学に翻弄される事を選んだ日本にとって魔た法テロの前には警察はなす手が無かった。

 魔法には魔法。

 しかし、それをすることはすなわち反魔法の否定となり、頭から抑えられている政治家にそんな事は出来なかった。

 魔法テロはもう見て見ぬふりで済まされる事が当然となった。

 しかし、それではいけないと言った、圧力に負けず、金に溺れない政治家がいた。

 …三代前の警視長官。伊田幸太郎。

 彼は陰で秘密裏に魔法公務執行隊の設立を計画していた。

 そして、生まれたのが「魔法犯罪解明隊」だった。

 そして、設立後魔法テロの極秘調査を行っていたのだが、とある事件により、政治家達にばれてしまう。

 ある事件…「第三次世界大戦騒動」…私が法務省大臣を辞任するきっかけでもあり、私がここにいるきっかけを作った事件でもあった。

 これにより、警視長官は辞退。部隊は解散させられた。

 しかし、10年間魔法テロは少なくなっていたのにどうしていきなり増えたのか…という疑問が国民に現れていた。

 これにより、警視庁は正式にしかし極秘裏に魔法解明隊の再設立を余儀なくされた。

 そうして、汚い歴史から生まれた汚れ仕事専門の警視庁公安部所属課、「魔法犯罪解明課」が生まれた。

 警察所属だが防衛省直属であり「部を自由に動かせるが、責任は防衛大臣がとる」という事で成り立っている。

 反魔法国家公務執行機関でありながら、魔法解明課を持つ、当然と言えばそうなのだが、奇妙と言えばそうとも言える今の警察を見たならば、各国の魔法支持国は鼻で笑ったことだろう。

 私が所属する「魔法犯罪特別解明班」はいわゆる特捜部みたいな物だ。

 普段は各地域に配属されている「解明課」が捜査するのだが、その課が解明できない犯罪。又は要度Aの犯罪は特別解明班が担当する。

 この事件は要度A。

 三週間以内に解明できなければ、この事件は抹消される。

 …急がなければ。


 …テロリストの一人の自宅は二世帯住宅だった。

 そこで、私が見たのは。

 …テロリストの嫁と子供。そして両親の死体だった。

 ドアは拳銃で壊されており、不審に思い突入した。

 中は荒らされておらず、だけが死体がベットの上に転がっていた。

 私は警察を呼び、嫌な予感を抱えながら別のテロリストの自宅へ向かう。

 …予感は的中した。

 そこにはテロリストの妹の死体があった。

 私はそのテロリストの実家へ向かう。遠くは無く、わりと近所だった。

 そこにはやはり、死体があった。

 窓が割られていた。

 私は夕日達に連絡を取ろうとすると、携帯から連絡が来た。

発信先は夕日の携帯からだった。

 『夜桜さん!!大変なの!さっき警察からテロリストの家族が…!』

 「殺されたか」

 『えっ?なんで夜桜さん知ってるの?』素っ頓狂な声が聞こえる。

 「1時間前に言った事ぐらい覚えていろ」私は聞こえるようにため息をつく。

 『あ…そっかあ…ってあっ…ちょっと!』

 『夜桜さん!』昼間の声が聞こえる。夕日から携帯をぶんどったらしい。

 『犯人は、公安の中よ』焦ってはいるが、神妙な声だった。

 「何故、分かる」

 『監視カメラにびっしりばっちりよ。それに、事件を指揮しているのは公安刑事』

 「抹消するつもりか…」 

 『ええ、殺されたと聞いた時にその家の警備管理会社にハッキングをかけて映像をいただいたわ』得意げに言う。

  「…よくやった。流石、薔薇幸三の娘だ」

 『それよりも、一番重要なのは…』昼間は声のトーンを下げた。

 「なんだ」

 『事件を担当しているその刑事…テロ現場を指揮していたロシア人刑事よ』

 

 ロシア人刑事が担当している殺人現場に着くと、私たちは拳銃を構えた。

 私は支給品のコルト・ガバメント。

 夕日は自前のグロック。

 昼間は祖父の形見のM9リボルバーを持っている。

 証拠はばっちり。いつでも逮捕できる。

 「いいか、相手は魔法を使ってくる可能性がある。一気に取り囲んで制圧するぞ」

 「ね…ねえ…公安呼んだほうがいいんじゃ…」夕日が言う。

 「それじゃあ間に合わん。証拠を消される前に突入しなくては意味がない。今ごろ、家をくまなく掃除しているだろうからな」

 「わ…わかった…」

 「こら、夕日。拳銃の引き金に手を当てないの」昼間がムッとした顔をする。

 夕日はハッとして指を離す。

 「…よし…321で行くぞ」

 二人ともうなずいた。

 「3…2…1…」

 突入。

 ロシア人刑事は居間らしき所にいた。

 一瞬で取り囲み、銃口をまっすぐ相手の肩に向けた。

 「アーグニア!魔法取締法違反で逮捕する!」

 アーグニアは驚いた顔をするが、周りをしっかり見渡し、夕日に素早く体当たりした。

 夕日は驚き、正確に定めを付けないまま発砲した。銃声で空気が震える。

 銃弾はアーグニアの肩をかすめた。弾はカーペットにめり込む。

 夕日は転がり、置いてあった椅子に腰をぶつける。夕日から短い悲鳴が漏れた。

 私は定めを付けるとアーグニアの腕に発砲する。

 …命中。しかし、アーグニアは、一瞬よろめいただけで、すぐに玄関に走りさっていった。

 「待て!」昼間が追いかける。

 アーグニアは外に停めてある車に乗った。

 乗った直後、運転手があらかじめ乗っていたのか車は急発進する。

 昼間はしっかりと構えると、後ろを向けて走っている車のタイアを狙う。

 私も同様に狙おうとしてちらとナンバープレートをみると79という数字の横に「外」の文字が刻まれていた。

 「待て昼間!撃つな!」

 「へっ!?」昼間は構えを解いた。

 「…外交官ナンバーだ。それもロシアのな」拳銃をホルスターにしまう。

 「外交官…亡命するつもり!?」昼間はその場で膝を折る。「そんな…これじゃ成すすべがないじゃない…」

 …しばらく鎮静が続く。

 「…夕日は!」私が振り返ると、昼間が私が行くと先に走っていった。

 …夕日は昼間に任せた。

 私は次、なすべきことを考えていた。

 ………駄目だ。思い浮かばない。

 落胆していると、不意に私の携帯が鳴った。


 「危なかったよ、まさかばれているなんて…」俺は外交専用飛行機に乗り込むと、額の冷や汗をハンカチで拭った。

 「では、私はこれで」外交官は背を向ける。

 「ああ、ありがとう」

 俺はシーツにどっぷりと座る。飛行機には俺一人だった。

 しかし…この国の警察はこんなに優秀だっただろうか。いままでバレなかったから少し慢心していたからか。…そういえば、あの少女はなんだったんだろう。警察は子供を雇ってるのか…

 と、物思いにふけっていると、機体が大きな音を上げて離陸した。

 そして、数時間がたった。

 「すまんが、たばこをもらえるかね」

 と、アテンダントを背中越しで呼ぶ。

 「はい、ございます」後ろから声が聞こえた。

 …そして、その声と同時に金属が俺の頭に押し付けられた。

 「おま…えは…」

 振り返ると、そこにはさっき突き飛ばした白髪の少女が私に銃を向けていた。

 少女の目はきっちりと私の頭を捉えていた。

 「おや、珍しい。あなたはお煙草を後頭部から摂取されるのですか」

 少女の後ろにはもう一人の少女と男がいた。

 「貴様ら…何のつもりだ…私を殺せばお前は…」

 「命が惜しくはないのでしょうか?」

 「ぐっ…」俺は殺されるという恐怖で心臓が止まりそうだった。

 「いま、この飛行機は樺太上空を飛んでいます、もし、今あなたを殺しても、紛争に巻き込まれたという事で処理ができる。あなたには選択肢が二つある。紛争に巻き込まれて死ぬか、日本の独房で死ぬかだ」

 逃げ出したくてしょうが無かった。恐ろしい。捕まるのが怖いとか、そんなものではない。恐ろしい。得体の無い、とてつもない大きな力が、私を捕まえて離さない。

 「わ…わかった…飛行機を引き返す!!だから撃つな!!やめてくれ!!」

 私は必死に叫んだ。震えが、止まらない。

 

 「…助かった、加藤」

 「困ったときはお互い様です」黒い前髪を分け、のほほんとした女が満足そうに椅子にもたれ掛かっていた。

 彼女は、加藤住子。私の元、後輩。こう見えて、外務大臣をしている。

 「例の外交官…最近権力乱用が目立っていて、邪魔だったんですが…やっと本国に送還できました」

 「前々からマークしていたのか」

 「ええ、でも、アーグニアが吐いてくたおかげで証拠ができたんです。ありがとうございます」加藤は頭を下げた。

 「困ったときはお互い様だ…しかし、あの作戦お前が考えたのか?」

 「はい、なかなかでしたでしょう?」

 「流石、副業でこっそりミステリ小説を書いているだけあるな」

 「し…しってたんですか」加藤は頭を掻きながら苦笑いをする。

 私は、それを鼻で笑った。

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