第24話 異端オルニオ派

 ねえ。ミラルディ。

 私の問題児のおばあさまは自分からこの島を出てった、てことになってるけど。

 それ違うんだよねえ。

 おばあさまはね、実は追い出されたの。島から追放されたんだよね。

 おばあさまはね、そのとき傾倒してたんだ。付き合ってた男が入ってる「オルニオ派」ていう宗派に。

 今日行った、ロウレンティアの資料博物館で展示されてたでしょ、火あぶりされてた部屋があったよね。あれあれ。あの火あぶりされてたのがオルニオ派の人たち。

 今じゃ、宗教の自由が認められて、この島にもいろんな宗教の人がいたりするけどさ。おばあさまの時代は違ったんだよねえ。オルニオ派はその時でもタブーだったの。

 オルニオ派に片足突っ込んでたおばあさまは他のオルニオ派の島民たちとともにこの島を追い出されたの。

 おばあさまの付き合ってた男? それがどうなったかは知らないんだよね。歴史に残っていないところを見ると、器が小さかったんじゃないかな。

 島を出た時点で、おばあさまとオルニオ派の縁は切れたんだけどさ。

 まわりまわって、おばあさまの孫の私にその縁が回ってきたんだよね。

 この男。

 五番目に付き合った男。

 おじいさんがオルニオ派で島を追放されたんだってさ。



 * * *



 ギョヒョンおばさまの隣に立っている男は中肉中背で整った顔をした金髪の男だった。

 前におばさまのスマホで見た、今でも連絡を取っている五人の元カレのうちの一人なのなしら。

 私のタイプじゃないわね。だって、なんだか狡猾そうな感じがするもの。

 おばさまったら男の趣味が悪いんじゃない?


「今年でネママイアの器は代替わりする。予言の年なんだ。だからピリピリしてたんだよね。オルニオ派の残党は」


 ギョヒョンおばさまはあたしを見下ろしてそう言ったわ。

 車から出されて廃工場に連れ込まれ、ポーチを奪われた私は目の前のおばさまを睨み返した。

 埃と蜘蛛の巣だらけの工場。

 マネキン工場だったみたいで、周りには裸のマネキンたちが放ったらかしにされていて不気味だった。

 ここがオルニオ派のアジトってことなのかしら。


「睨まないでよ、ミラルディ。あんなに私たち仲が良かったでしょ」

「どうして、ポリアンナが器を持ってるって知ってたの」

「知ったのはついさっきだよ。ミラルディ。私、見えんの。もともと霊力が強くてね。あんたをあんたの家まで送った帰り、あの女の子を見かけたの。見えたのよ、九つの光が。眩しいくらいにね」


 ヨシュアと同じように霊力の強い人間にはそれが見えるのね。


「あの子のおじいさん、イサーク=チェンチ副司教が隠れオルニオ派だったんだよね。教会の二番目に偉かった人が実はオルニオ派だったわけ。すごいでしょ。オルニオ派と長年、連絡を取り合っていたのに最近取れなくておかしいと思ってたら。ボケちゃってたのね。それでもボケる前に器を手に入れてくれてたはずだったんだけど、器が消えちゃったから困ってたんだ。行方が謎で探してたんだけどまさか孫娘が持っていたとは思わなかったわ」


 ギョヒョンおばさまは微笑むと、私から奪ったポリアンナのポーチを出した。


「見つけたそれをあんたが奪ってくれたのにはびっくりしたよ。好都合だった。……ねえ、ミラルディ。怖い顔しないでってば。オルニオ派って悪モンじゃないんだよ。人間の自然な欲求にそった考えの宗派だもん。むしろ、マスカダイン教の本道の方が気味悪い。今日見たでしょ。嬉々として同じ人間を火あぶりしてた神官とワノトギたち。あんな狂った奴らが本道なの」

「どうでもいいわよ、おばさまがオルニオ派だろうがなかろうが。私にはそんなの。だって私はマスカダイン教徒じゃないもの」


 私はきっぱりと言った。


「おばさまたちが九つの器を集めてなにをたくらんでたっていいわよ。どうせ、デタラメ予言がどうとかなんでしょ。私はね、九つのうちの一つでもいいから器を貸して欲しいだけ。ヨシュアが死霊に憑かれちゃったのよ。試練を受けさせたいのよ。試練が終わったらすぐにおばさんたちに返すわよ」

「ウッソ? 死霊憑き! ホントに出たんだ? 何百年ぶりかじゃない?」


 おばさまは目を見開いて大きな声をあげた後、笑い出した。


「ちょっと笑い事じゃないわよ。放っといたらヨシュアが死んじゃうのよ! おばさま!」


 私はムッとする。

 全く、どいつもこいつも。

 二百年ぶりだとか滅多にないことだからって甘く見過ぎじゃない? 危機感を持って欲しいのに!


「そうだったね、ごめんごめん。ミラルディ。なーんだ、分かった。だからあんたも器を探してたんだね。私たちと同じで。資料博物館に行きたいって言ったのも一生懸命勉強してたのも、そういうわけだったんだね。いきなり興味持って、おかしいと思ったんだ。なんだ、好きな子のためだったんだ」

「お、幼馴染だもの!」

「いいよ、分かった。じゃあ、こっちの儀式が済んだらあの男の子にすぐに試練を受けさせてあげる。約束」


 ギョヒョンおばさまは笑ってポーチから中身を取り出した。

 可愛い柄つきの昼用ナプキンがいくつか出てきた後、親指大の泥人形がゴロゴロ出てきたわ。

 九体。あれが神霊の入った本物の器なのね。

 資料博物館で見た中世の頃とおんなじ。


「それにしても神霊の器をナプキンと一緒にするなんてねえ。罰当たりなことするよねえ。教会の子がすることとは思えないよ。笑っちゃう。あー、眩しい」


 おばさまは目を細めてそれら九つの泥人形を手のひらにのせてかかげてみせた。


 あ。

 おばさまの手から丸いものが一つ転がり落ちたわ。おばさまは眩しさのあまり気がつかなかったみたい。

 コロコロ転がってきたそれは私の足にぶつかって止まった。


 ……やだ、これ。

 カタツムリじゃない。

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