第13話 死霊の正体

 ヨシュアは語りだした。


「墓場にいったとき、すげえぞわってしたんだ。風邪の引き始めかな、って思ってたんだけど。その夜、風呂に入ったら、あそこが腫れてて痛くて。俺、ちゃんと手もあそこも毎日洗ってたのにさ。すぐ治ると思ったら、どんどんひどくなるし」

「ついこのあいだ、薬を塗っているところを私が見ておりましてな。声をかけたわけです。まさか、十四の少年に感染病はまずないでしょう」


 そのへんはもう、とばしてくれていいわよ。


「ユミュール先生の奥さんのお墓、スーゴやアルバトロスに調べてもらったんだ。空っぽなんだって。死体がないんだよ。だから……」


 さっき聞いてた話ね。


「ネママイア様の代替わりが近づいております。時期も時期ですしな。偶然という言葉は私はあまり信じておりませぬ。ヨシュア様にその教師の妻が憑いてしまったのはそれなりの理由があってのことだと思いますな。この二百年、死霊はいなかったのですぞ。それが、二百年ぶりに現れたのです。おそらく、その妻の霊は夫を止めようとしておるのではないですかな」

「ワノトギになれば、この憑いた死霊とも話せるようになるらしいんだけど。今は無理だから分からない。本当のところはどうなのか」

「じゃあ、みんなはユミュール先生を疑っているってこと?」

「家の中にでも奥さんの死体を隠してるんじゃないかと思ってるじゃき。器にするためにねえ」


 ユミュール先生がそんなことするかしら?

 私は違和感たっぷりに感じた。

 ユミュール先生は常識人よ。

 マスカダイン学園の先生の中でも、一番公平な先生。

 だいたいどんな先生でもお気に入りの生徒とか、苦手な生徒をつくっちゃうのは当然だと私は思ってる。

 だって、人間だもの、しょうがないじゃない。

 でもユミュール先生って見事にみんなに平等だったのよね。

 最近はヨシュアに絡まれまくって、多少、それが崩れてきた感があるけど。


「今夜にでもミゲロ様に報告いたしましょう」


 ベッドからスーゴちゃんが飛び降り、ヨシュアの足の周りに円を描いた。


「お前も来るか、アルバトロス」

「ごめんじゃ、スーゴ大先生。今晩は、アリスちゃんとデートなんじゃき」


 聞いたスーゴちゃんにアルバトロスは嬉しそうに尻尾を振って答えた。


「なにそれ、緊張感のない!」


 それを聞いた私は思わず叫んじゃった。


「今って非常事態なんでしょう? よくそんなことできるわね」


 こんな時なのに、非常識なんじゃないの?

 これって犬だから? それともアルバトロスだから?


「申し訳ありませぬ、ミラルディ様」


 額に青筋をたてた私にスーゴちゃんが平謝りした。


「しかしこれが人間ではなく、動物である私たちのサガ。我らにとって、繁殖欲は切り離せないのです。折角、眷属になりましたからにはその長い時間を限りに使って、他の個体よりも自分の子孫を少しでも多く残したいもの。それが生けるものとして生まれた我らの第一の希望、目標。眷属のメリットなのであります」


 自分の仕事より、プライベートを優先してしまうってことなの?

 眷属が動物であることは問題があるんじゃないかしら。

 器がニセモノと入れ替わったときも、冬眠や繁殖期がどうとか言ってたし。


「そんなだから、人形が入れ代わっても気が付かないんじゃないの? もっとしっかりしてよ」


 にらみつけた私に


「ごめんじゃあ。でも今、ちょうど女のコたちは発情期なんじゃあ。いい機会、逃せんじゃねえ」


 アルバトロスは鼻白んだものの、くーん、と鳴き声を出して私を見上げた。


「それでもこんなときぐらいいいでしょう?……あなたも何か言いなさいよ、ヨシュア! 自分の命がかかってるってのに」


 まるで他人事みたいにベッドに座って。

 私たちを横で眺めてるヨシュアにも私は腹が立って怒鳴っちゃった。


「いや、でもわかるよ、俺もアルバトロスやスーゴだったらそうしてると思うし」


 はあ?

 二匹に同情して私をいさめるかのようなヨシュアに私は拍子抜けする。


 なにそれ。信じらんない。

 これが男の子であるヨシュアと女の子である私の差なの?


 思わず言葉を失ってしまった私の横で、スーゴとアルバトロスはおしゃべりをつづけた。


「スーゴ大先生はすごいじゃねえ、近所中のメス猫を落として。オイラは一匹の女のコも落とせんじゃ」

「情けないな、お前は。近所のメス犬どもくらいさっさと調教しろ」

「今晩のデートなんじゃけどねえ。次には決めたいと思うとるじゃ。なにか、簡単な口説き文句はないかねえ、教えてくれじゃ、先生」

「うむ。今日のアリスというメス犬はまだおぼこであるのだな……なら夜這いをかける前、去り際に耳元でこう囁くのだ。『アリス……今宵、アルバトロスという騎士がそなたの唇を奪いに参る』」


 唇だけじゃないでしょ! なに、その猫のくせに素敵なセリフ!


「明後日はフランちゃんとデートなんじゃあ。どうしたらええかねえ。まだ、あのコには男友達としか見てもらえないんじゃき」

「馬鹿者。お前は無害感がありすぎて、だからいつまでも「いいお友達」枠からぬけ出せんのだ。今度、草っ原で戯れてゴロゴロしている時に押し倒せ!『……ねえ、油断しちゃダメだよ。僕だって、オオカミなんだから』」


 犬だけにね。

 ところでさっきとキャラが変わってるのは何故? それが使い分けのテクニックなの?


「それよりもオイラ、標準語が喋れないじゃき」

「うむ、とりあえず問題はそこだろうな」


 なんなのよ、もう!

 みんなして緊張感がないわねえ。


 私はイライラして立ち上がり、一人と二匹の男たちを見下ろした。


「私も、器探しに協力するわ! あなたたちに任せてたら、頼りないわよ!」

「……ありがとう」


 相変わらず、危機感のない様子でヨシュアは私を見上げて微笑んだ。


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