第11話 器がない!

「『器』が消えた!?」


 スーゴちゃんから聞いた衝撃の事実を知った後。

 私は大きな声で叫んじゃった。

 しー、とあわててスーゴちゃんが私の膝に飛び乗り、私の口を押える。


「お声を小さくお願いいたします。これは誰にも知られてはなりませぬ、秘密ですので」


 やわらかな感触に私が頷くと、スーゴちゃんは毛でおおわれた手の肉球を離した。

 コトの顛末を聞けば、こうよ。


 ついこの間、ヨシュアが死霊に憑かれたことを見抜いたスーゴちゃんは、ヨシュアをロウレンティア神殿に連れて行ったのですって。そこで、さっさと試練なるものを受ければことは済んだのだけれど。


「すべてがニセモノだったのです」


 ロウレンティア神殿にはマスカダイン島の九つの神霊のうち、五つの神霊が居るのよ。

 そのご神体である『器』、二体の人形――「土人形のクヴォニス」、「金でできたユシャワティン」、「鳥の骨と羽で作ったヲン=フドワ」、「時計仕掛けのネママイア」、「紙人形のミュナ」――のすべてが、そっくりに似せた人形と入れ替わっていたというの。


「どうしてだれも気が付かなかったのよ!」

「本来、『器』は厳重な管理のもと、密室にて保管されております。あまりにも厳重であるがゆえに……実際、頻繁に『器』のお世話をすることはないのです。一週間に一度、埃を払うぐらいのものでして」


 昔と比べて信仰心もかなり減ってますから。嘆かわしいことです、とスーゴちゃんはこぼす。


「ニ百年ほど前なら、『器』と会話できるほどの霊力を持った『神官』もおったのですが。もう、そんな人間などおりませぬ。そのため、わたしたち選ばれた眷属が神霊様と神官の橋渡し役だったのですよ。神霊様のお言葉をわたしたちが伝えておったのです」

「あなたたち、眷属は? 気づかないなんて一体、何をしていたのよ」

「お恥ずかしながら。ロウレンティアに居ります眷属のうち、私を含めて三匹は私用で身動きがとれなかった時がありましてな。そのときに事件が起こったのではないかと。あとの一匹は実は『器』とともに行方不明であります。もう一匹は車に轢かれて数年前に死にました」

「私用?」


 猫のくせに何があるのよ。


「スーゴが裏隣のおばさんにリンチされて大怪我負ったことがあっただろ。そのときじゃないか、って」


 ヨシュアが口を挟んだ。


 思い出した。

 三か月ほど前ね。スーゴちゃんが近所のおばさんにホウキで叩かれていたのをヨシュアが助けて拾ったのよ。しばらく、ヨシュアの部屋でスーゴちゃんは安静にしてたんだっけ。


「ヨシュア様にはまことに感謝しております。ヨシュア様が居なければ、今、ここに私はおらぬでしょう」


 スーゴちゃんが大仰に、にゃあお、と鳴いてヨシュアの足の甲にほっぺをスリスリした。


「そういえば、どうして裏のおばさんにあんなことされたのよ? 夕飯でも盗み食いしたの?」


 思い出して私がスーゴちゃんに聞くと、スーゴちゃんはきまり悪そうにヨシュアの足の間に入って身体を小さくした。


つまみぐい・・・・・したんだよな。本当に」


 代わりにヨシュアが、スーゴちゃんを見下ろしてにやにやした顔で答える。


「裏のおばさんとこの血統書付きの猫、孕ませたのはスーゴ。産まれた赤ちゃんが父親にそっくりですごく不細工だったから、買い手がない、って怒らせたんだ」


 なにそれ、自業自得じゃない! 怪我をおわされて可哀想、なんて思ってたら、そんなわけだったの?!

 そんな理由なら同情しないわよ。


「スーゴ大先生はねえ、メス猫にモテモテなんじゃき。ロマンチストでテクニシャンじゃからねえ」


 アルバトロスがのんびりした声でうらやましそうに言った。


「マスカダイン島で『抱かれたいオス猫一位』なんじゃき。うらやましいじゃ」


 そうなの?  

 私はおどろいてブチャイクなスーゴちゃんの顔を穴があくほど見つめた。

 み、見かけによらないのね、スーゴちゃん。

 ヨシュアと同じ、右目尻にほくろみたいなブチがあるけど。ギョヒョンおばさんの言ってた人相って、猫にも当てはまるのかしら?


「お恥ずかしい限りです。私が伏せっておりました間に、何者かが『器』を巧妙なニセモノとすり替えたのです。本当に面目ありませぬ」

「イチさんとマドモアゼルさんは半冬眠中と繁殖期じゃったからねえ。時期が悪かったというか、重なってもうたじゃねえ」


 イチさんとマドモアゼルさん?


 その御二方おふたかたというのが、私用で身動きがとれなかったという他の眷属なのかしら。

 名前からしてその御二方の正体がものすごく気になったけど、私はそれには触れずに聞いた。


「どうして、そんなことを? はっきり言って、金でできたユシャワティンの器以外はガラクタじゃない。価値があるとは思えないわ。神霊様を盗んで何か得があるの? 神霊様のお力でも貸してもらえるわけ? 」

「それが、お嬢。二百年前にも似たようなことがあったんだってさ」


 ヨシュアが話し出した。


「二百年前には「神霊ミュナ」がちょうど代替わりの時期だったんだって。神霊は三百年に一度、『器』を入れ替えるらしいんだ。そのときに、死んだ子供を人形の代わりに『器』にしようとした信者の女が居たらしいんだ。結局、周りの者がそれをやめさせて、そんなことにならずに済んだみたいだけど」

「私の父が眷属を務めておりましたときですな。その後、新しい『器』になり次第、私が父から眷属を引き継いだのでございます」

「ええ? じゃあ、そのころからスーゴちゃんて生きているの? 二百歳なの?」

「左様。私たち眷属は選ばれて長命を授かります。神霊様の代替わりまで同じ時を過ごし、神霊様のそばにお仕えするのが役割なのです」

「オイラは百八十才じゃき」


 意外にずいぶん、二匹ともおじいちゃんなのね。


「昔は、ちなみに眷属も人間でありましたのですよ。ところが、そのときの眷属といえば私どもと違い、繁殖できなかったようでして、いや、なんのために長生きするのか私たちに比べるとメリットもなにも……いえ、話を戻しましょう。その女は我が子をどうしても蘇らせたかったわけですな。『器』にさせてでも子供を失いたくなかった。それが成功したとしても『器』が果たして我が子と呼べる者なのかどうかは疑問ではありますが。今回もそのような例ではないのか、というのがひとつの考えであります。もうすぐ、「神霊ネママイア」様の代替わりの時期が近づいておりますのでな」

「ほかにも考えがあるの?」

「あとひとつ。経典の読み違えによる誤った思想というのがマスカダイン教にはあるのです。中世のころ、グレた若者の間で流行った乱暴な宗派がありましてな。経典の都合の良い解釈から生まれた、まあデタラメの一派だったのですが、いつの間にかそれが悪魔的な儀式を行ういかがわしい宗派として大きく成長してしまったのですよ。「火の神霊イオヴェズ」にて、散々奴らを火刑に処しましたが、なかなかそいつらは消せず。今でも、もしやその一派が残っておるやもしれません。困ったことにその宗派で信じられていたひとつに厄介な予言があるのでございます。『九つの器を集め、儀式を行い、ネママイアを手に入れたものはなんでも望みがかない、世界を手にする』というものが」

「あれだよ、お嬢」


 ヨシュアがまた口を挟む。


「世界の烏山昭先生のマンガであるだろ。星のマークがついたボールを七つ集めたら……」

「はっきり『ドラゴンボール』って言いなさいよ」

「それと似たようなものですな」





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