2ページ
「ねぇ」
マグを両手で握って、手のひらを温めるようにしながら志麻が訊いた。
「さっきの人、お客さんなの?」
「え?」
さっきの人? って誰だ? 志麻が来た時にはもう何人かお客様が居たし、そのうち二人は帰ったぞ?
「あの、綺麗な人よ」
「綺麗な・・・? あぁ、夢野さんか」
志麻に声を掛けられる前にお見送りした女性だ。
「もちろん、お客様だけど?」
「そ、そう、ならいいのよ。別に」
なんだよ。
「いつも私にはそんなことしてくれないし、他の女性のお客さんにもそんなことしているの見たことなかったから」
あー。なるほど。確かにそうだ。でも夢野さんは普通のお客様だ。しかも人妻だぞ。
「夢野さんはね、耳が不自由なんだ」
「え。あ、そう、なの? あんなに普通に歩いていたのに」
「当たり前でしょ。悪いのは耳だけで身体は健康なんだから」
「そう、だけど」
「夢野さんは素敵な人だよ」
耳が聞こえないハンデなんて少しも感じない位。初めて来店された時こそ、戸惑いはしたけど逆に夢野さんの方が優しくしてくれて。
読話でお話も出来るけど、バーだからって気を遣ってくれて。店ではいつも筆談で楽しんでいる。よく旅行へ行く夢野さんの土産話は面白い。
「それに長く通ってくれているからか、最近は表情とか雰囲気で言いたいことが分かったりするんだよね」
「へぇ」
表情が豊かな人ってこともあるんだけどな。
「じゃぁ」
「ん?」
「私の心を読んでみてよ」
じぃっと不躾なくらい志麻が見てくる。急にどうした。
「志麻ちゃんの心、ね」
「そう。私が今何を考えているか」
「んー、早くパパに会いたい、とか?」
「違う」
ふん、とまた鼻を鳴らされてしまった。
「じゃぁ、もう一杯飲みたいな」
「・・・間違っては、ない」
「それは良かった。それじゃ、次はどんなのにしようか」
「貴方に任せるわ」
心が読めたとしても、全てを口にしないのが大人のたしなみと言うもので。
「かしこまりました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます