大災禍
ユークリウッド
第一部
第1話第一部1
私の(人の)一生は、無意識の自己実現の物語である。
――カール・グスタフ・ユング
第一部
1
銃とは。
銃とは、わたしからしてみれば人殺しのための道具にしか考えられない。剣も刀も刃も全て同じく。
だけれども、この世界に生きるおそらく大多数の人たちは重厚な鋼のデザインを愛し、いざと言う時の防衛策として四六時中、懐に忍ばせている。
あの日。アメリカで銃乱射テロが起きた時、その場に居る人たちが銃を持って制せば現場を解決、もしくは被害の軽減が出来るという考えが世界中に蔓延した。反対意見もあったけど、大多数の人が賛成してしまったから、所持は罪ではなくなった。散弾銃が、機関銃が製造、量産されていくとテロが起こるたびに犠牲になる死者の数は増え続ける。
遥か昔は、剣や刀や刃だった守る力は、より洗練された人殺しの為と言っても過言ではない銃に代わり、今では瞬きをした次の瞬間には自分や誰かが死んでいる可能性が隣り合わせになっている――おぞましい銃社会が訪れている。遥か昔からの道具が姿形を変えてより人殺しに特化した社会でわたしたちは息をしている。
もちろん銃を人に向けて撃った人は罪人だけど、銃を撃たせるようにした周りの社会も罪だ。罪人が銃を撃ったのだってそうせざる負えない理由があるのだろうし。本当の事はよく分からない。
果たして銃があればあんな悲惨な事件、事故は防げていたのかなんて誰にも分かりやしない。ただどこかでこの事件を聞いて楽しんでいる人たちがいて、お金や権力を振り回しているのもしれない。本当の事はよく分からない。
楽な死に方に銃を用いる方法があるけど、そこに痛みがあるのが前提で分かっていても、幸福と恐怖のどっちが勝るのかは分からない。もしかしたら、他人に撃ってもらうと何も考えずにさっさとおさらば出来るのかもしれない。本当の事はよく分かっていない。
だから、本当の事はよく分かっていないけど、わたしがエミリアの母親であるエルマ叔母さんに言われた事はよく分かっていた。
「敗血症ですって。手の傷から」
仕事帰りの我が家の留守番に折り返しの連絡が来ていて、それがエミリアからだと気付くとすぐさま掛けなおした。でも普通ならば携帯端末の方に連絡するはず。
だからそれが悪い知らせだという事がなんとなく分かっていた。
でも予想の上を越えるとは思っていなかった。
「エミリアがもう目を覚まさないのよ。ああ神様どうして――」
エルマ叔母さんはやり場のない怒りと震える声で、わたしにエミリアの死を伝えたのであった。
今朝方、エミリアの具合が悪くなり、病院へ救急搬送してもらった結果だった。わたしは何も知らなかった。ただ今日も昨日と同じように日常をこなしてお金を稼いで生活していかなくてはならなかった。
ただ思い当たったのは、近くのデパートで小さなテロがあって、エミリアがそれに巻き込まれたという事だった。銃弾が飛び交う中で売り物のテーブルの下に子供たちと一緒に隠れていたと、メールでやり取りしていた文章を思い返す。
それと、手に傷を負ったとも。やはりあれが原因だったのか。
その時にエミリアが負った、手の甲の抉れた弾痕の跡を、わたしはエミリアが死んで時すでに遅い遺体の状態だった時に初めて確認した。その死に顔は永眠したように優しそうだった。
かわいそうなエミリア。
わたしの友人は銃の犠牲者になってしまっていた。
だけど、こんなに唐突に、しかも小さな傷で死んでしまうなんて考えもつかないだろう。あの場所では、エミリアの傷よりももっと深刻な致命傷を負った患者がいたんだから。だから、わたしはエミリアの傷は大した傷ではないと過信してしまったのに違いない。違いないのだけど、やっぱりわたしには府が落ちなかった。エミリアを殺したきっかけが、もっと違う何かの責任のような気がした。
決してわたしやエミリアの過信が招いた出来事ではなく、この世界全体の、狂っているルールに怒りをぶつけたかった。
銃とは。
銃とは、エミリアを殺した小さなきっかけ。
そこにはお金も権力も介在しない。幼馴染のエミリアが死んだことで世界の観点も国の法律は何も変わらないし、わたしの生きているこの時間は、人生はずっと続いていく。
銃とは。
銃とは、わたし以外のみんなが持っている凶器の一種。
それが続く限り、わたしは生きている気がした。戦争し合うのは殺されたから殺すっていう憎しみがあるからな訳で、わたしも同じで銃やテロに深い憎しみを抱き始めた。
銃とは。
銃とは、的を射抜くスポーツとして使用される道具であり、この国では大会も開かれている歴とした競技に愛用されている。
だから、わたしにとって現在はすでに過去に過ぎず、先のことは未知だけど、それでも予期してその通りにならなければいけない現実でなければならない。
ある日突然誰かがいなくなってしまう世界にわたしは生きていたくなどない。あなたはこれから死ぬことになるだろう、と医者かそれか神様かは分からないけど、わたしをよく思ってれている第三者にそう言われてからやっと死ねる世界がいい。死ぬ自覚と覚悟を持ってから望んで死へと向かいたい。
そう言ってくれる、優しい世界になればいいとわたしは願う。
「銃とは」著、ルクス・フックス(〇×新聞文化課)。
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