異世界先生の恐怖授業
ちびまるフォイ
生徒 vs チート先生
「はい、ということでみなさんの担任の先生になった勇者トマトです。
気軽に、小栗旬って呼んでくださいね」
「どこに旬な要素が!?」
前の先生が想像妊娠による産休に入ったので、
12月のこの時期ではあれど新しい先生がクラスの担任となった。
「なお、先生は教職課程はおろか中学も中退していますので
先生にまともな指導を期待しないでください」
「じゃあなんで先生に……」
「年下の女子から慕われるし、休みは多いからね」
「殴りてぇ……」
女子の半数を着任早々に敵へ回した先生だったが、
その悪すぎる第一印象は行動によって徐々に回復していくとなる。
「もう! あんたたち! ちゃんと掃除しなさいよ!」
「おっ、委員長が怒ったぞ!」
「いい子ぶりっ子~~!」
「先生に言うから!!」
「「 え゛っ 」」
異世界先生がチート能力で瞬間移動してくると、男子の顔は青ざめた。
「お前ら、俺の平穏な教師生活を乱すんじゃねぇよ。
ここで騒ぎを起こすたびに定時で帰れねぇんだよ……!」
「そ、それも教職のやりがいというか……」
掃除中に騒いだ生徒は異世界に送られて戻ってくるころには
「ゴブリンまじむり」をうわごとのように繰り返していた。
彼は今も精神病院の中で療養している。
「いいですか、みなさん。
クラスの成績が悪いと先生は教頭に小言を言われます。
かといって良すぎてもごまをすられて面倒です。
適度に間違って、ちょうどいい点数を出すようにしてください」
テストが始まるとみんな勉強してきた通り、そこそこの点数を目指す。
「空欄だとわざとらしくなるので、ちゃんと計算過程も書くように。
変に目立った点数を取ったり、悪い点をとったやつは……」
先生はチョークを持つと粉々に粒子分解した。
「先生のチート魔法でこうなっちゃうゾ」
「なんで現実世界に戻って来たんだよ。異世界に居ればよかったのに……」
「今文句を言った君は1時間空中浮遊の罰だ」
「体罰は禁止されていますよ!」
「体罰に魔法は含まれますか?」
「ゲスか!!」
男子生徒は空中に浮かされた。
この恐ろしさは尿意を感じたあたりからじわじわ感じることとなる。
かくして、チートをふんだんに生かした強硬授業により
生徒はさながら軍隊のような統率力と息苦しさを手に入れた。
「トマト先生のクラスって本当にまとまりがあってすごいですね」
「まぁ、大事なのは教師と生徒の教育方針が一致することですよ」
「ところで、トマト先生は次の家庭訪問の予定って提出しましたか?
あれ提出しないと学年主任がうるさいんですよ」
「家庭訪問!?」
「え、ええ。ご存じなかったんですか?」
慌てて魔法を駆使し時間割を作成すると提出した。
「さて、明日の家庭訪問だが……」
「急すぎて聞いてないですよ?!」
「今日作ったからな。この時間割以外は認めない。
俺にもゲームやる時間という予定が入っているんだ」
もう生徒は誰もつっこまなかった。
その末路については、習字の時間に「死にたい」と書いた同級生がいることで
恐怖が骨の髄液にまで浸透し体全体をかけめぐっているからだ。
異世界先生が最初にやってきたのはクラスで一番の問題児の女子だった。
ことあるごとに先生に言うから、と
まるでサーヴァントのように異世界先生を呼び出すものだから
男子からは嫌われ、それがトラブルのもととなっていた。
「あらぁ、お若い先生と聞いてはおりましたが
こんなにも若いなんて思っていませんでしたわ」
「そそそそ、そうですか、はははは。ほ、ホンジツハオヒガラモヨク……」
「あらあら、先生。緊張なさってるんですか?」
「ソソソンナコトハナイデスヨ」
家庭訪問にやってきた先生がガチガチに緊張しているのはすぐにわかった。
たくさん読んだ異世界小説の中でも高圧的な大人はあれど
こういった主婦的なキャラクターは誰もいなかった。
「これって、先生的には未知との遭遇なんだ」
年下の女に無条件に黄色い歓声を浴びせられ、
困ったときは自分のチートで自己解決。
誰にも頼らず、自分の能力をひけらかしていただけの先生に
異文化とのコミュニケーション能力などあるはずもなかった。
これはチャンス。
「あら、美咲。自分の部屋にいたんじゃなかったの?」
「先生がせっかく家庭訪問に来たんだもの。挨拶くらいはしなくっちゃ」
女子のコミュニケーション能力の高さ、思い知らせてやる。
「先生、美咲は学校ではどうなんですか?」
「い、いい子ですよ、すごく……」
「お母さん、先生はいつも生徒のことに親身になってくれてるの」
「まぁ、そうなんですか?」
「ええ、まぁ……あは、あはは」
「こないだも、生徒のためにジュースを差し入れたりしてくれたし
体調が悪い時は先生のチート魔法で送り迎えもしてくれたの」
「先生、本当なんですか!」
「あははは……この力は生徒のために役立てないと……」
「クラスの掃除も毎日先生がやってくれるし、
給食は先生の力でいつもフルコース料理にしてくれるし最高なの!」
「先生! 素晴らしすぎますわ! 先生が担任でよかった!」
「生徒のためを思うのが教師のつとめです……(殺)」
その後も、先生の逸話を母親と先生に聞かせ続けた。
この会話は生徒および学校全体に共有され既成事実とならざるを得なかった。
まったく、インターネットというのは悪い文化だ!最高だぜ!
「先生、今日はありがとうございました。
普段の素晴らしい指導ぶりが聞けて良かったですわ」
「いえいえ、なんのなんの……」
家庭訪問が終わると、まだ1件目なのに先生の顔は帰還兵のようにやつれていた。
「美咲さんとお話があるので、いいですか?」
「ええ、では私はここで……」
お母さんが席を開けると異世界先生は怪しげな魔法を唱え始めた。
「アブダケダブラ!!!」
・
・
・
家庭訪問が終わると、授業も行わずに先生が静かに語り始めた。
「みなさんに、悲しいニュースと、もっと悲しいニュースがあります」
「良いニュースは!?」
「この世界は残酷で非常なんです。
悪いニュースしかない。パンダのシャンシャンがいようがいまいが
この世界では戦争と飢餓が絶えず起きている悲しい世界なんです」
「のっけから重い……」
生徒は多数決で悲しいニュースから聞くことにした。
「実は、みなさんのお友達の美咲さんが亡くなりました」
「え!?」
「家庭訪問が終わってから、何者かによって殺されたようです。
即死でした。この世界でどうやっても痕跡をたどれないような殺し方です。
まるでチートです」
生徒の視線はじっと先生に注がれていた。
だが、そのことを口にしてしまえば悲しいニュースが1つ増えるだけ。
「きっとどこかの悪いストーカーとかの犯行です。
最近は物騒ですから。なお、先生はそのとき普通に家庭訪問してました。
2件目のお宅に居ましたからアリバイはばっちりです」
「誰も聞いてない……」
先生はぺらぺらと身の潔白を証明した。
「それで、もう一つの、もっと悲しいニュースは?」
「……それは……」
先生は顔を伏せて、心から悲しそうな表情になった。
「死んだ美咲さんが転生し、チート能力を身に着け、復活しました」
その後、クラスの力関係は復活した生徒により覆されることとなった。
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