スリガラスの胸
カゲトモ
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「いいえ、私がお見送りしたいだけなのですから。どうぞお気になさらず。えぇ、それでは、どうぞお気をつけてお帰り下さい。良いお年を」
するりとエスコートしていた左手から彼女の手がすり抜ける。丁寧なお辞儀に同じように恭しく頭を下げた。
彼女は変わらない微笑みを最後に見せて、くるりとネオンの町に消えて行く。
「さむ」
シャツにベストを合わせている制服では夜風は寒すぎる。早く中へ入ろうとドアノブを握ったと同時に声を掛けられた。
「ちょっと」
なんでいつもちょっと不機嫌そうなんだよ。
「いらっしゃい志麻ちゃん」
「早く入ってよ、寒いんだから」
「あぁ、どうぞ。いらっしゃいませ」
ふん、と赤い鼻を鳴らして、志麻は店にズンズンと入る。俺がカウンターに入るよりも早くに、志麻はスツールに腰かけていた。
様になったもんだ。まだ酒を飲める年でもないってのに。志麻が家出をして、初めて一人で店に来たのは二ヶ月ちょっと前だったと思うが、随分と慣れたな。それまでは仕方なしに連れられて来ていたって感じなのに。
「何か温かいものを。外は随分と寒いんだもの」
「昨日の夜も雪がちらついていたしね。ハニージンジャーにしようか」
「甘くしてね」
「仰せの通りに」
ステンレスの底が付いたマグに、たっぷりの蜂蜜とすりおろした生姜。少しレモン汁を落として熱湯を注ぐ。簡単だけど優しくて温まるハニージンジャードリンクの出来上がりだ。
「今日は常盤さんを待っているの?」
「そうよ。今日はパパの会社の仕事納めで。もうすぐしたら迎えに来るわ」
「へぇ、今日が仕事納めか」
「ふー、えぇ、そう言っていたわよ。ふー」
熱いから火傷しないようにな。
常盤さんは近くのビジネス街にオフィスを構えるIT系社長で、志麻はその娘。態度がでかいのは初めて会った時からだ。あの時はビックリしたなぁ。大人しい感じの子だと思ったら、一回も目を合わせてくれなかったり、口を利いてくれなかったり。そう思うと随分と成長したもんだ。志麻が。いや俺が?
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